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姉は私のファッションリーダー 初めて買ったブランド品 PAUL SMITH の長財布


こんにちは。
どうぞお付き合いください。

姉は私のファッションリーダーだった。高校生で、登下校のマフラーはバーバリー。休日には「ブルガリ ブループールオム」をまとい、街へ出かけていった。よく読んでいた雑誌は海外のゴシップ系のもので、気になる洋服があると注文していたようだった。それゆえ日本ではみなれない色合いやデザインのものが多かった。化粧にも人一倍こだわりがあって、研究熱心でもあった。そんな姉を身近で見ていたので自然と人並みにファッションへの興味を抱くようになった。私のような内向的な生活をしている者にとって疎遠であるはずのものなので、ありがたい存在であった。ファッションのおもしろさ、奥深さ、これは文学や芸術につながるものでもあり、また経済社会、資本主義の構造を顕著に表す概念でもあるように思う。私は何を買うにしても姉に相談ばかりしていた。そんな中、私がファッションを通して知った概念が”ブランド”である。大学生になって、持ち物を一新することで高校生から脱皮しようと考えた私はそのシンボルを特段の理由もないが、財布にしたのであった。確か、当時使っていたものは、母が入学祝に三越(百貨店での買い物は初めてだったかもしれない。無論、自分で稼いだお金ではない、自分で買ったのはもっと後になってからだ)で買ってくれた、二つ折りのシンプルでしっかりとしたつくりの、ハイブランドではないが、信頼できるmade in ITALYのもので、こちらも思い出深いアイテムで、部屋の一隅で眠っている。

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姉が私にすすめたのがこの「PAUL SMITH」のラウンドジッパーではない長財布であった。私は鮮やかなストライプが前面を覆うデザインに大きな衝撃を受けた。姉は派手とはいわないが、華があると形容できるような人間で、そのことはこの選択からも明らかだった。同時に、私へのファッションスタイルの要望でもあった。たしか3万円くらいしたと思うが、当時は財布に3万円、中身より外身の方が常に価値を上回るのはいかがなものかと考えていたが、のちに、10年近く経っても、大きな損傷もなく使用できることで十分にそれだけの価値を知ることになる。

PAUL SMITHの象徴でもあるマルチストライプは心地よいランダム、対称性のやぶれのような根源的な美を感じないではいられない。またかぶせぶた型の長財布は軽やかかつアクティブな印象を与えるので、大学生の私にはとてもフィットした。最近、大学時代に仲の良かった友人がこんなことを言った。

「懐かしいな、そのポールスミスの財布。まだ使えるんだね、やっぱモノがいいやつだったんだね。」

「うん、今では色落ちもしてきちゃったし、皮の傷みも目立つから、サブとしてこうやって現場仕事のときや旅のときに持っていくんだ。」

「実は、俺。」といって、徐に彼がバッグから取り出したのは、さりげなくマルチストライプが施された、シックなポールスミスの長財布だった。

「しゃれた財布だな、と思ってて就職した時に買おうと思って買ったんだよな。かたすぎなくて、遊び心があるっていうか、今では値段も手ごろだといえるくらいだし、一応ブランドってことで大人な感じもするだろう?」と笑った。

私はその財布を皮切りに、ポールスミスのアイテムをいくつか手にすることになった。イギリス的紳士に憧れる私ではあるし、色彩を取り入れたい願いにも応えるお気に入りのブランドである。

お読みいただきありがとうございました。
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人は変われる 柔軟性と力を肉体から精神へ


こんにちは。
今日もお付き合いください。

人は変わることができると人は言う。

でも、私たちの実感では変わることは難しい、いやほぼ不可能だ。そんな気さえしてくる。

私はいつまでたっても人間嫌いのままだし、厭世観から抜け出せずにいる。小説もちっとも書かない。

でもこれは、人間の性質についてのことだ、精神や思想に働きかけることは難しいという意味にすぎない、では物理的に、例えば肉体に働きかけてみてはどうだろうか?健全な肉体に、健全な精神が宿るというが、肉体改造が果たされたとき、それに伴っていつの間にやら精神にも影響を与えていたということにはならないであろうか。

