小説『自由への道』 18


彼は実家を出て一人暮らしを始めて、はや六年になろうとしていた。その間ずっと住み続けている自宅アパートはすっかり心地よい空間となっていた。かつて自分のものであった実家の一室はそのままの状態で残されていたが、帰省した折に入ってみると懐かしさよりも違和感が先立つのであった。今までに何度となく引越を検討したこともあったが、快適ではあるし、そこでの生活が長くなれば長くなるだけ段々居心地もよくなり、企画の域を脱することはなかった。実際に、その家賃は学生の住居としては廉価でなかった。冷暖房が完備され、日当たりもよく、使い勝手のいいシステムキッチンがついていて、築二年ほどのときから入居しているために部屋の各所がまだまだ綺麗であった。だが、家具類に着眼してみると量販店で購入した特徴のないものが目立ち、二段に組まれた作業机とベッド、椅子、棚などは芸大生らしく木工による手作りであった。付言しておくと、それらの完成度は著しく低かった。売物にされている家具、調度類がどれほど高い技術と緻密な過程によって製作されているのかということを知らない人がきっと多いことだろう。

アパート前の駐車場の所定の位置に車を停め、セキュリティロックのある共用玄関を静かに足早に抜け、通路奥にある自宅の扉を開けた。もちろん室内は暗暗としていて、物寂しいものだったが、すっかり山下は慣れていた。キッチン横の冷蔵庫から栓を空けてさほど日を置いていないワインを取り出し、それと手近にあったグラスと棚から探し出したチーズ風味のつまみをリビングの卓上に準備して、しばらく飲み続けているうちにこの日、頭の中を往来した考えや、受けた印象が薄れていった。



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小説「自由への道」 17

松本が振り返って天井近くに取り付けられた壁時計に目をやると午前二時半を過ぎていた。山下も先ほどから何度か水に手をやっていたが、のどが渇いているがためではなかった。

「そろそろ行くか、眠たくなってきたし、帰ると結構な時間になる。明日は午前中なにもないから特に問題もないが。」山下が切りをつけ、松本が「おう。」というと二人が立ち上がった。彼は額に見合った小銭を適当に財布から取り出し、山下の手に握らした。どちらも金にケチではなく、細かくもなかった。それが二人の関係をあっさりと気楽なものにしていた。遠慮もなければ、大胆もなく、分を知って互いにふるまっていて、度を超すことがなかった。

松本にとって、また学生にとって信じられないことだが、山下は一時間の自宅までの道のりを三十分短縮するために躊躇せず高速道路を利用した。彼は別に急いでいたわけでもなく、運転が面倒くさかったわけでもなかったのだが、そうした細かい出費に無頓着であったのだ。



山下の乗る軽自動車のバンはウインカーを左に出し、高速道路へ入った。走っているのはほとんどがトラックでときどき異様に速いのが追い越し車線を走り去っていった。太い二連結の後輪が重々しい音を闇夜の中にとどろかせていた。街路灯がうねって先のほうまで道を照らし、ハンドルを握る腕に明暗を交互に映した。

〔須崎はもう若くはない両親と一緒に暮らしていて、一人っ子だ。いい加減、適度な職に就いて近く結婚をして父になるんだという気持ちになったのだろうか。厳しい環境に身をおけばそれだけ力もつき、仕事もできるようになるだろう。だが、多忙で疲労し、家は休息するためだけのところとなれば、家族で楽しくとはいかないかもしれない。歳を重ねるごとに俺たちは自分本位の行動を差し控えなければならなくなる。それが世の道理だ。俺は未だに学生で、実家に一人母を残して、極力アルバイトで補填しているものの、仕送りをしてもらい負担を掛けている。その点松本はどうだ。実家暮らしをしているから仕送りや学費などといった負担はかけていない。家賃が必要ないのは大きい。一体、住むだけに少なくない費用を払わなければならないとはなんということだろう!安全と快適、そしてプライバシーを獲得するために人はあくせくしなければならない。彼とて食費や電気・ガスなどの生活費はかかるに違いないが、それに余りある収入をアルバイトとはいえ確保している。その点あいつには落度がないようだ。俺もせめてもう少し家賃の安いところへ引越すなりしなければいけない気がしてきたぞ。〕
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小説「自由への道」 16


「そうか。」山下がゆっくり口を開いた。

「俺は本を読まないし、研究で文献に目を通すくらいのことしかしないから文芸に関する知識も観念ももっていないんだが、お前には俺にはない一種の情熱があるんじゃないだろうか。俺がお前と会って話すのも、結局俺自身がそうした情熱に触れて鼓舞されたいという欲求に基づく行動なのかも知れん。少なくとも客観的に、私見を度外視すれば、お前の生き方に興味があるし、今後どうなっているか楽しみでもある。まわりはみんな就職だ、仕事だ、恋愛だ、結婚だと焦って騒いで、社会という大きな分母の中の小さな分子に溶け込んでいく。それぞれが生きるために躍起になっている―。そういえば須崎、就職決まったらしいぞ、聞いたか?本人はどうなんだろうな、うれしいのかな。」

