カフェ「坂ノ下」 素敵な時間 鎌倉旅


僕にとっての鎌倉は「歴史情緒豊かな町」だが、女性にとってはおしゃれな町といった感じだろうか、テレビや雑誌でさまざまに取り上げられ、楽しみ方は多様化している。これから紹介するカフェ「坂ノ下」もドラマ「最後から二番目の恋」で登場し、話題になっているお店だとか。

鎌倉の大仏が坐す「高徳院」から踏切、線路沿いとしばらくいって、浜辺に面したローソンへ続く小路の坂を―途中干物屋さんがあって磯の香りがした―下っていくと右手に一目ではカフェとは気づかない古民家がある。それが「坂ノ下」だ。

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それほど手を入れていない植込みと玄関先がなつかしい雰囲気をかもし出し、鎌倉で生活をしていて、ふと立ち寄ったという気分を演出してくれた。すでに先客に男女のグループが待っていて、店内も混んでいるようで名簿に名前を書いてしばらく用意されたベンチに座っていることにした。

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中に通されると玄関からせまこく、飲食スペースは居間と廊下を合一した空間でテーブルと椅子がバラバラ雑多、インテリアも凝っているのか無秩序なのか独特の雰囲気で男の僕にはいささか不思議に思えた。

店内は女性が多く、かわいいとか言って気分よさげで楽しそうで、その感性を僕にも分けて欲しいと切に思った。

「Hくん、朝もパンケーキだったけどお昼も、というかもうおやつの時間だけど、パンケーキでいい?」とAはうれしそうに微笑んで、メニューを渡されて上機嫌だった。

「かまわないよ。朝のおいしかったね。俺はコーヒーとのセットにするよ。」

「じゃあ私はココアとのセットにする。」

注文をし終えると、「楽しみだなー。Hくん、おいしいかな?」甘いものに目がないAは待ちきれない様子で隣のテーブルをかこんでいる女の子たちが食べているパンケーキをちらちら見ていた。

「Aの椅子にすればよかったな、すごい座りやすそう、俺のも悪くないけど。」とHがAの注意をこちらに向けようと言葉を発した。

「そう?Hくんの椅子もかわいくていいじゃん。たしかにこの椅子大きくていいわね。」とAは肘掛をぽんとつかむように叩いた。

「外見てご覧よ、テラス席までいっぱいだよ。すごい人気なんだね。」

「ドラマで舞台になってたから、それでね、きっと。」とAは冷静に分析して、すぐ正面のHに向き合った。

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小さなテーブルにパンケーキとグラスがいっぱいに並んで、甘い香りがゆらめく。しっかりと焼き目がつき、一般的なパンケーキよりも小ぶりで厚さがあるからふわふわ感と濃厚な生地の味わいがたのしめる。特徴的なおいしさはないが、素朴で家庭的なパンケーキで飾らないで息抜きするにはぴったりだ。

Aは大胆に切り分けて、たっぷり生クリームをまとわして食べていたが、Hは均等に切り分け、控えめに生クリームをつけて食べていた。

「おいしいね。今日二回目だけど全然くどくない。」とパンケーキにナイフをいれながらHがほほを緩めた。

「それにすごい落ち着ける。さっきのビルズはたしかにおいしかったけれど上品過ぎてちょっと緊張しちゃったもん。」

二人は素敵な時間を過ごした。

鎌倉でゆったりすごす、あの人もこんなふうに日々を優雅にしとやかに暮らしているのかなあ。
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真の芸術家の条件


「もちろん奇蹟ってこともありますからね、あなたが大画家にならんともかぎらんでしょう。だが、正直に言って、まずそれは、万が一だろうということだけは、あなただってお認めにならなくちゃなりますまい。それで結局、自分でもだめだとあきらめるようなことにでもなれば、ずいぶんつまらないじゃありませんか?」

「僕は、もう描かないじゃいられないのだ」と、彼は、もう一度繰返した。

「じゃ、かりにですね、あなたが終始三流画家の域を出なかったとして、それでもなおすべてを抛(なげう)っただけの甲斐はあった、とお思いになるでしょうか?これがほかの仕事ならですよ、なにも特に人に傑(すぐ)れなければならないということはない。人並み相当の力さえあれば、結構やっていけますよ。ところが、芸術家の場合は別ですからねえ」

「実に馬鹿だね、君は」と、彼は言った。

「なぜです?当り前のことを言うのが、馬鹿だというなら別ですが」

「僕は言ってるじゃないか、描かないじゃいられないんだと。自分でもどうにもならないのだ。水に落ちた人間は、泳ぎが巧(うま)かろうと拙(まず)かろうと、そんなこと言っておられるか。なんとかして助からなければ、溺れ死ぬばかりだ」   『月と六ペンス』より


僕を含め、度合いの差こそあれ、芸術家を志す人間にとって大いにためになる言葉である。

ほとんどの人間が成功するかどうかを念頭においてあらゆることを始め、努力し、活動する。

そもそも成功なんて言ってる連中は金か、名誉くらいしか頭になくて、それをあからさまに言うことすらできないで、体面を保つためにそんな風に格好つけて、気取ってるだけだ。そうした中途半端な了見の芸術家やなにかが死後何十年経ってもその偉業が色褪せず人々から敬愛されたためしはないに違いない。

自分でもどうしようもないほどに沸き立つ情熱、意欲、抗しがたい運命、芸術家こそ選ばれた人間なのではないかという気がしてならない。彼らには才能であったり、境涯であったり、障害といったようなものが意図せず与えられている。彼らは尋常でないエネルギーをもってそれらを乗り越え、生かし、力とする。

選ばれた人間という言い方をしたが、現実を眺めてみると案外、その性質をもった人が数多くいることを見いだす。日本はブログ大国であるらしいのだが、ブログを書いている人の多くが、僕を含めて、なぜ書くんだと言われたら、明確な理由を答えることなく、「書きたいから書く」と返事するだろう。普通の人間にとってみれば、なぜ労力を費やして、金にも腹の足しにもならないブログなんぞ書くのだろうとなるだろうが、第一おもしろいし、僕自身のことをいえば、読書してであった素敵な言葉、日々考えたりして思い至った考えなどをそのまま忘却のかなたに失ってしまうのはあまりにもったいなく―それこそ無駄な労力の極みといわなければならない―、それを残して、なおかつそのときのインスピレーションにしたがって、心情吐露が可能になるというのは精神の安定さえもたらしてくれる。もはや書かずにはいられないという精神状態、生活になってしまうのだ。

僕は迷わない―、書きたいから書くのだ。
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積極的な孤独と消極的な孤独 小説「自由への道」 42


「「罪と罰」っていやあ、ラスコーリニコフだな。俺もあれは好きだったよ。」と上井は軽くうなずいて見せた。

「そうそう、主人公はラスコーリニコフだ。よく知ってるな。上井も結構文学読むんだな。」

「ああ、読むには読むが、百ページくらいのところで頓挫してる。なんか合わないんだよな、ああいうお堅い文学はさ。積読になってるのがいくつかあって、今度こそ、と思って意気込んで買うのだけれど、結局最後まで集中力が続かないんだよ。もっと手軽に楽しめないものかな。」と適当に構えている。

「まあ、好きなものを読めばいいわけで、張り切って読む必要もなし、退屈で駄作なら途中でおっぽり出して燃やしちまえばいいんだ。そんなものに時間を掛けるほど俺たちはのらくらしてられない。俺たちはそれぞれに時間という資本を与えられていて、それを元手に人生をつくりあげていかなければならない。そんな貴重な資本をむだなことに使う余裕などあるものか。」

松本は少し前にアイスコーヒーを飲み切っていたが、いくらか解けた氷がほとんど水といってもいい薄まったコーヒーに浸かっていた。グッと上井がのどを動かして、グラスを置くとまだはっきりと底に黒い帯が現われていたが、「そろそろ行こうか。」と席を立つために形(なり)を整えた。

