ウイスキー造りに適した地 『サントリー 白州蒸留所』


ニッカウヰスキー『竹鶴』に衝撃を受けた私は、サントリー『山崎』のことを考えないではいられなかった。現在、ジャパニーズウイスキーとして高い評価を受けている日本のウイスキーだが、その礎を築いたのは紛れもなく『山崎』だ。日本のウイスキーの発展に対する貢献度や、知名度、ブランド力では圧倒的に『山崎』に分がある。それはそのままサントリーの経営戦略のうまさを物語っている。実際に現在では、ニッカウヰスキーは『竹鶴』に代表される素晴らしいウイスキーを造っているものの、アサヒビールの子会社になってしまっている。サントリーが初めに蒸留所を造ったのが「大阪府の山崎」であったのに対し、ニッカウヰスキーが蒸留所に選んだのは『北海道の余市』であった。山崎は利便性を重視して選ばれた地であったが、余市はウイスキーの本場、スコットランドに気候が近いということから選ばれた。その差は大きい。しかし、会社の存続、経営という観点で見たらやはり、サントリーが正しく、鳥井信治郎が優れていたと言わざるを得ないのだが、ウイスキーだけで見たらニッカウヰスキーに強いこだわりを感じるのは当然だ。

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サントリーの製品の高いデザイン性は本当に素晴らしい。ビンのフォルム、栓の形状、ラベルの素材やカリグラフィー、化粧箱に至るまで、芸術の域にまで達するような仕上がりである。この見た目だけで、単純な人間は先入観によって『山崎』自体を高く評価するに違いない(私自身がそうである)。『余市蒸留所』が第一候補であったが―皮肉にもその不便さから―、断念せざるを得ず、見学は『山崎蒸留所』が濃厚であった。とはいえ、所在地は山間部であるものの都市である大阪府でウイスキーを学ぶには抵抗があった。私はふと以前のMの提案を思い出した。

「ダイワロイヤルホテルズの食事付き宿泊券があるんだけど、使い道ないだろうか?全国にあるグループホテルで使えるんだけど、主要な観光地にはないから利用しようにもその機会がないんだ。」

そのとき、実際に全国のホテルを調べたところ、京都や高山、金沢などの名所にアクセスしやすい立地にはなく、「ほんとだね、車で行ったほうがよさそうなところが多そうだし、観光に便利というわけじゃなさそうだから、俺の旅行のスタイルだと利用しにくそうだ。」と答えた。

サントリーの蒸留所は『山崎』だけではなく、『白州蒸留所』と最近その名を冠したグレーンウイスキーが売り出された『知多蒸留所』があり(『知多蒸留所』に関してはこの土地が水に苦労した地であることを知っているのでなぜウイスキーを造っているのか不思議)、ちょうど『白州蒸留所』が山梨県の南アルプスにあり―この地はウイスキー造りに適していると私も納得する―、ダイワロイヤルホテルズ一覧と照らし合わせてみると、幸いにも南アルプスを構成する一つ、八ヶ岳にそのホテルがあった。こうした偶然によって、『白州蒸留所』を見学する運びとなった。
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学歴によって生じる不調和 コンプレックスとは


今私の眼に映つる人生の事象は皆傷ましい。が中に就きても人間と人間との接触より生ずる不調和ほど傷ましいものはない。世の中にはそんなに悪い人がいるものではない。ドストエウスキーの『死人の家』などに出て来るような生来の悪人はむしろ病的な人である。またかかる本来の悪意より生ずる悲劇は最も単純な、そして悲劇性の少ないものである。最も堪えがたき悲劇は相当に義理人情ある人々の間に起る不調和である。人間の触るるところ、集るところ、気拙さと不調和とに充ちている。いやもっと深刻な残冷な、人間の当然な幸福と願い―それは決して我儘なのではない、人間として許されていいほんの僅かな願いをも圧し潰してしまうような不調和がある。自らその災害を被らずとも、世界を調和あるコスモスとして胸に収めて生きたいヒューマニストにとってはこれは実に苦痛な事である。其処には人間の切なる情実の複雑な纏絡があるだけに、殆どこれのみにて人をして厭世観を抱かしむるほどの悩みの種となるものである。   『愛と認識との出発』 倉田百三著より