「ああ、聞いたよ。とりあえずよかったよな、決まって。やっとって感じだからな。不本意かもしれないが、ひとまず区切りがついてすっきりしているだろうと思うが―。」

 「近郊にある小さなデザイン事務所みたいだな。ずっと大手にこだわってて、就職浪人して休学浪人までして結局地元の名もないデザイン事務所だぜ。たぶん、その程度なら休学などせずに普通にやってても就職できてただろうな。己の力量と分際をわきまえて適当なレベルを選ぶか、死に物狂いになって、石にかじりついてでも自分の目指す高い地点を獲得するかどちらか腹を決めなければいけない。中途半端は一番怖い。失うものが多すぎる。小さな事務所だろうが、大きな会社だろうがデザイナーがやるべき仕事は変わらない。よい製品をつくりだす―。実力があって認められればどんなステージにも進んでいけるだろう。始まりはたいして問題ではないんだ。しかし、あいつが望んでいたのは都内に本社をもつ全国区の一流ブランドで、あまりに高望みをしすぎた。そこらに行く連中はエリート中のエリート。天才とかすでに頭角を現している強者なんだ。興味があって芸術大学で学んできたやつとは素地がぜんぜん異なるってことがわかっていないんだよ―。俺は大学院二年であいつは大学四年だ。人生は双六のようなもので、立場や環境というものを一マスずつでも進めておくべきだ。足踏みしたり、手をこまねいていることほど愚なことはないよ。」山下は得意になった。

人類に与えられた闘争本能は競争相手を必要とし、自らの優越を確かめようと相手を攻撃したり、弱みを暴いたりすることにやぶさかでない。だがそれは、狭小な了見だ。山下にとって須崎は同じ分野に属しながら、特異点という侵されぬ安全地帯に立って種々に批評できる個人であった。その土俵に立っていないことをいいことに、事情に通じていることを頼みとして奢ってみせるのは、害その身に至るというものである。山下は肩書に安心していたが、現代において人生を渡り果(おお)せるほどの肩書がどれほど存在するのだろう。少なくとも地方私立芸術大学の助手は社会においてほとんど威光を放たないであろうことは想像に難くなかった。

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小説『自由への道』 15


「俺は少し、お前に苦言を呈したい。お前は大学を退学するべきではなかったと思う。日本では肩書きがものを言うくらいお前は知っていたはずだ。大学卒業、何処どこの研究員、大学院生、学生、なんでもいいわけだ。それを自ら今までがんばって積み上げてきたものを粉々に打ち砕くように捨て去ったのはなぜなんだ。俺にはわからない、お前が労せずして手に入れられる人生の通行手形を無下にする理由が。少なくともお前くらいの学力と才知があれば教授職や官僚、公務員として安泰に過ごせていたに違いない。読書しようが、制作活動をしようがそれは個人の自由だが、それは通学しながらでも、勤めながらでもできるはずじゃないか。お前はどう人生を考えているんだ。金が要るだろう、妻がいるだろう、家族がいるだろう、それらを求めずしてなにを求めるのか。それらをなおざりにして文芸をきわめてなにになるのか。」

「俺は恵まれていたと思う。なに不自由なく育てられ、一般家庭よりも余程いい生活をしてきたように思う。どんなことでもやらせてもらえたし、なんの条件もなく大学まで進学させてくれた。それは俺の意ではなかったにしても、両親が自分の人生を生きてきて、たどりついた安泰、幸福な人生の道筋に俺を立たせ、運んでくれた。だがそれはいつ頃からか俺の抗し難い内なる欲求と衝突するようになった。俺は実学を好んだのではない、真理を求めたのだった。学問ではなく、その内奥に通じる神秘を欲したのだった。講義は退屈で、教授の講釈は無味乾燥で、繰り返し、学問のための学問を学んでいた。俺はそれが自分の人生にとってどのように役立つのかわからなかったし、役立ちそうにもなかった。俺は一度しかない、しかも人生において最も重要な若い時期をそうした徒労と見えるものに費やしたくはなかった。俺はたくさんの高邁な精神によって著された書物を読むべきだと思ったし、美しい絵画や音楽、さまざまな人との出会い、交流、この世界を知り、見聞を広めること、そうしたことに青春を費やすのでなければ、うそだと思った。俺にとって大学に通う意味も必要もなかった。にもかかわらず、俺は両親がそれまでに貯めたお金を無益に使っていたんだ。それが俺にはどうしても耐えられなかった。」

しばらく沈黙が続いた。外では先ほどから雨が降り出していた。玄関と対角にある喫煙スペースの席をとった二人からは通路を挟んで向うに窓越しに交差点が見えていた。濡れた路面は街灯を反射し、日中よりも輝いて見えた。時々タイヤが水を吐き出す音が遠めに聞こえた。歩行者信号は点灯と点滅を何度も繰り返していた。
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小説『自由への道』 14


「そうやって後輩たちを育てよう、教育しようという意欲があることはすごいことだね。俺なんかは育成しようとか、教えようなんていう気にはなったことがない。今の世の中で成功していこうと思ったら、ブレインを集結して、うまくそこで動く人間たちを教育し、共に成長していくっていうスタンスが必要なんだっていうのはなんとなく感じているよ。そうしたものが自然と生まれてくればそれはありがたいことだけれど、俺自身、現状は特に動いているわけではないから、この先もこうした宙に浮いた状態が続くんだろうなって思ってる。」

 「おまたせしました。」松本の頼んだミルクティーが運ばれてきてからしばらくして、到着ほやほやのマンゴーパルフェが差し出された。加えて、お待ちいただいたお詫びといって、新商品のマンゴーケーキまでつけてくれた。チェーン展開するファミレスでこうした気遣いに遭遇するとは予想だにしていなかったので、二人とも気分をよくした。

 「近頃も相変わらず読書三昧の日々を送ってるのか?」さっそく出されたパルフェの頂点に座するつやつやしたシロップ漬けのさくらんぼをステンレス製の柄の長い、適度に先が傾斜のつけられたスプーンで器用に取り上げて口に放り込むと山下は話し出した。