私の肉体は凝り固まり、柔軟性は全くなく、ひどく痩せ、まるで病み上がりのようであった。しかも、面白いことに、精神もまたこれに似通い、融通のきかない石頭で、柔軟な発想もできず、些細なことに心を痛め、すぐに意気消沈して湯鬱になる。もしも、体が柔らかくなり、筋力がついたならば、精神にもその効果が期待できるのではないだろうか。

そう考え、私はここ数か月、柔軟体操と筋力トレーニングを欠かさず行っている。目標とするところはとりあえず、180度開脚である。男性にはなかなか難しいようであるが挑戦してみたい。筋力トレーニングについては実際的な目標を立てていないが、180度開脚を達成した暁に、ジムへ通うことにし、ベンチプレスなどの重量を目標として設定しようと思う。それまでは基本的な腕立て伏せ、腹筋、スクワットを続けて行こうと思う。最近になって少し効果が目に見えるようになってきた。しかしながら目標達成にはまだまだ数か月はかかりそうである。

お読みいただきありがとうございました。
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素晴らしき嗜好品 『サントリー 白州』


こんにちは。
少しばかりお付き合いください。

山梨県北杜市白州町、なんと美しい地名であろうか。そこに『ウイスキー 白州』の蒸留所があることは単なる偶然とは思えない。

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日本は名水の宝庫であるが、南アルプスの山々によって磨かれた水が流れているこの地はウイスキー造りにぴったりなのだ。水だけでなく、気候も四季の移り変わりに応じて変化するといえど、湿度が適度に保たれ、適した環境となっている。そこでゆっくりと寝かされるウイスキーは豊潤な味わいとなるのだそう。

今回、蒸留所見学に参加したのだが、製造工程はもとより、サントリーの歩みも知ることができた。改めて思い知らされるのは、ウイスキーを造るのにどれほど手間がかかっているのか、そして人々がどれだけ丹精込めてつくっているのかということ。私は旅先では構造物よりも自然を見るのが好きだが(構造物はほとんどの場合、権力の象徴であったり、そのものがつくられた背景には人々の搾取や疲弊が隠れていることが多いため)、ここでは思わず、資本主義にたいして畏敬の念を覚えずにはいられなかった。巨額の投資によってはじめて実現し得ることは明らかである。あくまで自然が主役というのもいい。

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黄金に輝くウイスキーを濃緑のビンに詰めるというのはやや抵抗を感じる。ちなみに私は恥ずかしながら、ウイスキーに詳しくなかった時分はこういう色の飲み物だと思っていた。たしかに、ウイスキーというには物足りない淡い琥珀色を呈するこのノンエイジ白州であるから、このようなパッケージでの売り出し方は納得である。この白州の特徴はなんといってもその爽やかで深みのある香り。非常に軽く飲みやすいのもうれしい。

ウイスキーの面白さ、ワインほど複雑ではないが、産地や原材料、製造方法そして、飲み方によって味わいの変化が多彩でなかなか奥深い。ワインのように料理を前提としない飲み物であるので、ちょっとしたつまみで十分楽しめるし、たとえ手元に何もなかったとしてもグラスさえあればそれで満足できてしまう飲み物である。ウイスキーを口に含んだ時の充足感、命の水と言われる生命にもたらす高揚感。

空き瓶は部屋の一隅に飾ってあるのだが、飲んだ後も楽しめるすばらしき嗜好品である。

お読みいただきありがとうございました。
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「スバル レガシィ B4」 「美」・「カッコよさ」への芽生え

私が「美」・「かっこよさ」というものを強く意識したのは小学生の時分、「スバル レガシィ B4」を目にしたときのことだった。

当時、Y君と車に二人で乗っていると、通り過ぎる車の車名を彼は次々と言い当てた。「あれはマークⅡ、その次に来たのはサニー、停まっている黄色い車はシビックだ」とか、「フィットはカローラの販売台数を塗り替えた車だよ」と小学生とは思えない知識量で私は羨望のまなざしで見ていた。「ルシーダとエミーナはよく似ているけれど少し違っているんだ」。私には判別できない相違を彼はいとも簡単に認識することができた、それから私は注意深く行き交う車とその車名を一致させつつ記憶するようになった。ある日走り去ったある車の姿に感銘を受けた。それが前述の「スバル レガシィ B4」であった。