「シティボーイの慣例さ。」これはどうも飲み残しについていったものらしい。

二人を結びつけたものはアウトローという同じ立場であった。松本の孤独は一度は皆と乗った人生の航路を行く巨大な客船をどこかの島に到着する前に飛び降りて、自力で自由の島を見つけんとしたがための孤独であった。客船が寄港する島は決まっていて、かならず複数の人間が決まった港口から島へ足を踏み入れるのである。そこに真の獲得と自由はない。しかし、安全で心安く、気丈夫でいられるわけである。一方上井は、皆が乗った客船の出港に間に合わず、今まで乗ってきたものとは異なる便で目的地へと向かわなければならない孤独であった。孤独にも積極的と消極的の二種があるのである。孤独に生きていた二人は言いようのない不安と表面的で軽度の劣等感という共通の感情を持っていたため、互いになじむことができた。自信を持つこと、そして希望があるということを認識し合ったのである。自分には希望が見えなくとも、相手には希望があるように見えるというのはどうしてだろうか。その矛盾に気がつくとき、自分がまだ絶望の淵にまったく立たされていないということに人は思い至るのである。直感的に、彼らはこのときからそれぞれの今後を意識しなければならないと思った。同じ状況に置かれた人間がどのように打開していったかを知ることは参考となり、励ましとなるに違いない。

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「雨にも負けず」 鎌倉の大仏


昨日書いた記事はあまりいいものではなかった。だからといってあれ以上のものが僕から出てくるわけではなく、僕の薄っぺらな思想からがんばって引っ張り出したその一面が現われただけだ。結局のところ僕からは読書から拝借した知識と思想、それとわずかな経験から学んだ教訓が出てくるのみである。それがあんな貧相なものであったことは僕の中で相当な落胆であった。でも、書き続けようと思う。応援していただける方には大変感謝しています。この場でその意を表明します。ありがとうございます。

最近は旅行記、読書中に出会った本分の一部から感化され流れ出た感情を主に書いた随想、そして自作小説をアップしているというルーティーンでこのブログは世界に公にされている。僕自身もそれなりにやりがいを感じているので続けることができている。楽しさ半分、難しさ半分といったところだ。

さて、寄り道はこのくらいにして旅行記を記していこうと思う。


舎利殿のほかに国宝がもう一つある。それは『円覚寺』山門の脇、ちょうど夏目漱石が滞在したことで知られる『帰源院』へつづく坂道の始まりの辺りに山頂に向かって無数の石段が積まれている、その頂上にある『弁天堂』の「洪鐘(おおがね)」と呼ばれる梵鐘だ。

古さ、大きさ、意匠、そうしたものが国宝級なのだろうと誰もが納得する財産であった。

そこに茶屋が隣接していて、ところてんが夏であったし、その茶屋の売りでもあったようだから、たしか三杯酢と黒蜜とで選べたところ、黒蜜にして里山の風景とでもいうべき山間の街並みを展望できる座席でいただいた。

開けた前方はなんてことはない、どこにでもあるような田舎の眺めだった。

一般的に言って鎌倉のシンボルは『大仏』であろう。きっと鎌倉に観光で初めて行って『大仏』を見て帰ってこない人は―余程の事情がなければ―よっぽどの変わり者に違いない。それほど定番中の定番だ。

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この大仏、実におかしい。誰もが知っている野ざらしの大仏で、その傷みようといったら見ているこちらが心苦しくなるほどで、頭には鳩が何羽かたむろして風情も何もあったものではなかった。『高徳院』という寺院の阿弥陀如来像ということだが、はて境内にあるべきお堂だったり塔だったり、仏像の姿がこの大仏以外に見られない。

人が大勢いたが、参拝しているというよりも日陰のベンチで憩っていたり、記念撮影をしたりと思い思いに過ごす観光客の姿が目立った。山に抱かれるというようなところにあるので静けさがあるのだが、巨大な図体をしてまじめに人々の好奇の視線をよそに瞑目、座禅は荘厳を超えて崇高であった。

最大の特徴はその大仏様の胎内に入って―有料20円かかる―鋳造の跡やなによりその内部を見られることだ。中は夏だったので蒸し暑くて暗く、全く快適ではないが独特な空間なので是非はいることをお勧めする。(おすすめしなくとも、大抵の観光客は入るだろう)

今後もおそらく収まることができるお堂は設置されないだろうが「雨にも負けず」、人々から信仰され、私たちをお守りとお導きをしてくださるに違いない。
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冒険と挑戦

『僕は、彼らの生活を心に描いてみた。なんの波瀾もない、まっすぐな、恥ずかしくない生活、そしてこの素直で、快活な二人の子供、彼らこそは、意義あるこの民族と階級との正統を伝えるように、いわば運命づけられている家族だと言ってもよい。彼らのような夫婦こそ、何事もなく静かに老いを迎え、やがて二人の子供たちも成年に達し、それぞれ結婚していくのを見ることだろう―一人は美しい処女、そして未来の健康な子供たちの母親、そして今一人は男らしい美丈夫、そうだ、きっと軍人になって、最後には、充ち足りた楽隠居の境涯を、子供や孫たちの愛にかこまれて、決してむだではなかった、幸福な一生だったという感慨とともに、めでたく天寿を全うして死んでいくのだ。

結局これが、数限りない世の夫婦たちの運命にちがいない。そしてここに見る生活の意匠には、素朴な美しさすらあるではないか。いわばそれは、緑の牧場をくねり流れ、楽しい木立を潜り抜け、やがては大海原に注ぐ静かな小川を思わせる。ただその海が、あまりにも静かで、あまりにも無表情なために、にわかに人は漠然とした不安に脅かされる。今にして思えば、その頃からしてすでに強かった僕の依怙地さが、、大多数の人々が歩むそうした一生に対して、なにか強い不満を感じさせたのかも知れぬ。僕は、無事な一生がもつ社会的意義も認めていたし、静かな幸福も知っていた。だが、ただ僕の血の中の情熱が、なにかもっと波瀾のあるコースを求めさせていたのである。僕には、そうした安易な喜びの中に、なにか恐ろしいものすら感じられた。もっと危険な生活がしてみたいと、そんな欲望が僕の中に巣くっていたのだ。変化と―そして予期しないものから来る興奮と―それさえあれば、僕は、険しい暗礁も、危険な浅瀬も、それほど怖いとは思わなかった。』   『月と六ペンス』より


冒険と挑戦。それが僕の求めた最大のものであった。毎日が冒険で、絶えず挑戦し続ける。

つまりそれは慣れてしまわないことであり、自ら困難、危険に踏み込み、それに打ち勝とうとすることである。

明日がわかるのは僕にとってはつまらない。ましてや未来がおおよそ見当が付くなんてまっぴらごめんだ。

挑戦の目的は達成であるか?否。

できそうもないことに挑戦したい。けれどもし、それが達成されたとしたら、僕はもうそれには興味も価値も感じないだろう。またすぐに、新たな目標を立てて、挑戦するだろう。挑戦すること、それ自体が楽しい。刺激、苦しみ、それは生きているという実感。人生を歩む、自らの足、前進を感じる。

芸術、文学、スポーツ、商売、学問。勝ったり負けたり、解があったりなかったり。困難と達成はどこにでも見出せる。

他にも―旅、ゴールのない冒険、読書、冒険の疑似体験、難解な古典を読了するという挑戦。

世界は冒険と困難に満ち溢れ、毎日は挑戦の連続と姿を変える。僕が、それを欲するならば、世界はこの上なくおもしろい。冒険と挑戦。まだまだやれることがたくさんある。
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相対性と社会の行方 小説「自由への道」 41


