うつ病は脳からの本能的な警告である。


世間がそれでよいというのだから、想像上のものにすぎないと分かっている幸福のために、終日働かなければならない。そして睡眠が私たちを理性の疲労から回復させてくれたら、すぐさまぱっと起き上がって幻影を追い求め、この世を支配する想像力の影響をこうむらなければならない。   『パンセ』 パスカル著より


私は今でも心療内科を受診すればおそらく、うつ病と診断されるであろう。もっとも悪かった時期は全く朝起きることができなかった。仮に目が覚めても、どうしようもない絶望感に包まれて、昼まで布団から出ることができないのである。昼に起きるから夜は眠れない、そして夜遅くに眠るから朝起きられない……。この悪循環は終わりの見えないトンネルだった。それはちょうど大学生の時分だったから一限の講義はからっきし出席することができず、しかも一限には必修科目が多くあったため、私の学生生活は暗礁に乗り上げてしまった。その引き金となった困難―うつ病を引き起こした原因―は取り除けるものではなく、受け入れて生きる努力を私に強いた。だが、その困難に私は屈し、果たせるかな心を病んだわけである。二重、三重にもなった足枷から逃げるように私は大学を去った。そして未だその心の病は尾を引いているわけである。困難を受け入れて歩むと心に決めても、時折絶望は襲ってくる。苦悩の燃えかすが頭脳にくすぶっている。朝、さわやかに目覚めたのは一体何年前のことであろうか。社会人として働きだした今でも憂鬱との闘いは続いており、その社会で生きることの責任が一層重圧となってのしかかってくる。

私は改めてこのうつ病と向き合ってみた。というのも、友人が入院を余儀なくされたのである―彼は躁うつ病と診断されたようだった。彼は非常に優秀であったが、確かに天才的なところがあって、常人にはなじめない狂気が漂っていた。キャリアに大きな影響を及ぼすといって嘆いていた。彼と話しながら、私は文字どおりこの暗く長いトンネルで一筋の光明を見出すことができた。これは私に限らず、うつ病の人には有効な教えであるかもしれないから、ここに書き残すことにした。

うつ病とは、脳による意志の否定である。私がいくら情け深い、謙虚で誠実な人間であろうとしても、私の特性、アイデンティティに背くのであれば、脳はそれを阻害しようとするのである。これが憂鬱であると私は発見した。すなわち、うつ病であるということは、自分自身の今の考え方と生き方を考え直さなければならないという脳からの本能的な警告なのである。私は確かに、本能に背く思想を抱いていた。人類の否定、生の否定、性の否定、欲の否定。だが意志によって思惟を統制しているようにみえて、実は脳がエラーを起こして、本能的なそれらの機能が抑えられていただけなのだ。性の肯定、生の肯定、人類の肯定によってうつ病は克服される、と私は信じて疑わない。憂鬱を欲し、好んでうつ病を発症したのだ。私はさわやかな目覚めの訪れない朝にもうすっかりうんざりした。私は生を愛し、健やかな日々を送りたいという思いがする。私はもう憂鬱ごっこはやめることにする。
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運命の時 人はどこまで利己心を抑えることができるのか 悲しみよこんにちは


生活がいくらみじめであろうと、そこから顔をそむけたりはせず、ありのままに生きることだ。自分の生活を避けたり罵倒したりしてはいけない。それだって当人ほどは悪くないのだから。生活は、諸君がいちばん富んでいるときにいちばん貧しくみえるものだ。粗捜し屋は天国にだって粗を見つける。貧しくても、生活を愛したまえ。救貧院にはいっていようと、楽しくて胸のときめく、すばらしい時間はあるだろう。落日は金持ちの邸宅の窓だけではなく、養老院の窓からも、おなじようにあかあかと照り返る。春がくれば、雪はおなじようにはやばやとドアの前で溶ける。おだやかな心の持ち主なら、そういう場所に住んでいても、宮殿にいるのと変わらない満足感や、ひとを奮い立たせる思想をいだきながら生きていけるであろう。私には、町の貧しい住民のほうが、だれよりもひとさまの世話にならないで暮らしている場合が多いように思われる。ことによると彼らは、なんの気がねもなく施しを受けることができるほど立派なひとびとかもしれない。たいていの人間は、町の生活扶助を受けるなんて沽券にかかわることだと思っている。ところが、不正な手段で暮らすことは別に沽券にかかわることではないというわけだ。そのほうがよほど不名誉なはずなのに。賢人に倣って、貧しさを庭園のハーブのように栽培しようではないか。衣服であれ友人であれ、新しいものを手に入れようと、あまりあくせくするべきではない。古いものを裏返しにして使い、つねに古いものへと立ち返ろう。世間はちっとも変わりはしない。変わるのはわれわれのほうだ。衣服を売って思想を守ろう。神は、交際する相手が絶えないよう、諸君を見守ってくださるだろう。仮に私がクモのように、終日、屋根裏部屋の片隅に閉じこめられていたとしても、自分の思想を失わないでいるかぎり、世界は少しも狭くなりはしない。   『森の生活』 ソロー著より


