『苦しみなき恋、悩みなき日々、これらこそ僕たちは我慢ならない』


『みじめだ。

ウィルヘルムよ、私の活動力は調子がくるって、落ち着かない懶惰(らんだ)となってしまった。

私はぼんやりとしてもいられないが、といって何をすることもできない。

表象する力もなくなった。

自然にも無感覚となった。

本は見るだけで嘔吐を催す。

自分に自分が欠けてしまうと、一切のものが欠けてしまう。

まったくの話、私は日傭人になりたいと思うことがよくある。

せめて朝目がさめたときだけでも、今日一日の目あてが、内心からふるいたたせるものが、希望が、もちたいからだ。

耳の上まで公文書に埋まっているアルベルトを見るといつも羨ましく、彼の代りになれたらうれしかろうに、とよく空想する。

これまでも幾度か思いたって、君と大臣に手紙を書いて、公使館ではたらく地位を求めようと思った。

この地位なら断わられることはあるまい。

君もそういってくれるし、自分でもそう感じている。

大臣は以前から私に好意をもってくれ、何か職務に専心するようにと、ひさしくすすめてくれていた。

それで、ときにはそれも悪くないと思うのだが、後でまた考えなおして、例の馬の寓話、自分の自由がいやになって鞍と馬具をつけてもらって、とうとう乗りつぶされたはなしを思いだす。

―いったいどうしたらいいのだろう。

―友よ、私はつねに現状の変化を渇望せずにはいられないのだが、これはことによったら内的な不快な焦躁感なので、どこに行っても私を追跡してくるのではなかろうか?』  『若きウェルテルの悩み』より


「俗にいう、恋の病ね、ふんふん」、「たしかに、恋煩いをこじらすとこういった心持になるのかもしれないね」と呑気に読んでいる読者はまったく見当違いといってよかろう。

恋に没頭し、没我の境地に至るほどの青春の恋慕を鮮やかかつ華麗に描いたゲーテはすばらしい。

熱き青年の血の雫をここに見るような気さえする。

世界は地球の回転、太陽の運行で計られるものではなくなり、ただ恋する彼女が世界の中心点をなし、その姿を目にすることで感情が新たにされる。

彼女に会えない時間はないも同然、ただ飛び越えたいと望むのみである。

僕はなにも手につかない、手につけたら最後、彼女に会うまでの時間が引き延ばされてしまうのだ。

しかし!学業や日々の生活をこなしていかなければならないという人間のみじめな境遇!

彼女を片時忘れられる程僕を熱中させる心象よ、有無を言わさぬ義務さえあれば!


朝起きてしなければならないことが1つとて与えられぬことは人間にとって大変つらいことである。

自分を取り残して世界は回る。

世界から与えられるものによって世界に働きかけることができるのである。

要求もされぬ事柄を提供しても、見向きもしない、それが世間だ。

僕はよく思うことがある、

「君はこれさえやっていればいいのだよ、考えるには及ばない。

人生とはすなわち、これをすることに尽きるのだ。

君からそれを懐疑するという概念を永久に取り去った。

心配するには及ばない」

といわれたらどれほど救われることだろう。

いや、やめよう。

人間の本質、本能を否定し、それから目をそむけることは詮ないことだ。

苦しみなき恋、悩みなき日々、これらこそ我々は我慢ならないに違いないのだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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