愛知県美術館で開催されている『プーシキン美術館展』へ行ってきたので、少し作品について思ったことを書いていきたい。
まず、全体を通しての意匠を凝らした演出というようなものはなく、あっさりとしたものだったが、珠玉の66点ということでその作品の存在感のみで成り立つと考えればあえての工夫や演出は必要ないといえるのかもしれない。
立地としても愛知県美術館は駅と隣接しているとはいえ、地上10階ということもありややアクセスに難があり、またそれゆえに展示される空間は画一的で単調さは否めない。
他県の美術館に詳しくないが、おそらくこれに勝る美術館は多くあるだろう。
一番の目玉で、ポスターに採用された『ピエール=オーギュスト・ルノワール』≪ジャンヌ・サマリーの肖像≫ 1877年はこちら。

照度がやや強かった印象を受けたのは僕だけだろうか、立体感を表現するために顔や胸元、背景に重ねられた青色の筆致―特に顔の筆致が強調され、やや美しさを損ねてしまっていた。
いや、いかなる照明であったにしても、やはりこの青色の加筆はかなり高度なことを求め、結果完成を見なかったように思う。
この絵は「ルノワールの印象主義的肖像画の中でもっとも美しい」と評されたようだが、たしかに美しさはある。
背景のピンクは斬新とさえみえ、象徴主義に通ずるものがあるし、その色調が愛らしい表情とその血色豊かな肌と共鳴し、見るものをとりこにする。
瞳とそれを縁取るまぶたの輪郭は優しさに満ち、引き込まれそうになった。
表情は好きだが、顔の系統としては僕のあまり好むところでなかったのも、僕が絶賛しきれなかった理由のひとつであろう。
考えてみると、ルノワールは肖像画をあまり書かなかったのではないか?
少なくとも、僕には彼の優れた肖像画というものの印象がほとんどない。
彼の描く平和的な風景や、生活の断片を描いた作品は美しく、すばらしいものが多い。
だからこそ、肘をつき、掌にやや上向きにあごを乗せ見つめる姿を書きえたのかもしれない。
このポーズはとても魅力的だ。
僕は二度と彼女の表情とそのたたずまいを忘れることができぬだろう。
作品自体の美しさよりも、その作品が見る者へ残す印象の方がより一層美しいという稀有な作品である。