私は収入になど拘泥しなかった。どんな仕事であれ、一生懸命に働くこと、それ自体がすばらしく、その仕事に対して一生懸命になれるかどうか、それが重要であった。お金を稼ぎたければ、多く収入を得たいのならば、資本主義精神に則って、資本によって利益を得ればいいのである。世の中の人々がお金を欲しがっていながら、きちっとした投資や資本の運用を考えていないのが私は不思議でたまらない。発展や進歩、成長は資本あって実現されることであり、そのための投資であるのだから、経済に逆行するような理念を持たなければ、資本が成長によって商品などの何か別の価値を生み出すのは当然である。そこに利潤が生まれるわけで、資本家は豊かになり、労働者はいつまでたっても豊かにならないということになるわけだが、資本家である必要があるのではなく、投資と資本の運用をしているかどうか、これが物質的豊かさを左右する問題である。

ところが、世間には金持ちが散見される。高級車に乗って、立派な邸宅に住み、高価な外食を楽しみ、ブランド品を身につけている大人が街にはあふれている。それらは不正な手段で暮らしていることを堂々と主張していることにもなりかねないことを、彼らは理解しているのであろうか?資本による利益でなければ、どうして彼らは利益を得るのことができるのであろうか?労働に見合った報酬!という幻想。だれもが汗水たらして働くことほど金にならないことを知っている。金は努力や思いやりではなく、信頼と価値の指標にすぎない。私は、私が私自身の手によって果たすことの出来る、労働力の対価として報酬を頂くのでなければ仕事をすることはできない。自分が果たした社会的意味ではなく、エネルギーとしての労働力を蓄え、それをお金によって発揮することの権限を与えられることで満足したい。

だが、私に愛する女性や家族がいたとしたら、事態は複雑である。私は彼女を愛しているが、愛すべき彼女であることはつまり彼女が決して豊かではない暮らしをしているということである。私と価値観を共有し、すぐれた思想を持っているのである。しかし、女性である彼女は、ああ!もっと美しく華やかに生きることもできるだろうに!私に物質的豊かさがあれば、彼女はもっと楽をできるだろう、伸びやかに朗らかに生きることができるかもしれない。私は大いなる矛盾にぶつかってしまった。私の選択が彼女を不幸にしてしまうのではないか?若く美しい女性であるから、引く手あまただ。大金持ちと結婚することも、質素であるかもしれないが、安定して保障もある公務員と結婚することだってできる。しかし、私が身を引くのでなければ、彼女はおそらく少なからず自己嫌悪を感じるであろう、私はなんて自分勝手で欲深い女なのかしら、と。私の励ましもむなしく響く。人は誰もが幸せにならなければならない、君の信じる幸せを君はつかむんだ。私はどれだけ利己心を抑えることができるだろうか?最大のエゴとの葛藤が始まった。

私の幸せは必ずしも彼女の幸せと合致するわけではない、だとすれば彼女の幸せを第一に考える、それが愛するということだ。
時間はない、運命の時が迫っている。語るべきことは語り、綴るべきことは綴った。私は愛を感じ、切なさを知った。自分のやさしさに似た愚かさと、卑怯なずるさを発見した。あの一瞬、私は愛に身を捧げえたのに。

許す愛があれば、欲する愛もある。「奪ってよ、私をなりふり構わず奪ってよ」彼女は涙を流しながら、悲しげに、そう言った。
嫉妬の炎は私を焼いても、愛と情熱の炎は燃えあがらなかった。破局は目前にある。破局は免れても、重たい悲しみの雲が二人の間にとどまるだろう。悲しみよ、こんにちは。
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息を呑む美しさ 『東寺』と桜


桜の開花宣言や桜前線、全国ニュースとしてある特定の草花の開花状況を伝え、花見という情緒豊かな娯楽を持っているのは日本人くらいのものではないだろうか。花を愛でる、そんな文化がある日本はやっぱり美しい。桜に限らずどんな花も花である限り美しい、なぜなら私はそこに願望とその実現を見るからだ。花を咲かせることができたその植物は立派に自己実現を果たしたように映る。