 「自分では大方、読んでおくべき書物は一通り読んだように思うんだ。どんな種類のものでも一通り解剖してみると、それぞれに奥深さがあって、さまざまな発見がある。人はそこにおもしろさを見出す。俺も読書を通じて文学の奥深さと高尚さを知ったわけだが、そうした魅力に取り付かれると、魅了される立場ではなく、他人を魅了する側に立ちたいと思うようになるんだ。たとえば野球はやっぱり見るよりプレーした方が楽しいし、もちろん野球に限ったことではなくて、音楽も聴くより自分で演奏して聴衆に聴いてもらうほうが絶対に楽しくて気持ちがいい。つまり人に感動を与えるとまではいかなくてもメッセージを伝えたいっていう気持ちが芽生えてきたんだ。それに加えて、知れば知るほど、文学が果てしなく高遠で「文学とは何か」ということを強烈に意識せざるをえなくなって、それを解決していくためには自分自身で文学をやっていかなければならない―文学をやっていくという意味が俺にはよく分かっちゃいないが―と思うんだ。だが、文学をやるといったら単純に小説を書くということになるわけだが、なにを書いたらいいのかてんでわからない。この矛盾は苦しい。小説を書くのが好きだから書くという作家はどれほど幸せだろう。俺はあくまで意味のある作品を書きたいんだ。それは読み手を必要とするということだが、無名のそこらの学生風情が書いた小説を誰が読もうというのか?そんな物好きはこの世界に一人として存在しない。俺は未来の読者か、その影のために書かなくちゃならないんだ。俺はなにをするにも目的とそれに準ずる動機を必需とする。ああ、俺には文学がやれないんじゃないか、ただ読書家を自ら任じる哀れな気難し屋に過ぎないんじゃないだろうかという疑いに苛まれる。しかも、それだけじゃない、俺は第一に生きていかなければならないんだ。定職にも就いていない、どこにも所属していない俺は、肩書きを持たない経済を妨げる食客だ。食うだけ食って、なんの役にもたたぬ知識と思想を溜め込んで、生きる無用の長物だ。妥協に生きるか、理想に死ぬか、それが問題なんだ。」

 松本は知らぬ間に熱を帯びていた。ミルクティーに沈んだ黒色の大豆くらいあるタピオカを太いストローで三つ一息で流し込んで少し落ち着いた。山下は自分が食べていたパルフェのまだ綺麗に残っている片面を松本の方に向けて押しやり、「少し食べるか、おいしいぞ。」と頬を緩めた。
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小説『自由への道』13

彼は芸術大学に入学しながら芸術に関する学びを何一つ行わなかった。というよりも、それまでの彼の人生に芸術の影すら入り込んだことがなかった。絵も描かなければ、音楽も好まなかった。読書をすると、今読んでいるところを次ぎのところを読むときには忘れてしまうから話にならないと自ら語った。傍目からみれば、勉強もしたくないし、就職もしたくないから芸術大学にいったのだとしか考えられなかった。無論、それが間違いだというわけではない。ただ芸術大学なるものがあるために、芸術が汚され、貶められているように思われて仕方がない。芸術は果てしなく、人生は短い。人生を賭けた闘争であり、身をすり減らす活動でなければならない。それを学問するというのも幾分不可解である。奇抜がすき、目立つことがすき、人と違うことがしたいということと芸術を愛することは大きな隔絶がある。

 彼はまだ学部生であったとき、講義の課題で「0」から連想するものを考え、まとめるというのがあり、それからゼロ=死ということを結論した。彼は時ここに至って送ればせながら「死」というものを意識するようになった。哲学に目覚めるは喜ばしきかな、死について考えることは哲学について考えることであり、また宗教を考えることでもある。彼は聖書や仏教、イスラム教、ヒンドゥー教に興味を持ち始めた。彼の特性から、結局はゾロアスター教を主に研究することとしたようだった。定番やメジャーな分野を敬遠するひねくれ者は案外多いのである。しかも実際のところ、彼はそれらの大著を高額で購入してはほとんど読まずに、次から次へと教典をとっかえひっかえしていたのであった。それで当人は大事業をしているつもりなのだからめでたいものである。ときおり、松本と出かけたり、会ったりするときには彼にニーチェの死生観やショーペンハウアーの認識論について概論を聞いたりもした。

 大方の人は誰しも小、中、高の学生時代に「死」ということを考えてみるものである。漠然たる暗黒に恐れをなすように、姿の見えぬ、体験のしようのない「死」、すべてを無のうちに葬り去るように思われる「死」に不安と疑問を感じるのである。しかしそれは日々の繁忙に飲まれ、薄められ、消え去られていく。それは自然なことであり、一般である。そうした感情をいつまでも引きずって大人になると、哲学者や芸術家、あるいは学者となってしまうのかもしれない。

 山下は退屈紛れに「死」をこねくり回してみた。芸術大学でありながら、哲学に関する研究や、あらゆる科目、課題をそれにこぎつけて発表した。彼はその独創性と特異性に大きな喜びを覚え、自分自身がなにか優れた新時代を造る才能だと思えた。だから彼はそれを未だにずっと推し進め、とうとう助手という立場になって、ゆくゆくは教授として宗教、哲学のデザインという分野を築こうとも、目論んでいた。
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小説『自由への道』 12


