『一握の砂』 僕とふるさと

『ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく』

『ふと思ふ ふるさとにゐて日毎聴きし雀の鳴くを 三年聴かざり』

『石をもて追はるるごとく ふるさとを出でしかなしみ 消ゆる時なし』

『大形の被布の模様の赤き花 今も目に見ゆ 六歳の日の恋』

『そのかみの神童の名の かなしさよ ふるさとに来て泣くはそのこと』

『ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな』     石川啄木著『一握の砂』より


僕は未だふるさとを遠く離れたという経験がない。

中部、関東、関西に住んでいれば、ふるさとを離れるという経験をせずとも、なんら差しさわりがないだろうし、たとえ関西から関東へ移り住むにしても、ふるさとを恋しく思う気持ちはわいてこないかもしれない。

それは、ふるさとがすでに開拓され、移住先の光景とふるさとの光景がたいした差がないからだ。

郷愁は都会に移り住み、田舎の故郷を思うとき限定の感情だと思う。

だから、もし郷愁を感じた経験があるのならば、それは幸せなことだとおもう。

僕は同じ市内の異なる地域に引っ越したから、生まれ育ったその地域をときどき、訪れるのだが、その際にはやっぱり郷愁というものを感じる。

生まれ育った家があった土地には新しい家が建ち、慣れ親しんだ近くの公園などの木は大きくなり、繁茂している。

周りの家々も様変わりし、道路や昔のままの家などをみて記憶がよみがえってくるが、時と共に記憶も現実もどんどん変っていってしまう。

ふるさとはやっぱり、心の中と、そこに住む人と、野山にしか存在しないのかもしれない。

現在とは場所は同じくしても、全然違う。

そこにはもうにおいや、風は吹いてはいない。

僕の住んでいたところには訛がなかったから、訛を聞いたときの安心というものは想像するしかないが、それだけで絆のようなものを感じるのであろう。

少しでも街に移り住むと雀の1匹さえ珍しいものとなる。

田んぼのあぜ道や、川、そういったものは街には存在しない。

僕は学校のそばに住んでいたから、チャイムの音が常に聞こえていたのに、もう何年も聞いていない。

ふるさとを離れるのは仕事のためや学校など、今のいわゆる社会に出るためにふるさとを出る場合が多い。

ふるさとと経済活動は相容れない関係である。

ふるさとに利益も損益もないのだ。

そこにはただ暮しがある。人びとの営みだけだ。

そんなふるさとを追われるようにでていかなくてはならないとはなんと悲しいことだろう。

恋をしたならば、僕たちの五感はとっても鋭くなる。

彼女を捉える眼差し、その場のにおい、てのぬくもり、そういったものたちが脳内に深く刻み込まれ、それは薄れることがない。

遠くから眺めていれば、ながめているほどそれは強烈になるのかもしれない。

始めてであったときの彼女の着ていた服、髪型、初めて聞いたその声色。

それらは今すぐにでも現前に描き出すことができるほど鮮明だ。

学校で隣の席の男の子が上着を貸してほしいといって貸していたその彼女のチェックの服を今でも覚えている。

子ども心にうらやましかった。

薄黄緑色のカーディガン、リボンのプリントがついたTシャツ。

ふるさとに錦を飾るという言葉があるほど、ふるさとを出たのならば、鮭のように、出世し、大きくなって戻ってこなければ男として情けない。

もしも、ふるさとを出たときに神童と呼ばれていたのなら、なおさら大きく立派になって戻らなければ顔が立たない。

ましてや、それから落ちぶれてしまっていたら面目もなければ、悲しくもあり、耐え難いことになろう。

ふるさとといったらやはり大きな山だろう。

僕たちの生活と共にある山。

僕たちを見守ってくれる、大いなる山。

ふるさとの存在は山が保証してくれる。ありがたきかな。

山に対すると自らのちっぽけさを感じ、圧倒される。偉大だと思う。

ふるさとの山ならばなおさら安心感につつまれる。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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