芸術および思想の発展を


『作品は、つねに人間を暴露する。社会的な接触においては、人は、ただ世間に見てもらいたい表面だけを示すにすぎない。真にその人間を知ることができるのは、むしろ本人には無意識なちょっとした行動や、知らず知らずに現われては消える、瞬間的な顔の表情などからの推論である。ときとして人は、あまりにも巧みに仮面を被りおおせる結果、やがて彼自身が、仮面そのものになりきってしまう場合さえ珍しくない。だが、そうした場合にも、作品の中では、依然として真の人間が現われるのをどうすることもできぬ。そこでは、虚勢は空虚の暴露にしかならない。いかに鉄板のように塗り立てたところで、細板はついに細板にすぎない。いかに奇才を衒ったところで、とうてい精神の月並みさを隠しおおせるものではない。鋭い観察者の目には、どんなかりそめの作品といえども、きっと作者胸奥の秘密を暴露しないではおかないのだ。』   『月と六ペンス』より


作品というと、この場合と同様に僕は絵画を思い浮かべる。彫刻や陶器、ガラス細工、あるいは小説、楽曲など多く作品と呼ばれるものは世の中にたくさんあるが、おそらくもっともわかりやすいという理由で僕は絵画に作品としての真髄を感じるのだろう。

世界には今までに数多くの偉人、天才がいた。彼らの大部分は自然の摂理に従ってすでに世を去った。だが彼らが残した功績は現在にまで伝わり、人々の生活を豊かにしている。そうした恩恵にあずかっている人々のほとんどが彼らに対しては無関心だ。往々にして人間は自己中心的で欲望に忠実に生きているだけである。なぜ自分は存在しているのか、どうして自分の存在は現在のようなかたちで生活できているのかということを考えてもみない。しかし、僕はそのような人間ではありたくない。その気持ちが僕を先人へと向かわせる。

絵画にはその作者の姿が心のあり方があらわれているし、小説には思想が織り込まれているし、楽曲には人間性が反映させられている。それらを感じることは喜びであり、人間の精神に霊妙な安らぎを与える。にもかかわらず、僕のまわりをみても、耳に入ってくる情報によっても、そうした習慣と感性をもった人が実はなかなかいないようなのだ。由々しき事態である。僕は若者として未来に不安を感じている…。
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人の手によってつくられる楽しさ


以前箱根を旅したときには、美術館めぐりと大涌谷観光をしたので今回は『芦ノ湖』へ足を運んでみることにした。

お正月の恒例行事、箱根駅伝の往路ゴールがある、芦ノ湖南側にあたる元箱根から運航している海賊船に乗ってみた。

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出港時刻まで一時間ほどあったにもかかわらず、待合室には多くの乗客が待機していて、子連れの家族が多く見受けられた。

きらびやかに装飾された大きな海賊船は勇壮と行き先を見据えているように見えた。穏やかな湖面と広大な周囲を取り囲む山々がファンタジーな冒険の世界のように乗客には思えてくる。船内も海賊船さながらに工夫が凝らされていておもしろかった。きっと多くの乗客が人気漫画ワンピースの世界と重ね合わせたに違いない。

湖をこのように観光のためにエンターテイメントとして見事に仕立てているのはさすが箱根だなと思った。ただの貨客船ではなく、こうした設定を加えることでおもしろいものにしているのだ。僕は交通手段としてではなく、アトラクションとして乗船したので往復して元の港へ戻ってきた。東側近くに航路があるので、「箱根神社」や「山のホテル」、ロープウェーなどが前に見え、後方に去るのを風とともに見送った。僕のようなこうしたミンハーな多くの人たちは物好きにもお金を払ってわざわざ湖を縦断して帰ってくるのだからおかしいが、観光だったり興業、娯楽というようなものはそうした人の手によってつくられる楽しさを味わうことが醍醐味なのかも知れない。
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女性論 『月と六ペンス』より


『女というやつはね、男から受ける傷なら、いくらでも宥(ゆる)すことができる。ところが、かりにも自分のために、男からなにか犠牲行為の奉仕を受けるというのは、絶対に宥せないんだからね』   『月と六ペンス』より


頼んでやってもらったのでは、女性はうれしくもなんともないらしい。その相手が男性であれば頼んでやってもらえるのは当然のことと考えているようである。しかもやってあげたのにもかかわらず、やりたくないけど仕方がないからいやいやというような好意やいたわりの気持ちが動機に含まれていないと彼女らは絶対にゆるせない。僕もそれはすごく経験からよくわかる。おそらく真理であろう。

一方、ひどい行為に対しては自分自身の相手への感情によって大きく印象が異なるようだ。何をしたかではなく、誰がしたかが彼女らにとっては重要で、大きな意味を持つ。対応に無関心さや冷淡さを感じても、相手に対して好意があればそれらはたいした意味を持たない。逆に、嫌悪感をもっていたら、それで万事おしまいである。やさしくしてもそれはまったく響かない。そして相手が冷淡であっても、それ以上に彼女らは冷淡であるに違いない。そしてその嫌悪感はいくら努力してみたところで拭える種類のものではないのだ。

そうしたことから僕が導き出した処世術は、女性とはそれほど深く関わらず、やさしさを持ち寄らないようにすること、だ。彼女らの好意や感情などわかったものではない、分析したり理解しようとしたところでむだな骨折りである。ただギャップと何気ないやさしさというものには弱いらしい…。

はあ、僕はまたありきたりな、当り前の男性目線の女性観を披瀝しただけに過ぎない。だが、これらは自らの経験より導き出された根拠ある結論であって、まったく無意味というわけではないが、これらの一般論を強めるはたらきをしたという寂しい結果を来たすだけだろう。

