大学(芸術、4年制)の存在意義

日本には現在、芸術系の大学がある。

武蔵野美術大学、東京藝術大学、多摩美術大学などがそれである。

僕はこの芸術大学、美術大学というものに違和感と疑問を持つ。

大学と芸術というのがどうしても結びつかないのだ。

結局大学という名前だけで市場になっているのではないか?

一般的な4大にしてもそうだが、教育のための教育、つまり大学教授の仕事という意味での教育、受講者ではなく、あくまで教授側のために存在するのではないかと思える。

専門的な知識を必要とするのであれば、もっと細分化されてしかるべきだし、時代的に総合的な知識というのがあまり必要でなくなってきているように思う。

というのは、歴史ひとつ考えてみても、今現在がもうすでに歴史になっていくわけで、これからの学習者は、今まで僕たちが学んできたものに上乗せされた知識を得ていかなければいけないのだ。

僕たちはニュートン力学まででよかったのに、未来の高校生などは相対性理論をふまえた力学を学ばなければならないかもしれない。

とすると、学校、教育のあり方が変っていくだろう。

僕たちはこれから本当にスペシャリストをつくるか、あるいは一般的な労働力をつくる、そのような明確な区分けと細分化をしていく必要があるとおもう。

これと同じように美術、芸術大学にしても、結局美術、芸術では食べていけないからそのセフティーネットとして大学が存在するということになるんじゃないか。

ゴッホは美術学校に入らなかった―。

芸術家と職人、なにがどう違うだろうか?

芸術家は芸術大学に行き、職人はどうだろう?

職人は師匠について、弟子として仕事、技術を学ぶ。

そういうふうにしないといつまでたっても一人前にも、一流にもなれないように思う。

もちろん独学というのもいいだろう。

創造力が必要な芸術家ならば、技術だけでは足りないのでやはり自力の努力や感性など才能が必要だと思うが、それを大学が養ってくれるのか疑問に感じる。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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