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『贅沢を支えるものは苦役・貧困である』


『少数の貧しいひとたちはどんなふうに暮らしているのだろう?

おそらく、一部のひとびとの外面的な生活環境が未開人よりもよくなるにつれて、ほかのひとびとのそれは、未開人よりもわるくなっていったのであろう。

ある階級の贅沢は、他の階級の貧困によってつりあいを保っている。

一方に宮殿があれば、他方には救貧院と「もの言わぬ貧民」がある。

歴代ファラオの墓となるピラミッドを築いた無数のひとびとは、ニンニクを食べて生きていた。

おそらく彼らはまともな埋葬さえしてもらえなかったであろう。

宮殿の蛇腹を仕上げた石工は、夜になるとインディアンのウィグワムよりも粗末な小屋に帰っていくかもしれない』   『森の生活』より


もはやこんなことは常識であってしかるべきで、誰しもこうしたことを感じなければこれだけインターネットなどでつながる世界にあって、まったくの愚鈍者といって差し支えない。

身の回りの生活用品を見てみればわかるだろう、そのほとんどがmade in chinaだということが。

そこには彼らの貧しき生活があるのだ。

僕たちの生活を豊かにしているあらゆるものの大元、末端はそうした人々の苦役や貧困である。

チョコレートやコーヒーは近年取り上げられることが多いように感じるが、それでもどうしても僕たちには実感がわかない。

フェアトレードといわれても、どこがどうフェアなのか、こちらの都合で決まっていることに過ぎない。

カカオの生産地の子どもたちがチョコレートを味わったことも見たこともないという話である。

自分たちがなにをしているのか、なんのためにしているのかを知らず、健気に働いているのだ、粗悪な環境の中で。

もちろん、彼らは自分に生活のためと言い聞かせ、そう信じて疑わない、それ以外の考えも与えられていないのだろう。

他方、僕は旅が好きなので、つまり歴史的建造物が好きだったりするわけだが、そうした建造物をみるにつけ、複雑な心境に至らざるを得ない。

そうしたべらぼうなものというのは、一言に権力の象徴であり、権力とは苦しみと同等である。

そこには人々の苦しみの結晶が具現化されているのだと思うといったい僕は何に感動し、何を好んでいるのだろうか?と自己嫌悪、自己矛盾、自己不信に陥ってしまう。

しかし、それもまた意味のないことである。

自然界において同等、平等というのは限りなくゼロに近いある一瞬、一点なのである。

少しでも外力やバランスを失えば、そちらの側に一気にバランスを崩す方に構成物は流れ込む。

だからといってバランスを崩したまま黙殺していてはいけない、天秤のごとく、静止させることはできないまでも、ゆらゆらと均衡を保たせるような努力、活動をしていかなければ、格差、苦役・貧困はなくならないのである。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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