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修学旅行のリベンジ 『清水寺』


僕には『清水寺』についてのある思い出がある。

それは小学校の修学旅行で『京都・奈良』へ行ったときのことだ。

1日目は奈良で『東大寺』や『東福寺』、『法隆寺』を参拝し、2日目が京都市内観光であった。

『二条城』を学年全体で拝観した後、各班それぞれにあらかじめ立てた計画に沿っての自由行動であった。

僕たちは『金閣寺』と『清水寺』を拝観することにしていた。

小学生だったので金ピカに輝く『金閣寺』がとても興味を引き、それと定番中の定番の『清水寺』を選んだのであった。

僕だけではなく班員全員がそういった気持を抱いていたに違いない。

池上に浮ぶかに見えるせり出した豪華絢爛な『鹿苑寺』の舎利殿に歴史的建造物の価値の何たるかを初めて発見した思いがしたことを覚えている。

それから昼食を済ませ、『清水寺』に向かい、計画通りに進んだかに見えたが、『清水寺』を拝観する時間がほとんど残っていなかった。

清水の舞台も、音羽の瀧の清水杓に酌むことすら叶わなかったのは、少年時代の僕にとってそれは大きな落胆であった。

そしてこの旅でその清水の舞台に立つリベンジを10年越しに果すこととなったのだ。

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京都を車で観光するのならば、不便さと混雑は覚悟しなければならない。

特に京都市内でも屈指の名所である『清水寺』周辺は道も狭く、観光客に溢れており土地勘と交通量に慣れていないと混乱と苛立ちが生ずるの必至だ。

たしかに移動の自由度はあるのだが、寺めぐりをしたりする場合、駐車料金が馬鹿にならない。

苦労して、清水寺への参道のふもとにある大型バスも停められる1日貸し駐車場へたどり着いた。

参道となっている清水寺までの坂道の両側には多くのみやげ物店が軒を連ね、観光客でたえずにぎわっている。

風流よりも縁日風情が味わえ、古くより参詣道として使われていて、幾分か当時の面影を残している。

赤く壮麗な『仁王門』をくぐり、境内へと歩を進めていく。

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ほかの社寺と違ってやや厳粛さに欠けるなぁと思いながら、本堂へと向かう、案外距離があるのだがそんなこと気にならない。

本堂に足を踏み入れれば、その雰囲気は一変、ヒノキを敷き詰めた床が『桧舞台』であり、ときどき流れる風が心地よく、陰った本堂は森として厳かであった。

大きな東日本大震災を追悼する札?のようなものもあり、さすが日本を代表する一等の社寺だと感動したものだ。

粛々と礼拝をし、崖上に組み上げられた日光注ぐ、桧舞台に立つと京都の町が一望できた。

回り込むように作られている境内をいけば、反対の山の斜面からその『桧舞台』の全貌を知ることができ、清水の舞台からはとてもじゃないが飛び降りられないと、『清水の舞台から飛び降りる気持』という表現の実感を持つことができた。


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人間はなんらかの主義の立場にたって生きなければならない


『万物をつくる者の手をはなれるときすべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる』

ジャン・ジャック・ルソー著『エミール』の冒頭を飾る言葉である。

何度も心の中と脳内をめぐらせ、問いかけ、味わいたい名文である。

自然礼讃、人為排斥の哲学を簡潔に象徴し、またそれを力強く主張している。

こうして読者は読み始めてからすぐ、自然礼讃をなんの抵抗もなく受け入れ、この『エミール』を読みすすめる上での思考の基軸を無意識に形成してしまう。

現代の教育にルソーは大きな影響を及ぼしたといわれているが、僕はその教育の影響を受けて育てられた人間であるからよりいっそうこの言葉には抵抗を感じなかったし、むしろ首肯を禁じえないほどに得心した。

その自分の思想でない思想がすこしの拒絶反応もなく受け入れられた異常な事態によって、ある大なる発見をすることとなった。

『人間はなんらかの主義の立場にたって生きなければならない』

『エミール』からルソーの思想を考えたときに根拠の有無に限らず、そこに『自然こそ正しい』という根本原理が存在していることがわかる。

では、果たして弱肉強食、肉によって肉を養うことを課す自然は正しいのだろうか?

そんな疑問を持ってしかるべきである。

極端な懐疑の立場だが、それによって異なる根本原理が生み出されることにもなろう。

しかし、ただペダンチックに懐疑派を自任して、悩むこと、理論をこねくり回すことに身をやつすのは卑しむべきことである。

青年が陥りがちな懐疑の堂々巡りは、その時期のある一経験としては必要かもしれないが、はまり込んでしまうのは避けたい。

なんらかの主義をもつため、発見するための懐疑でなくてはならないし、ひとまず既成の立場をとってみることは害にはならないだろう。

そうした自分の主義、立場にたつことで人は行動規範をもつことができ、正しき道を歩む準備ができるのだとおもう。

これは考えてみればとてつもなく恐ろしいことであり、またすばらしい結果をうむ可能性も秘めている。

『どんな主義をとるにしても、他の人を傷つけること、豊かな自然を損なうことにつながる主義を僕は認めない』
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驚きの年中同一料金、『四季リゾーツ 京都加茂川荘』

京都を旅するときに重要な要素であり、また隘路ともなりうるのが宿選びである。

いわずと知れた日本でも有数の観光地であり、市内は特に歴史的建造物など見所が豊富である。

その上都市機能にも優れ、京都駅周辺は近代的な容貌を呈し、第二の都といったら大げさだろうか。

そんな京都であるから宿泊施設にも恵まれ、大型ホテルや老舗旅館など、ハイグレードな宿も多い。

この老舗旅館と聞くと、どうしても僕なんかは温泉宿を想像してしまうのだが、なんでもある京都ではあるが、惜しいことに有名温泉地は存在しない。

京都は南北に広い土地を持つので、名泉があってもおかしくないのにと思うのは僕だけだろうか?

そういうわけで宿を選ぶときの重大要素の一つが消えてしまうので、宿選びの際の価値基準を拵えなければならない。

では、京都の特徴といえば何かと言えば、前述のとおりモダン&クラシックなので、そうしたコンセプトの元に宿を選ぼうと思うのだが、この二つのキーワードは取りも直さずハイグレードな宿の条件であるのだ。

それらのハイクラスの宿はもっと品格と身分が立派になってからお願いすることにして、さていくらか庶民的で高級感も兼ね備えた宿がないものかしらんと宿探しに奮闘していたところ、偶然見つけたのが、以前『カンブリア宮殿』で紹介されたhttp://youtu.be/Xcchjp2iHoU

『四季リゾーツ』が提供する『京都 加茂川荘』

untitled8.jpg(HPより)

この『四季リゾーツ』は東大卒、そして三菱地所入社という超エリートの山中直樹さんがつくった会社である。

もともと社内ベンチャー事業で設立されたのだが、その設立を考え、プレゼンの末に実現を果したのが山中さんなのだ。

1年中1泊朝食付きで5,250円の同一料金という驚きのコンセプトで運営され、今人気を博しているのだ。

その低価格の秘密は、

徹底的なコスト削減によるものだ。

まず、その宿泊施設の建物自体はほかの企業の保養所を経営受託あるいは賃借したものである。

そして、人件費の削減のために、料理人、仲居さん、女将さんというような人員を確保するのではなく、料理人兼フロント業務という兼業可能な人材を扱っているのだそうだ。

部屋には旅館にありがちな骨董品をはじめとした調度品や装飾は施されておらず、シンプルな室内になっている。

椅子や障子など空間造りに最低限必要なもの以外おいていない。

また、アメニティ類も基本は準備されておらず、希望されれば提供するというスタイルでそういったある意味の無駄を省いている。

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その一方で、こうした中庭などの豪華さもありほどよいバランスとなってお客を喜ばせることだろう。

もちろんそういった贅を尽くされることが旅の醍醐味であるという考えもあるだろうが、こうしたビジネスタイプを実現したような宿泊施設もおもしろいと利用してみて思った。

家族にやさしい宿といえるかもしれない。

子供連れには大変うれしいだろうし、なによりその低価格、しかもシーズンでも同一料金というのは魅力である。

またこの山中社長の自らがトイレ掃除などを積極的に行う姿はすごいなあと頭が下がる思いがしたし、家族に対するサービスを最優先に考えているところは経営者として優れているんだろうと勉強になった。

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言葉を扱うものは美しく、力のある、正義の言葉を口にする義務がある