「hajimeくんさぁ、前にも言ったと思うけどもっと言葉を選んだ方がいいよ。よく考えてから言葉は発しないと」

Tさんは同僚ではあるが年長者で、私のどんな小さな失敗も見のがさず容赦なく非難する。彼が不機嫌な時には一層手厳しいものになるが、その反面人情がないわけではなく、かわいがってくれる面もあるのだが、別にあなたのためじゃない、自分のために、自分がやりやすくなるようにしているだけだと彼は言っている。私は一般と比べれば言葉に対して誠実であると自任しており、今回も私としては慎重に状況判断をした上で最適な言葉を選んだつもりであった。咄嗟の判断をする必要があったために、考慮が足りない向きはあり、最善とはいえないため、彼の言うことはもっともである。一層言葉に慎重にならなければならないと自戒したことは言うまでもない。私の発言により、確かにTさんに不都合が生じたのだが、もっともそれは私も想定していた結果であり、日常で起こるささいなことであったが、彼には気に食わなかった。

「高卒の私でも、ない頭をフル回転させて言葉を選んで、考えてから発言しますよ。お客さんに対してなら一層注意しますね。(見習ったらどうですか?)」

彼は高卒の私ができるのにどうして大卒の?あなたができないんですか?大学まで行ってるんですからそのくらいしてください、して当然です。としばしば”高卒だから”や”高卒なのに”の言葉が彼の意見には伴っている。私は「学歴コンプレックス」という言葉を聞いたことはあったが、どんなものであるかというのはさっぱり分からなかった。私自身が意味を見出していなかったし、肩書の類が信用ならない場合が多いことも知っていた。本来の意味とは合致しないかもしれないが、これが「学歴コンプレックス」なのではないかという気がした。

「私の方が明らかにあなたよりも優れている。なのに私は高卒で、こんな無能な若造が大学へ行っているなんて。なんと不幸なことだ!学歴は私よりいいかもしれないが、あなたは私より劣っているということを理解していますか?」というメッセージがひしひしと伝わってくる。私はただすみませんと言って、頭を下げる。黙って反省する。私は経済的活動に関して無能であり、会社にとって役立たずだ。学歴によって生じる不調和。学歴にコンプレックスを持つことの無意味と弊害。コンプレックスは他人は気にしないような事柄に自分だけが極端に気にするという異常な心理状態である。この心理状態、劣等感をいかに取り除くのか、これを考えて行けば不調和は幾分和らげられるであろう。
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ウイスキーとの出会い


私はよく今日のように翌日がお互い休みの日にはSの家へ行ってそのドアを二度ほど強くたたく。

「おーう」

彼の返事はこれだけだ。玄関まで出てくるわけではない。私の方でもその挨拶は”上がっていい”合図なので気にせず上がる。座る場所を考えなければならないくらい雑多なアトリエはいつもと変わらない。そこにSはいなかった。すぐに三本の指で二つのグラスとウイスキーを器用に持って現れた。グラスには多くの傷が刻まれていて注がれるウイスキーは濁って見える。無論水も氷もない。造作なく二つのグラスにウイスキーを注ぐ。乾杯だけはきっちりと礼儀正しくやるのが彼のやり方だ。

いつもの黄色のボトル。アーリータイムズだ。彼は「アーリータイムズはうまくないな」と言いながら、常時おいてある酒はアーリータイムズである。私が初めて飲んだウイスキーもこのアーリータイムズで、彼と一緒に飲んだ。私も、「これはうまくないね」と賛成したことを覚えている。

