”こころ”を承認する文系の世界 学力による選択の誤り


私は大学で英文学という専門をやりました。その英文学というものはどんなものかとお尋ねになるかも知れませんが、それを三年専攻した私にも何が何だかまあ夢中だったのです。その頃はジクソンという人が教師でした。私はその先生の前で詩を読ませられたり文章を読ませられたり、作文を作って、冠詞が落ちているといって叱られたり、発音が間違っていると怒られたりしました。試験にはウォーズウォースは何年に生れて何年に死んだとか、シェイクスピヤのフォリオは幾通りあるかとか、あるいはスコットの書いた作物を年代順に並べて見ろとかいう問題ばかり出たのです。

年の若いあなた方にもほぼ想像ができるでしょう、果してこれが英文学かどうだかという事が。英文学はしばらく措いて第一文学とはどういうものだか、これでは到底解るはずがありません。それなら自力でそれを窮め得るかというと、まあ盲目の垣覗きといったようなもので、図書館に入って、どこをどううろついても手掛がないのです。これは自力の足りないばかりでなくその道に関した書物も乏しかったのだろうと思います。とにかく三年勉強して、ついに文学は解らずじまいだったのです。私の煩悶は第一ここに根差していたと申し上げても差支えないでしょう。   『私の個人主義』 夏目漱石


私は大学で理系を専攻していたわけだが、これは高校での学力の測り方というのに問題があったように思えてならない。その学力というのは、まず英語・国語・数学の学力(主にテストなどの点数によって測られる)で決められる。たしかに、これらは記憶力をあまり必要とせず、ルールを理解して、出題者の意図を解読し、約束通りの定石を踏むという一連の作業によって完成するやや人間らしい思考をする。なぜだか知らないが、学問に理系と文系という分類があって、それを高校生の時点で選択しなければならないのだが、(この選択が人生をとても大きく左右する!)その選択の際に判断材料となるのが、この主要三科目以外によって測られる学力なのである。もっとも、この中の数学がまったくできないという理由で文系を選ぶというのが文系の大多数のようであるが、同様に数字や化学記号以外はどうしてもなじめないという人もわずかながらいるかもしれない、彼らは理系を選択するということになるのだろう。私にとってはどれも相似であったから、判断材料が他に必要であった。それがなんと、”暗記に意味を見いだせるかどうか”ということなのである。私は物理や化学はそれほど覚えることが多くなくて気楽であったが、歴史や地理の類はどうも覚えることが多くて無駄な時間を過ごさなければならないような気がしていやであった。それこそここで夏目先生がおっしゃっているように、妙な問題ばかりが出題されて、歴史や地理とはいったいなんであるのか?と思ったものである。フランス革命について描かれた文学や映画を見た方がよっぽどためになりそうなものなのにそんな授業はなかった。

そういうわけで私は無事?理系に進んだわけである。そして生き抜くことのできぬ世界であると悟って、その道を自ら去ったのである。もし文系に進んでいたとしたら?最近よくそんなことを考える。私は文学が無性に好きである。一生文学と共に生きていきたいと思っている。文学と共に生きるとはなんぞや?とにかく文学と生きたいのである。文学部に入って、文学を研究する。文学が仕事になる。私は今以上に幸せであったかもしれない。今は時間を盗んで文学を手にしている。時間を削って文学を確保している。かつて文系は文明的でなく、理系が人類を進歩させ、幸福にすると考えないこともなかった。文系は学問として成り立つのか?という疑問も残る。夏目先生も文学は解らずじまいだったとおっしゃっている。それでも私のような文明社会でどうしようもない、役に立たない人間がなんとか文学に携われているという安心感と喜びで生き抜くことができる世界を用意してくれるのが、文系の世界、文明的でないあくまで、”こころ”を承認する世界ではないだろうか。と思うのである。
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「ホテルニューグランド」の大階段 美しきロイヤルブルー