『わたしは他人の考えを書いているのではない。

自分の考えを書いているのだ。

わたしはほかの人と同じようなものの見方をしない。

すでに久しいまえからわたしはそれを非難されている。

しかし、ほかの人の目を自分にあたえたり、ほかの人の考えを借りたりすることがわたしにできるだろうか。

それはできない。

うぬぼれないようにすること、自分ひとりが世間のだれよりも賢明な人間だとは考えないこと、それはわたしにもできる。

自分の考えを変えることではなく、それに疑いをもつことはできる。

それだけがわたしにできることだし、わたしがしていることでもある。

たとえときにわたしが断定的な調子で語るとしても、それは読者に押しつけるためではない。

自分で考えたとおりに語るためだ。

自分がすこしも疑っていないことを、どうして疑問の形で述べることができよう。

わたしは頭のなかで考えたことをそのまま正確に語るのだ』     『エミール』ルソー著より


僕がここに書き記すことは決して受け売りではない。

自分の考えを文才と知性を欠いているがために上手く適切に表わすことができないので、偉人たちによって正しく簡潔に言い表せているところを限定的に引用し、その助けを借りて何とか自分の考えを述べているつもりだ。

だから彼らの言葉については前後の脈絡の配慮を欠いているといえるかもしれないが、それはそのような理由からだ。

僕はできる限り、いわゆる常識というものを疑い、一度自分自身で考察して、その正当性を確かめてからでなければ行動の規範としなかった。

そんなことを続けていくと、自然に周りの人との歩調が合わなくなっていき、僕は社会的な歩みの遅さについて苦言をされるようになった。

今の世の中ではこの『遅い』ということがどうしても嫌がられ、否定的な印象を与えてしまう。

これはこれですこし不思議な現象であるような気がする。

何でも蚊でも速くて、大きくて、高いものがいいというような価値観が存在しているが、すべてに当てはめるのは間違いであるし、それらが当てはまるのはむしろ一部分であるのかもしれない。

この『遅い』にしてもそうだが、『小さくなる』からこそ見えてくるものがあるのも確かであるし、こうした細かな動きというのは顧みられることが少ないからこそ重要な視点を含んでいる可能性も大きいのではなかろうか。

一般的な見方、常識、そうしたものはあえて考える必要も、正視する必要もないのかもしれないが、それらの周りにある、アウトロー的な、阻害された部分、都合のいいように扱われている部分をそれが正当な扱いを受けているのかどうか調べて確かめてみる必要があるだろう。

こうした見方は人生を生きにくくし、苦労や誤解、挫折を招くことになるだろうが、世界を少しずつ変えていくにはそうした地道な雄々しい姿勢が必要である。

そうだ、僕は自分自身のこの目で確かめ、見えたものしか納得し自信を持つことはできない。

誰かの視点を手に入れることも、その見える景色を正しい世界だと確信することも不可能だ。

常に自分の見方に偏った独りよがりなところがないか、正しい自然、美しい自然を見ることでそれを正すことはできる。

芸術や偉大な書物に触れることで誤った認識を是正することはできる。

そして、こうして言葉を綴るということはそれなりの自負と自信、裏づけがなくてはできないことであるし、またたやすく口は開くものではない。

言葉を発するからにはその言葉に力を含ませることをしなければ、容易に言葉は悪性をもち、重力を受けて地面に落ち、その大地を腐らせる。

言葉を扱うものは美しく、力のある、正義の言葉を口にする義務がある。
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苔むす庭園と草庵 『祇王寺』


『トロッコ列車 保津峡の旅』を終え、出発した駅に戻ってくると路上に人力車を控えた若い車夫が陽気に観光客に声を掛けていた。

「人力車乗りたい」

Aは期待を込めて僕の瞳をのぞいてそうつぶやいた。

僕は人力車に毫も魅力を感じなかったが、嫌なわけではなかったのでもちろんといわんばかりに朗らかな表情で「乗ろう」と賛成した。

Aは、女性なら誰でも舞妓や人力車にあこがれるのであろうか、人力車を見ると乗りたくなるようで、以前友人と乗ったことがあるらしく、そのときは一区間のもっとも短いコースで物足りなかったから今回は長い距離がいいと60分のコースを希望した。

人力車の相場を知らなかった僕は料金をみて、少なからず驚き、気の進まない気持が頭をもたげそうであった。

2人15,000円。

予想外の高額に一瞬表情に焦りを禁じえなかったがせっかくの旅だけちけちするな!と開き直った。

車夫はおかしなくらいに陽気で、いまだに名前を覚えている「柿山さん、カッキー」

1時間、車を引くのでその足腰はなかなかたくましく、露になっている肌は赤茶けていた。

トロッコ嵐山駅に始まり、源氏物語で知られる『野宮神社(ののみやじんじゃ)』、CMなどでよくみる『二尊院』の前でそれぞれ記念撮影とカッキーによる観光案内を楽しんだ。

時間の関係で拝観できなかったのはとても残念だったが、また京都で行ってみたいと思えるところが増えたのでよかった。

次の『祇王寺』はカッキーおすすめということもあり、拝観することができた。

入口の門構えが凋落していていかにも尼寺というたたずまいで紹介されなければ行ってみようという気を起さなかったかもしれないほどだ。

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苔むす庭園、その微妙な地質を保つことに一役買っている種々の木々が葉を茂らせ豊かな緑で覆っている。

また、この『祇王寺』には悲恋の物語が伝わっている。

平家物語に登場する『祇王』は美しい踊り子でした。

あるときその評判が当時の権力者『平清盛』の耳にも届き、招かれ、それ以後寵愛を受ける身となりました。

しばらくして、平清盛の前に美しい女性が現れると祇王は追い出されることとなります。

それから屈辱的な出来事が祇王を襲いました。

なんと二人の前で舞を踊らされたのです。

祇王はその屈辱で尼になる決心をし、この『祇王寺』で余生を過ごしたということです。

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また見所として『虹の窓』ともよばれる『吉野窓』という丸窓が本堂に設えられている。

光の具合によって格子と障子が絶妙な働きをなしてそれ越しにみる日光が虹色に見えるというものだ。

つくりは至って簡素で、茅葺屋根と土壁の庵内は風雨によく耐えられるなと思うほど。

嵯峨野の旅は視界のどこかに小倉山控えていて、一体が借景の妙を具現しているようだった。

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『内発的発展』を押しすすめる


以前、社会生活における『義務でない』部分を有効に利用することで生活の質を向上させる必要があるという記事を書いた。

その『義務でない』部分はどのような形態、性質を持っているかを調べ、対処法を考える。

本国では中学校までは義務教育であるので、大体のところ『義務でない』部分はそれ以後の教育機関での学生生活や、勤労として自分の扱う職業の選択というところであろう。

その時期というのはいわゆる自立していない、親などによる保護の下にいる状態であり、社会制度の保護の下にあるといっていい。

その影響もあり、僕たちというのは『内発的発展』と『外発的発展』を余儀なくされ成長していく。

つまり自らが進みたい、歩みたい人生の道筋と時代背景やその要求、親や周囲の希望によって導かれる道筋である。

現代の僕たちが不幸なのはその成長を外発的成長に負うところが多いからだ。

それは形ばかりの封建主義と国家主義の名残が半端に存在しているところから来るのだろう。

社会のためと将来のためを混同し、自由とわがまま、希望と気休めをない交ぜにする世間の人たち。

『内発的発展』に喜びを感じることを行動で示している当人が『外発的発展』を要求する矛盾。

教育のための教育、成績のための学習、金のための労働・・・外的要求に唯々諾々と従うのはうんざりだ。

一等に幸福を、二等に生命を、三等に自由を。

持っているものは分けよ。

そこに幸福は見出されよう。

僕たちは今、何を求めている?

合理的発展?利便性?時空の短縮?物質的豊かさ?

たしかに豊かになった、一等国となった、人々の生活は一変した・・・

日々の苦しみから解き放たれ、自由を手に入れ、思い悩むということを忘れた・・・?

現在でも貧しさがあり、悩みがあり、苦しみがある。

それはあたかも、水を運ばなければいけない人がザルから手桶に道具を変えたものの、かえって往復の回数は少なくなったものの、重みを増し、ごまかしもきかなくなってしまって苦しんでいる姿に似ている。

『内発的発展』をなんの障害もなく押していけることが自由であり、それで他人や社会、世界が好転していくことが幸福であると思う。

その障害を取り除けようと尽力することは決して無駄ではなく、後世への功績ともなろう。

勇気と希望を持って『内発的発展』を押しすすめ、勝ち取り、祝杯をあげたい。
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嵯峨野 『竹林』と『トロッコ列車』


『天龍寺』の『曹源池庭園』から百花苑へ抜け、北門をくぐると嵯峨野の観光名所である『竹林の道』へとつながる。

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ひっそりとした小路、柴垣越しにすっと天に伸びる多くの竹が一体を厳かにしている。

さらさらと葉ずれの音とゆらめく木漏れ陽が五感に心地よく、うっとりとしてしまう。

『竹のように生きたい』と言えば誰もが色々な解釈で納得せざるをえないのではなかろうか?

