『日光東照宮』 独特の存在感の世界遺産


再び、3人旅の季節となった。

恒例行事のマンネリ化を防ぐ一つの方法は大きなテーマを掲げ、毎回そのテーマに沿ってすすめることに集中することである。

僕らの旅のテーマは「世界遺産をめぐる旅」であり、なんのおもしろみもないベタなテーマである。

そして男が好きなものといえば・・・荘厳で大きな滝!ということで、『日光東照宮』と『日光華厳の滝』が今回の目的地となった。

3人で代わる代わる運転しながら、一路日光へと車を走らせた。

いつものお約束で出発は深夜からであり、だれもが眠気を隠せない状態である。

だから出発時には少なからず僕は心の中である決意と覚悟をしなければならない。

もしかすると、3人そろってお陀仏ということにもなりかねないと。

僕以外は呑気でお気楽なやつらなので僕がときどきは気合と注意を促さなければ本当に危ないものである。

散漫からKは乗換えと出口を間違えて、早々に高速道路を下りてしまった。

これには他の二人は大いに閉口し、悪態をついた。

「おまえ、ふざけんなよ」、「どこに目をつけとるんだ、うすのろのサンチョめ!」

途中にはかつて公害問題で揺れた『足尾銅山』の案内板があったが、疲労ピークの僕らはまったく引かれることもなく、山間の「日光」に日光が差し込む頃合いに『日光東照宮』に到着した。

『日光東照宮』といえば、まず「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が知られ、それが彫られた神厩舎をすぎると、豪華絢爛、華美装飾の『陽明門』が階段状に輝きそびえている。

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美しさや、、豪華さの前に存在感が先立つあまりにも有名な門である。

細部に至るまで巧みに彫刻が施され、その彩色をとっても当時の文化と東洋の影響が色濃く反映されていることがわかる。

山中にある仏閣寺院というのはそれだけで荘厳度が増し、えも言われる気持に参拝者を誘う。

拝殿では参拝者が一堂に会し、宮司さんか、それに類する人に案内と説明を受けながら祈祷をした。

拝殿の天井にはたしか龍の絵、欄間にあたる部分には小野小町を始めとする歌人の肖像画が描かれていて、少し低くなった本殿?のようなところは黒く磨いた石板が敷かれ、ただならぬ場を構成していた。

その拝殿の途中、回廊にはこれも有名な眠り猫の彫刻が長押に施されおり、楽しい。

坂下門をくぐり、数百段はあろうかという石段をあがっていくと奥社があり、宝塔の周りをぐるりと一周できるようになっている。

もちろん囲いの中から様子をみることができるのであるが、その地中に家康の神柩があるということなのだろうか?

いまいち神として祀ることや、神柩のなんたるかを知らない僕にとってはいまいち現実味というか、実感のもてないものであった。

石段を登りきる手前に

『人の一生は、重荷を負て遠き道をゆくが如し、急ぐべからず』との立て札もあり注意を引いた。

徳川家康が遺書に日光東照宮と久能山東照宮と増上寺と大樹寺のそれぞれに意味合いをこめて、彼自身の身を処するようにと残したが、それの細かな意味がよくわからないのが残念だ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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