「ホテルニューグランド」の最大の見どころは本館の大階段ではないだろうか。

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本館の回転ドアのような形状のエントランスに迫らんばかりにこの大階段が造られていて、入った瞬間、「ああ、これが有名な大階段か」と多くの人が思うに違いない。写真や映像で見るとこの大階段は大層に見える。たしかに、立派は立派なのだが、思いのほかこぢんまりとしていて、「ん?なんか違うような…」という気がする。おそらく私たちは大階段という名前に、宝塚か何かの実用的でない、あるいは王室かどこかの大規模な階段を想像してしまって、ホテルに必要のため、設置された階段ということを考えないからであろう。そして演出する方もなるべくそうした豪壮さを引き出そうと絶妙なアングルで切り出すのである。美しく敷き詰められたロイヤルブルーの絨毯は「ホテルニューグランド」を象徴しているように思うのは私だけだろうか。ロイヤルブルー、それは華やかでありながら派手でなく、凛とした高貴さも持ち合わせた魅力的な色。青は日本人にとって特別な色であり、古くから生活に取り入れられ、多くの呼び名がある。山々の織りなす緑の風景、そこからわき出でる清流、それらを包む清涼な空気。青は私たちをとりこにしてしまうのだ。

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大階段のみならず、階段を上がった先、本館ロビーも素晴らしい。現在はタワー館にホテルのロビーがあるため、結婚式などのイベントがなければ、ひっそりとした雰囲気でのんびりと格調高き空間で憩いのひと時を過ごすことができる。一つひとつの柱や調度には意匠が凝らされていて、それらを味わってみるのも楽しい。
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悔い改めの日々の始まり


余はここにおいてオスカル・ワイルドの『獄中記』De Profundisの中の一節を思い起こさざるをえない。基督は罪人をば人間の完成に最も近きものとして愛した。面白き盗賊をくだくだしい正直者に変ずるのは彼の目的ではなかった。彼はかつて世に知られなかった仕方において罪および苦悩を美しき神聖なる者となした。勿論罪人は悔い改めねばならぬ。しかしこれ彼が為した所のものを完成するのである。希臘人は人は己が過去を変ずることのできないものと考えた、神も過去を変ずる能わずという語もあった。しかし基督は最も普通の罪人もこれを能くし得ることを示した。例の放蕩子息が跪いて泣いた時、かれはその過去の罪悪および苦悩をば生涯において最も美しく神聖なる時となしたのであると基督がいわれるであろうといっている。
ワイルドは罪の人であった、故に能く罪の本質を知ったのである。   『善の研究』 西田幾多郎著より


私は人の心を傷つけたことがあるし、身体さえも傷つけ、血を流させたこともある。私は生来、傲慢で生意気で思いやりのない人間であった。あるとき私はまだ子どもであったが、持ち前の過信と慢心から、許されぬ過ちを犯してしまった。過失はすべて私にあり、ただそこにいたというだけで、相手は私によって血を流すはめになったのである。子どもだったとはいえ、私は衝動や無邪気さによってその暴力が繰り出されたのではなく、配慮の足りなさと利己心からであることをはっきりと理解し、認識していた。人間から鮮血が流れることに私はひどく動揺した、しかしそれ以上にこの罪深き所業を自覚してなんとも言い難い恐怖に襲われた。それは隠したりごまかしたりすることのできるような些事ではなく大事であった。私は罪人の如く家に戻り、罪人の如く、謝罪した。私は永久に彼に対して陽気に話しかけることはできないのだと悟った。へりくだって、後悔と謝罪の気持ちを抱きながら接するより罪の償い方がわからなかった。その出来事のあと、私と彼との関係は私にとって非常に難しいものとなってしまって、それはいまだに元通りにはなっていない。なるはずがないのである。10年以上も前のことだが、彼のことを思い出せば、同時にその罪の記憶が鮮明によみがえる。感触、一瞬一瞬の映像、肉体が損傷するときの音、消え入るようなうめき声、猛烈な動揺。この記憶は一生消えることはないだろう。たとえ本当に悔い改めることができたとしても、どうしても消し去ることができないのである。それが罪である。罪の認識がなくなろうとも、罪の感覚は脳裏に残っている。私は罪を背負いながら生きなければならなくなった。己の傲慢を挫き、謙虚に、控え目に、隠れるように生きなければならないと自分に強制した。そうすれば、罪がやわらぐような気がしたからである。私はどれだけ誠実に生きたとしても、罪深い存在なのである。だからこそ、出来る限りの誠実を実行しなければならないのである。私の悔い改めの日々は始まったばかりなのである…
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私は、わずかなお金でクリスマスにささやかなプレゼントを贈ることしかできない、むなしき孤独な放浪者である。