まっすぐに天まで一心に伸びようとし、力強くかつしなやかに、自分の近くに仲間をつくり、寄り添いあい、いつまでも青く、若々しく、声荒げることなくささやく如く。

大地を暖める日差しをさえぎることはしない。

自ずと自分のありたい姿の反映をそこに見出すことができるだろう。

竹林を進んでいくとトロッコ列車の駅がある。

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こんなかわいいおもちゃのような列車だ。

窓ガラスが取り払われた車両があり、開放的まさにトロッコ列車。

桂川流れる保津峡に沿ってのんびりと走り、まず線路向かいの崖上に隠れ家風情の旅館が見えてくる。

川のせせらぎと蝉時雨、涼風が肩をそっとなでる。

眼下には保津川下りの船が奇岩、浅瀬をかわし、ゆらゆらと流れいくのが見える。

こちらに手をふる観光客がいくらかあった。

保津峡を貫いて亀岡に着き、また引き返す。

まったくの道楽だが、亀岡に用がないから仕方がない。

桜花咲き誇る春や紅葉の時期に来ても格別の趣を見せるであろう。

いつかまたトロッコ列車で峡谷を抜け、そのときはその変化に富んだ清流を川下りしたい。
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「映画」と「原作小説」の相互関係 映画『レ・ミゼラブル』より

映画『レ・ミゼラブル』を見るべきか見ざるべきか、僕は迷惑していた。

小説を愛する者ならば誰もが問わずにはいられないテーマ、「映画」と「その原作の小説」の解釈と相互関係についてである。

もちろんこの映画の原作はヴィクトル・ユーゴーの同題小説であり、僕はその作品に大きな感銘と感動を受けた。

それゆえに僕の脳内イメージには自分なりの『レ・ミゼラブル』の世界観、人物像が形作られていた。

それが「映画」を見ることによって歪められてしまわないか、印象が薄れてしまうのではないか、そんな恐れを抱いていたのだ。

結果を言ってしまえば、僕は映画『レ・ミゼラブル』を見に行った。

そして、感動のあまり終盤には涙をおさえることができなかった。

なぜ、どういったわけで見に行こうと思ったのか?

それはこの映画『レ・ミゼラブル』がミュージカル版を基調としていること、映画のもっとも優れている点と僕自身考えている、映像と音楽の劇的な効果、特に『レ・ミゼラブル』中で流れる『I Dreamed a dream』は僕が好きな楽曲の一つで、それを期待していたからだ。

これらは見事な結実を見せていた。

さて内容についての感想に移るが、原作を読んでから少し時間が経っていたので、苦慮していたような脳内イメージと映像の相克は起こらず、それどころか以前の記憶を蘇らせることに一役買ってくれ、以前の印象を鮮やかに革命などの知る由もない場面の雰囲気や歴史的背景を脚色してくれた。

この物語は一本のパンを盗んだために徒刑囚となった男が苦悩や葛藤と戦いながら、正しき人として生きようとし、その末、聖人として生涯を終えるというものだ。

あまりに壮大で偉大で、筆舌に尽くしがたい傑作で何を語ればよいか判断がつかないので、今回の映画を見ることで新たな発見であったことを書いてみようと思う。

原作を知らない者にとって作品中もっとも衝撃的な出来事は「ジャヴェール」の自殺であろう。

なぜ彼はジャン・ヴァルジャンを救った末に自殺へと向かわなければならなかったのだろうか?

彼は法律を自らの絶対規律とし、まさに法の番人であった。

法に背くものを悪とし、法を信奉することこそが生きる指標であり、支えであったのだが、ヴァルジャンの正しき行いに直面し、そして自らの信奉する法が、結果的に屈してしまったことを自らの行動によって実感することになる。

彼はそのとき、良心の正しき行い(善)が法に勝るという声を聞いた。

一方、彼の理性、頭脳は法を遵守するより他に生きていくための希望をゆだねるものを知らなかった。

それゆえに神を信じること、そうした善に生きることができなかった。

同時に法を今まで通り信じて生きていくことも不可能であった。

良心の声というのは常にささやき、次第に大きくなっていく。

そして彼に残されたものは絶望のみであった。

キェルケゴールの『死に至る病』のようなものかもしれない。

人生という深淵を照らす信仰を失った彼は闇に葬られざるを得なかったのだ。

この一場面に込められたメッセージを僕はこのように受け取ったのだが、やや大仰だろうか?


そして最後に、終盤の革命のシーンで、僕は少し前まで学生の身であり、革命や抵抗、理想の追求を望み、若き情熱をもつ権利があったことを思い出さずにはいられず、彼らのひたむきな姿、友との信頼に胸を熱くせずにはいられなかった。



戦う者の歌が聴こえるか? 

鼓動があのドラムと 響き合えば 新たに熱い 生命がはじまる

明日が来たとき そうさ明日が!

列にはいれよ 我らの味方に 砦の向こうに 世界がある
 
戦え それが自由への道

戦う者の歌が聴こえるか?

鼓動があのドラムと 響き合えば 新たに熱い 生命がはじまる

明日が来たとき そうさ明日が!

悔いはしないな たとえ倒れても 流す血潮が 潤す祖国を

屍超えて 拓け明日のフランス 

戦う者の歌が聴こえるか? 

動があのドラムと 響き合えば 新たに熱い 生命がはじまる

明日が来たとき そうさ明日が!

歌は心の慰みともなるが、時には人びとの心を一つにし、気持を鼓舞し、勇気を与える。

そのシーンは『Do you hear the people singing? 民衆の歌』によって一体感とその感動を至高のものにしていた。
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『渡月橋』と『天龍寺』 完ぺきな調和と均整

『嵐山』のシンボルとなっている『渡月橋』

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「隈なき月の渡るに似る」(かげりのない月が橋の上を渡っているようだ)

という亀山天皇の言葉に由来するという。

橋向こうに見える『嵐山』はこんもりと緑生い茂り、人の手ならぬ精巧なちぎり絵のように、立体的で日の当りかたや種類によって緑の密な集合体は絶妙な階調を織り成している。

四季折々に美しき観を呈し、古くから歌枕として愛されたという。

また生活を支える道路としての架橋であり、橋上を自動車が行き交う様子は文明と道楽の境界を思わせる。

実際に車で通ったが、行方にあるにぎわいを見せる観光地に意識を奪われ、平面で直線的で視界も開けることなく橋なのに一般道と高低差がない、しかも川のすぐ上に橋が渡されている。

桂川にかかるこの『渡月橋』だが、この川は幅広で、とても穏やかな京都に相応しい上品な流れである。

直線的で嵐山と絶妙に一幅をなし、また繊細な構造で橋桁が実現できるのもそのためだ。

まるみのあり立体的な嵐山と直線と奥行き、視線の下部に意識を残させる渡月橋はすばらしい一景である。

そして、山というものは区切られると美しく見えるという秘密がある。

山並みももちろん美しいのだが、なにか物理的に区切られることで存在が際立ち、眉にせまる思いがする。

橋からやや上流には船頭を乗せた川下りの船が並んでいた。

『渡月橋』を渡り終えると観光客の行き交う活気のある通りに面して門のある『天龍寺』がある。

禅寺として格式もあり、また壮大な規模を誇るが、歴史探訪に来たのではないので、そのあたりはまたの機会ということで、京都に数ある名高い庭園の中でも一際存在感を見せるのはこの『曹源池庭園』

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回遊式庭園であるが、明らかな意図と無作為の作為の絶妙なバランス。

借景の作法が完ぺきで一体の調和、均整が非の打ち所がない。

夏は緑一色に彩られるが、見方によっては水墨画の如き印象を与えないだろうか。

しかも普通、庭園といえば美観スポットとも言うべき、特に優れた景観を限定的にもっているものだが、この庭園はどこを切り取ってもすばらしい景観をそなえている。

細かな意匠を施すことで、繊細で華麗に見せることは力の及ぶところだが、これほどの規模で実現されていることにただただ驚嘆するばかりであった。
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社会に端を発した発展は『豊かさ』から離れる


生活の質を向上させるためにはどうしたらよいか?

今日はそんなことを考えてみる。

まず第一に生活はどんな部分に区分することができるのかを判然とさせなければならない。

なぜなら生活のある部分では多様性、自由度は高いが、また他のある部分ではどうにも変更、改良の余地なしということもあるだろうからである。

そんなどうしようもない部分にかかずらって、労力や時間を費やすのはそれこそ生活の質の低下、避けなければならない。

生活はそれぞれの社会の上に立脚するものであって、つまり生活は社会という土台を必要とするように、社会からもある一定の要求がある。

それを『義務』と読んで差し支えないように思う。

だからまず生活を社会からの『義務』の及ぶところと、及ばないところの二つに分けられるかと思う。

そしてこの『義務』が最初にあげた、個人の及ぶところでない自由度のきわめて低い部分というわけだ。

この『義務』をなんとか改良しよう、変更しようとしても即席になしうることではない。

もちろんこうした土台を改めることなくして大きな進歩や発展は望めないわけで、大きな時間と労力、知恵を注いで堅固な土台を築き、燦然たる楼閣を完成せしめることが人類という集合体の向かうべき方向だろうが、僕はあくまで一個人としての最善と幸福を求めるので現段階では『義務』は甘受するという立場をとる。

この考えは一見すると、利己的でわがままだと非難されそうだが―現にある友人は世界平和、友愛からは対極にある考えだとして、弁解を求めた―個人を幸福にし、その個人と接触ある人びとを幸福にすることが僕たち一人ひとりが実践しうる世界に対する貢献ではないかと思うからである。

今、『義務』と『義務でない』というように生活を二分したわけだが、数学的論考をすれば、「でない」を示すのではなく、その逆を示すのが定石なのでそれにしたがう。

『義務』は現代社会においてはとても解かりやすく把握できる。

『国民の三大義務』としてすでに掲げられている―『納税・勤労・ 教育』である。

なんとシンプルな社会だろう、この三つを満たせば社会に立脚し堂々と生活できるというわけだ。

また、この三要素の向上こそが社会の発展といえるのかもしれない。

優れた教育は、豊かな働きを生み、豊かな働きは税金として富み栄えた国をつくるだろう。

だがこの三つの義務、微妙にその性質に違いがあり、それも細かく見る必要がある。

教育を受ける義務は不思議な感じがするのだが、受動的行動にも関わらず義務としているので、前提としたなにものも存在していないので自ら働きかけることはないと考えていい。

次に納税、これは明らかに前提として仕事=勤労をもっている。

そしてこの仕事こそ能動的行動であり、個人自らの働きかけによるところのものであり、逆に考えれば権利という概念も生れる。

ここにこそ、僕たちの日々の戦いの舞台がある!