「相対性といえばアインシュタインの「相対性理論」にあるように科学でも一般的な考え方になっているし、思想・哲学においてもこれまでの悲惨な歴史から価値観は散在して流動的で一つどころにおさまることがない、相対的なものという認識に近づきつつあるように思う。いまだに宗教的絶対教義なるものがあると信じる信者は多いに違いないけれど、俺たちが求めるべきものは創造主の存在や世界宗教という統一ではなくて―広い意味では宗教ということになるのかもしれないが―世界のあり方、国家のあるべき姿、市民の役割、個人の果すべき使命と生活の充実なんだ。あらゆるものは相対的でありながら「中庸」という力の均衡のようなもっとも適したバランスがあるに違いないから、それを少しずつ探っていけばきっと理想状態が生まれるに違いない。いや、理想に近い状態といったほうがいいな。絶対は存在しないのだから。企業ってことになるとその存在意義は必ず「儲ける」ということにある。というのも資本主義が競争原理によってなりたっていて、その競争で優位に立つことを儲けるという言い方をするに過ぎないからだ。生活のための需要があり、それに対して供給がある。それがあらゆる方面で繰り返され、バランスを保ちながら、成長していくっていう寸法だな。けれど、これはある面では原始的でまったく成長していない構造と言わなければならない。弱肉強食、競走しない者、競走に敗れた者は顧みられず、苦境に立たされることになるしかない。互いに倒れるまでやりあって、憔悴しきって、競走をばかばかしかったと思うに至るかもしれない。そしてこの考え方が覆されれば企業の存在意義の根本がひっくり返るわけだから、また違った世界と基準が生まれるに違いないよ。」

話がやや複雑になってきたので「ところでさっき本屋でどんな本を探してたんだ?」と上井は話頭を転じた。

「ああ、ロシアのドストエフスキーってわかるか?一般に五大作品って言われる代表作があるのだが、そのうちの三つ、「罪と罰」、「カラマーゾフの兄弟」、「白痴」を以前に読んで、しばらくドストエフスキーを読んでなかったから読みたくなって、他の二つ、あるいはよさそうなのがあるかと思って探してたのさ。論理的でラジカルであらゆる制限を取っ払って人間の本質に切り込んでいるのが痛快であれは麻薬だよ。ときどき読んで、精神的自由ということを考えるんだ。彼の作品からはあらゆるものを掘り出すことができるよ。こちらの力量によってね。」

本のこと、特に自分の好きな方面の作家、文学について語るときには松本の表情はいっそう輝いた。彼の話し方はだれもをひきつけるような魅力に溢れていた。その秘密はそのトーンにあったかもしれないし、その表情であったかもしれないが、とにかく聞き手は説得され、納得してしまうのだった。
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『日はまた昇る』 味わい深い作品 


ジャズが好きで、ファッションに関心があって、村上春樹を読んで、かつ退廃的なPは以前から―僕の文学好きを知って―ヘミングウェイ著『日はまた昇る』をもっとも優れた作品として挙げ、何度もその内容や趣向について語っていた。

彼の風貌は、どこかヘミングウェイに似たところがあった。温和な光を放つがような目は時に鋭く相手を射抜くほど輝くことがあり、きっと結ばれた口からはたわ言なんぞ出そうになかった。生気に満ちた顔をしていた。

たしか、彼は何度となくダンディズムということを話題にして、『日はまた昇る』を例にとってみたりもした。僕はその作品を魅力的だとは感じながら、自分の読書の道においてどのような役割を担わせ、こちらとしてはどのような格好で挑もうか、心がはっきりきまっていなかった。そうして何年も過ぎた。

『日はまた昇る』を書いたヘミングウェイはノーベル文学賞を取ったことで知られ、その著作「老人と海」は学生ならば誰でも知ってるほど有名なもので、文学史に名を刻む文豪であるにも関わらず、僕にはそれほど意味を持つようには感じられなかったし、ヘミングウェイがその代表の一人とされる「ハードボイルド」という文学的傾向にもあまりいいイメージを持っていなかった。しかし、「ハードボイルド」は避けては通れないものだと考えていたし、理解するだけの能力が自分にもあることをなんとなく感じていた。そのために、僕なりに準備をした。文学のあらゆる潮流に触れてみた。もちろん不十分だが―。

Pが彼を特に評価していたのは、「日はまた昇る」という優れた小説を処女長編という段階で書き上げたことと、読みやすさであった。自分自身で小説を書いてみればわかることだが、10万字を優に超えるような、長編を書き上げることは並大抵の力ではできない。それゆえに、夏目漱石にしても僕はそう感じたが、駆け出しの作家であるにもかかわらず、それだけのことができるのはすごい。才能があるとはそういうことなのかもしれない。

『日はまた昇る』を読んでみて、今まで経験したことのないほどの読みやすさをまず感じた。文学作品(大衆小説とは区別したいが、もはや「ハードボイルド」は僕にとってあいまいである。)でこれほど時間的にも労力的にも軽く読めたものはなかった。そのせいでところどころちりばめられている文学的表現、詩的感性、道徳観というものが染み込むように心と脳に響かなかった。だが、それらを個別でみると大変すぐれていることに気づく。とにかく会話が多く、発言者の様子をいちいち取り上げずリズミカルにやりとりさせるのは新鮮であった。逆に地の文では、ヘミングウェイがジャーナリストであったことがはっきりわかるほどに精巧で緻密な写実的描写がされる箇所が多く、退屈を感じることも多かったが、牛追い祭りやスペイン、フランスの風景を知らない僕にとっては大いに参考ともなり、物語世界の構築を助けてくれた。女主人公であるブレットは言動からその性格や思考が知れるが、とても魅力的な女性であった。この功績がとても大きいように思える。『アンナ・カレーニナ』のアンナと種類は違えど、素晴らしい人物像であると思う。登場人物の誰もがなにか欠けていて、それによって結び付けられながら、互いに反感を持っているが、ジェイクはその欠陥を受け入れていて、最後にブレットも受け入れようとするところで終わっている。味わい深い作品であることには違いない。
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僕の目指す文学


『僕自身もまた、多少は若い世代の書くものを、漫然とながら、のぞいてみたことはある。なるほど彼らの中には、すでにキーツ以上の情熱の詩人、シェリー以上の霊妙な詩人が現われていて、後世長く愛唱にたえるような佳品すら、幾編か発表しているのかもしれぬ。そこまではわからない。たしかに僕は、彼らの洗練に驚嘆しその見事なスタイルにも瞠目する。だが、彼らの雄弁博識にもかかわらず、僕には結局意味のない言葉にすぎぬ。僕に言わせれば、彼らは、あまりにも物を知りすぎ、あまりにも露骨に感じすぎる。いきなり背中をポンと叩いてくる心安立て、さては堪(こら)え性もなく僕の胸に身を投げかけてくるような感動、そうしたものが、僕はたまらないのだ。彼らの情熱も、僕にはなにか貧血症めいて見え、その夢もまたいささか退屈に思える。要するに、好きでないのだ。いわば僕は婚期過ぎの女。相変らず、押韻対連の教訓的物語詩を書きつづけるつもりだが、その目的は、一に僕自身の楽しみのために書くだけのこと、かりにもほかに色気など出そうものなら、それこそ馬鹿の骨頂というものであろう。』   『月と六ペンス』より


僕自身が実際のところ若い世代に違いないのだが、意地か誠意か、彼らの作品に追随したいとも参考を得ようとも思わない。芥川賞と直木賞が気にならないわけではない。直木賞よりも芥川賞の方が特に気になるわけだが、それよりか受賞者の年齢や性別、もしその人が僕という存在に近ければ近いだけ、当然意識する。その作品を本屋で見つければ、冒頭と途中の会話や描写を分析してみる。批判的に、挑戦的に読むのではない、純粋に作品的価値、そして自分との実力比較として読むのだ。だから卑怯な読み方はしていないつもりだ。そして必ずといっていいくらい僕の気に入ることはない。重厚感があって、言葉遣いが正確かつ巧みで、優雅さに溢れるような文体。それらは熟練を要し、受賞云々という地位にあっては到底望めない次元で成立しうる。