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ヘッドライトの形と紫がかったような青色が私の気に入った。これほどスポイラーが似合う車はなかなかないといまだに思う。車のみならず物のデザインに対する関心を芽生えさせたのは間違いなくこの車との出会いである。私はすっかり車が好きになった。

車好きの人から見れば私は素人同然であるし、デザイン重視の好みである。エンジンや足回りの構造などの詳細は気にもしていない。

スバルは国産メーカーの中でも特異な存在で、自動車製造のアプローチが他社と大きく差がある。富士重工が製造しているというのも渋く、ラリーの参戦やエンジンへのこだわりなど男心をくすぐる。

私の中で特別な車の一つであるから、今回記事にしてみた次第である。
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読書か執筆か 執筆を優先せよ


こんにちは。
今日もお付き合いください。

私がこんな風に冒頭に加えた言葉にはもちろん意味がある。どういうわけか、近頃アクセスの動向をみていると安定しているし、なんとなくではあるが人の気配を感じるのである。今までただパソコンにむかって文字を打ち込んでいるという感覚が強かったのが―とはいえ、普段から交流させていただいている方々を意識して書くことは多い―、パソコンの向こう側の誰か、存在を感じながら書くようになったのである。考えてみれば、この感覚は非常に現代的ではなかろうか。リアルタイムで文学をつくっていくというのが私の目指すものではあるが、ブログはそれを実現することのツールの一つであると感じている。もっとも、ツールは優れていても使い手が未熟なので効果は乏しいのであるが。

さて、自立した生活を始め、時間の使い方や生活スタイル、趣味趣向に至るまで、自分自身に向き合いながら、「汝自身を知れ」の言葉に報いるため試行錯誤を続けている次第であるが、明らかな問題はやはり時間の不足であった。ここに効率化や省略、取捨などの工夫と思考が生まれてくる。生きていくための行動を除いたとき、私に残るのは読書とブログをはじめとする執筆の二つであった。一日24時間のうちのなんとかして生み出した貴重な時間を読書に使うか、執筆に使うか。読むべき、読みたい本は山積しているし、かといって執筆しないことは後退であるから避けたい。私は自分にこんな決断を下した。

「書くテーマ、書きたい気持ちがあるならば、執筆を優先する」

確かに、読書することに私はなんの抵抗も感じない。昼食代を本の購入に充てたことは幾度とあるし、睡眠時間を削ってでもしたいことは読書である。意識しなくても、私は読書をするであろう。では、執筆は?やる気の波や、調子の波、媒体の変化など、様々でやれるときにやっておかなければ、私はすぐに老いてしまうし、筆不精とならないとも限らない。幸い、たとえば、ブログについていえばこうして継続できているので、この調子を持続することは無益とは思えない。先日改めた、思想観によってテーマが広がり、執筆に今まで以上に積極的になれるのではないかと思う。

お読みいただきありがとうございました。
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八ヶ岳ロイヤルホテル 外国人観光客にも適したリゾートホテル


旅の三要素、目的地、道程、宿が充実したものであればその旅はおそらくすばらしいものになるであろう。

旅のコストは交通費と宿泊費と食費であり、それぞれに充てる比率によって旅は如何様にも変化する。私がもっともコストをかけるのが宿泊費であり(宿泊費のコストはシビアで、ほとんどの場合それに見合ったサービスを受けることができる)、じゃらんでいうところの(私のお気に入りサイトであり、半数以上は当サイトで宿泊予約をしていて、ポイントも結構たまっている)ハイクラスにも何度か泊まったことがあるという程度であるが、そのためか、ダイワロイヤルホテルに代表されるようないわゆるリゾートホテルにはあまり泊まったことがなく、新鮮でもあった。

団体バスの利用を想定したエントランスと広々とした駐車場はかしこまらず気楽な滞在を約束してくれているようであった。敷地の脇にはこぢんまりとした、それでいてモダンな結婚式会場も設けられていた。前述の宿泊サービス券にはウェルカムドリンクがついていて、信州らしくリンゴジュースやブドウジュースが供されていた。