僕たちにとってどうすることもできない生活の部分『義務』に対して『労働』という働きかけをしなければならない。

その働きかけの変遷こそが文明であり、発展である。

ただしこの文明、発展は社会に端を発したものであるから、おのずから地球や自然、人間からは離れた、時にはそれらにとって負でしかないものになる。

そこで、『義務でない』、改良し変化させることができる部分を自然、地球、人間を豊かにするために使わなければならないし、そうしなければ生活の質は下がる一方、もっといえば、『義務』の部分よりも『義務でない』部分を進歩・発展させなければ生活の質の向上は実現できないのだ。
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鈴虫寺と願いを叶えるお地蔵さん

デートの定番といえば『京都!』という人は少なくないと思う。

僕もその一人なので、夏真っ盛り、毎日うだるような暑さであったそんなある日、京都に行こうとAを誘った。

彼女は喜んで京都旅行に賛成し、こんな要望を伝えた。

「鈴虫寺のお地蔵さんのおかげで仕事が決まったから、お礼と御守りを返しに行きたいなぁ」

もちろん、この希望を最優先にし、計画を立てた。

僕は鈴虫寺どころか、嵐山・嵯峨野エリアに行ったことがなかったので大賛成だったのだ。

鈴虫寺を参詣した後、嵐山・嵯峨野を散策すれば最高の京都観光だ。

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寺門まで続く石段が印象的で、木漏れ日とさわやかな風による穏やかな空気に包まれている。

休日や夏休みなどにはこの石段に観光客の行列ができるようだ。

この石段を上りきったところに『鈴虫寺』のやや控えめだが古を伝える門があり、その門前に『わらじをお履きになったお地蔵さん』がいらっしゃる。

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日本で唯一わらじをお履きになったお地蔵さんで、歩いて願いをかなえにきてくださるためにそれをお履きになっているという。

一つだけ願いをかなえて下さるので、お願いをするときは必ず一つだけ、そして家まで歩いてきてくださるので住所と名前をしっかりと告げることを忘れないようにしなければならない。

堂内でその御守りをいただけるので、参詣を済ませてから、お願いをする。

鈴虫寺は『わらじのお地蔵様』、その名の由来になっている年中鳴き声響かせる『鈴虫』が見所ではあるけれども、僧侶による説法と茶菓子のもてなしは日常を忘れさせてくれるひと時を演出し、境内につくられた視覚的に巧みにつくられた庭園もすばらしく、見逃してはいけない。



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少年時代の不勉強


『父も教師もふたりとも、セリョージャの勉強ぶりに不満であった。

いや、実際、少年はとても不勉強であった。

しかし、この少年をできない子供ということは、まったく不当であった。

それどころか、教師がセリョージャに模範とさせようとした子供たちよりも、はるかに素質があった。

父には、むすこが自分の教えることを覚えようとしないようにみえた。

実際、少年にとっては、そんな勉強などすることはできなかった。

少年の心の中には、父や教師の教えようとする課題よりも、もっと必然的な課題があった。

これらの課題が互いに矛盾するために、少年は直接、自分の教育者たちと戦っているのであった』     『アンナ・カレーニナ』トルストイ著より


僕の幼少時代を思い出させるような、そんなワンシーンであった。

小学校、中学校、高校、大学と幼少期に限らず、僕は不勉強といってよかった。

小学校のとき、明日漢字のテストをやるので覚えるまでプリントに漢字を書いて提出しなさい。

という宿題が出たことがあった。

そのプリントにはいくつものマスがあり、その最上部に覚えるべき漢字が冠せられているといったものであった。

翌日、僕は何も提出せずにいると先生は怪訝な顔をして僕にたずねた。

「宿題はやってこなかったの?」

僕は平気な顔をしてこう答えた。

「覚えるまで書いてきなさいということだったから、もう全部漢字は授業中に覚えてしまったから書いてきませんでした」

先生はプリントだけでも出しなさいといったので、名前だけしか書かれていないプリントを提出した。

テストを受けると、やっぱりどの問題も簡単で悩むことなく答案を仕上げることができた。

100点だった。

僕にとってはあまり特別なことではなかったから机の中に適当に折って押し込んだ。

小学校はこんな感じでテストに対して何も思いをもたなかった。

順位が出ないので、点数の価値もわからなかったからかもしれない。

そんな点数よりも、部活で活躍することや、マラソンを速く走れるようになることのほうが重要で、そのために日々努力と関心を注いだ。

考えてみれば、小学校のときは両親も先生もそれほど熱心ではなかった。

田舎の小学校だったからだろう。

ある先生は私立の中学校に進学することを強く勧めたようだが、母はそうした考えを持っていなかったし、私立とか学問的教育にはまったく無頓着だったので受け流していただけだったようだ。

中学校になって、学内順位が出るようになり、プライドの高かった僕は上位でなければ気がすまなかったのでやや緊張をしてテストに望むようになったが、テスト勉強は味気ないし、意味もわからなかったので宿題を真面目に提出するだけだった。

母は90点に届かないテストがあると不満げであって、なんか悪いことをしたような気持になった。

勉強や学問に無頓着な母は結果しか見なかった。

90点なければ怠惰で理解力に乏しい頭脳の証拠だといわんばかりだった。

そんな母の教育のおかげで僕は自然と向上心と完ぺき主義を養っていった。

90点以下だと自分の無能さを責めるようになった。

偏差値もわからぬまま受験が近づいたので塾へ行き、仲のよかった友だちと一緒に行っていたのだが、クラスが違うのでおもしろくはなかった。

でもみんなが悩んでいる難しい問題を解くのは気持がよかった。そう、最上級クラスに僕は入れられたのだった。

進路を決めるときも母は受験や進学校、大学というものがよくわかっていなかったので、塾任せにした結果、最難関の公立高校を志望することとなった。

僕はできることならば部活を一生懸命にやっていたので、それで高校に行きたいという気持もあったが、将来のためには進学校のほうがよいということだったので、僕はなにもわからずにそれにしたがった。

部活も引退して、そのときに関心を向けたのは音楽、バンド活動であった。

常に、勉強よりも他の課題を見つけては取り組んでいたように思う。
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『松本城』やその周辺 白骨温泉旅 2

硫黄泉の効能をなによりはっきり示していたのは、錆びついたネックレスであった。

硫黄泉の温泉というのは知っていたから、もちろんネックレスをはずして入浴した。

にもかかわらず、見事に硫化鉄よろしく黒錆になってしまっていた。

渇ききらぬ内にネックレスを付けてしまったので首元に付着していた硫黄成分と反応してしまったのだろう。

それほどに硫黄を含んでおり、また体内外に温泉成分が残っているという証明でもあったのですばらしい温泉であることには間違いない。

また、もう一つその効果を実証する出来事があった。

それは、チェックアウト時に僕がしてしまった忘れ物だ。

部屋を片付け、準備を整え、フロントで会計を済まし、さて旅館を後にしようと玄関で靴を履いた、ちょうどそのときに従業員の方が、

「忘れ物がございました」

と手に持っていたのは僕のジージャンであった。

夏ではあったが、標高の高い乗鞍高原なので準備よく上着を持参したのだ。

硫黄泉効果によって朝食後の入浴による発汗と体温の上昇がまだ続いており、つい上着を忘れてしまったのだ。

すると、従業員の方は僕にその忘れ物のジャケットを渡しながら、

「当温泉は大変湯冷めしにくく、からだがポカポカになりますのでしょうか、そうした上着のお忘れ物が多くございます」

とフォローとも泉質自慢とも取れる言葉をかけてくださった。

そういえば、そのチェックアウト直前に温泉宿の定番湯上り卓球を楽しむことができたのもよかった。

1階に卓球場兼ゲストルームに使える部屋があり、日差しが木の床を照らし心地いい運動ができるようになっているのだ。

来たとおりに、つり橋を渡って帰るとき、夢の島から遠ざかるような、さびしい、そんな気持がした。

高山ドライブを楽しんだのち、松本市内を観光することにした。

松本は長野の中心部、ハブ的役割を果しており、便利である。

それゆえに、観光などではあまり顧みられない地域ではあるが、『松本城』を代表的な建造物とし、観光地としてはとても魅力があるように思う。

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現存12天守の唯一の平城で、国宝に指定されている。

都市にある平城はなんとも違和感ありありの存在感を示していて好きだ。

またこの松本城は四つの天守が連結した五重のお城で天にそびえ、峻厳として格好がいい。

華美な装飾一切なしの完全敵対型、実用性に富んだまさに時代を繁栄した構造に見る人をとりこにする。

お城の周囲一帯も落ち着いた雰囲気で散歩するだけでも気持のいいものであった。

松本城界隈は城下町風情とはまた違うだろうが、一種独特の情緒をもった町並みで、おみやげ屋さんや喫茶などをめぐると楽しい。

ある木造二階建ての喫茶店でクレープとコーヒーを飲みながら路地を欄干越しに覗くと落ち着いた往来が素敵で松本はいい街だなあと思った。
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ブログのアクセスアップに寄せて