洗練という言葉はいつからか、劣化を意味するようになった。洗練された文体といわれるものは大抵、劣化した力不足の言葉の連続にすぎないし、想像力と創造力の欠如をシンプル、簡素化といってごまかしている。過激、露骨が賛美され、間接的、暗示、示唆という技法がなぜかナンセンス、つまらないという評価を受ける。いやはや、僕の感覚にはあわない。結末を最後まで出し惜しみして、一つ一つの文字の重みをできるだけ感じさせないように、なめらかにすすめていくような手法。極端な事件、激しい動揺、現実にありそうで、限りなく非現実的な出来事、奇想天外な展開。刺激で読者を引き込む策略。それは僕にはなじまない。

だから、僕は第一にやはり自分自身のために、納得のいくようなものを書けばよかろう。モチベーションを保つために、少数の信頼できる読者を得よう。たくさんの人に読まれたいとか拍手喝さいされたいというような下心はとりあえずしまっておいて、僕の美意識、努力の成果、読者を楽しませるための創意工夫、そうしたものに集中することにしよう。
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夏目漱石ゆかりの寺院 『円覚寺』

「鎌倉」は夏目漱石ゆかりの地という印象が強い。「門」をはじめ、「吾輩は猫である」、「草枕」にも鎌倉についての言及がある。どれにも共通して『円覚寺』というお寺の描写がある。

『山門を入ると、左右には大きな杉があって、高く空を遮(さえぎ)っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れた時、宗助は世の中と寺の中との区別を急に覚(さと)った。静かな境内(けいだい)の入口に立った彼は、始めて風邪(ふうじゃ)を意識する場合に似た一種の悪寒(さむけ)を催した。』   『門』より


『「誰がって。一人は理野陶然(りのとうぜん)さ。独仙の御蔭で大(おおい)に禅学に凝(こ)り固まって鎌倉へ出掛けて行って、とうとう出先で気狂になってしまった。円覚寺(えんがくじ)の前に汽車の踏切りがあるだろう、あの踏切り内(うち)へ飛び込んでレールの上で座禅をするんだね。それで向うから来る汽車をとめて見せると云う大気焔(だいきえん)さ。もっとも汽車の方で留ってくれたから一命だけはとりとめたが、その代り今度は火に入(い)って焼けず、水に入って溺(おぼ)れぬ金剛不壊(こんごうふえ)のからだだと号して寺内(じない)の蓮池(はすいけ)へ這入(はい)ってぶくぶくあるき廻ったもんだ」 』   『吾輩は猫である』より


『石段の上で思い出す。昔し鎌倉へ遊びに行って、いわゆる五山(ごさん)なるものを、ぐるぐる尋ねて廻った時、たしか円覚寺(えんがくじ)の塔頭(たっちゅう)であったろう、やはりこんな風に石段をのそりのそりと登って行くと、門内から、黄(き)な法衣(ころも)を着た、頭の鉢(はち)の開いた坊主が出て来た。余は上(のぼ)る、坊主は下(くだ)る。すれ違った時、坊主が鋭どい声でどこへ御出(おいで)なさると問うた。余はただ境内(けいだい)を拝見にと答えて、同時に足を停(と)めたら、坊主は直(ただ)ちに、何もありませんぞと言い捨てて、すたすた下りて行った。』   『草枕』より


『円覚寺』は夏目漱石を尊敬する僕が鎌倉を訪ねたらどうしても立ち寄りたいと願っていた場所である。

実際に円覚寺の山門につづく石段の正面に踏切があって、やや古びた簡素な駅舎と調和するたたずまいでとてもよかった。夏目漱石とのゆかりを除くとさまで注目すべき寺院でないのだろうか、観光客がまばらで、観光地として整備されているかんじもなく、風情が感じられた。

石段を上がっていくと、「山門」が見えた。

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小説『門』の中に印象的なシーンがある。

『「敲いても駄目だ。独りで開けて入れ」と云う声が聞えただけであった。彼はどうしたらこの門の閂を開ける事ができるかを考えた。そうしてその手段と方法を明らかに頭の中で拵(こしら)えた。けれどもそれを実地に開ける力は、少しも養成する事ができなかった。(略)彼自身は長く門外に佇立(たたず)むべき運命をもって生れて来たものらしかった。それは是非もなかった。けれども、どうせ通れない門なら、わざわざそこまで辿(たど)りつくのが矛盾であった。彼は後を顧(かえり)みた。そうしてとうていまた元の路へ引き返す勇気を有(も)たなかった。彼は前を眺(なが)めた。前には堅固な扉がいつまでも展望を遮(さえ)ぎっていた。彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦(すく)んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。』


とりわけ高い木立が日差しを遮蔽して、境内は凛としていた。禅寺にふさわしいひっそりとした雰囲気。

中央の仏殿の天井画の龍は今にも動き出しそうなほど躍動感があったと強く印象に残っている。

仏殿の左に座禅の道場があり、申し込みをすれば一般の参禅も認められているようだ。かつて夏目漱石や島崎藤村などの文人墨客が参禅したことでも知られる寺院というだけはある。しっかりとその本来の宗教的機能を果たし、文化も継承している。その裏側の砂利の階段を上っていくと境内を一望できる空き地に出たが、ほとんど何もなかったのですぐに後戻りした。

そのまま仏殿左のやや坂道になっている側道を歩いてゆくと、方丈とその後方に作られた庭園と道を挟んで妙香池があって、禅の世界から、より高尚な侵し難い領域への変化がある。ただし、それほどまでに手が加えられ、大切に管理されているというような格式高さは感じられなかった。奥には北条時宗の廟堂、国宝の舎利殿があったりと見所は多く、また由緒正しきことは疑いをいれない。
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古い世代ではなく、次世代、未来の世代のために現在の世代は働きかけなければいけない


考えてみれば、彼ら自身もまた、かつては同じ喧噪さと、同じ侮蔑とをもって、やはり自己飽満の古い世代を踏みにじってきたのである。そして今のこの勇ましい炬火(たいまつ)持ちどももまた、やがてはその席を譲らなければならないにきまっている。これでおしまいというものはない。かのニネヴェ(アッシリアの首都)が、空高くその栄光を築き上げたときには、すでに新しい福音は古くなっていた。それを口にするものにとってこそ、さも耳新しげに聞こえるかもしれない女への甘口も、考えてみると、幾百度となく、ほとんどアクセントすらもそのままに、繰返されてきたのである。右に、左に、時の振子は動いて止まぬ。同じ円周を、たえず新しく旅しているにすぎないのだ。   『月と六ペンス』より 


モームはやはり巧みな言葉づかいをする。こうして切り取って独立した文章としてみてみると、とても含蓄のある、一小説の単なる短小な断片としておくにはもったいないほど存在感のあるものであることがより鮮明になる。

現代の私たちに「古い世代を踏みにじる」ほどの気概と地力があるだろうか。社会の傾向として保守的でかつ姑息、踏襲的で事なかれ主義が蔓延している。若者は閑却されている。そろそろ自分たちはこうだったから、次の世代もそうであるべきだというような押し付け体制はやめるべきだ。自分たちの世代のみ考えているのが今までの政治であり、社会であって、近頃問題が頻発するようになり、次世代という感覚が身に付いてきたように思う(年金問題や原発の問題)。だけれどももっと先の世代までも私たちは責任を負っているし、それを感じなければならない。思うのだが、石油など私たちは所詮地球に存在している限りある資源、もっというとあらかじめ与えられた原子の中で生きていかなければならず、それらを同世代間のみでの価値基準でやりとりするということになんだか違和感を覚える。こうした専門的な話は私にはわからないが、いいたいことは「古い世代ではなく、次世代、未来の世代のために現在の世代は働きかけなければ活けない」ということだ。

