『第一位の人間とはほかのひとびとよりも先が見えて、自分の計画を遂行するために他人の力と情熱をふるいたたせるだけの、手腕ないしは機略をもっている人間のことだ』


『なんたる連中だ!

全心全霊ただ儀礼にのみ汲々として、あけてもくれても食卓で一つでも上席にわりこむことばかり念じている!

(中略)

愚劣な奴らだ!

席次なんて大したものではないし、第一席を占めている人間が第一等の役割を演じていることはめったにないものだ、ということが分らないのだ。

多くの王が大臣によって支配され、多くの大臣が秘書官によって左右されているではないか。

こうした場合に、第一位の人間とは誰のことだろう?

思うに、それは、ほかのひとびとよりも先が見えて、自分の計画を遂行するために他人の力と情熱をふるいたたせるだけの、手腕ないしは機略をもっている人間のことだ』  『若きウェルテルの悩み』より


ここでゲーテが<自分の計画を遂行するために『他人の力』と『情熱』をふるいたたせる>というように、他人の力と情熱を挙げ、つまりその多大な力を理解しているというのがすごいと思う。

僕たちはまず、一般論として―それはしばしば誤解を生むものだが―、『自力で』というところに至高性を感じる傾向があるのではなかろうか。

これは特に、すでに秀でた力を持っている者によく見られ―努力家や孤高の天才と呼ばれる人たちが意外にも輝かしい成果をえられていない場合が多いことからみても分る―、そのひたむきさと孤高さのあまり、助力や協力の計り知れないエネルギーに気がつかないか、利用できていないのである。

誰しもが自分の力を過大評価し、逆に他人はみくびるという傾向がある。

自分も所詮は一個の人間、生命体であり、どれほどの能力を持とうとも、一人は二人には勝らない。

人の数はすなわち力である。

人の数の多さはそのまま知力をも意味する。

それを具体的に把握しうるものこそ優れた目をもった人間といわなければならない。

そうして得られる『力』をどのように使うか、何に使うかが問題なのである。

この『力』は諸刃の剣で使い方を間違えば、もちろん多大な損害をもたらすだろうし、容易にそれを食い止めることは不可能である。

また、先を見るとはどういうことなのか?という疑問が生ずるが、これはある意味では簡単にいうことができるように思う。

人間のつくりだす社会、世界というものがどういう方向を持って進んでいくのかということを検討してみると、それは『全体から個』、『分離から統一』であることがわかる。

それは人間が求める『自由』と『共存』ということであろうかと思う。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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