『先生の本を読む』 知識と知力の海への最初のひとしずく


芋づる式読書、『先生の本を読む』

これは、『団地の書斎から』さまの記事にて紹介されていた勉強法です。

興味がある方はぜひ覗いていただくと参考になるかと思います。

僕の経験によくそぐう内容だったので、ここで追想に重ねて書いてみようと思います。

読書に限らず、『物事をうまく進めたり、成功させるための王道』は師を見つけること。

世間に溢れているハウツー本の最たる成功を謳うものの中には『メンター』という言葉が踊っていたりするが、要は同じことで、先生、師を見つけ、その作品の模倣や彼の歩んだ道を確認することで知らず知らずのうちに力がついていたり、成功への道を歩いていることになるということだ。

特に勉強法にからめて、作者のそういちさまはその先生の著書の全部を読んでいくことで知識がネットワークをつくりながら広がっていき、そしてその関連する著作を次々に読んでいくことで体系化された知識として膨大な知力となるということを書かれていた。


僕は『こゝろ』ではないが、「私はその人を常に先生と呼んでいた」

その先生は『夏目漱石』である。

なぜ僕にとって『夏目漱石』が先生であるのか。

それは、『吾輩は猫である』によって思想の目を啓かせられたからである。

それまでの僕はただぼんやりと、社会になじむような生き方を求め、ただ勝つことにのみ―何に勝つかはわからぬまま―こだわり、内なる葛藤でもがいていた。

そんなときパッと世界が開けたように、「生きる」ということに真面目になったのだ。

本の中で、文字は踊り、難解な熟語や複雑きわまる言い回しは知的訓練を受けた僕にとって大きな刺激だった。

それまで、僕は数学こそが人間叡智の最大到達点を計る舞台だと考え、数学にこそ至高性を感じていたのだ。

しかし、『夏目漱石』は全く違う方法で至高性を示していた。

届かぬ次元に僕を引き上げてくれた感さえした。

それから僕は先生の著作を名の知るものから読んでいった。

『坊っちゃん』、高校時代に読んだ『こゝろ』

その『こゝろ』が後期三部作であることを知り、前期三部作『三四郎』、『それから』、『門』を読んだ。

そこから、明治の文豪として並び賞される『森鴎外』の『舞姫』や『雁』

また、夏目漱石が当時千円札であったから、五千円札の『新渡戸稲造』の『武士道』や一万円札の『福沢諭吉』、『学問のすゝめ』

・・・

こうして僕の読書の森は大きく、深くなっていき。

それにともなって知識も知力も鍛えられ、海のごとく広く、深く、力を湛えたものになっていった。

『坊っちゃん』の舞台、道後温泉を訪れてみたくて、『夏目漱石』を訪ねる旅のきっかけを与えてくれたものやはり、こうした読書体験であった。

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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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