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まわりの大人の要らぬ心配

『彼の母も、だれもかれもが、すべて彼の心の問題に干渉する必要を認めているのだった。

こうした干渉は彼の心に敵意を呼びさました。

彼はめったにそんな感情は経験したことがなかった。

≪あの連中になんの関係があるというんだ?

なんだってみんなは、おれのことを心配するのを、義務と心得ているんだろう?

それに、なぜみんなしておれにからむんだろう?

きっと、これはなにかしら、あの連中の理解できないことだからだろう。

これがもしありふれた、月並みな社交界の情事だったら、あの連中もおれをそっとしておいてくれたにちがいない。

ところが、あの連中もこれがなにかしら別のもので、おもちゃでもなく、あの女がおれにとって命よりも尊いものだということを、感じとったのだろう。

それに、これがなにか自分たちに不可解なものなので、それでみんないまいましがっているのだ。

いや、たとえぼくたちの運命がどんなものであろうと、またどうなろうと、それはぼくたちが作り上げたものだから、泣き言なんかいうものか≫

彼はぼくたちという言葉の中に、自分とアンナとを結びつけながら、こうひとりつぶやいた。

≪いや、あの連中ときたら、ぼくたちにちゃんとした生き方を教えなければ気がすまないんだ。

そのくせ、あの連中は幸福とはなにかということなんか、てんでわかっちゃいないのだ。

あの連中には、ぼくたちはこの恋がなくちゃ、幸福もなければ、不幸もない、いや、生活そのものがないってことが、わからないんだからなあ≫

彼はそう考えるのだった』     『アンナ・カレーニナ』トルストイ著より


恋愛、結婚に限らず、仕事や学校生活にいたるまで、周りの人々は暇だからなのかわからないが干渉やお節介をしたがる。

幼いころから本当にそのことが忌々しかった!

やがて、気持ちを隠し、演技することをおぼえた。

いい学校へ入るといい、医者になるといい、有名で給料のいい会社に入るといい、適度な恋愛をするといい・・・

みんな幸福ということがわかっていないのだ。

目に見える、周りの人たちが容認しているそうした足場の上にのることを無責任にすすめているだけなのだ。

ただ、長く生きているということをさもすばらしい偉大なことだと思っている。

何の考えもなく、自らの生きてきた視点でしかものが言えない人たち。

ひとりでもまわりにそうした柔軟なすばらしき大人がいてくれたら!

まったくこちらは信頼もおいてない、むしろ不信感さえ抱いているのに、心配することを義務と考え、責任感さえ感じている厄介な知り合い程度の大人。

自分の子の教育よりも、他人の子の教育をしたがるのは親の性であろうか。

教育者の子どものできがわるいのはよくいわれることではなかろうか。

頭ごなしの干渉は本当にやりきれない。

ゆっくりと話す機会さえもったことのない人がそうした干渉をしたがるのだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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