毎年のように、私は京都へ花見へ行く。わざわざ京都まで行かなくても近くにいくらでも桜がきれいに咲いているところはあるのに、と他人からよく言われる。だが、花を見るためだけに、わざわざ、遠くまで行くこと、それが私にとっては貴く、面白いのである。

私のように小学校の修学旅行が京都だという人は、きっと京都のシンボルというと「清水寺及び清水の舞台」と「嵐山」だろうとおもう。そのわけは「清水寺」がすでに別格に取り扱われているからだ。大型バス用の停車場はあるし、参道にはあらゆる土産屋、料理店が並び、その名前の由来になった「音羽の滝」という楽しいスポットまである。一方「嵐山」は寺院仏閣が至る所にある京都市内にありながらその見どころは渡月橋や保津川、トロッコ電車、竹林などで、風光にも恵まれた京都の姿を見せ、京都が歴史と伝統、そして自然を大切にしている素晴らしい街と印象付ける。けれども、「清水寺」と「嵐山」はやや京都らしくないと思うのは私だけだろうか、きっと京都のシンボルといえば「東寺」という人も少なくなかろう。

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私はライトアップなるものが好きではなかった。なぜ自然の光であらわされる色彩の上から人口の光を照射しなければならないのか、理解できなかった。だが、この「東寺の五重塔」のライトアップはとても美しかった。宇宙の果てまで続くような漆黒に厳かに浮かび上がる勇壮な尖塔。その手前に満開に咲き誇るあでやかな色身を帯びた桜木。私は息をのんだ。

五重塔といえば日本最古のものである「法隆寺」かこの日本一の高さを誇る「東寺」が好きである。五重塔は私の美感覚では気持ち悪さを禁じ得ない違和感とアンバランスを備えた建造物だが、この二つは均整がとれた美しさを持っていて好きである(醍醐寺の五重塔などはなんだか嫌な感じがした)。東寺はよく考えられて造られたお寺に違いない。境内を歩けば伽藍群や池、桜をはじめとする木々に至るまで計算されて配置されていることに気づき、それが不思議と安心感と落ち着きを与える。国宝など古の文化や技術を伝える建物ももちろんいいが、遊園の楽しさも参拝には欠かせない魅力の一つである。
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ネット社会は情け深い コツコツ続けよ

この日以降、ゲルマントのほうを散歩するとき、以前よりいっそう嘆かわしく思えたのは、私に文学の素養がなく、いつか有名作家になる夢は諦めるほかないことだった。ひとり離れて夢想にふけると無念の思いに苦しめられたから、私の頭はそんな想いをしなくてすむよう苦痛を前にいわば自己規制をかけ、詩句や小説はもとより、才能の欠如ゆえに当てにできない詩人としての将来などはすっかり考えるのをやめた。すると、このような文学的関心から離れ、それとなんら関係なく、突然、とある屋根や、小石にあたる陽の光や、土の道の匂いなどが私の足をとめ、格別の喜びをもたらしてくれた。それらが私の足を止めたのは、目に見える背後に隠しているように感じられるものを把握するよう誘われていながら、いくら努力してもそれを発見できない気がしたからである。それは対象のなかに存在するように感じられたから、わたしはじっとそこにとどまり、目を凝らし、匂いをかぎ、わが思考とともにそのイメージや匂いの背後にまで到達しようと試みた。祖父に追いついて散歩をつづけるほかないときは、目を閉じてそれをふたたび見出そうとした。私が、屋根の線や石のニュアンスなどをなんとか正確に想い出そうとしたのは、なぜかわからないが、いまにもそれらの蓋が開いて詰っている中味を引き渡してくれるように思えたからである。もとよりこの種の印象は、いつか作家や詩人になるという私が捨て去った希望をとり戻してくれたわけではない。そうした印象とつねに結びついていたのは、知的価値のない、いかなる抽象的真理とも関係のない、特殊なものだったからである。それでもそれらは、すくなくとも説明のつかない歓び、実り豊かな幻影をもたらしてくれたから、私が偉大な文学作品のための哲学的主題を探し求めるたびに感じていた憂鬱やわた身の無力感に悩まずにすんだ。しかし、このような形や香りや色の印象が私に課した、その背後に隠れているものを見出すべく努めよという良心の義務はあまりにも過酷で、すぐに私はこの努力や苦労を免れる口実を見つけ出す。さいわい両親が呼んでいて、いまはこの探求をつづけても成果を得るに必要な平常心が備わっていないのだから、家に帰るまでは考えるのをやめ、前もって無駄な苦労をしないほうがいいと感じるのだ。こうしてある形やある香りにつつまれた未知のことがらにかかわるのをやめると、心が安らかになった。   『失われた時を求めて』 プルースト作より