インターネットが普及し、今ではそれ以上にスマートフォンを筆頭とした携帯端末が多くの人びとの手に渡り、生活に役立っている。

それだけでなく、ゲームやSNS、ブログなどのただ閲覧し、利用するのではなく、参加型のサイトやネットワークが成長し、娯楽として人びとの楽しむところとなっている。

もちろん、これらは楽しむサイトやネットワークとしてすばらしいのだが、ただ即席に楽しむだけのものではなく、文化的、経済的、進歩的な役割を担えるような可能性も秘めていると予感している。

それは真なる情報と真なる人格、そして良心的ルールの存在するような、人間の物理的つながりとは隔する人間の人間たる要素のシンプルなつながりのある世界だ。

その予感と希望のためにこうしてブログを書いているわけだが、このブログは誰でも気軽に始めることができるため今ではネット上に多くの個人のブログが存在している。

ネット上というきわめて公共性の高いブログを書くということは、その動機や目的は人それぞれに違いないが、少なからず多くの人、他人に見てもらいたいという願望を含んでいるだろう。

すると自然に起こってくる関心は『アクセスアップ』である。

つまり、自分のブログをよりたくさんの人に見てもらうための努力、方法、ノウハウである。

といっても、この関心が起こってくるのはアフィリエイトや趣味的にブログをやっているひとであろう。

前者はおそらくそれが利益を左右するであろうし、後者にとっては書くモチベーションになるからであろう。

僕ももちろんこの例に漏れず、自分の思想までいかないにもせよ、世界にプラスに働くようななにかを発信したいという願望の元、そのモチベーションとやりがいのためたくさんの人に読んでもらいたいと思う。

ではアクセスアップのためにどうするべきなのか?

まずもっとも重要なのはコンテンツとよばれる、簡単に言えばその記事、の重要性と価値を高め、読む人に利益をもたらすような内容にすることである。

これを履行しようと日々奮闘している次第である。

ただその重要性や価値というのはあくまで読者の方々にゆだねられているわけであって、それは僕の理解を超えており推し量ることは難しい。

だから奮闘しているわけである・・・

続いて、これは僕がどうこう思うわけではなく、一般的にジャンルを絞ることがアクセスを集めるためには重要であるということだ。

ジャンルを絞り、深くコアなコンテンツであれば当然価値も高くなるに違いない。

しかし、これはどうも本末転倒、矛盾を含んでいるのではないかという疑問が起こるのだ。

ブログを書き、アクセスをアップさせたいのは自分の書いているものに興味を持ってもらったり、知ってもらいたいという願望、その願望というのは自分という人間を表現したい、知ってもらいたいという願望の元引き起こされてしかるべきであり、そのほかに目的があるのであれば、それは僕が求めている、人間が人間たる要素によるつながりを持った世界を構成するための手段としてのブログではない。

あくまで、それを書いている人に興味を持たせるようなものでなくてはならないのであって、文学性というものも含んでいなければ楽しくないではないか?

そういう葛藤があって、旅というジャンルに絞らず、文学というジャンルに絞らず、思想というジャンルに絞らず、ただ自分自身を構成しうる要素、思想断片を元に記事を書き、それに共感、あるいは教訓を見出してもらいたいという気持で書いている。

その結果アクセスアップが思い通りには図れていないのだが、しかし着実に微々たる変化ながらも増やすことに成功しているようだ。

本当に一歩一歩といった具合なので、時には気持がなえそうになるが、こうした気持が切れそうになったときのおまじないを僕は知っている。

それは、

明日、あるいはすぐそこに大きな転機が静かに自分を期待の目を持ってやってきている。

転機やチャンスはそうしたものだ、ときには意地悪く、皮肉に構えている。

常にその一歩手前だと自分に言い聞かせる。

そこでやめてしまったら本当にばからしいし、現にそうしたもったいないことが日々起こっているのがこの世界なのではないかと思う。

結果を求めてはいけない、やるべきときにやるべきことを。

したいことではなく、やるべきことを。

「やってやれないことはない、やらずにできるわけがない」

最後の引用は斉藤一人さんのものであるが、彼の著作にも大いに学ぶところがあった。

もう少しその法則を実感したときに言及しようと思う。
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まったり硫黄泉、あっさりと暖まる『白骨温泉』

『白骨温泉』は湯量豊富な温泉で、どの宿もほとんど源泉掛け流しの風呂を持っている。

僕が温泉宿を選ぶもっとも重要な要素は『源泉掛け流し』かどうかである。

だから白骨温泉ではどの宿もその条件を満たしており、大いに困ったことをおぼえている。

Aと行くことになっていたので、彼女が好きなつり橋を渡った先にある『つり橋の宿 山水観 湯川荘』に決めた。

img_facility.jpg(HPより)


この橋は湯川荘の私設のつり橋で、車のまま渡るのだがなかなかスリリングで楽しかった。

Aは橋があればどんな種類のものでもわたりたがり、小さな石橋やつり橋などが特に好きでわたっている姿は上機嫌そのものなのだ。

総部屋数20に及ばない小さめの宿でひっそりと川べりにたたずんでいる。

玄関は風格や高級さはなく、こざっぱりとしていた。

建てられて間もないのであろうか、ラウンジやロビーは木材をふんだんにつかった造りになっていたのだが、その木目や質感はまだまだつやつやと鮮やかさを保っていた。

従業員も建物の雰囲気と似つかわしく、落ち着いた物腰。

部屋は純和室で温泉宿のオーソドックススタイルであった。

『湯川荘』最大の魅力は24時間無料で何度も利用可能な3つの貸切露天風呂である。

aS5OGP.jpg

写真のは屋根つきであるが、他の2つは屋根のない開放的なもので、また湯船は小さめで脱衣所と合わせてプライベート感MAXの空間をつくりだしている。

湯はまったりとした硫黄泉なのだが、あっさりとした感覚が残り、芯から温まるというやや形容しにくい変った温泉であった。

3つの貸切露天風呂と本当に人一人分の湯船しかない家族風呂のすべてのプライベート湯を楽しんだ。

食事は地のものにこだわっているようで、山菜や川魚、温泉粥など贅沢や華美というのには縁のないようなりょうと見た目は控えめなものだったが、味わい深く、滋養に富んだ食材がつかわれていて心地の良い満足感をえることができた。

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富を得るのに努力と苦労は必要なし

僕は自分の人生における哲学の最上位に『シンプル』というものを置いている。

これはひょっとしたら老子の『無為自然』に近いのかもしれない。

そして、人生というのはつまり、日々を生きていくということに他ならないので、では日々生きていくとはどういうことなのかといえば、『衣食住』を満たすということだろうと思う。

では僕が自力で拵えることができるものでこの『衣食住』に含まれるものがあるかといえば、皆無である。

自分で着る物、靴下でさえも作ることはできないし、食べ物といっては家庭菜園で夏にトマトが作れるくらいのものだ。

住居にいたっては、作れなくもないかもしれないが社会生活を営んでいる以上、建築技術に則った家屋に住まなければ体面が悪いだろう。

いずれにせよ、それを建てるには土地がいるので、国・自治体からは少なからず恩恵をいただかなくてはならない。

ここに仕事というものが生れる。

なにかのおかげをこうむるかわりに、自分もまた誰かを利する働きをしなければならないのだ。

けれども、それは直接的でなくてもよい、役所のおかげをこうむったので、役所を利さなければならないわけではない。

それを可能にしたのがお金であって、とてもすばらしいシステムだと常に思うところだ。

誰かを利してことの証明がお金であり、その証明を持っていることでなにかの恩恵に授かれるというわけなのだ。

『働かざるもの食うべからず』とはまさに現代社会の掟であって、これからは逃れられないであろう。

他人を利した分だけそれ相応のお金が手に入る道理なので、お金がほしければ他人を利することを考えればよい。

そう考えてみると、仕事というのは他人本位であって自己本位ではないということになる。

誰しも自分のためにすることには楽しみを覚えるが、それが失われ、ただ他人のためのみのことであったらやはり嫌であろう。

一般的に商人という人が儲かることができるのは、目に見えて、直接的に人を利しているからだろう。

人びとが食べていけるのは、根本的にはその野菜や米をつくっている農家のおかげなのだが、彼らは間接的に結果として利していることにはなるが、それを家庭に届けている商人のほうが利しているといえよう。