山下は決まって季節のミニパルフェを注文する。作法としてメニューを手に取り、デザートのページを開くのであるが、一瞥をカラー写真に投げるだけである。夏らしく、マンゴー特集でフレッシュジュースやケーキなどがマンゴーをふんだんに使って仕上げられていた。すぐにメニューが松本に渡された。彼は次のページにある数あるドリンクの中からタピオカ入りロイヤルミルクティーをチョイスした。疲れているときは甘いものが摂取したくなるものである。彼は一度、大体のメニューを頭の中でシュミレーションしてその味を確かめてみる。そして気分や味のバランス、相性などから総合的に評価の高いものを選びだすので、余程はじめから目的を持って入店した以外では注文するまでに時間がかかり、優柔不断だと思われていた。実際にはそうしたからくりがあった。もしかすると、こういう人間のことを優柔不断というのかもしれない。

テーブルの脇に置かれたボタンを押すとしばらくして店員が現れる。おもしろい仕組みである。

「ミニマンゴーパルフェ一つとホットコーヒー一つ。」

メニューをテーブルに開いて置き、タピオカ入りロイヤルミルクティーを指差して、「このタピオカ入りのロイヤルミルクティー一つ。」と松本。

「こちらのマンゴーパルフェですが、本日よりメニューが変わりまして、実はまだ輸送が間に合いませんで、今すぐに準備いたしかねるのですが、いかがなさいましょう。あと数十分ほどいただけたらご用意できるのですが。」と歳格好六十手前ほどで目がややくぼんだ女性店員が申し訳なさそうに言った。

「ああ、そうですか。そんなこともあるんですね!じゃあ、待ちますから、用意できたら持ってきてもらえますか?」と気さくに山下は答えた。

「かしこまりました。失礼いたしました。」とその店員は引き下がった。

「髪色黒色だけど、どうかしたのか?」第一印象についての発言によって会話をすすめるというのは常套手段であり、その他、近況や時候も悪くないだろう。

「ああ、来年から大学教授の助手をやることになったんだが、今でもその教授と一緒に研究会や会議に出席させてもらっているから、さすがにあんな不躾な身なりではだめだってことでね。当たり前といえば当たり前だが、俺の自由な学生生活も終りを告げつつあるってところだな。」と山下は笑った。

「そうだよな、もう大学院二年だから就職考えないとな。結局就職っていう道は選ばなかったんだな。」

「俺とお前はサラリーマンにはなれっこないだろうな。わが道を行くっていうか、敷かれたレールに乗りたくないって感じだもんな。」と独り納得する山下。

「助手は給料どうなんだ?どのくらい拘束されるんだ?そういえば、この前卒業研究の調査がまとまらないって言っていたが、あれはいい感じで仕上げれそうか?」進路や現状に興味のある松本は立て続けに問いを投げかけた。

「助手は本当に給料安いみたいだよ。まあ、車はしばらく軽自動車に乗らなくちゃならないだろうな。ある程度自由に研究とかはさせてもらえるだろうけど、本業は助手だから、無理やりスケジュール組まれたりもするだろうから、あまり安穏としていられないだろうな。研究は葬送についてのもので、その中でも特に樹木葬を重点的にやったわけだが、土地や寺、宗派、自治体とかの問題が重なって面倒だから大体のところでまとめてやめてしまった。」彼は平気である。

「あと、最近では学内で勉強会を発起して、後輩たちの育成に微々たるながら取り組んでいる。というのは大学で学ぶことは理論詰めで実質的なものに欠けているからそれを埋め合わせようと、俺たちはいろいろな会社やイベントを訪問して実体験をし、そこから有益な教訓を学ぼうというのさ。企画し、段取りを組み、実行することは簡単ではないが、最近少しずつ形になってきている。参加者も安定しないがまずまず増えつつあるし、やる気のある後輩もちらほらいるからね。やっぱり人を育てるっていうのはおもしろいよ。今のこの会が将来大きくなっていって、対社会的な活動まで成長できたらいいと考えているんだ。俺はそのリーダーとしてこの組織を運営していくつもりなんだ。」
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小説『自由への道』 11


週末の土曜日、松本の姿は彼の家の近くのファミレスで見つけることができた。その週が始まると中学時代の同級生である山下からメールで週末会えないかと誘いがあった。松本は無論、快諾した。今では恒例となっている近況報告を兼ねた談笑である。大体二、三ヶ月に一度のペースで膝を突き合わせる。山下は地元から少し離れた大学に進学し、現在もそのまま大学に残り院生として籍を置いている。そして長期休みや実家での用事を済ませるために帰ってくると必ずといっていいほど松本と会っていた。いつの日からか二人は深く、実のある話、議論をするようになった。二人は会うたびごとに互いの成長と変化を感じることができた。それはいい刺激であった。
同時にいい対照をなしている。ここまで松本が影のような存在として描かれてしまっていたが、ここで姿と形を与えられる。