『失われた時を求めて』を読んでいるとき、以前よりいっそう嘆かわしく思えたのは、私に文学の素養がなく、いつか有名作家になる夢は諦めるほかないことだった。それまでの読書では私はどちらかというと文学に対して前向きになれた。なぜなら、どんな書物にも私が今まで考えたことのある問題や途中で行き詰った思想の続きが記されており、それらは頗る体裁は美しかったが、努力次第では手の届きそうな領域にあるような気がしたからである。だが、『失われた時を求めて』に綴られる心象の描写などによってつくられる独創的な世界では、私は異邦人さながらであった。同じ文学であるのに、言語の扱い方が全く異なるのである。これが20世紀かと私は思った。天才が天才のままに描く文学の圧倒的存在感を前に私は立ち尽くすしかなかった。私がとらえようとしていたものは偏狭な哲学的主題で、そこに注意しながら小説を読むゆえ、事実が隠しているように感じられるものを把握しようという、物語の奥深さを味わおうという、本来あるべき読者の姿勢を忘れていた。こうして『失われた時を求めて』のような格段に優れた小説に触れることで、小説家になるとかいう幻想を追うのをやめて、単純に文学作品がとても面白く感じられるようになった。文学を諦めている身であることを自覚しながら、その貧弱さから抵抗を感じないブログを書くという行為は私に新たな楽しみを与えてくれた。いつか作家や詩人になるという私が捨て去った希望をとり戻してくれたわけではないが、文中の鮮烈なフレーズから、わが思考とともにそのイメージや事実の背後にまで到達しようと試みる動機を与えたのだ。しかし、その要求は過酷で、私はどうしてもこのように劣化した私の内部に引き起こされる、人間共通の感情を表現することしかできず、いっそのことブログでさえ、その筆をおいてしまおうという気になる。それでも、このネットワークサービスは、人間社会の中で働いているだけあって情け深い。私がネットの世界での文学活動をおしまいにしようと思っていると、もう少し続けなさいと言わんばかりに施しが与えられる。私はそのたびに勇気づけられ、励まされ、活動を続けることができる。ネットの世界で学ぶことができた大事なこと、それは「コツコツ続ける」である。
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私の青春に巻き添えを食った不運な人々


自分の青春が空しく過ぎたと思うのは、何と淋しいことだろう。自分がたえず青春に背いて来たと、また青春にみごと一杯食わされたと、自分のよりよい望みも新鮮な夢も、秋の木の葉が朽ちるように、みるみるうちに朽ち果てたと思うのは。自分の行く手に、ただ食事ばかりが長々と連なっているのを見るのはたまらない。人生を儀式のように眺め、しかつめらしい人の群の後ろから、世論も情熱も分けてもらえず、とぼとぼと歩いて行くのはやる瀬ない。   『オネーギン』 プーシキン作より


私にもかつてはよりよい望みも新鮮な夢もあった。すべてを凌駕する若さのエネルギーを私は大いにあてにして、頭の中はいつも前代未聞と革命と偉業を追いかけた。創作と研鑽、それが私のすべてであった。私にとって青春は望むもののたった一つに変換が可能であり、多くの若者は惜しげなく思い出として美化される享楽への変換を望んだ。大雑把に言えば「遊び」に変換してしまうのである、しかし、それが多勢であるから、主流となり強さともなる。私のような若き野望の持ち主のほとんどはこのように(今の私を見よ)青春に一杯食わされるわけである。偉業を成し遂げるわけでもなく、青春の思い出を残すでもなく、明るい未来の礎を築くでもなく、ただ反故と孤独に包まれて佇む私。次にふと我に返るときには私の孤独は一層深まり、世間からはおろか知人らからも取り残され、守る家庭も誇る仕事も持たず、見苦しくさび付いた青春を謳歌して、そんな体たらくになっていないともかぎらない。そして何より、こんなみじめな未来に向かう私に不運にも巻き添えを食った家族、友人、恋人は不憫である。私のエゴを許せ。私は自分の青春を台無しにするだけでは満足せず、友人や恋人の青春にまで影を落としているのである。家族や恋人に至っては不安と苦悩を与えずにはおかない、私の憎むべきエゴを通す、この身勝手さがなんとも恨めしい。私は死んで詫びなければならないような罪を犯してしまった気がする。時は戻らない、その時を汚してしまった私の罪は浄められることはない。彼らの青春に醜く残る染みは生涯彼らを塞がせることになるのだ。
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富士山に近づいて見えるもの