また、実質的に利することよりも喜ばせるということのほうが金銭的ポイントが高いように思われる。

勉強の成績を上げたりだとか、もっと生々しい話をすれば、キャバクラやパチンコなどの歓楽に供する仕事はお金を多くいただけるだろう。

だから、ある程度のところまではお追従やお世辞や社会的立場が苦にならない感性を持っている人がある種お金に恵まれる立場といえるのかもしれない。

自己本位でプライドが高く、気位のあるひとというのはなかなか厳しい立場に立たされるのかもしれない。

ではこうした人たちにはお金に恵まれる機会が与えられないのかといえばそうではないと断言せざるを得ない。

自分の欲するところのものに力を注いで、それが結果として衆人を喜ばすこととなれば立派な仕事となるからだ。

僕の目指すところはまさにそこのところで、もちろん折り合いをつけなければならないところもあるのだが、書きたいものを書き、他にも自己本位でやりたいことはあるのだが、それは明らかに道楽の域をでないように思われる。

例えば旅をする、読書をするなどは一体誰を利することになろう?

決して利することなどない、せめてそれを書いたり、話したりしなければならないから結局前に言った書きたいもののなかにそれを含めていくのがよかろうと思う。

今はバイトなどの細かいお金を稼ぐには健康な体さえあれば困らなさそうなので気楽に構えているが、安泰ではないことだけは肝に命じておかなければならない。

一人で生きていくならば細かなお金ですむかもしれないが、一生を考えればそうともいくまい。

そうした自己本位の仕事を芸術家や学者、哲学者とみてよいだろう。

彼らは決して衆人を益しようとは考えてはいない。

まったく自分のため、したいことをして、気ままにそれを発表したりすることで、うまくいけばそれで食べていくという具合なのだ。

努力や苦労が大金を生むというような誤解が世の中ではまかり通っているのであるが、それは決して違うと思う。

人を喜ばせるように楽しく、貢献することがお金につながるのであり、それはつらい努力によって得られるものではないし、自己本位のことに努力という言葉は使えないだろう。

僕が選んだ後者の自己本位の結果他者を利するというような仕事は偶然の産物、幸運によるところのものといわざるをえないのであるから、そういった運を呼び込めるような行動を日々とっていくことがもっとも成功への近道なのかもしれない。

この他人を利する主体の仕事にせよ、自己本位の結果の他人を利する仕事にせよ、それによって富を得るためには努力や苦労、それは少なからず疲弊や不機嫌、無気力を生み出す、ではなく、喜びとやる気、上機嫌が必要である。

そうであるから、まず始めることは笑顔をつくること、笑顔は日々の充実からやってこようし、前向きな考えから生れてこよう。

毎日を前向きな考えで生き、運を呼び込むような暮らし、生活、行動を心がけることが富を得ることにつながるのではないかと思う。
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緑豊かな秘境『白骨温泉』

連日猛暑日が続いていた。

食欲は落ち、夜は寝苦しい。

直射日光に体力は奪われ、体に慢性のだるさをおぼえるほどであった。

こんな厳しい夏から一時でも逃れようと、高原への旅にでた。

乗鞍高原、『白骨温泉』である。

冬季は雪に閉ざされる厳冬の地、夏季は豊かな緑とさわやかな高原の風吹く避暑地。

色彩豊かな四季を呈する。

松本ICで高速を下りて、野麦街道をひた走る。

夏空を区切る山並みの谷間は時の流れを忘れさせた。

光を遮断する峠のトンネルは心と肌をひやっとさせる。

ツーリングするバイクのグループと行き違い、ときにはツアーバス。

その場合は慎重にすれ違った。

乗鞍高原を上がる道すがら『善五郎の滝』という幅広の細かな飛まつをふりまく端正な滝。

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長い年月をかけ、山肌が削られ成形されていったのがわかる。

山中にあり、白樺やミズナラなどの生い茂り、四方から野鳥の声が聞こえる山道を歩かなければならないが、遊歩道に整備され、気軽に立ち寄ることができる。

山道を歩いたので、お腹も空き、休憩がてら山小屋で蕎麦と焼いた岩魚で昼食をとった。

峠越えをねぎらうかのように、眼下の山峡に湯川に沿って『白骨温泉』があった。

その中心部には野天風呂が峠道から川辺へと下る先にあり、またその道を挟んだ反対には竜神の滝、冠水渓とよばれる源泉豊かな白骨温泉の源である湯川によってつくられる見事な渓谷がある。

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これはその上流にある『隧(づい)通し』という湯川の急流によって石灰岩が侵食されてできた自然の洞穴がある。

轟々と雄々しく流れる湯川とごつごつした岩肌、湿気を含んだ一体の木々と草や苔が忘我の境地へいざなった。

メインの『白骨温泉』につかるまでにすでに見ごたえあり、十分に楽しんでしまった。
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個人も分業しなくてはならない

『きょうまで自分の生きてきたあの重苦しい、無為な、個人的で不自然な生活を、こうした労働に満ちた、清らかな、万人にとってすばらしい生活に変えることも、自分ひとりの意志にかかっているのだ』


『自分はだれにも腹を立ててはいない、だれにも侮辱されたとは考えていない、ただ、そっとしておいてもらいたい、自分はこういう立場が愉快なのだから、とでもいったような態度をとっていたのである』


『何事もしようと思えばできるのだが、ただなにもしたくないのだという、この独立心にもえる人間の立場も、しだいに、その箔がはげてきて、多くの人は自分のことを、ただ誠実で善良な青年という以外、なんの能もない人間だと評価するようになってきたことを感じていた』


『みんなは愉快に、のんきに働きたかったのであり、また、リョーヴィンの利害が彼らに無縁で、理解できなかったばかりか、彼ら自身の正当な利害と、宿命的に相反していたからにすぎなかった』


『人を楽しませることができるのは、その人が楽しいときだけだろう』


『いや、私は結婚反対論者じゃありませんよ。分業の味方なんですから。なんにもすることのできない人間は、せめて人間でもこしらえなければいけませんよ。その他の連中は、そうしてできた人間の教化と、幸福に協力すべきですね』


『詩は本来人生の些細ないざこざをなだめて、人びとが世界や自分の境遇に満足するように仕向けるために与えられているのだ』


現代の一般的な生活とは、まさにこういった不自然な生活ではなかろうか。

青年期までは、ひたすら学歴をつけんがため奮闘し、そうして獲得した学歴を携えて、できるだけ労働とは縁遠い、ピラミッドでいう上段を占めるような会社、役所に就職しようと競争する。

そして勝ち得た職場で、続いてはより権力と自由、報酬のある上役への昇進のため仕事に励む。

なんと重苦しく、無為で、利己的な生活だろう!

なぜ、労働を考えることは幸福を考えることであるということに気がつかないのだろう?

楽な仕事に喜びはなく、利益、合理に従うのみの労働もまた喜びを与えない。

対人間、肌を感じる仕事、自然を感じる仕事は気がつかなかったなにか、人間的な結束力のような心地よさをもたらす。

僕にとって、大学生活がまさにこのような不自然な生活であった。

役に立ちそうもない講義の連続を無為に過ごし、しかもそれはよくわからない卒業のためなのだ。

そういうことではないんだ、単位を気にし、労力や過ぎ行く時間、学費などとの価値比較をどうしてしないのだろうか?

一言で、すべてもったいない!

大学を去った後の生活はやはり、意味のある生活のようだ、人間的な、幸福感の伴う生活だ。


そんな僕を教授たちはおよそ下らない、といわんばかりに渋面をつくって僕を諭した。

両親をはじめとした周りの大人たちは叱責するように、そんなことではだめだと侮辱交じりの言葉を放った。

僕は懸命に、侮辱されてはいない、間違ったことはしていないのだと思い込もうとし、あえて愉快だという態度を持していた。

一方、大学の無意味さ、空虚さを感じていた友人たちは僕を励まし、感心するものさえあった。

その違いを大人たちは愛情に帰着させた、なるほど友人たちは僕の人生に関係がないから無責任に肯定することもできようが、人生を親身に考える大人たちは将来のことなどを考えて、否定的であるということだ。

無為で不自然な生活を奨励する大人たちは一体なにを思い、考えて生きているのだろう?

人生をどのように考えているのだろう?

