真の民主主義の可能性 (衆院解散に寄せて)

衆議院が解散された。

僕は衆議院が解散されたことに関して、その思惑や時期などについて考えたり、述べるのは野暮な気がするから結果として受け取るにとどめる。

政治というのはそんな単純なものではないので、いいとかわるいとかそういう基準で判断するものではない。

今話題になっている、第3極、橋本代表の「維新の会」や「太陽の党」などが出てくるのは当然の結果だと思う。

メディアがどうのこうのという話もあると思うが、自民党がだめだったから民主党になった、でも民主党もだめだった、じゃあ今度はどこの党・・・?

新しい政党が担うしかない!という単純で当然至極な流れ

政治の世界でも、現代は細分化の時代なのだ。

自民党と民主党という構図から、新党が生まれる傾向になり、県単位で党が発足する事態。

細分化し、それぞれが思いっきり意のままにやる。偏った完ぺき主義だ。

そんなものはもろく、役に立たず、何も生み出せない。


この世界の先進国をはじめとした、ほとんどの無能の人びとが科学の発展を自分が計り知れないがために、強大な力とみなし、それを人類の卓抜な能力の証明と勘違いし、生活はもっとすばらしい完璧なものになるのだと無謀な望みを持っている。

人類はそれほどの力を持っていない。

誰もが豊かになれる生活を科学技術によって得られるのか?

いや得られない。

そうした賢くなった人びとの代表である政治家がよりよい国家をつくってくれるのか

いや、そんな完璧なよりよい国家なぞつくれない

一人ひとりが世界を動かしているのであって、政治でも科学でもない。

政治はまだまだ国民の一人ひとりが国家を担っているということを形式として捉えることができなかった。

事実上国家が大きく存在し、いわゆる平民というのは物の数ではなかった。

発言は届かず、そんな場もなかった。

しかし、今はそれぞれが情報を発信し、共有できる

これは大変なことだ、真の民主主義の実現の可能性をここに感じる。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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