『僕は、恋愛なんかまっぴらだ。そんな時間はない。要するに、あんなものは弱さだ。そりゃ僕だって男さ、だから、ときどき女が欲しくはなる。だが、一度肉欲が充たされてしまえば、僕は、もうすぐにほかのことを考えている。僕は、自分の肉欲に勝てない人間なんだ。だが、肉欲を憎んでいる。肉欲というやつは、僕の精神を押し込めてしまうんだ。あらゆる欲情から自由になった自分、そしてなんの妨げもなく、いっさいをあげて仕事に没頭できる日の自分、僕は、どんなにその日を待ち望んでいることか。女というやつは、恋愛をする以外なに一つ能がない。だからこそ、やつらは、恋愛というものを、途方もない高みに祭り上げてしまう。まるで人生のすべてでもあるかのようなことを言いやがる。事実は、なに鼻糞ほどの一部分にしかすぎないのだ。肉欲というものは、僕も知ってる。正常で、健康なものなんだ。だが、恋愛というのは、あれは病気さ。女というやつは、僕の快楽の道具にしきゃすぎないんだ。それが、やれ協力者だの、半身だの、人生の伴侶だのと言い出すから、僕は我慢が出来ないんだ』   『月と六ペンス』より


恋愛はとめどない欲望の奔流に何度も繰り返し堰を切って穏やかに保とうとするようなものだ。思い出が増え、女性を知ることで忍耐と脳の違った働かし方を学ぶことができるというだけであろう。それはある程度まで僕には魅力的ではあるが、肉欲はまったく邪魔である。僕は毛嫌いするほどだ。自分が自分でなくなる瞬間があり、脳がジャックされるとでもいようか、集中力が散漫になったりする。作業や思考の働きを鈍らせるので、手っ取り早く解消させる努力を僕もしている次第である。だから女性はある程度まで僕にとって必要だ。もちろん女性賛美もできる。ただ、いい男でありたいか、それとも偉大な芸術家、あるいは賢人でありたいかといえば後者でありたいのである。色に溺れるという言葉があるように、そうした人生の根源的目的が男性とはことなる彼女らに深入りして付き合うと僕らの果すべき役割はのっとられてしまうのであろう。
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大学院生としての山下 「自由への道」45


〔どうして俺は大学を教授の過ごしやすいものになるように努力して、学生が過ごしやすいようにはしてやらないのだろう!大学は学生のためにあるのであって、教授のためにあるものではない。ましてや企業のためにあるわけではないのに、なぜ学生たちだけが教授たちの要求に懸命に応え、企業の未来のために奔走しなければならないのだろう。彼らがいなくて困るのは教える側の教授であり、働いてもらう側の企業であるはずだ。だとしたら、彼らが主体となった大学、就職のあり方を考えなければいけない。〕

山下は教授について学会に出る機会が多くなり、それに伴って大学がどのように企業と関連し、大学間でどのようなやりとりが行われ、どう関係しているのかということが理解できるようになっていった。そのうちに他大学の友人もでき、そうした限られた場だけではなく、インターネットなどを通じて互いに意見交換をし、情報を共有した。彼は大学という組織を徐々に離れつつあった。現社会で学生と呼ばれる若者の置かれる立場を改善し、前進させるために、立ち上がろうとしていた。さて、なにができるというのであろうか。

学生としての本分である学問の方でも新たな進展を見せていた。前に書いたとおり、彼は「死」についての考えを進め、宗教と死生観、哲学によって人間の死の解釈を得た。その「死」の概念に自ずと専攻しているデザインが混ざり合い、ホスピスケアと終末医療の在り方をデザイン、そして多様性を持つエンディングノートの開発という学術に着手していた。そしてちょうど彼はその書類の仕上げに入っていたところに、教授から無関係の課題を与えられたので内心、慨然としたのだった。

〔今月中に国立がんセンターのホスピスケア科の担当医にアポをとって、研究協力の依頼と取材申し込みをしておく必要がある。だからそれまでに内容説明の準備と取材方法の確認をしなくちゃいけない。それと卒業制作のエンディングノート開発の見本の製作にぼちぼち取り掛からないと間に合わないから、ゼミの全体会議をいつにしようか。〕

彼は右ポケットからスマートフォンを取り出すと、親指をスライドさせてロックを解除し、手際よく「LINE」という無料で好きなだけ通話やメールが楽しめるコミュニケーションアプリを起動し、(十一月十五日午後一時より研究棟二階、小会議室でエンディングノート開発の製作会議を行ないます。)というメッセージを放り込んだ。それらを山下が取り仕切るゼミのメンバーは受信し、確認できるというわけである。彼は引き続きコンピューターに向かいながら作業を続けた。
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箱根「一の湯 本館」 内湯の紹介


宿への到着がやや遅かったのですべての宿泊客が利用できる貸切風呂の利用可能時間が深夜しか空いていなかった。

旅の疲れもあって眠気は容赦なく僕を襲い、歴史ある珍しい大理石風呂に入りたい強い気持ちだけが僕を動かしていた。

浴室の入り口は洗い場より高い位置にあり、入り口からやや滑りやすい数段の階段を下るとおおよそ真ん中にちょうど二人が入るにちょうどいい大きさの湯船が掘ってあり、浴室内全体が大理石で造られており、威厳ある白色と天然らしくそこに混ざりこむグレーの鉱物がローマの遺跡を思わせ、ロマンチックな空間を作り出していた。幾分裸でその空間で湯浴みするのは落ちつかなかったが、それでも体験する価値ある風呂であることには間違いないだろう。

