一人旅 被爆の地、広島

前日は広島市内にあるユースホステルに宿泊した。

そこは4人の相部屋で学生1人とトラックの運転手1人、そして僕の3人がその日は宿泊していた。

風呂場では60代であろうおじさんと旅の予定やこのユースホステルについて少し談笑をした。

朝、7時頃に目を覚ますと、ちょうど運転手と学生も準備をしていたから自然と会話が生まれた。

話しているうちに、学生は原爆ドーム付近へいくということがわかり、自分も原爆ドームへ行くんだなどとやりとりしていると、運転手が交通手段がないみたいだから、近くまで送っていってあげようか?と親切にも言ってくれた。

その言葉に2人は甘え、送ってもらうことにした。

このときはじめて、一人旅の醍醐味を知った。

知らない土地で初めて会った人と話したり、その親切を受ける喜びや、逆に親切をしてあげたときの見返りを求めない、その場の行動の気持ちよさだ。

原爆ドーム周辺で下ろしてもらい、そのまま原爆ドームへ向かった。

近づくにつれ、緊張感と重々しい気持ちになっていった。

日本人であるならば、一度は訪れ、その受け取れる限りの印象や事実に触れなければならないと思う。

そして、被爆国としての日本、戦争をその場だけでもじっくり考えてみなければならない。

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1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、広島に世界で初めて核兵器が人間に対して使われた。

その日は夏の暑い日だったという。そこには市民の生活があり、街が存在していた。

それが一瞬で灰に帰してしまった。一発の原子爆弾で。

原爆ドームを訪れたとき、その悲惨な出来事から65年経っていて、街は復興し、発展を遂げほとんど、当たり前かもしれないが、その面影を残していない。

だからこそ、この原爆ドームと街との対照は心に重くのしかかった。

これが時間の力なんだ。

時はあらゆるものを風化させ、人は時が経つにつれ忘れていく。

今では信じられないが、そのとき戦争があり、精一杯生きている人々がいたんだ。

その人たちがいたから、僕たちの今の平和があることを思うと感謝と切なさと哀惜とで胸が締め付けられた。

階段に焼け付いた人の影やぼろぼろの衣服、被爆者の写真などを資料館で見ることができ、現代にもその凄惨さを伝えている。

原爆の子の像の内部には鐘があり、それを鳴らすと平和がいかに尊いものなのか心底感じられるような気がする。

不思議な場所だった。平和を願うための折鶴がたくさんあり、こんな言葉も彫られている。

『これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための』

行けば、誰もが平和と戦争と人命と幸福を考えさせられるだろう。

忘れてはいけない、知っていなければならないことは数多くある。

被爆の地、広島も絶対に忘れてはいけない。知らなければいけない。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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