それを思うと、彼らがなんとも薄っぺらくみえるのだ。


さて、大学を辞め、就活の道が閉ざされた今、僕は何事もしようと思えばできるのだが、ただそうした現実的な働きをしたくないのだという立場である。

なにか芸術的で、文化的な働きをしたい、あるいは自由で気楽な・・・そんなことってありえるのだろうか?

次第に時が過ぎるにつれ、そうした態度は浅はかで恥じるべきものとなるであろう。

だから時を惜しんで、全力でなにかを見出さなくてはならないのだ。


経営者と従業員、教師と生徒など常にこのような関係性の矛盾は起きる。

やるからにはそれなりの報酬の保証、呑気に仕事がやれるのであればそれほどありがたいことはない。

会社で考えれば、会社に利益をもたらしてはじめて給料がいただけるのであるが、そこで働く一人ひとりの働き手にそうした実感というのがない。

これがモチベーションのあがらない一つの理由であろう。

ただ決められた時間、労働し、それを日々こなしていった結果として給料が支払われるという錯覚に陥っている。

これでは会社の好不調関係なしである。

透明性のある、小規模で直接的な会社や仕事というのが望ましいのではなかろうか。


人間の感情は容易に周囲の人に感染する。

それは驚くほど顕著であり、敏速に働く。

たとえば、このブログを読んで楽しんでもらおうと思うのならば、愉快な気分で書かなければならないだろうし、感動や恍惚を与えたいのであれば、心を込めて、自らが恍惚感に浸って、あるいはそのために情熱をささげて欠かなければならない。

僕はその後者を目指している。

もっともっとたくさんの人に読んでいただきたいし、それをきっかけに意見の交換や有益な情報を得られたとしたらすばらしいと思う。

それは望みすぎなところがあるので、僕はコツコツと書けることを懸命に継続的に書いていくということを励行したいと思う。


たぶん人には神から与えられた役割、適材適所というものがある。

子どもを産み育てる、社会の最小単位家族を形成するもの―これが人間の大多数であろう、あるいは社会に貢献するために時には孤独にさえ耐えなければならないもの。

極論を言えば、この世界に生きている以上、自分の最小限の社会である家族を守り、成長させるか社会や環境、未来のために役に立つような行いをするか、どちらかでないといけないんじゃないかと思う。

それは生きる意味を見出すことであるだろう。

自分の好き放題に生きていて、いずれふと思うだろう、こんな毎日を続けて僕は一体どうしたいのだ?

これでは生きていても生きていないのと同じではないか?

彼はおそらく、そんな生活を始めたのはぼう然と生きることは死んでいるのと同じだというような根拠の元だろう。

しかし、結果は同じところに帰結してしまっている。

ぼう然と生きることは他人のために生きることであり、社会のためでも家族のためでもないはずだ。

そこが矛盾の根本なのだ。

決して他人のために生きるような人生を送ってはいけないと思う。

家族か社会、未来や環境・・・そのための我が生命とすべきだろう。


詩を読むときの独特の心の満たされる感覚を味わったことのあるものはきっと世界がすばらしいものであるということに気がつくだろう。

詩に限らず、世の中には心を満たしてくれる、そんな魔法や宝ものが存在する。

それらは簡単に得られるものではない、苦労や修行、鍛錬、苦難と引き換えに得ることができるのだ。

それを生み出す詩人や芸術家は生みの苦しみを避けては通れぬだろうし、それだからこそ尊く、敬うべき存在となるのだろう。

ささいなことに感動や満足があるのだ、それを感じる清らかな心を持っていたいと思う。
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国宝『彦根城』 山中温泉旅 5


2日目は兼六園を始めとした金沢観光の予定だったが、また激しく雪が降りだしたので断念せざるを得なかった。

ICに入る直前に猛烈な吹雪となり、意を決して高速道路に突入したが、雪で前が見えないほどであった。

前後をトラックに挟まれて走行したときは生きている心地がしなかった。

スリップしたら最後、死は免れない状況だったのだ。

福井県内まで走り続けたが、緊張と恐怖に耐えかね道半ばにして高速道路から離脱した。

何も知らずに下りたそこは、田畑に囲まれている辺鄙なところだったため、車を停めて途方にくれた。

雪は止みそうにない、道には雪が残っている箇所がある。

いずれスリップするぞ・・・

雪は積もる一方で状況好転の兆しが見えなかったため、とにかく街に向かってまた走り出した。

僕はそのときまで知らなかったのだが、幸運にも国道は雪を溶かすための温水が噴出する構造になっていてまったく安心して走行できるのだ。

すっかり安堵した僕は、このまま帰宅するのはもったいないと思い、帰り道といえなくもない『彦根城』に立ち寄った。

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残念ながら、ひこにゃんにはお目にかかれなかった。

『彦根城』のこの天守は国宝に指定されている現存天守である。

ただ・・・見た目は・・なんだか変だ!

見慣れないその風貌はとても厳格で伝統的な城とは思えぬ。

切妻、千鳥、唐それぞれの形態が積み重なった破風。

瓦が柔らかなにび色、石垣も黄土色でやや弱々しい土台の印象をあたえ、丸っこくて上体の上がっていて軽そうだ。

また、正面に天守閣の双の窓は東洋を思わせる。

唐破風下部の装飾は不釣合いで、もはや実用性ではなく、アーティスティックですらある。

なかなか珍しく、見ようによっては興味深いお城である。

『彦根城』を下ると『玄宮園』というやや寂れた大名庭園がある。

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広さをもった庭園で、橋や写真にある彦根城を見あげる『臨池閣』という趣きある建物が配され、侘び寂びが実現されている。

しかも、この『臨池閣』は昼食を食べることができ、宿泊することもできるのだ!

いつか、大名気分でこの『臨池閣』に宿泊し、彦根城下、池上の生活を体験してみたい。

しかし、いかんせん、季節も手伝って大層わびしさを感じた。

ところどころで護岸工事をしていたため、興ざめしてしまった記憶が残っている。

大雪に見舞われ、自分史上大変な旅となったが、無事終えることができ、心に強く残るものとなった。


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労働そのものの中に報酬がある 『アンナ・カレーニナ』

『なんぴともおのが富には満足せざれども、おのが知恵には満足するものなり』


『恋を知るには、やはり、一度はまちがいを犯して、悔い改めるにかぎりますわ』


『研究の楽しみは真理の発見にあるのじゃなくて、その探究にある』


『こいつにも、やはり、自分の性癖に都合のいいような一流の哲学があるんだな』


『いかなる時代の哲学でも、そのおもな使命は、個人の利益と公共の利益のあいだに存在する、不可欠の関連を発見することにある』


『とにかく肉体労働が必要なんだ。

さもないと、おれの性格はすっかりだめになってしまう』


『神は一日を与え、神はそのための力を与えたもうたのだ。

この一日も、その力もすべて労働にささげられ、労働そのものの中に報酬があるのだ。

では、だれのための労働なのであろうか?その労働の結果はどうなるのであろうか?

いや、こうした考えこそ、第二義的な、取るに足らないものなのだ』     『アンナ・カレーニナ』トルストイ著より


この傾向は歳を重ねれば重ねるほど強まっていくものだろう。

富というものは不思議なもので、増えれば増えるほど、それに伴って執着も増していく。

それは執着すればするほど、その富を肥やし育むことができることを知るからだ。

そして知らず知らずにうちに、富を集めること、築くことに夢中となり、なんの価値もない形だけのお金や遺産を残すのだ。

大人とはそうしたものだ。懸命に働き、時間を見つければ富を増やすことばかり考える。

そのくせ、蓄えるべき知識や養うべき知恵には満足してしまって、なにかを覚えよう、吸収しようという姿勢すらみせない。

杓子定規の権化、自らの価値観を押し付ける、彼らに柔軟性はない。

時代に即した生き方なんてのも無理だろう。

決して僕は大人を批判するわけでも、否定するわけでもない。

なぜなら、それは僕の未来であり、行き先だから。

ただこうして言葉にして、自らを戒めたいのだ。

いずれ知らず知らずのうちに変ってしまう自分の情熱や、柔軟性をできることならとどめておきたいのだ。


ほとんどの人は失敗してみないと、誤りや間違いを改めない。

愚かしいと思うのだがそれが現実なのだ。

世界にはたくさんの教訓があり、僕たちには豊かな想像力を備えた知力がある。

にもかかわらず、僕たちは失敗を繰り返す。

その意味では恋の痛手は確実に強く作用する。

いつでも、喪失ということがもっとも僕たちに強く作用するのだろう。


何も勝ち取らなかった人、何も達成できなかった人、彼らは目的の達成、成功に重点を置く。

彼らは幸福感を得られない、常に満たされない気持だ。

どんなことでもいい、達成、成功体験は僕たちが生活を豊かにするために必要だ。

楽しみや幸福というのは旅でも人生でもそうだろう、その道中に溢れているのだ。

それを見落としてはいけないし、心にとどめておかなければいけない。

楽しみ、幸福というのは案外手近なところにあるものだから。


哲学の乱用、都合のいい言い訳に用いられる名句。

僕はこれらに我慢ならない。

立派な哲学をふりまわし、それ自身の美徳も汚し、相手も屈辱に陥れる。

ほとんど誰もが自分勝手の哲学を持っている。

正しき解釈、真意を考えず、都合のよい解釈を与え、歪めている。

哲学を語り、名句を口にするのは修練なくしてやってはいけない。

言うはやすし、行なうは難し。

物分かりの悪い、馬鹿は哲学なんかやらないほうがいい。

人生を不幸にし、人間関係をこじらせる。


自らを利し、他をも利す。

それこそが僕たちの理想であり、実現すべき仕事である。

そのために哲学が存在するとはすばらしき道破だ。

哲学をあまり語りすぎない方がいい。

哲学を語り、批判し、否定し、肯定していくことはあまりに危険が多く、誤解、混迷を免れない。


事務仕事を僕は望まない。

椅子に座っていることでさえ、人間に相応しくない振る舞いに思えて仕方がない。

一日の大半を椅子に座って過ごしたら不健康この上ないではないか?