クリスマスという絶好の機会をいかし、日ごろ親しくしている友人に感謝の気持ちを伝える試みは私に大きな満足を残して終わった。彼らの喜びの表れた笑顔や「ありがとう」の言葉は非常に心地のよいものであった。そして、私のある目的が成就されたことも示していた。それは、”私が生きるために必要な額以上の金銭をできるかぎり正当に稼ぎ、その報酬の剰余を周囲に還元する”である。これはまた、私が肉体労働者として、毎月のサラリーをいただいて生きることを決心した動機でもある。つまり私はまじめに働き、その目的を達成したというわけである。

実際のところ、おそらく私が日々を過ごしていくために一日に9時間以上も労働する必要はないのだ。けれどもこの考えは極端に独りよがりで、未熟な批判されるべき思想である。自分がよければそれでいいという考えは僕は大嫌いだ。しかし、そうした者にこそ自分自身がなってしまっているということはよくあることで、私もその例にもれなかったということだ。

働く決心がついたとはいえ、難しかったのは、”正当に稼ぐ”ということである。これが実に困難なのである。私は学歴は不十分で、ハンデもあるということで、公務員として働き、市民の血税から給料をいただくということをどうしても自分に許すことができない。公務員は尊い職務である。私のような未熟な人間が勤まるものではないであろう。それに、資本主義という社会形態であれば、資本家あるいは労働者として―軍国主義であれば、軍人として任務を行なうのが道理であるように―社会人として責任を果たす必要があると思うのだ。私は資本家であるはずもなく―たとえ資本家であっても人を使ってその資本を増やそうなどと企てることはないであろうが―、労働者として働かざるを得ないのである。ここでもまた、労働者としての地位は限定されてしまう。不十分な学歴、フリーターともなんとも言い難い空白の数年間、これらは当然、大企業、一流企業就職の道を完全に閉ざすもので、私に残されていたのは、大企業に寄生するかのような下請け企業か、なんとか大企業に立ち向かう中小企業、あるいはベンチャー企業であった。社会が大企業に有利なようにできているのは誰もが承知のことだ。国家はこの大企業によって支えられているので、国家も大企業をまず健全に保つための政策を講じるのは当たり前のことである。大企業はブランド力、資金力、販路、あらゆる手立てによって顧客を確保していく。これらに太刀打ちするために中小企業やベンチャー企業はどうしても無理しなければならない、ただ生き残るために…。甘い蜜を吸うことができるかにみえる下請けも実際は厳しい要求を迫られるようである。大企業が儲けを出す手っ取り早い方法であろうから当然のことだ。下請け、中小、ベンチャー、どれも実に厳しい。それでも、一握りの優秀な人材以外は、この運命を受け入れなければならないのである。おいしい仕事は少なく、人はあふれている。悔しかったら、役人、大企業に勤めればいいのである。原因と結果があるのみである。当然の帰結。だから私ははじめから給料のことはあきらめて、肉体労働者として与えられた仕事をこなし、給料のアップもなにも求めなかったのである。一流企業がつくりだす、知恵と金と高い技術の商品に適うはずもない、優秀な人材も金もない会社の商品を売るにはどうするか?めちゃくちゃな売り方をするしかないのである。だましに近いような、それかわが身を削るような営業をするか。私にはできない。自分が欲しいと思えないようなものを他人に勧めることなどできないのである。私は安い給料で、会社に謝りながら、お客さんに謝りながら、与えられた仕事を日々こなすのである。汚れたものをきれいにする、一生懸命品物を磨く、それは心を磨くことになるのではないかとなんとか思えた。しかし、この仕事は決して会社に利益をもたらす類のものではないのである。会社は多額のお金をもたらす、利益をもたらす社員をありがたがる。当たり前だ。実際にお金をもってこない社員など大した価値はないのである。私は肩身の狭い思いをする。給料をもらいながら、給料を盗んでいるような気持ちがする。こんな社員を会社が見捨てておくはずもなく、作業員として給料に頓着せず就労している私に営業を強いる。そして作業員としてではなく、営業として評価され、ひどい低評価が下された。楽しみに期待していたボーナスは寂しい金額。考えてみればボーナスは利益の分配であるから、利益をもたらしていない私に与えられるだけでも満足すべきなのだろう。私は特に何の感情も抱かなかった。むしろ、営業をしなくてすむのであれば、ボーナスなんぞ喜んで断るのである。「一生懸命やってもこの評価なのだ。」というつもりはない、会社が要求していることはそうではないのだから。私はそれを無視して自分が自分に許せる労働をしているにすぎない。箸にも棒にもかからない社員。今後も営業を課せられているのにもかかわらず、作業員としての仕事のみ果たしてお客さんから金をとってこないことを叱責させられるのであろう。私のこの会社での寿命はそう長くはなさそうである。申し訳なくて申し訳なくて、両親も大きな不安と失望を感じているだろう。学をしっかりつけてもらった私であった。私を好いてくれる女性にも私は金銭的な、裕福な満足を与えてあげることができないのである。私は、わずかなお金でクリスマスにささやかなプレゼントを贈ることしかできない、むなしき孤独な放浪者である。
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スポーツ万能のS氏、作家として活躍するI氏へのプレゼント