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ポンプによる湧出技術がなかった当時に温泉を浴槽に引き入れるために地下に作られたということだが、地上にある浴室よりもひっそりとしている印象を受けた。経年、あるいは古さは感じるものの、大理石の持つ元々の美しさと手入れによって気にならないくらいにいい状態で保たれていたと思う。

ほかに、浴場としては内湯が二つ館内には用意されており、男女交代制で、おそらく敷地内の角地にあると思われる浴室は小さく、三角形に近い石造りの湯船がきってあり、もう一方は角が均された長方形のこちらも石造りの湯船がつくられていて、早川側に大きな窓が取られていて、足元には敷かれた大石の感触が伝わって来、なかなか悪くない風情があった。洗い場にシャワーはなく、源泉が流れる水路が代わりに設けられており、そこから湯を手桶で汲み上げて使用するという不便を楽しむよう説明書きがあり、一興を添えてくれる。

浴場としては内湯のみなので、できたら露天風呂付き客室に宿泊した方がより箱根を感じ、泉質もダイレクトに感じられるだろう。もちろん、内湯でも湯当たりがよく気持ちがよかった。
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言葉の性質 文学作品における悪人


『人は、あまりにも軽々しく美について語る、しかも、言葉に対して無感覚であるために、美という言葉をいたずらに乱用し、その結果、かえって言葉は力を失ってしまう。おかげで、それが表わす実体もまた、凡百のくだらない事物とその名をわかち合うことになり、空しく威厳を失ってしまう』   『月と六ペンス』より 


このブログを一度ならず覗いて見たことがある人は僕が旅好きであることを既にご存知のことと思う。このブログ内には多くの旅先での風景や宿の様子が書かれているがなるべく実際に感じたことを対象の格調を保ちながら表現するように意識している。多くはない僕が扱うことのできる語彙の中から適切なものを選んでできるかぎり"感じ"が出るように注意してもいるのだが、ここに言われるとおり、結局のところその場その場の感動やポーズによって本来あるべきはずである旅館の様子であれば格や質の違い、風景ならば季節であったり、時代背景などによる意味の度合いが適切に表れず、損われているという印象がある。もちろん僕自身も先入観や装飾を排しようと努力はしたものの、旅への愛着、そしてもてなしに対する好意によってどうしても美点や優れたところにばかり目が向いてしまい、欠点や行き届いていないところへの注意がおざなりになってしまっていた。旅への参考にしてもらいたいとの本意から外れてしまうことになりかねないので子の箇所に出くわして大いに反省をした。

『長い習慣というやつが、感受性を麻痺させてしまってからでは別だが、そうでなければ、世の作家というものには、人間性の不思議さ、異常さ、それは道義感など一瞬にして吹き飛ばしてしまうほど興味深いものだが、好んでそうしたものに心を惹かれる、いわば本能ともいうべき志向があり、それには、時にわれながらおそろしいことがある。いつのまにか悪の凝視に芸術的満足を感じている自身を見出して、思わずはっとなるのである。だが、偽りのない話、ある種の行為に対して抱く彼の反感は、その行為の動機に対する好奇心ほど強いものでは決してない。論理一貫した、完全な悪人というものは、たとえ法と秩序を害するものであるにせよ、創造者にとってはたまらない魅力なのだ。思うに、イアゴーを創造したときのシェイクスピアは、これまた空想の糸を織り成して、あのデズデモナを想像したときの彼よりも、はるかに激しい興味を感じていたのではなかろうか。作家というものは、その創り出す悪役を通して、実は彼自身の中に深く根ざしながら、たまたま文明社会の慣習というもののために、潜在意識の奥深く押しやられてしまったある種の暗い衝動に、密かな満足を与えているのかもしれない。彼が創造した人物に血肉を与えるのは、いわば他に全く表現の道を持たない彼自身の中のあるものに対して、生命をあたえているのである。彼の満足感は、結局一つの解放感であるのだ。

作家の関心は、審判することではない、知ることである。』   『月と六ペンス』より


もう既に書いたことと思うが、モーム自身が優れた作家であり、その手による作家を生業とする人物が登場し心情の吐露、あるいは作家観のようなものを作中で呈してくれることはとてもありがたくこの上なく参考になる。

彼がイギリス出身の作家であることから、その作品には英文学の巨星シェイクスピアからの文学的影響が当然みえるが、それを心理描写や巧みな言葉の掛け合いによって優れた完成を果している。シェイクスピアの作品の中にはあらゆる種類の人間性の傾向を持つ人物が登場すると言われ、すべてのタイプが網羅されているといったら言いすぎだろうか―リアリズムではなく、あくまでロマン主義ということに限定してであるが。

「悪人を創造する」という文学のみならず物語ではよく取られる手法であり、また人間の好むところであるのだが、僕は多少の物語を書く身ではあるのだが、悪人を創造するという企てを未だしたことがなかった。それはリアリズムの傾向と博愛主義に近い思想より来った現象であるのかも知れない。これは大なる発見であったから、胸に留めておく必要を感じている。

ここで書かれているように確かに解放感からくる満足感を得られるというものには首肯を禁じえないし、悪人とは言わないまでも、悪意、もしくは悪行を描写することによって今までになんとなく奇妙な快感を得られた経験があったことも事実である。
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諦めでは自分の幸福しか得られない


