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一人旅 江田島 海軍兵学校

ネットカフェでは1500円くらいで一晩を過ごすことができる。

さすがに疲れが完全には取れなかったが、まずまず快適だった。

この日は父に行くことを進められた江田島『元海軍兵学校』の見学をする予定だったので、呉港へ向かった。

呉港から江田島へ向かう船では海上自衛隊の方達が数名いた。

海軍のイメージ通りの白い制服に金色の章がある黒い形の整った帽子をかぶっていたのですぐにわかった。

海軍兵学校は今は海上自衛隊の教育機関になっているのでその関係者だろう。

江田島の小用港から歩くこと40分くらいで着いたが、入口の門の表札が印象的だった。

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ここは時間は指定されているが、無料で見学することができ、OBである現職員の偉い方に案内していただける。

戦時中、ここは海軍兵学校で世界でも三本の指に入る立派な伝統ある学校ということだった。

(たしか、アメリカとイギリスと日本にそれぞれある。)

集会場に案内され、そこで記念撮影をしていただいた。

その集会場の壇上の上方にフクロウが彫ってあるのは、学問の象徴かだからとかなんとかおっしゃっていたがもう忘れてしまった。

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ほかにも立派な建物があり、当時の建設費はとてつもない金額だったようだ。

レンガひとつひとつが精巧に作られているというように細部にまで匠を凝らしてあり、当時の海軍の権力を伺えた。

海に接するように作られている学校で運動場が広く、海岸沿いには主砲や小船など海軍を思わせるものがおかれている。

海を隔て、少し離れたところに小さめの山が見えるのだが、生徒はそこまで15分足らずで訓練によっていくことができるようになるという話もしていただけた。

それほど、訓練は厳しいらしい。

大和の主砲や特攻隊の遺書など博物館のような建物を最後に見せていただいたのだが、入口には戦艦大和の弾が置かれてたりしたが、最も印象に残っているのは、

『東条英機のなにか』(忘れてしまった)がある部屋があり門が堅く閉ざされていたことだ。

僕たちの世代にとって戦争は遠いものとなってしまい、東条英機も山本五十六も名前は知っているが、どのような人で歴史上どんな役割を担い、どのように影響したかということはほとんど知らない。

多少、太平洋戦争の映画や資料館、教科書などで学んだが、それも常識の範囲内かそれ以下だろう。

『やってみせ いってきかせて させてみせ 褒めてやらねば 人はうごかじ』という山本五十六の歌は印象的だった。

特攻隊の人たちの遺書を読みながら、若くして運命に身をゆだね、国のために死ぬのですと両親にあてた手紙がとても胸にささった。

両親よりも国が重んじられた時代。なによりもお国のためにという時代。

その時代に比べるとどれほどひとりひとりの人権が尊重されていることだろう、死の危険もなく平和に暮らせることだろう。

そういった人たちの意志のもとに現代があると思うとただ平和や自由を謳歌しているだけではだめだ。

さらに後世のためにすばらしき世界をつくっていかなければという気持ちになる。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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