周りを森に囲まれた一軒宿 本物の硫黄泉『佐野川温泉』 

静岡県富士宮市から富士川沿いにずっと上流側へ、山梨県南部に向かって走った。

富士山のお膝元、富士宮市は案外発展途上で幹線道路も道幅が狭く、夕暮れ迫る時間帯には入り乱れる小路にも車が交じり混雑していた。

段々に目に留まる家々が少なくなっていく、川幅も狭くなる。

峠は2つばかり越えたろうか。

国道にぶつかり、すぐに県道に入る。

すると『佐野川温泉』の看板が目に飛び込んできて、案内にしたがい、いくぶん粗末な舗装のみされた林道を進むと右手に見えた。

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旅館の名がズバリ『佐野川温泉』。

この一軒のみの温泉場、佐野川温泉はそのままこの旅館を指すのである。

回りを山に囲まれ、少し離れて富士川に流れ込む支流佐野川がゆるやかに流れる。

はて、僕はどこにやってきたのだろうな?と疑問に感じるほど世俗から脱してしまっている。

古き湯治場の旅館といったたたずまい、大きな一枚ガラスに白文字で縦に「佐野川温泉」とある。

引き戸ではなく、自動ドアであったが、スキー場の山小屋くらいでしかあまり見られない玄関のつくりである。

カウンターらしいカウンターはない。

入ってすぐ雑然としたお土産コーナーがあり、右に目をやるとひっこんだところに番頭台の趣きさえある受付があった。

通された部屋は8畳ほどの小さな和室であったが、最近改装されたようで畳や壁、納戸に至るまできれいであった。

チェックインの予定時刻に大幅に遅れてしまったので、心配をして連絡をくださったり、食事の時間も迅速に対応していただけて、その対応ぶりは小さいお宿ならでは、行き届いたものであり満足だった。

食事には地のもので、旬の味覚が並んだ。

たけのこの煮物、鮎の塩焼き、ぜんまいの天ぷら、茶碗蒸しと種類も豊富でなんとか食べきれるというくらいに量・質共にハイクオリティだった。

なによりうれしいのが、年中同一料金9,500円(税抜)であることだ。

料理を頂いた時点で、10,000円でこれほどの夕食が出されるとはと恐れ入ったものだ。

さて、食事をすませて待望の温泉である。

このブログに度々登場する「温泉遺産」に登録されている『佐野川温泉』はすでに期待値MAXであった。

宿に滞在中、つねに日帰りを含めた入浴客が旅館をにぎわしていたところでも人気の程、ひいては人をとりこにする泉質のよさを期待させるに十分だった。

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内風呂は源泉と源泉加熱の二つにわかれており、露天風呂は画像にあるように、奥に源泉、手前に源泉加熱という構成。

おもしろいことに、このどれもが温度が異なっていて、考えられたつくり―温泉を丁寧に扱っているという、うやうやしさまで感じるほどだ。

この源泉は温水プールくらいに考えてもらうといいかもしれない、つまり初夏から晩夏にかけて心地よくかんじる程度の温度であるから、その時期に入浴するのが一番適しているだろう。

しかし、内風呂の源泉加熱はおそらく誰にでも心地よく感じられるのではないかと思うほどに適温中の適温、しばらく入るとのぼせてしまうくらいに設定されており、源泉と交互に浸かることで十分に源泉を楽しめるようになっていた。

まず内風呂源泉加熱で体を温める。

驚くほど体が芯からぽかぽかになってくる。

そして、内風呂の源泉につかる。

源泉がごぼごぼと不規則な量流れ出る湯口にはコップが置かれ、飲泉も可能なので、ほてった体を内側からも癒すと同時にまろやかな腐乱臭のするやわらかな硫黄泉は内臓に染み渡り浄化してくれそうだ。

慣れていないとやや、違和感を体内に感じるが、それは悪影響を及ぼす感覚を与えなかった。

浴室内は無論、硫黄臭に満たされているが、湯面に近づけば濃厚な硫黄泉であることが鼻を通して納得がいく。

そうして体を慣らして、いよいよ露天風呂へ。

源泉は温泉だと思って入ると、やや違う感が生じるので、プールくらいに考えるといい気持がした。

もっとも源泉に近いらしく、湯口付近では体に粒のはっきり分かる程度の気泡がたくさん吸い付いた。

よくわからないが、肌触りがやさしい。

隣にある源泉加熱はやや温かくなっている程度なので、長湯にちょうどよい。

体の冷えを感じたら、また内風呂源泉加熱に戻ればよい。

自分なりにこだわりの入り方を実践しているとなんだか楽しい心持になるものだ。

若い宿泊客が少ないためか、宿の主人からどこから来たのかや、どうして知ったのかなどを聞かれ、すこし談話に花が咲いた。

行くまではすこし骨折れるが、そうして得られる報酬のごときものは想像以上に価値を持ったものであった。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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