成功者と落伍者

『非凡なる人のごとくにふるまへる 後のわびしさ 何にかたぐへむ』       石川啄木著『一握の砂』


自分で文章を書いているものにとって―それが個人的な日記であれ、対外的なものであれ、歌に歌われているこういった気持ちはよく体験するところのものであるし、またこの気持ちを感じず文章なり、己の力を表現できるものは当節の成功者、実力者と言わざるをえない。

己の力や心情を公にするのは貧弱さからである場合がおおく、そんなものは自らを省みずにはいられない。

その都度こんな心持ちがするのだ。

『恥ずかしいのではない、また誇らしくも、清々しくもない。遠い記憶の掘り返しや、親しみのある感情の再現がそこにあって、ただ変な感じだ』

成功者や実力者はそんな貧弱ではないから、思うこともまた違っている。

彼らは意識が常に外側にあり、貧弱なものたちはいつも意識を内側へ向ける。

彼らは大きな流れをつくり、その中心の軸となる。

己の振る舞いを肯定し、過去の自らを恥じると共に、現在の自分を進歩の対象とみる。

彼らには一連の自分自身というものしかなく、断片的なそのときの切り取られた自分というものが存在しないのだ。

彼らはときに悩むが、それは不満で、しかも自分自身に対する不満ではない。周りに対する不満だ。

僕はどちらを欲するのか。

成功者、実力者か貧弱な落伍者か?

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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