山下は特徴的な風貌をしている。彼に会う人は誰でも彼の髪型に目を留める。黒髪でいることはほとんどない。松本が会うたびにその髪色と格好は七変化する。バイカラーであることがしばしばあったし、一度などは虹色グラデーションでアフロヘアーになっていたこともあってそのときは大いに彼を驚かせた。なぜだかそれは人間の好みの神秘といわなければならないが、山下は髪型にアイデンティティを持っていた。彼は元来目立ちたがり屋だったのでそう思ったのかもしれない。松本個人について言えば、そうした気を衒うことで目立ったり、人目を引くというのは賢い人間がやる振る舞いではないという感想を内心持っていた。当然友人である手前、そうした意見を提出することはできない用件だったが、できることならばそうしたセンスを持っていてほしいと考えなくもなかった。しかしながら、それが個性といってしまえば、それを尊重するのも友人の役割ともいえなくはないと合点した。加えて、スタイリッシュな眼鏡を常用している。彼は松本の中学時代の同級生で当時から仲がよかった。松本は覚えているが、中学三年時に山下はすでに近視がすすんでおり、眼鏡を掛けていた。彼も同じ野球部で三年夏に引退し、夏休みが明けると山下はいかにもやすっぽい風変わりな眼鏡で登校した。聞くと、韓国に旅行に行った際に激安店で購入したということだった。山下は眼鏡なんて見えればいいと言っていたが、今では高級ブランドのデザイナーズ眼鏡と価値観の変化を見た。縁が白く、流線型の最新式を思わせるモデルであった。体格は松本と変わらずやせぎすであったが―松本は仕事上ゴルフを日常的にやっていたので筋肉質ではあった―フリーサイズの袖口が肘にかかるほどのTシャツに裾がひどく傷んだスウェットを履いていた。着ているもののどこかで必ずプリントされたミッキーやくまさんなどかわいいキャラクターが笑っていた。口を閉じていても右の前歯がいつでも顔をのぞかせていたが、山下はそれをチャーミングだと考え、小ネタにすることさえあった。そんな独特な感覚の持ち主だから、彼はどういうわけか普通科の高校から迷いなく芸術大学へと進学したのだった。対して松本はというと、髪は混じり気のないアジア系の黒色であった。彼に言わせると髪を染めるお金があるなら、本を買うか、同じファッションで考えてもいいデニムでも拵えた方がいいとのことであった。彼も近視であったが、外出するときは必ずコンタクトレンズだった。彼の情熱と誠実さはその瞳からも読み取れた。凛として澄んだその瞳は自然と人をひきつけた。鼻筋が通り、意志の強さを表していた。夏場、彼はよくポロシャツで過ごした。ラコステやラルフローレン、フレッドペリーなど有名ブランドを愛用して満足感に包まれていた。ややスリムな履きこんだデニムはいい色味であった。
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小説『自由への道』10


石田さんはセミナーに行ってからしばらくの間はあらゆる会話をこのグループビジネスにかこつけて話し出し、自分のモチベーションを上げ、成功の為に努力しているという満足感を得ようと懸命になる。松本は少々うんざりするのだが、石田さんの無邪気さゆえになんとも答えようがなくなってしまう。

「そうですね、一度行ってみたいような気がします。」彼は曖昧な挨拶をした。折りよく立て続けに来客があり、石田さんもカウンターに立って対応をした。カウンターには二つの窓口があり、客はモニターで空席状況が分かるようになっており、スタッフがタッチパネルを操作して管理を行っていた。石田さんと松本は入り口側のカウンターとちょうど客から死角になるホストコンピューターが蔵されている一隅とで話をしていたのだった。客足の少ない退屈な日であったので、松本は石田さんの話に対して自分なりの解釈を下してみた。

〈俺は商品を右から左に移すだけで利益を得るような商売を仕事にはしたくない。それに権利収入といったが、もし自分に家柄や遺産によって財産や不動産があったとしたら、きっと撥ねつけていただろう。労働は本来、生産的でなければならない、あるいは献身的でなければならない。そしてそれに見合った順当な報酬を頂くのでなければならない。しかし、なぜ報酬を求めるのか?その相手が他者だからか?いや、そうではない。自分本位ではなく他人本位による労力であるからだ。すると時間的自由と労働、お金というのはやはり両立しないもののごとく思われる―。では、芸術はどうだろうか?俺が自分の好きな作品をつくる。時間に縛られず、好きなときに好きなだけ書く。それが金銭的価値を持つには読み手が一定数存在していなければならない。〔金銭的価値というのはあくまでこの社会における指標に過ぎないが、あらゆるものと置き換え可能な観念だ〕すると自然、読者の意に適う作品をつくらなければならないということになる。理想は己の欲するところのものと読者が望むものが一致することなのだ。それは同時に自由と資本を獲得することを意味する。芸術は孤独だ、それはよく言われることである。けれども、石田さんの言う仲間というのは果たして、固い絆によって結ばれた仲間といえるのだろうか?それは空想ではないか?そこに集まる人たちは結局、石田さんと同じく独りよがりな自由とお金を手に入れたいだけの亡者の集いなのではないだろうか。〉

彼はここまで考えを進めたところで打ち切って、あとはぼんやり惰性で仕事をこなすことにした。閉めの作業を終えて家に着いたときには午前零時をまわっていた。

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小説『自由への道』 9


「ところで松本君には夢があるかい?」さっと明るい表情になる石田さん。来客があり、松本がその対応をしたため、しばらく会話が途切れた。「いらっしゃいませ―。では、十番打席ですね、どうぞこちらのカードを打席にあります機械にお通しください。」彼の表情は決まって固く、淡々と業務をこなすといった感じであった。この日はお客さんはまばらであった。