時々、部屋の片隅にジャックダニエルが転がっていることがあるが、それはIの仕業だ。彼は酒が飲みたくなるとコンビニでもどこでも、とにかく酒の売っているところでジャックダニエルを買って、Sの家にそのまま寄っていく。「飲んでないのか?」これが彼の口癖だ。「今日は忙しいんだ」とか「これから出かける」とSが言っても無駄で、「そうか、グラスはまだか?」。ジャックダニエルのはすでに開栓済みだ。Iがジャックダニエルを好むのは、きっとメーカーズマークよりも外見がシックだからだろう。どうしてメーカーズマークと比較するのかだって?それは彼に聞けばわかるさ。

そこに私が居合わせることもままあることで、アーリータイムズよりジャックダニエルの方が私の口には合った。けれど、独特な香りと妙な甘みにはいまだに慣れない。「いや、君たちの酒がすすまないのは大いに結構だよ。こうして独りで存分に飲めるからね」そう言って、Iはジャックダニエルを抱えている。ときにはそのまま朝まで抱えて眠っている。彼にとって栓の開いた、空気の溶け込んだウイスキーには価値がないので、そのまま放置して帰ってしまう。よくSの部屋の片隅に転がっているのはそのためだ。SもSで他人のごみは片付ける趣味じゃないといってそのままだが、部屋は自分の部屋なので割に合わないとぶつぶつ不平は言っている。

こういうわけで、私は特段ウイスキーが好きなわけではなかった。

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旅先でウイスキーが飲みたくなる、そんな時だってある。たまたまコンビニで小さな「竹鶴」があって、見た目がサントリーのそれとは違って、渋いが艶のある、こだわりの強いオヤジのような雰囲気で飲んでみたくなった。他のウイスキーとは一線を画している風貌なのだ。まず、香りにやられた。私は香りというものを信頼している。「竹鶴」、いい香りだった。味わってみると、刺激はそれほど強くなく、まろやかだがしっかりとした味わい。おそらくバランスがいいのであろう、ピート香はないが、樽の風味、ほのかなフルーティーさ。余韻があっさりしているのが、私にはよかったのかもしれない。とにかく飲みやすさがよかった。ノンエイジだがストレートで楽しめるのがその証だ。

私は、あまりにウイスキーを知らなさすぎる……。できることならニッカウヰスキーの蒸留所の一つであり、ドラマ「マッサン」でも有名になった『余市』に行きたかったが、さすがに遠いので比較的近場である、サントリーの『白州蒸留所』を訪ねることにした。
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10アクセスは多い?少ない? ”今の時代が醸す香り”とは


シェイクスピアは何よりもまず詩人であったんだ。つまり、彼は世にあまた存在する文人のなかでも後世にその名を刻むことのできる最良の機会を持っている人物なんだよ。他の文人たちは頭でものを書くが、シェイクスピアは心でものを書くので、人情の機微を知る人であれば、彼のどの作品を読んでも理解できるというわけだ。しかも、シェイクスピアは悠久不変の自然を忠実に描写することに長けていたのさ。散文作家の場合だが、彼らには多作な人が多くて始末が悪い。何しろ、彼らの本には凡庸なことが満ち溢れているし、その引き伸ばされた思想には辟易させられるものが多い。それにひきかえ、真の詩人の場合は、その作品のすべてが明瞭簡潔にまとめ上げられて感動を伴い華麗に彩られている。詩人はとびきり精錬された言葉を選んで、きわめて崇高な思想を語る。詩人は自然と芸術のなかに潜む最も秀逸と思われるあらゆる事象を通して、その思想をあらわにする。詩人は間近で展開する人の営みの風景を活写することで、その思想を豊かにするのだ。さらに言えば、詩人の作品のなかには時代の精神、こんな表現を使わせていただけるならば、その詩人の生きた時代が醸す香りを読み取ることができるのだよ。詩人の珠玉の作品群は小さな器のなかに言葉の宝を収納する小箱に似ていると思う。こうしてイギリス文学における貴重な宝を後世に残すべく、伝わりやすいと思われる形態に変えられたのだよ。もっとも、その宝石の嵌め込み台は古びて廃れることがあるので、時折チョーサーの作品のように修正を施す必要があるが。といっても、そうした珠玉の作品の真価は容易に認められて不変の生命力を持っているものだ。試みに、長い文学史を振り返ってみるがよい。なんとも禁欲的な話やアカデミックで刺激的な論争に満ちている退屈な谷間があったり、あるいは神学的な思索に耽る沼、さらには形而上学的な荒野が広がっていたりするものだ。詩的な叡智に輝く純粋な灯をその時代から次の時代へと伝えるべく、遠く離れた山頂から上がる狼煙のように、高く突き抜ける蒼穹に燦々と輝く詩人は、ここかしこに散見するにすぎないのだよ。   『スケッチ・ブック』 アーヴィング作より


