至高の精神の発現 『ゲーテとの対話』

『これから何年か先に、どんなことがおこるか、予言などできるものではない。

だが、そう簡単に平和はこないと思う。

世の中というものは、謙虚になれるような代物ではない。

お偉方は、権力の濫用をしないではおれないし、大衆は漸進的改良を期待しつつ、ほどほどの状態に満足することができない。

かりに人類を完全なものに仕上げることができるものなら、完全な状態というものもまた考えられよう。

けれども、世の中の状況というのは、永遠に、あちらへ揺れ、こちらへ揺れ動き、一方がしあわせにくらしているのに、他方は苦しむだろうし、利己主義と嫉みとは、悪霊のようにいつまでも人々をもてあそぶだろうし、党派の争いも、はてしなくつづくだろう。

いちばん合理的なのは、つねに各人が、自分のもって生まれた仕事、習いおぼえた仕事にいそしみ、他人が自分のつとめを果すのを妨害しないということだ。

靴屋は、靴型の前にいつもいればよいし、農夫は、鋤を押していればよいし、君主は国を治める術を知ればよいのだ。

というのは、政治というものもまた、学ばなければならない職業の一つであり、それを理解しないような者が、さし出がましいことをしてはいけないのだ』



『他人のおしゃべりには干渉せず、自分がよいと思うことを実行してきたのだ』



『未来永劫の霊魂不滅を信じる幸福を失いたくはない。

それどころか、、来世を信じないものは、みなこの世でも死んでいる、といいたいくらいなのだ。

しかし、こういう理解しがたいことは、日常の考察の対象としたり、心を乱す思索の対象にしたりするには、あまりにも遠くにありすぎる。

それに、霊魂不滅を信ずるものは、ひそかに幸福にひたっていればいいので、それを自慢するいわれなどないのだ。

不死の観念にかかずらわるのは、上流階級、ことに何もすることのない有閑マダムにうってつけだ。

しかし、この世ですでにれっきとしたものになろうと思い、そのため、毎日毎日努力したり、戦ったり、活動したりしなければならない有能な人間は、来世のことは来世にまかせて、この世で仕事をし、役に立とうとするものだ。

その上、不死の思想などというものは、現世の幸福にかけては、最も不運であった人たちのためにあるのだよ』     『ゲーテとの対話』より


日々この世で生活していると、変らぬ政治、終わらない争い、なくならない貧困、強者と弱者などの格差に嫌気がさしたり、希望を失ったり、どうせよくならないと諦め、妙に悟ってしまったりする。

また、若さ、野心、使命感により世界を、社会を変えてみせようという気概を持ってみたりするかもしれない。

しかし、少しでもこの世界を発展させよう、進歩させようと思うのならば、まず足元から始めるべきだ。

自分の家族、友だち、持ち物、仕事、それらを愛し、大切にすることから始めるのだ。

自分の身を正しく処する。相手には礼儀を尽くす。仕事には誠意をもって取り組む。

それはきっと伝染し、生活自体を豊かにする。

自分の体だって大切にしなければならない持ち物だ。

掃除し、手入れし、大切に扱う。

それはすべての基本であり、もっとも重要な作法である。


おしゃべりに干渉することほどばかばかしいことはない。

おしゃべりは時間つぶし、不満の発散、くつろぎのために有効であるが、その内容に関して実を求めたり、道義立てをしようとするのは無駄な骨折り。

自らの正しいと思うことをひたむきに実行する。

相手にそれを求めることも、賛同してもらうことも期待しない。ただやりぬく。



大学生くらいになれば、死の問題を考えることは誰しも経験するところのものとなることだろうし、哲学や死生観について自分なりの解釈をぼんやりと持っているひともあるかもしれない。

こうした宗教や死について議論を戦わせたり、批判したりするのはどこまでいっても結論のでない、いわば不毛な争いに近い体をなし、時間の無駄だと、経験的に感じる。

僕もなんどか死や宗教について、友などと語り合い、議論したことがあるが、結局はなにも得られるところはなかった。

ゲーテの言うように、それらの観念は幸福に人生を過ごすためのある意味で処世術ともいえるのかもしれない。

そういった信じるものがあることは生きる上での頼もしい心のよりどころとなるし、エネルギーともなりうる。

それは自慢するものでも、披瀝するものでもない。

心のうちに秘め、これも宝物のように大切にしまっておけばそれでいい。

今日がまだ終わっていないのに、わからない明日のことについて苦心するのは賢明なかんじはしない。

いかに生きるべきか?そのための死の観念は必要かもしれないが、それがどのような観念であろうとも、日々を真剣に生きること以外になにが考えられよう?

そうだ、たしかに慰めであり、僕たちの人生に平等にいつも用意されている憩いであると考えることもいいだろう。

ゲーテが発する言葉の一つひとつは経験とその優れた精神によっているのだろうが、本当にすばらしい思想と精神が発現している。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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