習作 進学か就職か


「大学を卒業したのなら、仕事に就くのが当然じゃない?」

由紀は両肘をつき、指先を組み合わせた両手の上にあごをのせて顔の表情をあまりくずさずに言った。

「由紀の話を聞いていると、就職することは当然だというくせにその導き出されるところの動機が不明瞭だ。

つまり至上命令のごとく仕事を扱っている。

しかしね、僕が思うのは仕事はやらなければいけないと言われるからやるのか?そうじゃないだろう。ということなんだ。

しかも理論を途中から始めてしまっているが、ではなぜ大学に入るのだ?」

僕はなるべく落ち着いた調子で話し、口論を望んでいるのではないということを悟らせる努力をした。

「大学に入るのは勉強をするためだと思う」

「勉強をするためにはいって、みんな4年間勉強を済ませて仕事につかなければならない、とするとそれは勉強をするために入っているとはいえなくて、ただ就職するために大学に入っているということじゃないか。

僕は勉強をするために大学に入ったつもりだ、そしてまだ勉強を続けたいと思っている。

だから、仕事に就いていないのだ。なにか間違っていることがあるかい?」

由紀は宏の態度にやや失望を感じた。

彼に自分の気持が伝わらないであろうことが表情や言葉使いから読み取れたのだ。

「勉強を続けたいのなら大学院というものがあるわ。

仕事にも就かずに、進学するわけでもない。

あなたは現況を説明する手立てがないわけなの。

それって間違っていることじゃない?」

彼女はほとんど投げやりになり、小さくつぶやいただけだった。

「勉強することをつねに学校と結びつけて考えることは狭量な考えと言わざるをえないね。

学びというのはもちろん集団やそうした社会機関の下で行う方が良い場合が多くある。

しかし、学びは絶対的な形を持つものではないし、権力や慣習とは独立したものであってしかるべきだ。

勉強を社会需要と結びつけて考えるのは現代社会の悪癖だ。

僕は勉強を続けたい。

由紀にはわからないだろうが、読みたい本があるし、やりたいこともある。

それは決して怠惰から来るものではなく、良心的で貢献的であると考えている」

僕はやや女性に対して理屈を並べすぎたことの失敗を悔やんだ。

それほどの込み入った話をしようというのではない証拠に僕は足を組んでは体の向きを変えたり、戻したりした。

「仕事をしていても本は読めるし、やりたいこともやれる。

むしろ仕事をして、お金があればやりたいことの幅も広がるわ。

宏がそこまで強情を張って就職を拒むのは解せないわね」

由紀はもはや呆れ顔である。

「じゃあ由紀は本当に満足に読書などをできているかい?

できていないことを僕は知っているし、全力で向き合ってはじめて読書というのは身になることを僕は経験から知っている。

僕は強情を張っているのではない、自由と就職が決して結びつきあうことがないことに対して抵抗をしているのだ。

僕のいう自由は気分に合わせて、自分の行動を決めうる余地が残されているという意味だ」

二人の議論はいつもこのような平行線をたどるのだが、由紀は失望するのみであっても宏はいつも彼女の健全な行動規範から社会に裏づけされた心柱のようなものを与えられるような気がした。

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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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