先月、9月はこのブログにとってひとつの節目となった。というのは、私は何かに取り組むとき、大きな目標とその目標に向かうための眼の前に設定可能な、手の届きそうな目標の二つを設定することにしていて、ブログを書く上でもこの方針は変わらないのだが、その、言うなれば小さな目標が、一か月間10以上のユニークアクセスを継続するというもので、先月ようやく達成することができたのだ。ここ数か月は条件を満たさなかった日が3~5日というところを推移していて、継続することの難しさを改めて痛感することにもなった。この10アクセスというのは日本の人口、ネットユーザーの数を考えればあまりに小さい数であり、私自身も無力感を覚えないではいられなかった。目標を達成することに意味は見いだせても、数字としての価値はゼロに等しかった。私はそんな無力感と失望をネットに精通している、もっぱら普段はテレビにつなげたYouTubeの鑑賞と自ら製作、運営しているサイトの更新に勤しむSに嘆くと、彼から案外な言葉が返ってきた。

「10~20アクセスくらいあるんだ。へぇ、すごいね」

「すごいことあるかよ。何千、何万アクセスとかあればすごいけどね。話にならんよ」と私は肩を落とした。

空気はすでに夏の湿気を脱ぎ捨てて、どこかの草むらから羽虫の鳴き声がもれ出ていた。私たちはベランダに出ていた。

「一体、ネット内にどんだけサイトがあふれてると思ってるんだ。それこそ天文学的な数字だ。埋もれてしまうのは当然だよ。実際ほとんどのサイトは埋もれてしまって、そのまま化石にもならずに宇宙の塵のようにどうしようもないゴミ同然だ。お前のブログを見たけど、仮にあの内容で多くの読者を得ようと考えているのなら、狂気だね。客観的に考えてみろ、あんな文字で埋め尽くされた見ず知らずの人間のブログを誰が読むんだ?しかもその内容は文学や思想ときてる。旅に関してはまだ一般人の関心を引きそうなものだけど、なんせ言葉選びがひどいね。十人中九人が読むのを途中でやめる、楽じゃない文章だ。俺が言いたいことわかるか?」

「まあ、そうだな、わかるよ。それでどっちなんだ?」

「正直、取り上げてるテーマ、その体裁を考えれば、それだけ平均してアクセスがあるっていうのは一般的に評価していいと思う。実際、それを裏付ける充実したコンテンツもある。俺はあんなもの読みたくないから、読む人間がいるってだけで驚いてるよ。俺なんかよりよっぽど立派だよ。その調子で続けていけばもっと成長させれると思うな。俺の方が刺激をもらったわ。なんか自分のやってることがばかばかしくなってきた。やはり生産者にならなきゃな、そして自分のスタイルで働きかけていかないと面白くない」