そうだ、モームが言うように、同じ円周を、たえず新しく旅しているにすぎない。それは物理的な見かけ上の全体の動きであって、私はたとえ同じように動くとしても、それに伴う意志が重要でなかろうかと思うのだ。

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経験にのみ信頼を置いて、結論を出さない


私たちの行動はおおよそ経験に基づく判断によって下される。それは当然のことだ。この世に生を受けて以来、空っぽだった脳は経験によってのみ満たされ、あらゆる言動はその経験から導き出されるに過ぎない。しかし、私は指摘したい、経験は単に参考であって、それは原則的な働きをするもので、出来上がったモデルではないから現在実際に対峙している問題や現象を今までのその経験に結びつけ、半ば強引に当てはめるのは危険であり誤りである。

こんなことを言い出したのはまさに経験によるのだが、私たち若い世代にとって最重要関心事といえば恋愛、男女関係だと思う。口を開けば、恋、かわいい、イケメン、やさしいなど異性に対する感情と興味が発せられる。彼らは恋愛対象者をしか求めない。かわいくなければ却下、イケメンでなければそっぽ向く。恋人がいれば、あるいは自分に対して無関心だと感じれば、自分のほうで突然興味を放り投げる。

自然を見よ。泉はそれを掬う者がいないからといって枯れるだろうか。人間的興味が相手の状況如何で変化しうるであろうか。

私のやり方はたしかに常軌を逸した、特殊で理解し難いものであるに違いない。だがその根本にあるのは人間的興味であり、それをゆがめているものは人間的機能か意識下における精神作用で、このいずれもが私自身の意志によって左右しうる性質のものでないから、私自身にも現状対処の方法がないしわからない。そうしたことは私だけに限らず多くの人間に起りうることであるし、また実際のところそれぞれの人が抱えている問題はそのような性質のものであることもしばしばであるはずだから、私たちは意固地になって経験にのみ信頼を置いて、それからの判断だけで行動を決するのを控えなければならないだろう。さもなければ、真の信頼関係や、より高い人間的親密さを獲得できぬであろう。

もっと広義でいえば、経験から直接引き出した結論ではなく、それからの推論、あるいは逆説、反作用による判断や結論を下してみるという習慣があれば、それは新たな発見や異なる実りある生活に私たちを導いてくれそうである。
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甘えっ子のごろつきめ 『月と六ペンス』


『誰だったか、名前は忘れたが、われわれ人間は、それぞれ自分の魂のために、毎日二つの苦行を勤めるがよい、と言った男がいる。賢明な男だ。僕も実は、年来小心翼々としてこの教訓を遵守してきている。つまり一つは、毎朝起きること、そして今一つは、夜、床に就くことである。だが、そもそも僕の性格の中には、一脈の禁欲的傾向とでもいうものがあるらしい。だからこそ僕は、毎週わざわざ、もっとひどい苦行を、われとわが肉体に対して課している。というのは、僕は、『タイムズ』紙の週刊文芸付録というやつを、必ず読むことにしているが、あの次々と書かれるおびただしい数の新刊書、しかもそれらが出るとき、著者たちのかける楽しい希望と、やがてそれらを待ち受けている運命とを併せ考えてみることは、まことためになる、よい訓練と言わねばならぬ。第一、一冊の本が出て、どれだけそれが大衆の中に入ってゆく成算がある?しかも、たまたまかりに当ったとしても、所詮それは一シーズンの当りにすぎない。たとえばふりの読者一人に、せいぜい数時間の息抜きか、でなければ退屈な旅行の時間つぶしを提供するために、どんなに作者は骨身を削り、苦い経験を嘗め、どんなに頭痛を我慢したことか、ああ、それは神のみぞ知るだ。いわゆる新刊評なるものから判断すると、これら書物の大多数は、いずれも労作の良書であるらしく、できるまでにずいぶんと苦心が重ねられている。あるものなどは、実に一生にわたる心血が注がれている、というのさえあるらしい。結局僕の知る教訓は、これだ、文筆家が与えられる報いとは、ただものを書くという喜びと、そして胸にあるしこりを吐き出してしまう開放感と、ただそれだけだということだけだということであり、ほかはいっさい無関心、毀誉褒貶、当り不当りなどはいっさい気にするな、ということである。』   『月と六ペンス』より


こんなのを読むと僕には文筆家になる素質はないのかなという気持ちになってくる。生来実際的な人間である僕にいっさい無関心ということができるであろうか。

金が欲しいのか、ならば働け。働きたくないのか、ならば金を欲しがるな。芸術がやりたいのか、ならば金を欲しがるな。芸術で金が欲しいのか、ならば大衆に受けるよう工夫せよ。大衆に媚びたくないのなら芸術で金が欲しいというような虫のいい希望を抱くな。それらを求めずとも君にとって芸術は最大の慰めではないか。それ以上に何を望むというのか。生活がなんだ。一度貧困に陥ってみたらどうだ。ぬくぬくとお気楽極楽で気ままに生活しやがって、結構な身分だ。心に望み起こらば、困窮したるときを思い出すべしだ。一体お前に、困窮したるときの一瞬でもあるというのか、甘えっ子のごろつきめが。
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芸術に生きた一人の男を冷静で芸術的にまじめな視点で文学的技巧と効果をもって描いている優れた作品 『月と六ペンス』モーム著


『芸術において最も興味深いものは、結局のところ芸術家その人の個性だ』

『芸術とは情緒の表現であり、情緒とは、すべての人間に通じる言葉を語るものである』   『月と六ペンス』サマセット・モーム著より


満を持して米文学の金字塔『日はまた昇る』(アーネスト・ヘミングウェイ著)を年明けに読もうと計画していたが、ホーソーンの短編集を読んでそのあっさりした内容と物語のおもしろさに触れたために読書に対する能動的で活発な精神的興味を鈍らされてしまったので刺激を求めて『月と六ペンス』を読むことにした。

僕はこれでもゴッホやゴーギャン、ベートーヴェンに憧れる芸術家志望の男である。芸術家は志望するものではないが、まあそういっていいだろう。それが誤りであるかどうかはいずれわかるはずだ。

この物語は画家のゴーギャンをモデルにしたといわれる、画家のチャールズ・ストリックランドが主人公で、まさに芸術に生きた一人の男を冷静で芸術的にまじめな視点で文学的技巧と効果をもって描いている優れた作品だと僕は思っている。だから、僕自身も学ぶことがたくさんあるし、なにより刺激になる。情熱や芸術家とはどのような個性と言動、思考を持っているのであるか?という誰もが興味を抱く疑問に一つの答えを与えてくれる。もちろんそれはすべてではないが、読めばそれが紛れもなく人をひきつける魅力となっていることが理解できる。

僕はこの書物を手がかりと参考にして、書き手のモームからは自らの制作に役立つ文学的感覚を、主人公であるストリックランドからはそうした制作をする芸術家とはどのようであるのかという教えを汲み取りたい。そうしたことを可能にしてくれる数少ない書物(ゲーテやトーマスマン、ロマン・ロランなどの作品)の一つである。
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「相対性」と「絶対性」 小説「自由への道」 40

「おお、そうか。」と上井は平然としていた。たばこの先に残った灰を灰皿の上でぽんぽんと器用に落とし、短くなったのをふたたび吸い始めた。

「上井は?」

笑いをこらえるとも苦々しいともいえる表情をしながら煙を吹いた後で上井はこう返事をした。

「俺まだ大学二年なんだわ。」

「ふぇ?まだ二年って一体どうして?」と単純な松本は疑問をそのまま口にした。

「浪人して、しかも二年間な。それから留年もした。だから同い年の奴らとは三年も差がある。一緒に講義受ける周りの学生は若いなーって感じるね、さすがに。だからなかなかなじめないし、なんか気まずいからサークルとかできないな―、だってそうだろう、先輩のほとんどが自分より年下なんだぜ?」