『「親父は、家業をついで、大工になれと言ったんだがねえ。もう五代というもの、親子相伝で、この同じ職をやってるんだ。そういうのを人生の知恵というんだろうな、親の跡をついで、よけいな傍見(わきみ)なんぞしないのがねえ。僕は、子供のときに、こんなことを言ったことがある。隣の馬具屋の娘を、僕はお嫁に貰うんだとね。青い眼をして、亜麻色の髪をお下げにした、可愛い娘だった。あの娘だったら、僕の家を綺麗に気持よくしてくれて、それにもう家業をつぐ男の子の一人くらい、できてたかもしれん」

ストルーヴは小さな溜息をつくと、そのまま黙ってしまった。彼の想像は、実現していたかも知れない数々の幻を、はてしなく追っていたのだ。そしてわれとみずから拒んでしまった生活の静けさを思うと、なにか憧憬にも似たものが、胸いっぱいに湧いてくるのだった。

「世間は冷酷なもんだよ。僕らは、なぜだかしらないが、この世界に生れてきて、そしてまた誰も知らない、どこかへ行ってしまうのだ。僕らは謙虚でなくちゃいけない。静かな生活の美しさを知るべきだよ。『運命』にさえも気づかれないで、そっと人知れぬ一生を終るべきなんだ。そして単純で無知な人々の愛を求めるんだ。彼らの無知のほうが、いっさいの僕らの知識よりもはるかに貴い。彼らのように、黙って片隅の幸福に満足し、謙遜で柔和な人間になることだねえ。それこそ人生の知恵なんだよ」』   『月と六ペンス』より


ストルーヴの身につまされる言葉。大きな悲劇を経験したあとに行き着いた人生観は心をひきつけるものがある。だが、どうしても僕らの思想や人生観、考え方は経験に大きく影響されてしまうのでここでの彼の心情は諦めという形をとっている。無論もっともな意見であり、僕らは参考にすべきであるが、僕はなるべくならばどんな境遇にある人にでも通用し、参考になる、それこそ真理のような思想や人生観、考え方を少しでも示していけたらなんてすばらしいことだろうと思っている。そういう意味で、ここで語られる思想は限定的境遇に置かれ、もしくは経験を経てきた人間のものであって、人によっては貧弱に思えたり、意気地のないように思えるかもしれない。だから、全幅の信頼を寄せてこの言葉を聞くべきではない―こうした言葉はよく僕ら若い人間に、人生に半ば破れ、強さと熱さを欠いた大人たちから発せられる―、幸福には諦めが必要であるかもしれない。けれども、他者の幸福、あるいは世界を善くしていこうとするならば諦めてはいけないはずなのだ。
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「一の湯 本館」 日本風情満載の旅館


玄関を入ると温泉旅館らしい落ち着いたロビーに迎えられる。

フロント、談話スペース、テーブル調の囲炉裏が設けられた資料や案内が置かれ、おみやげ売り場と一緒になっている多目的スペースが一体となりながら、少し低い天井と視線を巧く遮蔽するように間取りがしてあり、単に広いというよりも、奥まった印象で締まった広さが感じられる。

フロントでチェックインと「一の湯 本館」の目玉、貸切大理石風呂の予約を取る。

ちょうど「一の湯」をなめるように流れる早川に面して広縁のある客室は純和風の造りで、室内の照明はおさえがちでいい雰囲気であった。

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一つ一つの家具、調度は年季が入っていて品質は心のもとないと言えるかもしれないが、風情をいかんなくかもし出していた。

床の間、床脇の優れた比率は日本人の持つ独特の感性によく響いてくる。天袋、地袋、違い棚の配置など見事なものであった。さすが老舗旅館。普段お目にかかれないこうした日本家屋の間取りは僕にとってものすごく新鮮で素晴らしく見えた。

食事は朝・夕ともに「レストラン 神山」であったが、こちらの建築様式も和洋折衷、趣深いロマン溢れ、素敵であった。

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壁にかけられた額絵もそれぞれが年代もので価値がありそうであった。他のテーブルに目を移すと、外国人客が目立ち、タイムトラベルをしてしまったように、一瞬場所と時代が錯誤される。出される食事にリーズナブルな価格のひとつの秘密があった。

画一的にグレード分けされたメニューが用意され、季節によって多少の変化はあるが、しゃぶしゃぶ膳となっている。こう聞くとバスツアーで昼食に供されるようなものを想像してしまうが、実際は地元産の豚をつかったしゃぶしゃぶで臭みがなく、やさしいコクがあっておいしかった。お米もいい炊き上がりをしていたと思う。値段が値段なので高級食材がつかわれるわけではないが十分満足できるものであった。
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恋について考える