「夢ですか……夢ってほどでもないんですが、僕は読書が好きなので、自分の作品が書けたらすばらしいな、なんて思います。でもそれは夢とは違って、憧れみたいなものかもしれません。芸術に生きたいという本能に近いものを実現させる方法として文学ならなんとかできるように思うのでそれを実現させたいです。石田さんは何かあるんですか?」
「僕はね、自由に世界中のゴルフ場で仲間と一緒にゴルフが毎日のようにやりたいね。もちろん、それには、お金と時間と仲間が必要なんだ。それが実現できるグループビジネスっていうものがあるんだ。それは僕が今受けてるセミナーのことでね、収入には二種類あって、それは労働収入と権利収入というやつなんだ。労働収入は僕たちみたいにサラリーマンを初めとしてほとんどの社会人がこの部類に入るわけだね。そして一方権利収入は、なじみがあるところでいえば、作家さんや発明家のように著作権や特許を持っている人たちで、マンションの家主さんなどもそういえるだろうけど、はっきりとした労働時間を持たずとも、極端な話、彼らが現在何もしていなくても権利がひとりでに利益を生んでくれるんだ。そして権利収入の方が一般的には多額の報酬となりえるんだね。本でも何万冊と売れれば相当な額になるし、マンションの部屋数を考えたらとてもすごいことだね。グループビジネスの考え方ではそのグループの大きさがその人物の人材価値として評価されて、それに報酬が払われるんだ。その人は実際には労働をしていなくても、彼の存在によって商品が売れているのであれば、それは労働と同じ意味を持つからね。とにかく誰かに利益をもたらせば、その報酬をもらえるのが資本主義の根本なんだ。これで苦もなく尽きることのない資金と自由な時間が手に入るわけだね。あと最後に一緒にゴルフをする仲間だけど、このビジネスの一番の魅力は真の仲間ができることだよ。みんなで成功して、みんなで自由と幸福を分かち合うんだ。最高だろう?松本君にしても物書きをしたいというのであれば、素地が必要になるよね。もしお金と自由があれば思う存分執筆に励めるわけだからグループビジネスおすすめだよ―。どうかな、一度一緒にセミナーに行ってみない?」

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小説『自由への道』 8


しかしながら、理想と現実は異なるものである。彼といえども同じ職場と地位に十年もいるので意欲もモチベーションもなくなってしまった。面倒を見てくれたオーナーも時をおかずに体調不良のため早く引退してしまった。彼はもとより巧みにお追従の技を振るうことはできなかったし、指導力や統率力もなかった。簡単に言えば課長どまりの役柄に甘んじていた。だが彼には夢があった。〈大好きなゴルフを好きなだけ自由に、世界中の名門コースでプレーする〉という夢。それを叶えるためにゴルフ練習場の課長では望みないことだった。それはただ金銭的問題だけではない。サラリーマンとして会社に雇われて勤めている以上、自由にゴルフを世界中でやるなんてことは時間的問題においても不可能であった。常識のある大人であれば、それは夢のまた夢といって大きな夢を諦め、忘れてしまう。彼も同じように時々ふとそうした空想を描いては肩を落としていた。ところがある日のこと、彼はビジネスという概念に初めて出会った。働くのではなく稼ぐという転換が彼のなかで起こったがようであった。彼が参加しているセミナーというのが正にこのビジネスについてのもので、それは率直に言えば、グループビジネスというものであった。大まかな概要はグループをつくり、そのグループが企業などと契約を組んで、継続的に対象商品のみを消費し、そのグループの規模の大きさによってバックマージンがもらえるという仕組みだ。企業としては安定的に売り上げを出すことができるし、利用者であるグループの一人一人は目的や需要に合致していればバックマージンがもらえるわけなので、メリットがある。では何ゆえに、ビジネスであるのか。それはグループづくりとその安定的需要の確保をしなければならないからであり、デモンストレイションやミーティングを盛んにやっていき、対象商品についての知識や、グループ間の意志の疎通にも骨を折らなければならないからである。そしてもし、それに成功すれば大きなバックマージンが賞与されるので、彼の描いていた時間的自由と金銭的余裕が手に入るわけであった。彼はそのビジネスモデルについてのセミナーに参加しており、参加するたびに松本にその内容を話しては、彼の興味をひき、あわよくばグループの一員になってもらおうと思っていたのであった。
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小説『自由への道』 7

石田課長は今までにたくさんの職業を経験してきた。というのも、学生時代はプロゴルファー志望で高校卒業後、地元のゴルフ場に研修生として勤務をした。ゴルフに明け暮れる毎日を過ごし、日に日にゴルフの腕は上達した。だが彼は生来、物静かで穏やかな性格であったため、試合やプロテストとなるとさっぱり実力を発揮できなかった。二十五歳を過ぎたある日、彼はゴルフで食べていくことを諦めた。勝負師に必要な厳しさと何より才能が乏しかった。努力をするのではなく、好きなゴルフを楽しむという領域から出ていなかった。要するに、プロになる逸材ではなかった。彼に残された道は意外にも狭いものであった。まずゴルフからは遠ざかりたかった。というよりも、夢を完全に断ち切るためにゴルフと接点を持ちたくなかった。そして高卒でしかも、二十五歳を過ぎるまで研修生として過ごしたため、ゴルフの技術のほかに取り立てて特徴も仕事に役立つスキルも備わっていなかった。結局、まず働くことが第一だったのでたまたま手に取ったビラに広告された鉄筋工の仕事につくことにしたのだった。募集要項としては、健康、頑丈な肉体ただ一つである。彼はもちろん体力には自信があったのだが、その性格から環境になじめるかが不安であった。