先日、T氏へのプレゼントの記事を書いたが、その続きを書きたいと思う。そんな私事をわざわざブログになんて、あげるんじゃない、煩わしい!という意見はもっともだが、私としてはプレゼントをあげた事実を書きたいのではなくて、T氏やこれから挙げるS氏とI氏がどういった人物なのか、そしてそのプレゼントは彼らに値するのかどうであろうか?ということに主眼がある。つまり単純に、作家気分で描写したいだけである。

T氏とS氏とは私の大学時代の友人である。彼らとの出会いが私の大学生活を変え、その価値を高めてくれた。彼らにはいくら感謝しても足りない。私にできることはこれからもずっと友情を保ち、想う気持ちを持ち続けることである。さて、T氏とS氏はいい対照をなしており、T氏が秀才であれば、S氏は天才、T氏がコミカルならば、S氏はシニカルといった具合なのだ。そんなT氏はスポーツ万能で、在学中に突然、ホノルルマラソンに出場するから後期をしっかりと履修するのは難しいと思う。といって実際に留年してしまったのは驚いた出来事であった。またチャレンジ精神が旺盛で、「俺も文学の一つや二つ読んでいないとな。」といってトルストイの”超”大河小説『戦争と平和』全巻を学内に持ち込んできたのもおもしろいエピソードだ。卒業後はというと、留年をものともせず、労せず一流企業に就職し、持ち前の運動能力を活かして現在はゴルフの腕前が相当で職場で羨まれるほどだという。

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スポーティーでクールなS氏に、この「パーカー」のT氏と色違いのそれぞれの特徴の表れた(私が勝手にそう思い込んでいるに過ぎない)ボールペンはぴったりだ。今でもランニングを欠かさないというし、ロシア文学を好んで読むそうだから、天性も損なわれていないと思われる。会社員という立場で成功と幸せを手にしてもらいたいと願うばかりだ。

続いてI氏。私はあまり人から影響をうけるタイプの人間ではないのだが、I氏からは非常に大きな影響と刺激を受けている。そのお礼として今回プレゼントを贈ることにしたのだ。彼が私にもたらしたものはさまざまだが、「ハードボイルド」と「ファッション」そして「女性観」である。そして現在、彼は作家として活躍している。このことが最も私の刺激になる。彼独自の世界観に包まれた物語は魅力的であるし、言葉遣いが驚くほど適切で、私は見習うべき個所多数といったところなのだ。簡単に言えば、古典から地道に読書を続けてきた私に、達観して「日はまた昇る」こそが素晴らしい作品だ。ハードボイルドは生そのものを映している。と宣言したのだ。彼にとっては歴史は一跨ぎで済んでしまう。これはすべてに通じていて、ファッションに関しても雑誌なんかを頼りにせず、直感とフォーマル(形式)の融合だという。極めつけは彼の洞察力だ。彼は見事にある女性の依存性の所在を説明して見せた。

