生きるための条件

太宰治の『斜陽』第九章は僕にとって大きな意味を持った。

小説に限らず、何か書物を読むということは少なからずそこに自分の思想を見出そうとすることである。

「僕は、僕という草は、この世の空気と陽の中に、生きにくいんです。生きて行くのに、どこか一つ欠けているんです。足りないんです。いままで、生きて来たのも、これでも、精一ぱいだったのです。―――。」

最近僕が見ていなかったというか、意識していなかった自分の性質の影の部分を照らされたようだった。

あぁそうだ。僕はこういう人間だった。みんなと同じように楽しく遊びたいと思って、酒を飲みにいったり、夜街へ出かけていっても、いつもちっとも楽しくなかった。

そうして、もっぱら遊びには行かなくなった。友達とも会うことはあっても心は離れてしまった。

僕は快楽に対する不感症であったに違いないけれど、実生活ではあまり気にならなかった。

これは僕にとっては欠けているものではなかった。そういった内面的な欠落ではなく外面的な欠落が僕を苦しめた。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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