「いやー、それはちとキツいな。だけどまだ学生生活半分以上あるぜ。てことは友達も二つや三つ年下の人間ばかりなんだな。それでは人間的成長もあまり得られそうにないじゃないか。二十歳前の学生って浅はかで傲慢で厄介としか思えない。自分もかつてそうだったに違いないが、食えないやつらばっかだ。」と敢えて松本は辛らつに切り捨ててみた。若輩者同士の語り合いではおおよそ痛切なことばが交わされる。

上井は小指の長さほどに短くなったたばこを灰皿に押し付けて、最後にうんと力を込めてそれを吸殻に変化させた。

「まあ、のんびりやるとするよ。二年後には就職率もよくなっているかもしれないし。そういえば、この前大学にどこかの偉いさんらしき人が、後でまあ自動車系の会社の社長だと分かったんだがね、俺とそのとき一緒にいた友達のテーブルに近寄ってきてこう言ったんだ、「君たち、企業は社会だろうか。」って。ははあ、学生を試そうっていうんだなと俺は思って、しかつめらしく、「社会といえば社会ですし、社会でないといえば社会でないといえると思います。その場合の「社会」をどのように定義するかによって答えは変わってくるといえるのではないでしょうか。」と言うと、「なるほどね、君の答えは間違いではない。しかし、私が期待していた答えではないようだよ。学生やその他、物事を思考で捉え、対処しようとする人たちはあらゆる問題について一般論を導き出そうとする悪い癖がある。私は君に一般論を聞いたわけではなく、単に君の考えを聞きだそうとしただけであるのに、君はどちらともいえるという私からすれば見当違いの答えをしたわけだよ、わかるかね。私はわが社の社長を長く務めているから、部下をたくさん持っている。会社を運営していく上で、私は彼らの考えや人間性をよく知っている必要がある。だから、それをあらゆる情報源や方法を使って知ろうとするわけだが、優れた人間、つまりよく仕事のできる能力のある人間というのは私の経験から言うと自分の中に哲学と信条を持っているものなのだ。だから君、ぜひ社会に出たら、大学の中では、すなわち学問的、あるいは非現実的で非生活的な部分ではそうした相対的な考えを持っていてもいいが、絶対的な視点と観点を持つことだ。そうすれば君は有能な人間になれる。企業も社会もそういう人間を欲しているのだよ。」と言って帰っていった。変なおっさんだったが、それから俺の頭の中ではこの相対性と絶対性ということが離れないんだ。」
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短編小説=場面の固定 『ホーソーン短編集』より


一つの読了した文学作品について何かしらの感想や考察を記してみることは記録としてだけでなく記憶と感情の整理と確認にも役だち、単に文章を書く練習にもなるだろうし、自分としてはなかなかやってみる価値のあることなんじゃないかなと思っている。逆にそれ以上の意味もないから力む必要もない、自然体で細かいことは気にせずに書こうという心構えでいる。

今ちょうど読んでいるのは『七人の風来坊 他四編』(岩波文庫)で、副題として〔ホーソーン短編集〕と名がつけられている。短編集はあまり読まないのであるが、読み物としてではなく、文学作品としてその技法や構図、展開などを学ぶにはいい教材であるし、作家のジャンル分けとしても短編の名手と呼ばれる人たちがいることを考えれば、短編や長編という区分は文学における無視できない要素であると思う。

率直に『七人の風来坊』、『人面の大岩』、『ハイデガア博士の実験』と順番に読んできて、寓意に富んでいることは明らかで、短編のお手本といってもいいほどに読み応えがありながらすっきりしていて、全体的にバランスよく仕上がっている。訳も重厚感のあるように旧字体によって書かれ、文学性も高く表現されている。また、(短編)=(舞台の固定)という関係が成り立つということも示している。舞台が設定され、客観的な視点からそこに動く人間模様を映す。絶妙な加減で焦点を当てることで情景を損うことなく寓意の真意に目が向くように工夫されているところは本当に優れているといわなければならない。会話の挿入のバランスも上手く、読者をあきさせないものになっている。紹介文に「ロングフェローが天才の筆であると激賞した『トワイス・トウルド・テイルズ』。」とあるが、なるほど、その通りである。

恥ずかしながら、この書を手にするまで『トワイス・トウルド・テイルズ』の存在を知らなかった。僕自身の米文学への興味の度合いが大いに関係しているのだが、文学史における米文学の影響と実績というところを考えるとまだまだ日が浅く不十分なところがあるともいえそうである。
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真の人格者というのは創作活動を積極的には行なっていない


『これらの詩には神様の御心を伝えるものはあります、天国の歌の遥かな反響位は聞えましょう。しかしアアネストさん。私の生活は私の思想と合致していなかったのでした。私は宏大な夢を持っていました。しかしそれはただ夢でした。というのも私が―しかも私の好みから―貧しい卑しい現実の中で生活して来ましたからです。時には―思い切って申し上げましょう。―私の作品が、自然の中でまた人生の中で、一層明らかにしたのだと言われている、雄大とか美とか善とかいうことに、私自身が信念を欠いていることさえあるのです。だから、あなたのように善と真とを純粋な心で求められていられる方が、その御目でごらんになって、あの神々しい大岩の顔に私が似ていることをお望みになっても、とてもそれは無駄なのです。』   『人面の大岩』ホーソーン著より


「言うは易し、行なうは難し」、「巧言令色、鮮(すく)なし仁」というように理屈や論理、概念で神性、善、真理を究めようとしてもそれははっきりいって詮無いことである。そうしたものの同質である心や精神のはたらきを用いることなくしてそれらを求めようとすることはそれこそ理屈や論理に合わないことだ。

僕が恐れていることは、詩や文学の創作活動、もっと根本的なことをいえば生活において美や善を形式によって追求して自己満足を得るのみで、実際の精神的向上や他者への善行を顧みないことだ。

たとえ素晴らしい詩を書いたとしても、優れた作品をつくりあげたとしてもその作者の人間性がそれらに劣らない、いやそれらの作品が所詮その人物の一面を表わしているに過ぎないというのでなければ重宝すべきものであるどころか、唾棄すべきものとなる。そうした意味で僕自身はまだまだ私生活において怠けたり、確かな優先順位を見極めることができなかったり、甘えがあったり、利己があったりと到底人格者というには及ばない。

考えてみると、真の人格者というのはそうした創作活動を積極的には行なっていないようである。宗教で人々に多大な影響と、人類を進歩へ導いた、たとえば孔子やイエス・キリストはその弟子がその言行を記したものが広く知られているのであって、彼ら自身が書いたものではない。結局のところ何かしらの報酬を求めているに過ぎないという面が否定できない(物質的報酬のみならず、やりがいや達成感のようなそれによって想起せられる感情)。だからそうした思考を少しずつ全体的な進歩というようなものにシフトしていきたい…。
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娯楽性を持つ大衆向け神社『鶴岡八幡宮』 


古都、鎌倉の中心に座する『鶴岡八幡宮』は八幡神社の中でも特に有名で、かつて鎌倉幕府を開いた源頼朝が武運の神である八幡神を鎌倉の地で祀ったのが始まりだという。

信号機と相並ぶ鳥居に近く、太鼓橋という大きく山なりの曲線を描く石橋があって(残念ながら渡れない)、境内はまっすぐ石段上の本宮まで砂利が続いている。

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遠近法を巧みならしめる本宮の楼門とその下方に設けられたる舞殿の配置が『鶴岡八幡宮』のもっとも際立った特徴だと僕は思った。

