成長ではなく充実を


僕は比較的自由な生活を送っている。

それはそのまま幸せな人生を歩んでいるということになる。

にもかかわらず僕には常に、一種の罪悪感がつきまとい、それに悩まされている。

悩みというのは大体において外界からの作用によるところが多く、またそれがゆえに悩みであるといういいかたもできるかもしれない。

自らの働きかけについての悩みというのはいまいちよくわからない。

それは意気地がないか、臆病かそれらに類する性情に問題があって、悩むことによって逃避しているに過ぎない。

だから僕は自分の能力や行動について悩んだことはない。

注意深く観察してみれば、大方の人は自分に悩んでいるのではないに違いない。

他者や環境などに悩んでいるだけなのだ。

さて、僕が何に一番悩んでいるのか。

それは本来誰しもに与えられているはずの自由を大切に保とうと努力しているだけなのだが、ほとんどの人が好き勝手にあたかもその自由を申し合わせたように譲り合って、損なっていて、その上善良ぶっていることである。

なぜ僕たちは苦労したり、不自由であったりすることが美徳で、すばらしいことだと教えられたのだろう。

また楽しく、身勝手であることを幸福で自由であることと取り違えて認識してしまっているのだろう。

苦労も、不自由も悩みも必要ないはずで、卑しむべきものである。

同じく、独りよがりな楽しみ、身勝手、贅沢も嫌悪すべきものである。

成長ではなく充実を考える生き方も悪くないと思う。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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