彼の言葉は、いや彼の言葉だからこそ、とても説得力があった。少し自己評価してもいいのではないか?それはモチベーションとなりうる。私は倦まず弛まず次なる目標を設定することにした。一方で、アーヴィングの言葉は真の詩人の姿とはおよそかけはなれている現実を私に突きつけた。自然描写はお粗末で人情には疎い。いまの私にできることといえば、個人を告白していくことで、これもやがて限界がやってくる。”生きた時代が醸す香り”、もはやこれ以外に私たちが文学を書く意味はなさそうであり―すでに多くの作品があらゆることを書きつくした―、これによって芸術は永遠の命を手に入れることになる。だからといって、無用な貧弱な役に立たない香りであるならばすぐに息絶えてしまうであろう。”今の時代が醸す香り”をいかに表現していくのか、それをまじめに考えていく必要がありそうだ。
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ニューグランド『ザ・カフェ』 雄弁な「プリン・ア・ラ・モード」

横浜という町は私を文学の世界へといざなう。名古屋の文学というのは、私には少し考えにくい。けれどもその土地に根付く文化・習俗を敏感に感じ取り、精緻に表現してこそ作家である。名古屋にも十分に文学が隆盛するための土壌はあると私は考えている。しかし、東京や横浜のおしゃれでロマンとノスタルジーの共鳴はすでに最高峰の詩情を人々に与えるのではなかろうか。

私はSとホテルニューグランド一階にある『ザ・カフェ』で落ち合うことにしていた。背もたれの傾斜がきつく、やや窮屈な窓際の席で待っていると間もなく彼女はやってきた。

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「おまたせ」

そう言った彼女は以前と変わらず華奢で気持ちのよい口角をしていた。ザ・カフェにはよく来るらしく、久々にプリン・ア・ラ・モードが食べたいと言って、紅茶と合わせて注文した。私はアイスコーヒーをお願いした。

私は別れた女とは会わないことにしているが、このときばかりは例外であった。それは血のごとく全身を流れる功利主義によるのであろうか、親しい関係になる望みがない、あるいは私に相手に対する興味のひとかけらもないのに会って、話をすることが全く無意味だと思うからである。一期一会に大きな価値があると言われるゆえに、こうした男女の一会の価値は限りなくゼロに近いのである。

「やっと会いに来てくれたのね」と彼女は冗談半分に言った。

「ああ、ずいぶん時間が経ったけれど、やっと気持ちの整理がついたんだ」と負けずに私。

彼女との別れは振り返ってみればとてもドラマチックだった。けれども当時の私にはそんな感慨に浸る余裕はなく、ただ悲しみをこらえていた。「なごり雪」のように落ちては溶ける雪を見ていたわけではなかったが、雨とも涙ともわからぬものが何筋もほほを流れて行った。別れ際、「必ず会いに行く」と私は彼女に伝えたが、その返事はなかった。その後何度か、新幹線の切符売り場の前で足を止めたが、とうとうそのまま10年が過ぎていた。

私は会話を続けながらも、彼女の言葉や表情に、私への好意のしるしを見つけようと無謀な努力を続けていた。私の中でこの恋は未だ、終わりを迎えていなかったようなのである。そしてあの頃から生じた現在に至るまでの恋愛に対する私のそっけなさは、この恋愛の未決着によってもたらされていたのだ。彼女は知的で器用でひたむきだった。そして女性らしかった。

私の発する問いに、的確な答えを提出しつつも、その解答には無関心を込めたぞんざいさがあり、そのぞんざいさが私へのメッセージであった。交わされる言葉の中には微量な精神安定剤のような成分が含まれていて、それは私に対する最後の彼女のやさしさであり、手っ取り早い治療法でもあった。意気地なしの私は、自ら恋に終止符を打つことができないのだ。どうして、自らスタートの一歩を踏み出せよう?

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彼女の感情を、私は初めから察するべきであった。プリン・ア・ラ・モードを食べようという心境から、すでに諦めがついていたはずであった…。

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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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