「舞殿」の亀が首をのばすようにせり出した拝殿と舞台の融合はほかではなかなか見られない異質なものであるし、楼門に掲げられている扁額の「八幡宮」の文字の「八」の字は向かい合う鳩がモチーフになっていておもしろい。ちなみにそれは鳩が八幡神の使いとして崇められた、神聖な鳥であるからなのだが、私たちにとって鳩というと「平和の象徴」というイメージが強い。その由縁はおそらく旧約聖書の創世記において、大洪水のおり、ノアの方舟から鳩を放すとオリーブをくわえて戻ってきたことから水が引いたことがわかったという話によるのだろう。

他にも源平池という太鼓橋の両側に掘られた平氏池と源氏池の二つの池があり、平氏池は四つの島があり、源氏池の方はつの島だけになっていて、それぞれ死と産を意味するともいわれている。

神社としての社格や神聖さに満ち満ちているわけではない比較的大衆向けの神社に思われた。それはそれでいいのかもしれない。端的にいって僕自身も娯楽性があっておもしろかった。

今度はこの鶴岡八幡宮の元ともいえる「石清水八幡宮」へ足を運んでみたい。
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「風来坊」や「瘋癲」は忌むべきか 『七人の風来坊』

『私の目には、この老い疲れた世界に住む人類の姿が浮んできた。都市の煙と埃との中で漫々たる生活を送っているか、それでなければ、もっと清い空気を吸っているといっても、夜になって寝床へつけば、明日はまた明日で消耗してしまうというほかに希望もなく、その明日はまた明日とつづいて、同じ退屈な場所で今日の日光を暗くしたと同じ労役を繰返してゆく姿だ。ところが中には、原始の本能に満ちて、新しい目的、新しい追求、新しい仲間から来る絶えざる刺激によって、いつまでも、青春の若さを保持している連中もいるのだ。よしんば生地はこのニウ・イングランドであったとしても、中央アジアで墓の下にはいろうが、更に気にしない連中なのだ。運命が、今日、こういう連中の召集を行なっていた。彼らは同じ衝動によって同じ中心に向かっているのだとはつゆ知らず、遠き近きからやって来ていた。』   『七人の風来坊』ホーソーン著より


「風来坊」や「瘋癲(ふうてん)』という言葉は忌むべき言葉であろうか。以前、太宰治の故郷である青森県五所川原市(金木)を訪れた際に出会ったおばあさんが太宰治のことを知っていてこんなようなことを言っていた。

「太宰治は風来坊だった。学があったからああして気ままに生きられた。どういうわけか女性にもてた」

それは僕には批判的には聞こえず、どこか愛着がこもっていたようだった。現に太宰治の作品は現代においても夏休みの課題図書に選ばれているし、根強いファンも多くいる。僕自身も彼の作品に共感するところは多い。

また国民的ドラマ「男はつらいよ」は「フーテン(瘋癲)の寅」こと車寅次郎が主人公の物語で未だその人気は衰えていない。

国民性なのか、人間の性(さが)なのか、わたしたちは「風来坊」や「瘋癲」を嫌ってはいないらしい。僕について言えば、嫌うどころかあこがれてさえいるのだ。だからこそ『七人の風来坊』という表題に強く引かれた。「風来坊」には必ず精神の複雑か、強固なる意志があるはずなのだ。自由や堕落、そうしたことは人間の本来的性質のように思われてならない。

実際にそうした人物や思想が展開される文学作品は少なくなく、上記したような内容は幾度か目にしたことがあるような気がする。たしか、ゲーテが『ゲーテとの対話』の中かどこかで言っていて、それは強く印象に残っている。そしてホーソーンはこのことを実に巧みに言葉で表現している。和訳されたものからの印象であるから、いくらか誤認があるにちがいないが、論理性に重点をおかず、印象・感じを優先して表現しているため最初、世界観になじむのが難しかったが、読みすすめると徐々にそれに包容されていった。何度か挑戦して、その淡白で皮相のためにその入り口で逡巡していた米文学にようやく確かな尺度をもって取り組むことができるので喜びを感じている。
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一年を通して「レ・ミゼラブル」が傍らに


「人間というものは実に愚かなものです。私はもう彼女に会えないと思っていました。考えてもごらんなさい、ポンメルシーさん、ちょうどあなたがはいってこられる時、私はこう自分で言っていました。万事終わった、そこに彼女の小さな長衣がある、私はみじめな男だ、もうコゼットにも会えないのだ、と私はそんなことを、あなたが階段を上ってこられる時言っていました。実に私はばかではありませんか。それほど人間はばかなものです。しかしそれは神を頭に置いていないからです。神はこう言われます。お前は人から見捨てられるだろうと思うのか、ばかな、いや決して、そんなことになるものではないと。ところで、天使をひとり必要とするあわれな老人がいるとします。すると天使がやってきます。コゼットにまた会います。かわいいコゼットにまた会います。ああ、私は実に不幸でした。」


「真実はすべてでなければいけません。あなたはすべてを申されなかった。あなたはマドレーヌ氏であったのに、なぜそれを言われませんでした。あなたはジャヴェルを救ったのに、なぜそれを言われませんでした。私はあなたに命の恩になってるのに、なぜそれを言われませんでした。」

「なぜといって、私もあなたと同じように考えたからです。あなたの考えはもっともだと思いました。私は去らなければいけなかったのです。もしあの下水道のことを知られたら、私をそばに引き止められたに違いありません。それで私は黙っていなければなりませんでした。もしそれを私が話したら、まったく困ることになったでしょう。」

「何が困るのです、だれが困るのです!」とマリユスは言った。   『レ・ミゼラブル』(ジャン・ヴァルジャン死の場面)より


フランス文学の金字塔といえる『レ・ミゼラブル』であるが、振り返ってみると去年は僕にとって『レ・ミゼラブル』な一年であった。

去年の初めにミュージカルを元に映画化された同名作品を鑑賞し、想像以上の感激を覚えたので原作を読み返してみようという気持が起こり、ゆっくりと時には中断もしながらであったがようやく読了するに至った。同じ趣味を持つ仲間とその映画の趣意や内容について意見を交わし、晩夏には学生時代の仲間とミュージカルの同作品を観覧しに足を運んだ。

その仲間は学生時代いつも共に過ごしたSとTだったが、Sはことさら「レ・ミゼラブル」に熱狂したらしく、ミュージカルの段取りをしてくれたのも彼であった。アンジョーラに強く魅了され、最後のシーンではえもいわれぬ感動を覚えたと言っていた。Tの方は忙しさもあって、原作と映画ともに触れる機会を持たなかったが、ミュージカルが心に響いたとみえて、幾日も朝、一日がんばらなければいけないと自分を鼓舞するに「戦う者の歌が聴こえるか 鼓動があのドラムと響き合えば」と民衆の歌を口ずさんだらしい。

やはりこの僕も、何に戦っているのかと聞かれ正確に答えることはできないのかもしれないが、しかし日々奮闘していることは確かなように思え、アンジョーラに背中を押されるような気持ちになった。ジャン・ヴァルジャンは最後に上記のような言葉を残して世を去った。彼は常に自分の幸せや利得を優先することはなかった。考えにあったのは他者であった。

「人から見捨てられるようなことは決してない。」どれほど心強く、輝ける言葉だろうか。人に顧みられないことほど悲しくあわれなことはない。孤独を欲するなど考えることさえ恐ろしい。神を頭に置き、義しき心をもつこと。そうしてこそ、人は見捨てられず、孤独のうちに過ごさないという幸せを得るのかもしれない。
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義務は人を地獄へつき入れるが、そこで人はそばに神を感じる 『レ・ミゼラブル』より


「人は幸福でありたいと欲するならば、決して義務ということを了解してはいけません。なぜなら、一度義務を了解すると、義務はもう一歩も曲げないからです。あたかも了解したために罰を受けるがようにも見えます。しかし実はそうではありません。かえって報われるものです。なぜなら、義務は人を地獄の中につき入れますが、そこで人は自分のそばに神を感ずるからです。人は自分の内臓(はらわた)を引き裂くと、自分自身に対して心を安んじ得るものです。」