客室はというと、こちらもリゾートホテルらしい大きなソファにおそらく脱臭の効果も得られる、炭でつくられたアーティスティックな壁掛けがあった。私の感覚ではダイワハウスの住宅コンセプトは独特なもので、ときに過剰さも見られるのだが(基礎の頑丈さなどは驚きの物だった)、やはりこのホテルにも独自のコンセプトが感じられ、滞在中に様々なおもしろみがあった。

中でも印象的だったのが露天風呂のコーディネートで幻想的な非日常を演出する空間は温泉のわびさびの趣をあえて排し、新たな安らぎを作り出している。純日本的温泉をカジュアルに仕立て上げた妙技であり、当日、中国人宿泊客が多かったが実際に好評であった。中国や韓国の方は派手さや際立ったものが好きなイメージがあるのでなるほど。外国人宿泊客にも喜ばれる風呂の形かもしれない。

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ホテルの楽しみと言えばバイキングだ。合理性の極みとでもいおうか、自分で好きなものを好きな分だけ器に盛っていく。朝食のバイキングは何度も経験があったが、夕食のバイキングは久しぶりで、食事会場を見渡してみると、寿司、天ぷら、スイーツ、サラダ、和洋中、様々な料理がぐるりと並んでいた。ところどころにシェフの姿があり、焼き立てのステーキやその場で調理したものを提供していて、まるで食のアトラクションであった。味にはあまり期待していなかったのだが、レストランで出されるようなひと手間加えられたれっきとした一品料理ばかりで、私はずいぶん長居をして舌鼓をしきりにうった。

基本的に当選品や景品の類の旅行は不便や物足りなさがあってあまり利用する気にならないのだが、ダイワロイヤルホテルのサービスには満足できた。自ら利用することは私の旅のコンセプトにいささかそぐわないためないかもしれないが、何か機会があれば他の系列ホテルを利用してみたい。
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未熟

君のこと 深く思えば あの頃の 返らぬ君の愛のしぐさ 愛しくて

君のこと 軽く思えば わがまま 未熟が 大きく見えて これでよかった気がしてる

君は未熟だったけど 僕はもっと未熟だった 今でも正否はわからない

ただ せめて 正しかったと思えるように 生きていく

思い出すことはあっても 考えることはやめたんだ

楽しい思い出 厳しい現実 僕らはすっかり年をとったね 君はとっくにいかなければいけなかったのに

僕の半端なやさしさで 台無しにしてしまったんじゃないか 君と僕の青春を 僕は君に謝らないと

最後に君は言ってくれた あなたとの素敵な恋 胸の片隅にしまったわ 忘れない ありがとう

読書の必需品 GUCCIのボストン型眼鏡

眼鏡は私の読書の必需品。これがなければ私は読書を楽しむことができないので愛着を人一倍持っている。前回の記事で経済的発展、物質的アプローチをしていきたいと書いた。そこでこの眼鏡について書いてみたい。

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GUCCIの「GG 1087/F」 というモデルの眼鏡だ。ややウェリントンよりのボストン型といったところで、レンズが大きく視界も良好。柄の裏側にはmade in ITALYの刻印がある。眼鏡屋の店主によると、海外製のものはプラスチックの質が良いとのこと。私がこのグッチの眼鏡のもっとも気に入っている点はパッと見ではグッチだと分からないところである。折りたたむと柄の先端の裏側にGGのロゴがあるのがあり、使用時は柄のレンズよりの部分に片側、左側にだけGUCCIとさりげなく彫られている。なのでほとんどだれからもグッチの眼鏡だとは気づかれない。私はブランドの伝統と技術とプライドに信頼を置いていて、愛用品は意外にブランドものが多いのだが、グッチは興味のあるブランドでありながら、所有していなかった。この眼鏡との出会いは運命的ですらあった。ユニセックスのようなデザインで店主がガラスケースからぜひお試しくださいと勧めてくれたもので、かけてみると非常に似合っているように思った。なるほど、アジアモデルで日本人の骨格に合うようにつくられたものであった。グッチの眼鏡といえば、印象的なのは高校時代、友人のIがデザイン性の高いグッチの眼鏡をかけて登校していたことだ。以前から若者にも人気のあったグッチの眼鏡だが、KENZOの眼鏡が販売されなくなったように、ブランド側と販売側との間で問題となり(値下げなどによるブランド力の低下を引き起こした)、生産が縮小され、以前のようには手に入らなくなるとのことだった。一層購買意欲が高まったのは言うまでもない。べっこう柄のフレーム、そのデザインはさすがグッチと思わせるもので、レンズの傾きやレンズと柄の接続部分の形状などは素晴らしい(付属の眼鏡ケースはリサイクルできる)。トムフォードの眼鏡と少し迷ったが、トムフォードの眼鏡はレンズ脇のトムフォードを象徴するTに抵抗があったのと、フレームのふちに厚みがあり、眼鏡の存在が際立ちすぎて私の好みには合わなかった。