彼がブランシュ・ストルーヴと恋に落ちたとは、まずほとんど信じられなかった。恋のできる男などとは、僕は考えていなかった。恋というからには、とにかくまず愛情というものがなければならないはず。ところが、ストリックランドときた日には、彼自身に対しても、他人に対しても、愛情などといえるものは微塵もない。そもそも恋というものには、心の弱さ、他を保護したい欲求、そして善をなし、喜びを与えたいという切実な願い―たとえ全くの無私的な動機ではないにしても、せめては利己心を隠そうとする一種の利己心とでもいったものがある。つまり、どこかおどおどしたところがあるはずだ。ところが、そういったことは、およそストリックランドには、想像もできない性質だった。恋は、忘我の感情である。それは、恋するものから自我の意識を奪ってしまう。いつかは彼の恋にも終りのあることを、頭では知っても、はっきり実感することはできぬ。どんな聡明な恋人でも、そうなのだ。みすみす幻影とわかっているものに、恋は実体を与えてしまう。そして恋する人間は、それをそうだと知りながらも、かえって現実以上に愛着する。恋は、人を実際以上の存在にすると同時に、実際以下の存在にもする。彼は、もはや彼ではない。もはや一つの個性ではなく、単に一つの物にしか過ぎない。彼の自我とは全く無関係な、ある大きな目的のための道具にしかすぎないのだ。故意にまったくの感傷抜きということはありえない。ところが、ストリックランドという男は、およそそうした弱さとは縁のない人間であった。その彼が、恋というような憑依状態を許すなどとは、考えられなかった。外からの軛を、決して堪えうる人間ではなかったのだ。たとえそれが苦痛であり、そのために彼自身は砕かれ、血みどろになろうとも、彼と、その彼を四六時中当てもなく駆り立てているあの不可解な渇望との間に介入する夾雑物などは、なんであろうと、断固として根こそぎにできるのが彼だと、そう僕は信じていた。もしこんな言い方で、僕が彼から受けた複雑きわまる印象を、多少でも伝えることができるとすれば、恋などをするには、彼は、あまりにも偉大すぎた、と同時にまた、あまりにも小人物すぎたと言っても、あながちとっぴな言い方ではあるまいと思う。   『月と六ペンス』より 


あらためてサマセット・モームの『月と六ペンス』を読んでみて―このブログに記事を上げていることからもわかるように、小説を書く上でとても参考になる作品であることに気がついた。作品中の主人公ストリックランドの生き様や言動が芸術家としての人間性の一面を見せてくれるということに期待していた僕にとっては大きな発見であった。

大人として生きるためには、仕事、お金、恋、人間関係というものは必ず付きまとってくるもので、これらがきちんと舞台装置としてこの「月と六ペンス」には用意されている。たとえばここでは恋についての分析と描写がなされているのだが、心理描写をこれほど平易にわかりやすく書くことは容易ではなく、モームの作家としての筆の力と観察眼がどれだけのものだったかということをよく示している。現代英文学という雰囲気を醸しながら、ところどころ古典的な重厚感を持たせているところはさすがという感じがする。

ストリックランドを引き合いに出しながら、恋の何たるかを説いているこの箇所は特に僕の目を引いたので、ここに記すことにした。恋とはなんであるか、そして自分の恋愛観はどのようなものであろうかということは万人にとってなかなか興味深いことのように思われる。恋は人間存在の第一義的なものになりうる、あるときんは行動の根本原理になりうる性質のものであるそうだが、僕には当てはまらないようである。異性に対して冷淡であることは否定しないし、人間存在に対する自分でもはっきりとわからない不透明な疎ましさがある。そうしたものがおそらく僕を芸術や自然へと向かわせているようにも思う、すなわち、それらが結局のところ人間存在に対してフィルターの役割をしてくれているわけである。

恋を楽しめることはうらやましいなと思うけれども、常に終わりが―終りがなければ恋ではないから―あるものに夢中になるということは解せないところもあるが、そうした客観的見地をとっている以上、恋のなんたるかを知らないのかもしれぬ。いずれにしろ僕は今まである程度作為的に故意に恋をしてきたようである。これも間違いではないようにも思える。傷つくことを恐れるあまりか、それとも自分を持つという強さの表れか。
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病気から学べること


ここ3日間、体調を崩してしまってすっかりブログをはじめ、自らに課している作業を活動が滞ってしまった。これほどまで完全にダウンしてしまったのは高校生の頃以来だと思う。

元来、身体が丈夫とはいえない僕は体調管理には人一倍気を使っている。もちろん、持病やそのほかの病気と闘うことを余儀無くされている方と比べれば健康そのものであって、なんらかの不満があろうはずがない。食事、睡眠、衛生面とを主に気を使っているので普段は疲れを感じることはしばしばあるにしても不調という感じはない。おおむね上々といったところだ。

食欲不振や睡眠障害は慢性化して、もはや大きく体調には影響しなくなってきているのでさほど気にはしていなかったが、今回ついに、そうした日々のわずかな生活サイクルのズレと微小ながらも蓄積された五年余りにわたる長期の疲労が健康のためのバランスをくずしてしまったのだろう。驚くほどなすべくなく、ノックアウトされるがごとく普段経験しない深夜に突然目覚めるほどの悪寒が襲い、そのまま身を起すのすら辛い状態に陥ってしまった。

僕の場合、発病したら重症化する恐れがあるのでとにかく安静を厳守しなければならない。幸い人並みの抵抗力が備わっているので、安静に身体を休めさえすれば、自然に回復する。とはいえ睡眠障害によって十分な休息が得られないことはいささか具合が悪かったがそれでも、三日目にして普段と変わりなくこうしてパソコンに向かえたことはよかった。

自然治癒によって特別な医術を施さなくとも回復が可能な場合、僕は医者に絶対に掛からない。そうした場合医術は姑息な手段というよりないではないかと個人的には考えている。人類の歴史はそのまま病気との闘いであるといってもよいだろう。長い年月こうして命をつなげてきた人間にはそのために必要な潜在的な力を持ち合わせている。考えてみれば、この世界は病気、ウィルス、細菌の世界であるのだから、生命を持続できていること自体が奇跡みたいなものだ。つくづく人間はすごいなと感じないではいられないのだが、そうしたすばらしい能力を損ねる危険を安易な医術は持っていると思う。

では、なぜ今回僕は突然体調を崩してしまったのだろうか、このことに僕は少しばかり興味があった。簡単に細菌のことを思い返して、そこから導き出されたものは、やはり環境の変化であった。