 面接を受けに指定された場所にやってくると、彼はその部屋に入るや否やニッカポッカを渡されて、着替えをすぐに済ませ、仕事につくよう命じられた。二年ほど一生懸命に鉄筋をかつぎ、足場を組み、鉄筋を組んだ。苛酷な夏には鉄筋は容赦なく彼の肩を焼いた。冬にはかじかんだ手での作業が辛く、霜はただでさえ多い危険を一層多くした。出世する若年の先輩にあごで使われ、そうした仕事を彼はそつなくこなすことができた。だが、新しい仕事を覚えることはなかなか難しかった。気力、体力ともに旺盛な時期を過ぎると、その仕事がどうしようもなく辛くなってしまって、彼はとうとう投げ出してしまった。そうした土木関係の雑用に順ずる仕事はその厳しさの割に薄給であったため、次の仕事は派遣や夜間のものなど不規則なものだった。在庫点検、警備員、交通整理、イベントスタッフなど、それらはアルバイトと大差ないもので、彼はどこにいっても年長者であり、肩身の狭さをいつも感じていた。

その日暮らしといってもいいくらいの不安定で、先行きの見えない毎日を過ごしていたある日、研修生時代の同期から接待ゴルフの代理を頼まれた。行ってみると、彼の物静かだが、ステディな彼のゴルフはその接待を受けた人物の目を引いた。彼はゴルフ場を経営するオーナーだったのだ。彼は十八ホールを終えると、支度を済ませてみだしなみを整えている石田のところへとやってきて、「私のゴルフ場で働いたらどうだい?ゴルフの好きな君にとっては悪くない職場だと思うのだがね。」彼は分厚い顔の輪郭に掘り込まれたしわを一段深くしてやさしい表情をしていた。「君の友人から、君が研修生であったことを聞いた。実は彼は私のレッスンをしてくれていて、今度練習場を新設するという話をすると、君の事を彼が話すのだよ、僕の研修生仲間でいいやつがいたんですが、すっかりゴルフと縁を切ってしまいまして、楽しくもない、自分に合わない仕事をしているんです。今でもきっとゴルフが好きなはずで、きっとゴルフに関わりたいと思っていると思うんです。彼がそこで働くなんてことは難しいでしょうかね。いずれにしても一度彼と接待という名目で接待をしてもらえないでしょうか。それで判断してみてください。と。」そこで今日君とラウンドをしてぜひと思った次第なんだ。石田は深く頭を下げて言った。「ありがとうございます。よろしくお願いしたいです。」彼は迷わずに即答した。それもオーナーの気に入った。彼は仲間のありがたさを痛感し、心は感動に溢れた。派遣も短期就業も辞め、再びゴルフと関わりのある生活に戻ることにした。それからずっと彼はその練習場を任されている。
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小説『自由への道』 6


朝から夏の陽が強く照り付けていた。母は朝から仕事へ出かけ、家に彼一人であった。その日は夕方からのアルバイトだったので前日のうちに母には出勤時間を伝えておいた。すると炊飯器はタイマーがセットされ五時に炊き上がりになっていた。近頃買い換えられた真新しいガスコンロの上には、すでにカレーができあがっており、食卓には置手紙があった。
 「おはよう。母は今日夜の七時まで帰らないのでカレーをつくってあります。温めて食べな。炊飯器のタイマーは仕事の都合で変えてください。冷蔵庫にサラダもつくってあります。」
 こうしたことが当たり前だと思うようになったら人間おしまいである。母の筆跡を彼はときどきぼんやりながめることもあった。
 彼は自然、起きるのが遅かったので洗濯の最後の一杯分を自分の寝間着を入れてまわした。二十分ほどで脱水まで終わるので、物干し竿にしわのできないように干していった。最低限の手伝い、家事はやろうと心掛けていた。夏場は洗濯物がよく乾く。母が明け方に干した洗濯物はすでにからりとしていたので、ついでに取り込んで手馴れた手つきでたたんだ。バイトに行く前に残りを片付ける。これは彼の日課だった。それから食事を済ませ、戸締りをしてバイトへ行った。

彼はゴルフ練習場の受付業務及び打席管理の仕事を主に任されていた。随分古株でわからぬことはなかったし、多少の権利を認められていた。
 「いやー、松本君。行ってきたよ、セミナー。」と石田課長が早々に話しかけてくる。年齢は四十過ぎたところで、柔和な表情をした人のよい男性である。近年髪の勢いの衰えを感じはじめているようだ。
 「どうでした?やっぱりよかったですか?」と以前にもその類のセミナーについて話を聞かされていた松本は無難な返事を持ち合わせていた。忘れずに興味をそそられたという感情を込めた。
 「なにより刺激になるよ。最近行ってなかったから、定期的に行ってモチベーションを保たないといけないね、うん。」口を結んで、思案顔になった。

