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尊重すべきは人生のみ

『この健康で素朴な人生の賜物が、本当に正しく用いられることは、実にまれなことなのかもしれません。たしかに大部分のひとびとはだらしがなく、不注意で、良心がなくて、精神的に摩滅していて、そういう賜物を正しく扱えなくなっているのだと思います』

『悪習にふける者も決してこの恐ろしさに対して無神経ではないようで、むしろ反対に、その恐ろしさを十分に認めているのですが、感情が古典的な生の賜物に耐ええないからこそ悪習に陥っていくともいえるわけで、それは決して人生をないがしろにするものでもなければ、またそう考える必要もなく、これもやはり、人生の賜物に対する尊敬のひとつの現われとげすることができるわけなのです。これはむろん、洗練されすぎた嗜好品というものがつまるところは陶酔と高揚の手段、いわゆる興奮剤、感情力の補強、増進の手段を意味する場合です。ですからこれらのものが目的とし意味するところはやはり人生であって、感情に対する愛、無能力者が感情を求める努力にほかならないといえるのではないでしょうか』       『魔の山』より



善を愛する者、真理を追究する者、そして美を探究する者、こういった人びとにとってこの言葉に大きな力を感じずにはいられないだろう。

絵画、音楽、文学などの芸術やあるいはさまざまな場面における古典を古きよきを愛する者たちは時として、現代的なものを無価値のようにあつかってしまうのではないだろうか。

しかし、ここに書かれているようなことは真理であるように僕は思う。

ただの尺度の問題でもっといえば正に形式の違いに過ぎない。

『趣味や好みに貴賎貧富の別なし』である。大いに己の好むところを愛し、人生を尊重すればそれでよいのだ。

僕たちが尊重すべきは人生のみであって、その形式や、手段ではないのだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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