以前は他者との接触があまりない内向的生活を送っていたのだが、最近になって少しずつ活動的というか、対外的になってきて、その帰結として他者との関わりあいが増えてきた。これはいい傾向であるに違いないが、身体の方はそれにたいする抗体が十分でなかったらしく、反動として体調の悪化を来たした。しかしながら考えようによっては荒療治ともいうべき変わりつつある生活スタイルにすんなりと順応するための良策とも言えるのではないだろうか。病気の最も良いところは―もちろん回復できてこそのことだが、普段の健康への感謝の念の想起と抵抗力の獲得である。それだけでも十分もうけものである。病気には誰しもなりたくはないが、学ぶべきものがたくさんあることも事実のようだ。
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就職活動 山下の助言 小説「自由への道」 44


学部三年生の後期に入ると個人差はあれ、就職活動に奔走し始める。企業説明会や大学内で開かれる就職ガイダンスが通常の受講課程に入り込んできて、なかなか厄介なのである。真新しい着慣れぬリクルートスーツを身につけ、手持ちカバンや靴はつや消しのされた黒色でフォーマルなデザインのもので、皆が皆同様な格好をして一堂に会する姿は就職活動なるものを知らない者にとっては奇観であるに違いない。実際に、そこに参加している者の多くが没個性な自分自身に不満と嫌気を感じている。だれもがアイデンティティを持つべきであり、魅力ある個性を発揮したいと望むのだが、それを阻む社会の構造があるのだ。新卒一括採用という奇妙な文化がこの国にあるので、このときを逃しては沽券に関わるといわんばかりにみんな躍起になるわけだ。たしかに、何者かになるということに人はなにやら漠たる不安と失望を感じるものである。心の奥底で何にもなりたくないという気持ちと一角の者になりたいとの思いが交錯する。彼らは一先ずその葛藤を乗り越え、一つの決断と結論を得たのである。会社で労働者となる―。なぜかわたしたち若い世代は―上の世代はどうだかわからないが、おそらく違うだろう―それに対して不寛容で虚無感を感じる。社会はれっきとして存在するのだが、個人を尊重する時代なのである。

山下が立ち上げた勉強会に属していた有志も毎年この時期になると、就職活動や繁忙を理由に欠席、脱会という選択を下すのだった。一方で、彼は後輩たちにとって頼れる先輩であったので、さまざまな相談を受けた。時にはアドバイスや彼らのために人肌脱ぐこともあった。すっかり意気沮喪して、「就職先、ちっとも決まらないです。もう三十社受けたんですけど、一つも受からなくて…もうどうすればいいのかわからなくなります。厳しい、厳しいと聞いてはいましたが、ほんとうに辛いです。」と言ってきた者や、「僕のあこがれていた仕事が東京に本社を置く会社にあったので、何度か足を運んで、もちろん実費でですよ、なんとか二次面接まではいったんです、こちらの交通費は会社に出してもらえましたが、交通費だけなのでなかなかの負担で、結局その面接落とされちゃったのでこのままだと大した会社には入れそうにありません。ああ、僕の大学生活はなんだったんだろう―!」と山下に泣きつく者まであった。彼は「気を落とすな。」とか「まだ終わったわけじゃないから、もうひと踏ん張りしてみようよ。」と励ましたが、実際的なことも言った。「企業の求める人材と君自身との能力差を客観的に測らなければいけない。それには自分を正しく評価することが必要だけれど、成績や在学している大学、もちろんそういった来歴も重要視されるのが日本社会の特色でもあるから、避けることができない。君の競争相手である、他の学生はどうであろうか。いくら君がその会社の条件を満たしていたとしても、君より優れていると判断される者がいれば君は負ける。そうしたことを慎重に見極めてエントリーするのであれば、それほど苦しまなくてすむし、思いのほか思うように決まるものではないかな。」

このように後輩に忠告しながら、彼は内心考えることがあった。
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江戸時代から続く老舗旅館  箱根 塔ノ沢温泉『一の湯 本館』

時々刻々と太陽は赤く染まっていった。たそがれにはもう少し時間がありそうだった。西の空はことさらまぶしく、ときおり手をかざして日差しをさえぎらなければ視界が明細を失ってしまうのだった。

太陽に向かって僕は車を走らせた。相模湾に沿って続く国道には湘南の砂が舞っていた。東京方面への上りは混雑していたが、下りはよく流れ、茅ヶ崎まではあっという間で、沈み行く太陽に抗うように、景色は後方へ飛び去り、時間が限りなく引き伸ばされたがようだった。陽光の輝きが目に残っていた。

小田原城を惜しみながら西湘バイパスを箱根口まで駆け上がり、温泉街らしい、その上活気もある箱根湯本駅前を登ると続く登山鉄道の駅でもある『塔ノ沢』に今回、宿泊する『箱根 一の湯本館』があった。

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川伝いにうねるように峠道が続き、二、三の頑丈な石橋で川を渡るとその後に控えるごとく『一の湯』が歴史ある瓦の軒先をぬっと川上まで突き出していた。

さすがに箱根は交通量が多く、少し先に行ったところにある専用駐車場を見つけるのに少し戸惑ったほどで、夕闇に包まれていたら危うかった。この『一の湯本館』は箱根を代表する老舗宿の一つであるが、向かいには『環翠楼』、やや下ったところには『福住楼』があり、歴史と格の高さを感じさせる「塔ノ沢温泉」である。

この『一の湯本館』という名はそのまま、塔ノ沢温泉の開祖であることから使われた「一の湯」の屋号から来ている。江戸時代末期の浮世絵画家、歌川広重の「箱根七湯 塔ノ澤」にも描かれており、その歴史は古い。日本伝統の建築様式がいたるところに見られ、その歴史的価値から文化財にも登録されている。

