僕の重要な一冊 『坊っちゃん』夏目漱石著

夏目漱石の作品はとにかくわかりやすく、言葉のやり取り、地の文が軽快で読んでいて気持ちがいい。

『坊っちゃん』はとくに際立って、そういった特徴を持っている。

登場人物の数がすくなく、あだ名に見られるようにそれぞれの人物が特徴的で、型にはまっているからはっきりと区別することができる。

それから、全体を読みやすくしているのは、主人公が―こういった文学的な作品の主人公ではある意味特異な―無鉄砲で思慮深くないからだろう。

『坊っちゃん』では回想や教師生活のなかで起きる出来事に対して坊っちゃんは深く考えたりすることはせず、ただ、まっすぐに単純に正義を重んじる人間として描かれる。

しかし、それだからこそ、悪玉である赤シャツや野だに対する発言や感情が率直で説得力を持つし、山嵐の重厚な言葉がよりいっそう際立つ。

この山嵐との友情に近いものが生まれ、そこから2人で襲撃を決行するに至るまでもみどころのひとつだと思う。

最初は互いの性質から仲たがいをするが、あるとき和解する。

このときに起こる読み手のほっとする気持ちは、人間が本来、人との互いの正しい理解を求めることをあらわすのだろう。

この2人は文学史上で考えてもとてもいいコンビだ。

この物語には影が存在しない。

悪玉である赤シャツでさえ、嫌なやつではあるが、行動と言葉だけで薄っぺらく書かれているので、感情移入もなく気分を害されるほどではない。

逆に、彼らを成敗する坊っちゃんと山嵐も反人道的な暴力ではなく、あくまで風刺的な、ギャグ漫画のような趣を持たせて場面を柔らかなものにしている。

また、独立した存在として書かれている清がもっとも効果的かつ人々の人気をあつめる要因だ。

清の存在は坊っちゃんを正義たらしめ、光をもたせる。

清により照らされる坊っちゃんはそのベールによって無鉄砲さ、勇み肌が許され、美化されている。

『草枕』などとは違った技巧的な作品である。

『草枕』などは言葉の言い回しや、熟語、漢詩調、複雑な描写を駆使して芸術作品の域にまで達しているが、『坊っちゃん』は日常のエッセンスを抽出し、強調することで、人間性に焦点を当てる。

誰もが容易に理解ができ、文豪の姿を借りることができる。このことが『坊っちゃん』の魅力なのだ。

僕はそれによって旅の醍醐味を知った。

人間は模倣や共感、同じ体験をすることを好む生き物だ。

先人たちが歩いた道を歩き、見ていた景色を眺める。

そして思いを馳せる。

自分の存在を認識する。自分の感性を知り、磨きたくなる。

旅はただすばらしいものを見たり、楽しむだけではなくて、物語のリアリティを高めることにもなるし、過去と現在との往来する経験である。

『坊っちゃん』なくして、一人旅はなかったし、旅の醍醐味を知らなかった。

つまり今の自分はなかったわけだ。

ひとつの物語はここまで一人の人間に影響を与えうるのだ。

僕にとって『坊っちゃん』は紛れもなく重要な一冊だ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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