眼鏡は視力を矯正するだけのアイテムではなく、気持を上げ、印象までよくしてくれる魔法のアイテムである。これからもこの眼鏡とともに読書を続けていきたい。
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人生を一年ずつ区切る演出 経済的発展の季節

私の自我の芽生えは16歳の時だった。

S先生は窓の外ばかり眺めている私をちょうどその時習っていた現代社会のスチューデントアパシーの例として生徒に示した。

「Hみたいな生徒のことだな、学生特有の無気力症候群と呼ばれるものだ」

クラス内に笑いが起こった。無気力から私の自我がうまれた。

17歳、反抗の年。尾崎豊の「17歳の地図」は等身大で「ライ麦畑」など、この時の感情はもう戻ってこないであろう。

18歳、アイデンティティの確立。私はこの時に至って初めて我が欠陥と同時に不平等、多様性、みんな違っているということを知る。16歳で芽生えた自我は、18歳で揺るがぬものになった気がする。それ以来私は自分自身を特別な個性として認識し、汝自身を知れの言葉に倣い、究め続けている。

19歳、浪人。文学への目覚め。生き方に迷った私は、運命的に文学を導き手として選んだのであった。多く旅に出たのもこの時期だった。私は何を求めているかを知らないで、ただ何かを求めていた。歩み続けることがどこかにたどり着くための必要条件だとの確信を胸に。

20歳、大学生活と不条理。社会構造と人生観との齟齬が生じ始めたのはこの頃だ。大学を去ろうと決めながらも、その先のあてはなく、ずるずると大学生であり続けた。もっぱら私の活動拠点は図書室だった。多く読書したのもこの時期だったように思う。

21歳、恋の季節。この頃、私は人生が季節のようなものだということを発見する。すなわち、春すぎて夏来たるらし、夏を知って、初めて春とその季節の変化することを知ったのである。おそらく他者というものを真に認識したのはこの時が初めてだったであろう。

22歳、人生最高の夏休み。あえて退廃することを望み、実行した。青い海、澄んだ空、さわやかに吹きわたる風、肌。

23歳、退学。最後の社会的な武器を捨て去った。素手で立ち向かんとする若さがこの時にはまだあった。今ではあまりに私は弱体化した。

24歳、文学活動。小説を書いたり、ブログにも多く記事を書いたはずだ。しかしながら、活動に精を出せばそれだけ、己の未熟と才能のなさを思い知らされる。

25歳、就職。文学の糧となるとの期待、底辺からの出発。また、サラリーマンの気楽と便利。

26歳、経済活動の始まり。定職に就くことで初めて経済社会の中で生きることになった。消費者としての自覚が芽生える。

27歳、自立。一人住まいを始め、煩わしい関係などはすっきり解消し、自由度が増す。

このように、私は半ば意図的に一年を区切りながら生活することを自ら課し、人生をよりドラマチックに仕立て上げる演出をしている。そして28歳、テーマは経済的発展。物質的アプローチに重点を置いてみようと思う。これまで私は心の動きというものに関心を置き、それをこのブログでは扱ってきた。だが、作品に触れて引き起こされる感情や思想は、文章に起こされたときには、すでにひどく劣化しており、果してこれは文学活動として正しいやりかたなのか?という疑問を感じるようになった。そこで、自己表現として、私の身の回りのものを描いていくことで、私自身を浮かび上がらせながら、私の価値観と思想を実際的な観点でより客観的に測ってみる狙いもある。とはいえ、それが興味深く、おもしろいものとなるかといわれると疑わしく、今まで気にかけてくださった方々からはつまらなくなったといって、期待外れの結果になってしまうという懸念がある。
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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