こう聞くと、宿泊料が高いのだろうと誰もが想像してしまうだろうが、価格は驚くほどリーズナブルだ。僕はおもてなしを受ける前にすっかり魅了されてしまった。
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天才は限られた人間に認知される 脳は快楽を苦しみや不満からつくりだす


『ねえ、あれであの男は、天才なんだよ。僕にそんな自惚れがあるとは、まさか思うまいね。僕だって欲しいには欲しいが、だめだ。そのかわり天才を見れば、ちゃんとわかる。そして心から尊敬するんだ。天才、それはこの世界でも最も驚くべきものだ。しかし、持主にとっては大きな重荷なのだ。僕らは、彼らに対して寛容でなければいけない、じっと我慢してやらなければいけないのだ』   『月と六ペンス』より


ああ、天才というものにどれだけ憧れてきたことか。僕には常にヒーローが必要であった。それは僕に自分が凡人であるということを強く認識せしめた。こうして文学をやるのもつまるところ天才を意識してのことなのだ。天才はある限られた人間にしか認知できない性質であると僕は考えている。天才はまず自覚できない。まっさきに僕は天才といって二十世紀最大の天才と言われることもあるアインシュタインを思い浮かべるのだが、彼の言動からは天才の自覚など微塵も感じられないことからもそのことは事実であるように思う。天才といわなくとも、才能、それは人によって見出され、磨かれるものであるから、僕はこうして書くことで己の才能の有無、程合を計っている。才能は自分では計れないのだから自ら進んで評定を受けるべく示さなければならない。

天才は重荷である。それは全くだと思う。天才が幸せであったためしがあるだろうか?だから僕らは天才を看守しなければならない。天才は直接僕たちに利益をもたらしてくれないかも知れないが、人類、後世には間違いなくすばらしい進歩と発展をもたらしてくれるのだ。

『実際人間というやつは、わざわざ自分を苦しめるために、どんなすばらしい創意を思いつくかしれない』   『月と六ペンス』より


僕たちが求め続けているもの、それは快楽であることは疑いない。気持ちよさ、すがすがしさ、なんといってもよいが、とにかく快感、欲求の充足を求めているのである。それらを得るための手っ取り早いやり方はその対極にある苦しみや欲求の不満に陥ることである。脳はよくできていて、僕たちがそれを意図しなくとも勝手にそのように働いて一時的にそういった状態に置かれる場合がある。普段はなんとも思っていないことを曲解し、歪曲して自分を苦しめたり、あえて失敗や不利な状況をつくりだすような言動をしてみたり、誰もが経験したことがあるはずだ。

幸福であるためには、なるべくそうした脳に勝手な働きをさせないように、快楽と苦労のバランスを自分でとっておくべきである。「お金持ちは決して幸福ではない」みたいな話を聞いたことがあるが、日々満ち足りた生活をしていては、やはり脳の働きによって、快感を味わうために、あえて苦しみ、欲求不満をその状態からでさえつくりだしてしまうのである。
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どんなところにだって気持のいい空間をつくることができる 鎌倉のスタバ

鎌倉駅前の『鳩サブレー』―僕の母が好きである、バターが香ばしく、卵と砂糖の素朴な味わい、ボロボロとこぼしてしまうほどさっくりと焼き上げられた見た目もかわいらしいお菓子―で知られる「豊島屋」さんから地下通路で鎌倉駅をくぐると時計台のある小さな公園が印象的な街の一隅に出る。そのまま位置としては斜交いの小路をしばらく行くと市役所があるのだが、ちょうどその向かいに珍しい「スターバックスコーヒー」の店舗がある。

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特別なメニューがあるわけではないのだが、庭がある。それもプール付きの庭が。店内からドアを開けてその庭に面するテラスに出ると、日本家屋の縁側さながらのたたずまいで、座席のかわりにござとイグサのクッションが用意されていた。

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藤棚を覆う青々とした藤の葉。盛りを過ぎた花に代わって我が物顔に風に戯れ、木漏れ日がプールの鮮やかなブルーを呈する水面にきらめいて、テラスは気持ちのよい明るさに充たされていた。

その気にさえなればどんなところにだって気持のいい空間をつくることができる。鎌倉や京都など限られた町だけではなく、いろいろなところで誇りと品位をもって町づくりや建物をつくれば日本中が素敵になる。

鎌倉のスタバだけ特別なにかがあるわけではないのだ。歴史とイメージが先行してそれらをつくっているに過ぎない。おしゃれや気持ちよさというのは誰もがわかる感覚であるから、案外努力とやろうとの気さえあればうまくいくものかもしれない。
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山下の立場 小説「自由への道」43


大学研究棟のある一室、入り口の扉はストッパーで半開きになっているのでその前の廊下を通る者には内部の様子がわかる。白色の一般的なコンピューターが三台、壁を背にして備えられており、南側には離れて、大きな机に黒色のハイグレードなコンピューター、人間工学に基づいてデザインされた椅子がぴったりおさまっている品格漂う一隅があった。画集や論文などの資料がガラス製引き違い戸付きの普段見られぬほど大きな本箱にぴっちり納まり、それは部屋を狭く見せ、室内はやや照度が落ち、陰気な雰囲気を来訪者は感じるほどだった。

