少し遅めの初詣 『熱田神宮』

Aがまだ初詣を済ませていないから神社へ行きたいというので、せっかくこうして改まって初詣に行くわけだから住んでいる地域でも古くからあり、格別に尊いお宮である『熱田神宮』を参拝することにした。

この『熱田神宮』は三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)が祀られていることで知られる。

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僕たちは普段見慣れていたり、習慣、なじみのあるものに対してあまり注意を払わず、むしろ軽く扱ったりしがちで、そのありがたみや本当の価値をしっかりと見定めることができない

京都の町を例にとると、京都が地元の人間にとっては、自分の住む近所に由緒正しき寺院があることがあたりまえであったりして、そのことを重宝することもなく平然と暮らしている。

観光でいく僕たちにとっては普通の町並みの中にいきなり荘厳な寺院が現れるので驚嘆する事柄なのにである。

この『熱田神宮』も地元であり、やや遠い距離にあるため親に連れられて来た記憶がわずかにあるばかりで心の中では軽佻に扱っていたように思う。

今日、こういったきっかけによってこんな格別に荘厳なお宮さまに参拝できたことはとてもいいことだった。

ちなみに自動車でいく場合、東門(名鉄神宮前駅方面)駐車場を利用すると台数が多くすんなり駐車できる。

中部地区最大の都市名古屋にあるのだが、一歩敷地内に入れば、背丈の高い木々が茂り、森閑として神々しい雰囲気がした。

こうした神様がいらっしゃるようなところは空気が澄んでいて畏れすら感じるほどだ。

慎まなければいけない、そして背筋が伸び、気が整えられる。

参拝を済まし、おみくじを引いた。吉だった。

水晶の神鏡の様に心清く正直であれば恩恵があり願望叶う。

但し、心に不義不正の欲心あれば災来る。

縁の下の力持ちを心がけよ


との言葉が書かれていた。

とても重たい言葉で、また現在の僕の迷いを見透かされているようだ。

やはり天から僕たちを神様は見ているのだ。

最近になって本当の正直、心の清さというものを知った。

それが問われるのは自分が窮地や責任が曖昧である場合である。

余裕があるときや心穏やかなとき、たいした問題が起こりそうにないときは人は正直にも心清くもいられるのである。

しかしひとたび状況が変わり、立場が危うくなったときその状態を保ち続けられる人こそ、正直で心が清いのだ。

僕はそんなものにはほど遠く、小さく、自己中心的な人間だったのだ。

ひょっとしたら気が付いていないだけで、心に濁りが生じてしまっているかもしれない。

この一年は日々自らを省みながら、心のゆがみや濁りを少しでも整え、清めたいと思う


加えて、今年は本厄の年であったから厄除けの御守りを頂き、相応のお金を納めた。

今年の初めにこのような偉大なエネルギーをいただけたことはありがたく、幸先よしだ。


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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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