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この写真だけを見て、ここが「青木ヶ原樹海」だとわかる人はおそらくいまい。地表を這うように根を張っている樹木の様子から溶岩地帯であるとの判断は可能であるとしても、その固有名詞を断定することは不可能であろう。私たちがいかにつくられたイメージによってある対象物を認識しているか。「青木ヶ原樹海」として見るだけで不穏を感じ、その背後に物語を想像し勝手に背景を描き出す。ではただの深い森の中と片付ければいいのか?これも正しくない。この森は私たちを排他している。人間存在ではなく、人間的概念を無効にする。溶岩が流れ、弱い木々はなぎ倒され、石や岩は無秩序に散在し、日の当たるところには否応なく苔がまとわりついていて、地球を力強くつかむことを許されない樹木は弱弱しい幹でその生を保っている。これこそ「生(なま)の現実」だと思った。水が下に流れる意味だと思った。

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「富岳風穴」というものがあって、富士山の懐へ降りていく。私たちは自然の模倣をし、自然現象を利用しているに過ぎない。21世紀の現代、ある意味自然現象を超えようとしている世代といえよう。万能細胞や原子力エネルギーは自然に存在しなかった。自然は敢えてこれらの能力を発揮しなかったのではないかと思う。自然は絶妙なバランスを取ることで成り立っているため、汎用性や不確定性に富んだ現象、あるいは高いエネルギーを含む現象は生じないのである。

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なぜ私は人間がつくる氷ではなく、自然がつくる氷に価値や驚きを感じるのであろうか。自然をみくびっているのか、人間をかいかぶっているのか。人間がつくる氷は単なるエネルギーの変換だ。自然の氷は?自然の摂理の表れである。私たちはいつまでたってもエネルギーの変換に勤しまなければならないのか。
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文章は書かないと驚くほど下手になる


ものごとの表面をいくらとりつくろってみたところで、結局、真理ほどにはわれわれの役に立ちはしない。真理だけがよく持ちこたえるのである。たいていの場合、われわれは自分の居場所をとりちがえて、見当はずれの場所に身を置いている。気性の弱さから、われわれはある状況を勝手にこうときめこみ、それに囚われてしまうので、同時に二つの場所にいることになり、そこから抜け出すのが二重に困難となる。正気の瞬間には、ひとは事実だけを、ありのままの状況だけを直視するものだ。義務感からではなく、言わずにはいられないことを言うべきである。それがなんであれ、真理は虚偽よりもましである。   『森の生活』 ソロー著より


ブログ更新の滞りはそれが文学活動の一端である私にとってゆゆしき事態である。とにもかくにも打破することが先決である。現状、書きたいことは多く、またそのストックはあれど、なかなか文字に起こすことが出来ないでいる。その最大の原因は時間の不足で、もう少し言えば執筆の所要時間の過多、すなわち執筆のための所要時間とそれに充てることができる時間のアンバランスである。時間の不足といっても個人的な感覚では私生活の充実を意味する時間の不足であって改善する必要性があるものではないので、すぐに所要時間を短縮するよりほかないという結論に至った。

引用する一節が含蓄に富んでいればそれだけ、私も言葉を加えたくなり、意味を探りたくなってしまう。思いはとめどなく膨らんでいってしまう。しかし私の最大の目的はこの含蓄に富んだ一節をネットという大海に出来るだけ多く放流し、この大海を清め、人々がのどを潤すことのできる清水とすることなのである。更新を滞らせてはならぬ。冒頭以外は雑誌の付録同様、つまらないおまけにすぎない。私はもっと簡潔に自己表現する技術を磨き、シンプルな記事をテンポよく積み上げていこうと思う。私は語りすぎたように思うし、また語り足りない心持もする。更新することを最優先とし、そのために自己表現は簡潔にシンプルでいささか軽い記事づくりを心掛ける。

なぜ更新することにこだわるのか、厳密にいえば、私は書くことにこだわっている。なぜか?

ご覧あれ、「文章は書かないと驚くほど下手になる…」
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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