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彼はウイスキーをグイグイ飲みながら執筆をするというので、普段はバーボンばかりだそうだから(これはヘミングウェイを愛し、アメリカ文学を好むがゆえであろうと思う)、ブレンデッド・スコッチウィスキーの定番『バランタイン』の12年を贈ることにした。ボトルのラベルデザインがリニューアルしたことに伴い、運よく安価で手に入れることができたのだ。複雑だがバランスがよくなめらかで、甘く豊かな香り。パッケージもしゃれているし、I氏にぴったりの一本だ。

以上、「ぴったりだ」というのはあくまで私の独断であり、お気に召さなかったら申し訳ない限りだ。
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『ホテル ニューグランド』の忘れられぬ夜

夜の銀座はブレーキランプに照らされ赤く染まっていた。客待ちのタクシーが道路両側を埋め尽くし、乗降ポイントでは二台重なって停車していた。慣れない首都高速は入り口を見つけるのにも一苦労。危うく通り過ぎそうになりながら、強引にハンドルを切って湾岸線に乗り込み横浜へ向かった。地下トンネルは宇宙船にもぐりこんだようであったし、都市を結ぶベイブリッジは銀河に架かる吊り橋のように光をまとい、勇壮であった。向かう先はホテルニューグランド。なぜこのホテルが私にとって特別なものになったのか不明である。しかし、『ホテルニューグランド』に宿泊するという事実に私はたまらなく感激した。どこかの王宮のようなロビー。一体どこの世界に迷い込んでしまったのだろう?宇宙の旅、時空の旅を終えたパイロットのように時を遡ったようでもあったし、時を飛び越えたようでもあった。

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本館とタワー館からなる『ホテルニューグランド』。横浜の中心にあって、たどってきた歴史を物語る遺産というべき本館を増築せず、タワー館によって客室を確保し、変わらぬ姿を今に伝えているのは粋である。現代ではホテルといえば高層のものばかりであるが、建物が低く、クラシカルで愛らしさがある。石造りの外壁に日よけが並ぶ光景はパリのシャンゼリゼ通りのようでしゃれている。

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さて、宿泊した客室だが、『マッカーサーズスイート』というその名の通りマッカーサー元帥がGHQ占領時、宿舎とした部屋があることで知られ、驚くべきことにスイートルームとして現在つかわれており、宿泊することができるのだ。宿泊者がいない場合には一般客も見学することができる。

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もちろん、私は『マッカーサーズスイート』に泊まることなどできなかった。一生のうちで一度、泊まれたら幸せだなと考えてはいるが。でも、がっかりすることはなかった。なぜなら、その隣に『天狗の間』という特別室があり、そちらは価格も比較的リーズナブルな上、作家 大佛次郎が仕事部屋として使っていたのである。室内には彼を偲ばせる資料が置かれてあった。バスルームは全体が石材で金の縁の大きな鏡、浴室を隔てるガラス戸、磨き上げられ光沢きらめく蛇口などからなり高級感に満たされていた。

ベッド脇のドレッサーには彼女が身に着けていた装飾品が、大小の順序良く並んでいた。ネックレス、時計、指輪、ピアス。それらは間接照明によって熱せられたように溶けつつあるように見えた。まだ彼女の髪には十分な湿気が残っていたが、先ほどの『Miss Dior』のボディークリームをまとった。鏡に映るその姿は妖艶の化身のようで、私は忘我の極にあったに違いない。滑らかな肌には一層のつややかさが加わった。

「私はこの香りを感じるたびに、きっとこの素晴らしき夜を思い出すことでしょう」

かくも美しい女性がいるであろうか!私もこの夜を決して忘れることはないであろう。
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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