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小説「自由への道」 5


母の就寝は午前0時を過ぎることがなかった。そして翌日は誰よりも早く起床した。父の弁当を作り、父を会社へと送り出すことで母の一日は始まった。自分も仕事がある日はそれから洗濯などの大体の家事を済まして出社した。父は遅れること数時間、1時ごろ布団に入った。両親の寝室も二階にあったため、松本は二人が眠りについたのを家がひっそりしたことで分かるのだった。彼は毎日、随分夜更かしであった。それは翌朝になんの予定も持ち合わせていなかったからである。彼は学生であったか?否。彼は今流行のニートか?否。彼は働くには働いた。だが、それは自分自身の規範に沿う形で実現されていた。彼にとって眠りを目覚ましによって強制的に打ち破ることは多大なストレスであった。まだ眠りたいという欲求を押さえつけ、一日中眠気の残片を残して生活するのはなんとも不快であった。それが読書によって引き起こされる夜更かしによるものだということはわかりきったことであるが、彼にとっては読書することが生活条件の上位を占めていたので明日に備えて早く寝るということを請合うことができなかった。そういうわけで、彼は昼からの仕事、あるいは日が暮れてからの仕事しかしなかった。当然たまにはシフトの関係で早朝から入ることもあった。加えて、彼は九時間労働という画一的に社会で定められた労働時間に疑問を抱いていた。「人間には平等に二十四時間が与えられている。それの使い道は個人の自由である。」その決められた時間のなかの最低九時間を週に五日も献上しなければならないことにどうしても肯んずることができなかった。自らの生活を豊かにするための労働であって、自らの自由を損ない、抑圧し、苦しみのなかに飛び込むことは耐えられなかった。彼は正社員という手段を端から諦めていた。こうした思想は少なからずソロー著〔森の生活〕によって強められた。彼はそこいらの卒業を控えた学生が社畜にはなりたくないともがき、またそのつもりで学生生活をばか騒ぎのうちに過ごすのとは違っていた。彼は思想を究め、ゆるぎない信条を打ち立てることに身を砕いた。理想として彼は日に五時間ほどの労働を掲げた。働かざるもの食うべからずということには彼は大いに賛成した。むしろそのことは信じて疑わなかった。彼は働きたくないのではなかった。自由を欲していただけであった。自由に休みがとれて、形態も時間も自由な労働。それが彼の目指すところではあった。だが、それは不可能ではないにしても限りなく困難なことだということも彼には分かっていた。労働とは即ち、対価として賃金をもらう働きのことである。ゆえに、基本的にはその消費者、使用者の都合によらなければならない。もし労働する側の自由が成り立つとすれば、それは立場として労働者が上位にたつような特異性、唯一無二な存在でなければならない。彼はそれを求めて日々精進した。しかし、若い自分自身にたやすくそうしたものが手に入るとは思えなかった。彼はやむを得ず、近くのゴルフ場でアルバイトをしていた。そこは家から数キロのところにある国立公園内につくられたゴルフコースを管理している由緒或るゴルフ場であった。彼はスポーツが好きであったし、徹底した時間管理の下、通勤時間に多くを費やすことをよしとしなかったからだ。
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小説「自由への道」 4

人間には天意が働くものである。そしてそれは人の悩めるときに天啓のようなかたちで示される。彼は悩み、迷っていた。人生とは何か。これからの人生をどのように歩んでいけばいいのであろうか。これは青年特有の悩みではあったが、彼はずいぶん長くそれを引きずって、深くはまり込んでいってしまっていた。最初、彼は現実逃避として読書する習慣を持ったのだった。鬱屈した気持ちから、太宰治の著作をぼんやりと読むことが多かった。だが、それは自らを慰め肯定する以外なんの効果も与えず、暗い洞窟の中におけるろうそくのともし火の如くその暗黒を認識し、またもとの状態へと目の中に残光を残したまま戻っていくようであった。多くの人が自分の現実に執着して、そこに根を張って退屈や疑問を忘れ、紛らわすことにしか苦心しない。宗教が「求めよ」というのは人間がその概念を持たぬ限り進歩しないからである。彼は「自分はよき人でありたい」という強烈な切望を自ら欲した。だが、その方法が一向見つかりそうになかったのである。

「たしかに俺は学校の成績でいえば優秀だったかもしれない。だがそれがなんだというのだ。公式を覚えて定石を踏むだけの数学と物理、性質を暗記し、規則どおりに進める化学、単語と文法を身につけて、例文に置き換える英語、古文。背景と流れを押さえ、あらゆる名称を記憶する地理、歴史、倫理。これらはすべて皮相でしかない。俺は何も知らない。独創を学んでいなければ、真理を究める術すら与えられていないではないか。「〔吾輩は猫である〕を書いたのは?」「夏目漱石。」「正解。」これが学問か。こんなものは悪戯に過ぎぬ。せめて俺が今までに学校教育に費やした時間を意味あるものにするために、そうした薄っぺらな知識の一つひとつに意味と色をつけていかなければならない。」こうした思いにいたったことこそが天意であった。彼は人生の退屈に眠気を背負って闘った。それは思考力を現ぜしめた。だが、天意はそれを打ち砕き、彼の心底にこうした疑問と決意を湧かせたのであった。

彼は意を決して読書した。それまでの既成行路とも言うべき人生のあり方に一石を投じたのだった。それまでの読書は学校教育における科目、国語の文章読解の得点を計る材料でしかなかった。作者が個人的な言いたいこと文字に表しているのだから、その意図をどれだけ掴めるかが問われるべきことで、点数が計られない状況でそれを読む動機が見当たらなかった。まじめになって読んだ〔吾輩は猫である〕に描かれていたものは辛らつかつ滑稽味を帯びた社会風刺と、人間の生き様で、それは鮮やかに描かれ、真理への探求と考察が息づいていた。彼は驚駭した。自分の今まで見てきた世界の認識がどれだけ甘かったか、駆使するべきなにかを朽ちすがままにしておいたか。それから彼は今までの浪費を取り戻すかのように読書に没頭した。必ず関連のある書物を選って読んだ。夏目漱石の次は同時代に活躍した森鴎外、続いて鴎外が訳したドイツ文学…など芋づる式にその量を着実に増やしていった。彼はある作家はせめてその二作品でもって判断するべきだとの持論で、少なくとも二つの代表作を読むことにしていた―その中で気に入った作家は三、四冊と増えていくわけであったが。彼は文学史上の傑作と呼ばれる諸作品の大体をわずか短期間のうちに―といっても数年に渡る大事業であった―読了したのだった。
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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