黒のコンピューター越しに、縁なし眼鏡をかけたいかにも神経質そうな瞬きをする教授が、普段への字に結ばれている口をあけたかと思うと山下を呼んだ。

「山下君、今度の学会で発表する数学とデザインについての論文の日本文化と白銀比の紹介資料を頼みたいんだが、研究の合間にできんか。」

突然のことだったので「はあ、いつまでにですか。」と山下は間抜けな返事をした。

「そうだな、週明けまでに。」

学生は教授の依頼を引き受けるのが当然といわんばかりにその教授は構えている。

「やっておきます。」と山下は席を立ちながら回答し、棚から資料を引き出して自分の研究を続けた。彼が所属したのは科学デザイン科でそれは数式や化学からデザインにアプローチすることであらたな科学的価値の創造をすることを主とした学問であった。だが彼は宗教や倫理とデザインの関係などといった科学ではなく人文から探求することを欲していたので、その教授の助手になる身とはいえ、そうした課題に対して吝かであった。彼は教授の学問的方面の助力に加えて、学校における教授職における方面でも代任することが少なくなかった。たとえば、教授が受け持つ講義に一緒に参加して、彼が板書し、口授している最中に学生の間をまわり、その進み具合をチェックしながら、質問を受け、実際に学生のノートに例やヒントを筆記して教えたりするのも彼の仕事であった。彼にとっては重荷でしかなかったが、後輩である学生に対しては真剣に応じていたため、いつからか慕われるようになっていた。
 
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自分自身に胸張って 『月と六ペンス』

「心というやつは、理性の知らない、特別な理屈をもっている」   パスカル『パンセ』


心を経験と一般論から導き出した理屈で動かそうったって、そう簡単にいくもんじゃない。ましてや利害関係がはっきりした男女の間にあっては理屈を持ち込んだところで立場が不利になるばかりだ。心がコンピューターと同じだと考えるのならそうすればうまくいくに違いないが、心がなんであるかってことが未だ解明されていないのに、どうして人は他人の心、気持や感情を把握できると思って、躍起になって見苦しい努力さえ厭わないのだろう。せいぜい自分の心と誠実に向き合って、自分に問いかけてみることだ。他人には、下心やら理由、目的を持たず、心配りと気遣いをしながら、誠実に接することだ。至誠を尽してあとは相手の反応にゆだねることだ。僕たちにはまじめに正直になることしかできない。けれどそれで十分ではないのだろうか。それができて初めて理屈でもって未知なる心に対峙してみても遅くはないはずだ。

「僕は、しばらくパリに住む決心をした。ロンドンでひどく腐りかけていた。毎日、同じような繰返しばかりしている生活、それに倦き倦きしていたのだ。友人たちはみんな、ひたすら無事平穏な道を追い求めている。彼らは、もはやなんの新しい驚きも与えてくれなかった。会えばどんな話が出るか、たいてい見当がついた。彼らの恋愛事件すら、妙に退屈な陳腐さを帯びていた。僕たちは、いわば終点と終点との間を行ったり来たりする電車のようなものだった。小さなその限界内では、どれほどの客が運べるか、それすらたいてい勘定ができた。生活自体が、あまりにも容易にととのいすぎていた。僕は、激しい不安に襲われた。小さなアパートを明け渡し、わずかな持ち物も売り払い、新しく出直しをする決心をしたのだ。」   『月と六ペンス』より


今の僕の生活はもっと悪いのかも知れない。実家で暮らして、朝起きて、日々の生活のための最低限の稼ぎを得るために仕事をし、眠るまでの間に、芸術的創作とそのための読書を中心とした鍛錬と精進。どんどん友人たちは自分の生きるため、自分を守るために、世界を単純平凡なものにしていった。気休めのための希望が口からこぼれる。ただそれだけのことだ。親は老い、心配と見守ることが仕事だと見限ってしまった。実生活が単純で簡単だった。事件は僕に降りかからない。あるのは内面世界の広がりと、真の意味での実績だ。僕はなにを望んでいるのか?自由かそれとも束縛か。家を出ることが出直しではなくって、制限することになるならばそれは果して有意義といえるのか。もう少し力をつける必要としっかりとした足場があるべきだと思う。そのための時期を今過ごしていくべきだ。実がなるように種をまく。そんな生活をしなければ。

「いいかい、美という、およそ世にも貴いものがだよ、まるで砂浜の石塊(いしころ)みたいに、ほんの通りすがりの誰彼にでも無造作に拾えるように、ころころ転がっているとでも思うのかい?美というものは、すばらしい、不思議なものなんだ。芸術家が、己の魂の苦しみを通して、世界の混沌の中から創り出す者なんだ。だが、それで美が創り出されたからといって、それを知るということは、人間、誰にでもできるもんじゃない。美を認識するためには、芸術家の経験を、めいめい自分で繰返さなければならない。いわば芸術家が、一つのメロディーを歌って聞かせてくれる。それをもう一度僕らの心で聞こうというには、僕らに知識と感受性と想像力とが必要なんだ」   『月と六ペンス』より


一握りの望み。それは僕がこうして美やたからものを見つけ、つくりだそうと毎日を過ごしていくことが、たとえ大きな反響や賛成がなくとも、誰かに、ほんの限られた人に理解され、共感と喜びを与えうるかもしれないと考えてもいいっていうこと。無意味じゃないんだって思えることがどれだけ僕たちにとって支えになるだろう。それを知ってる人は案外少ない気がする。なぜならそれは、無意味に思えるようなことをやったことがない人には感じられない実感だからだ。陰で努力して、大舞台で結果を出したことがある人でなければ、そうした努力がもっとも自分を強くするということがわからないのと同じだ。

そうしたひたむきな努力や姿勢ができる人間にならなければ。自分自身に胸張って生きていくために。
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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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