「昔私は生きるために、一斤のパンを盗みました。そして今日私は、生きるために一つの名前を盗みたくはありません。」   『レ・ミゼラブル ヴィクトル・ユゴー著』


『レ・ミゼラブル』から読者は多くのことを見出すだろう。僕はこの作品に作者の人生そのものを見る。この言葉は誤解を生みそうであるが、僕が言いたいのは実体験であるとか、彼あるいは誰か特定の人物がモデルとなっているということではない。作者が自分自身から真摯に引き出そうとして、真に多くの魂のこもった言葉として得られたものが書かれているということだ。

読者の年齢や環境、思想傾向によってさまざまな捉えかたが可能であり、発見と感得がその都度ことなるという読書体験ができるであろう。歴史、戦争、革命、社会、政治、恋愛、親子、家族、罪悪、信仰、善悪、青年、老年、人生……

列挙したこれらの言葉はほとんどが意味を持たない。それがいかに描かれているか―、それは筆舌に絶するほどに巧みで濃密に描かれている。

しかしながら、やはり僕を魅了するのは、葛藤であり、運命への抵抗、苦悶と苦悩である。それは僕自身を反映しているがように思われ、励まし勇気付けてくれる。人間は己と同じ境遇に立つ者には親しみ、多くの活力をもらう。その事実が、たとえフィクションといえども、その想定しうる状態であるが故に、奮い立たせられるのである。

上に取り上げた箇所の前者は逆説的で殊勝な表現で、傑出した場面ではなかろうかと僕は思った。そして誰もが経験したことのある、人間的な矛盾である。

義務、それは「人間の義務」、「良心に従うという義務」、これを了解すること、義しき人間であろうと決意すること。これがどれほど苦しく、険しく、難しい道であるかということは、その道に身を置いて歩かなければわからない。だからこそ、ユゴーはそれを小説として表現し、見せてくれたのだろう。美しいとはどういうことなのか、優しさでもって傷つく、正直なることが馬鹿をみる。光とはすなわち影を持つことである。美しくあるためには、醜いものに立ち向かい、それを廃さなければならない!

罪のない人はいない―、これはもはや使い古され、ありふれた概念で、誰もが認めるところとなった、市民権を得た言葉であろうから、それを敢えて論ずるつもりはないが、ああ許されぬ、償えぬかつての多くの過ち…それは往々にして運命により与えられるものではないだろうか。まるで一生懸命にプレーしてエラーする野球少年のように僕たちは未熟なのだ。

「義しいことをしよう」それこそが最後の救いとなる日がきっとくる。

打ち明けることが義しい場合があれば、隠し通すことこそが義しい場合もまたあるのだろうか。ひた隠しにすること、それが周りの人々を傷つけず、穏便に人生を送るために必要であるならば、そうすべきなのか。それとも、それを敢えて打ち明けることを「レ・ミゼラブル」は暗に示しているのだろうか。彼はコゼットのため、ジャン・ヴァルジャンであることを隠していたではないか…。

僕は物語のフィナーレを前に自らに問い、考えてみた。そして今、感激と混迷がいりまじっている。それは僕にどのような効果を与えるであろうか!

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松本の社会的地位 小説「自由への道」 39

「こっちにいたんだな、てっきり上京でもしているのかと思っていたけど。」

「ああ、高校卒業してからもずっとこっちにいたよ。ただ、家の事情で高校のときにそれほど離れたところではないけれど引っ越して、それ以来とりわけ親しかった友達以外とは疎遠になっちまって、小・中学校の同級生なんて会ってない奴がほとんどだよ。」

「そうだったのか、道理で会わないわけだし、話も聞かないわけだ。」と上井は合点がいった。

「ところで今働いてるのか?」

彼らが中学校を卒業して既に七年が経っていた。すなわち一般的な大卒社会人一年目に当たる年だった。

「いや、まだ働いていないんだ。」と率直に松本が言った。

「学生、それとも大学院に進んだ?まさか就職が決まらなかった…とか?」

「うーん、どれも当てはまらない―。フリーターだよフリーター。」

就職する能力がない、仕事をする意欲がない、あるいは仕事に耐え切れない弱さ、夢のためという逃げ、それらをこの言葉は代弁していた。それを自ら称するのに松本はいつでも苦しい思いをした。それでもこのとき、同世代の友人であったため気兼ねなく自分は就職という選択をしなかったと言うことができた。自分の前途にわずかながらの希望と見通しがついていた。すなわち自分なりの文学、そして作家業という道、それに向かう決心とそのための一歩である創作活動を始めていた。けれども、そうした活動を評価してくれようとは期待もしていなかった。無論、そのことを口外しなかった。

予想外の返答に上井はやや躊躇した。順調とは思われないその進路について深いことを聞くのは憚られた。彼は松本がフリーターをしていることについてなんの悪い印象も感じなかったが、それを相手に伝えることは難しいことに感じられた。普通でないからいけないというのは偏見に過ぎないと考えていたし、それは何より自分自身が一般から大きく隔たっていたのが大きな要因でもあった。「どうしてフリーターに?」と松本に聞いたとしたらその聞き方次第では彼が侮辱と受け取りかねないだろうことも上井は懸念したのだった。誰しも自尊心を傷つけられるのは不愉快なものだ。

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『ベートーヴェンの生涯』 ロマン・ロラン著 弱く不幸なる者に与えられる光


僕は元来、人物を愛している。社会における歴史や地理、政治は好きではなかったけれど、そこに君臨した主要な大人物は好きであった。

フランス革命がどうであったか、ということについて僕は詳しく知ろうとは思わない。しかし、ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』からその情景のいくつかは得ることができた。

関ヶ原の戦いがどのような様相であったか、恥ずかしながら僕は知らない。だが、徳川家康の遺訓に表されたる偉大な思想は僕の心を捉える。

僕はそれらの細かな歴史的事実にも目をむけ、識見を鍛えていかなければならないだろう。けれども今は、自分自身の精神を向上させるが第一である。

このように社会についてのみならず、芸術に関してもたとえば絵画の知識、音楽の知識、文学の知識、これらのいわゆる専門知識に僕は疎い。ベートーヴェンの偉大なる事を知ることと、音楽を知ることは必ずしも同意でないと僕は信ずる。

僕が一番最初に彼に惹かれたのは「ピアノソナタ 『悲愴』 第二楽章」であった。単調な聴きやすい一貫したリズム、巧みな転調によって一気に世界観に引き込まれ、希望と輝きへのフィナーレというイメージは誤りなのかもしれないが、止まない雨はない、暗く、湿ったトンネルもやがては抜けられる。そんなメッセージを僕は受け取った。

彼は優しさと情熱を併せ持った、真に強い人物であったと僕は思った。

彼の音楽を好み、彼の言葉を理解するには彼が敢えて言う、「不幸にある者」でなければ不可能なのではなかろうか。

徐々に失いゆく、かつて完全と絶対の内に有していた音楽家として運命付けられた能力という苦悩に生き、やがて音を感知せず、音を紡ぐという創造主にも似たる業をなした。

運命に無力なることを自覚する不幸は誰しもが味わいうることではあるが、その個人差は大きく、彼の言葉と音楽が心に響くほど深刻なる絶望に陥ったものはいくらもいるものではない。

僕はかつて、自分を不幸と思い、絶望に陥った。壁は高く、果てしなかった。だがそれは視界が狭く、人間が小さいから感じるに過ぎない。

人を愛することや人生を実りあるものにすること。世の中に役立とうと情熱と愛を持つこと。それらは不幸の内にあろうとも、絶望に打ちひしがれていようとも成しえぬ事柄ではない。

むしろ、不幸の内にあって事もてる愛と勇気があるということを忘れてはいけないだろう。

「ベートーヴェンの生涯」にはこれらのメッセージが詰まっている。
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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