また、仕事というのはからだを動かし、人に仕えること―役立つ働きをすることである。

なんだか、仕事の概念が変ってきて、仕事に優劣がつけられ、それもおかしいのだが、その優劣の基準がもっとおかしいのだ。

人間の基本的な働き、生命の活動に与することは肉体労働に他ならない。

それ以外に立派な仕事とは何だ?

自然の中で働き、汗を流し、人と交流し、陽の昇降を五感で感じ、疲労感と達成感を我が家へ持ち帰る。

本来はこれこそが人間的生活である。

これに彩を添えるために、芸術家、その他の仕事ももちろん存在する。

しかし、肉体労働を省いたそれらは嘘だ。

どこかに肉体疲労を敬遠するところがあるのだ。

筋肉を使わずして立派な精神はありえない。


こうしたブログを書くことも、こうして自分自身の発見、思考の変遷、発展というなかに報酬があるのであって、たくさんの人に読んでもらう、ましてや金銭的な報酬というのは二次的、それ以下である。

なんでもそうだ。

僕らはすぐに実質的な物質的な報酬を求める。

これは仕事を卑しめ、労働の価値を損なっている。

打算の見え透いた労働や骨折りが相手に不快感を与えるのと同じことだ。
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旅の計画 いろんな名泉を検討した末・・・

暖かくなったなぁと思うと、また寒い日がやってきて、まだまだ寒いなぁと思い、また次第に寒さが緩んできて・・・

これをいくらか繰り返しながら、春が少しずつ近づいてくる。

しかし日差しは日を経るごとにその温かさを増し、大地に恵みを与え、陽は段々長くなる。

そして、そんな春の兆しを感じながら、自然の中を歩きたくなる。

夜はしんと冷えるため、温泉が恋しい。

旅がしたい。

始め、「ミレーの美術館」として親しまれている山梨県立美術館で「ミレーコレクションのすべて」というミレー作品を一挙に公開する展覧会が催されているから、それを見に行こうと思った。

近くに「湯村温泉」という太宰治が逗留したという温泉地があり、そこの「常磐ホテル」に宿泊し、名武将、武田信玄を祀る武田神社などを回るという計画を立てた。

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(HPより)

しかし、この「常磐ホテル」は離れに泊まるべきホテルであった。

庭園がすばらしく、離れからの眺め、その客室風呂は源泉掛け流しであるからだ。

皇室の方々もご宿泊されるという甲府の迎賓館。

いつか離れに泊まりたいので違う計画を立てることにした。

今回の旅では、いい温泉に入ることが最重要課題であった。

そのため自然に、日本三名泉といわれる「下呂温泉」が次の自分の中での候補だった。

以前にいったこともあるし、これは個人的な意見なのだが、下呂温泉は温泉街としてとても発展していて、ホテルや旅館が立ち並び、その結果泉質を損なっているように思える。

現に、源泉掛け流しの宿は少ない。

その中でも、老舗の登録有形文化財「湯之島館」は大浴場と大きな露天風呂は一部循環掛け流しであるが、客室風呂や貸切家族風呂は源泉掛け流し、家族風呂も無料と温泉に関してはすばらしいといえるだろう。

002.jpg(HPより)

またリーズナブルに文化財に宿泊できることも魅力だ。

天皇がご利用になったお部屋もあり、由緒正しい。

心が決まりかけていたのだが、客室の多さ、それに伴う建物の複雑さと入り組んだ軒並がやや風情に欠ける気がし、これもまた、グレードの高いお部屋に宿泊しなければ魅力が減ずると思い、見送った。

今回はやや手詰まりな感があった。

というのは、私事から予算を抑えねばならなく、その上季節柄険しいところは難しく、季節に相応しい楽しみを求めていたからだ。

まだ、冬といってもよい北陸への旅を思いついた。

越前がにや北陸の海の幸を満喫する旅。

福井県には「あわら温泉」というやや玄人好みな名湯がある。

石原裕次郎さんが愛したという「べにや」、「つるや」という素敵な宿も見つけた。

いずれも高級旅館であり、見分不相応、まだまだ手の届かない温泉であった。

「三国温泉」というお日本海に面した温泉もその例に漏れなかった。

切羽詰った僕はさまざまに温泉地を検討してみた。

「湯の山温泉」、「石和温泉」、「別所温泉」・・・

そして最終的に行き着いたのは、それらの間、『上諏訪温泉 鷺乃湯ホテル』

驚くほどリーズナブルで琥珀色の自家源泉をもつというところに惹かれた。

運命的にそこにたどり着いたような気がする。

旅程もばっちり首尾よく計画することができた。
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思い出の『百峰閣』 山中温泉旅 4

冷気が足をつかんでいるような底冷えのする朝であった。

着替え、洗面を済ませると、仲居さんが来てくださり、手際よく布団を上げ、「朝食の支度をしますから」とたっていった。

至れり尽くせりとはまさにこのことである。

自分の身辺のことだけをすればいい、あとはすべて他人任せだ。

その代わりこちらは代金をお支払いする。

すなわち、今はそうしてサービスを受けているのだが、同様に自分もサービスをしなければならないのだ。

お金とはその証である。

「僕は、今より前に他人のために労働しました、ですから今日はあなたによろしく頼みます」

代金とはそういった意味である。

だからこそお金は自分で稼がなくてはならないのだろう。

『百峰閣』は料理がおいしい上、朝・夕ともに部屋食にできるというのがすばらしかった。

温泉宿の朝食はどこも似たような種類のもの―温泉玉子、納豆、のり、焼き魚であったりするが、季節やその土地によってバリエーションがある。

晩に降り続いた雪は銀世界を作り上げていたが、朝から晴天に恵まれたこの日は太陽が斜に差す頃には路上の雪は水に変っていた。

無難に総合的に質のいい朝食を平らげ、仕上げに朝風呂に入ってチェックアウト。

渓流のせせらぎと日光にきらめく残雪と溢れんほどの湯が気分を爽快にさせた。

玄関まで仲居さんが案内してくれ、記念撮影までしていただいた。

今でもあの仲居さんが忘れられない。

やさしく給仕してくれ、交わす言葉にはほどよい親しみが込められていた。

いい宿の条件はたしかに表構えや料理、客室などあるが、そこで働いていらっしゃる方々のもてなし喪重要であると感じた。

玄関先は足湯をそなえた小さな庭園風に設えられていて遊び心のある宿だと到着早々に思ったものだ。

この遊び心がかえって、裏目に出て廃業にいたってしまったかもしれないと思うと複雑な気持である。

現代には、「いき」や「侘び寂び」というのを求めたり、その価値を認めるということが難しくなっているようだ。

入口には松尾芭蕉の山中温泉という章にある

「山中や 菊はたをらぬ 湯の匂」

の句が掲げられていた。

思い出の宿がなくなってしまったのはさびしい。
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人生とは両立を続ける努力にある


どのように生きていけばよいのだろう。

こんな問いをどれほど繰り返したことであろうか。

太宰治の言う、

『自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです』

という恐怖のような、大なる未知なものへの不安でもない。

藤村操の言う、

『万有の真相は唯一言にして悉す、曰く不可解』

というような諦め、悟りでもない。

ただ情熱を注ぐべき、命を賭けるにふさわしい人生を見つけたい。

そも、僕にそれほどの情熱と力があるだろうか?

所詮は一凡夫、常識を生きよ、固定観念を生きよ。なのか?

ある人は言った、処世術の一等は思考停止であると。

あるいは、無為自然、与えられた運命、生きるべき人生があるなら知りたい。

生きることはすなわち、信じることであるなのか?

人生とは両立である、そんな気もした。

考えてみれば、すべては陰陽に分れ、最も単純な意味での二元論ではないか?

光あるうち、光の中を歩め。

両立の前に、いささか準備は必要だろう。

それが青年期であるし、青春であるような気がする。






 
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自分の美点を見つけること

この映像を見た人は、それぞれさまざまな印象や教訓を得られることと思う。



『諦めてはいけない』

『人はありのままで美しい』

『失敗しても挑戦し続ければ、起き上がるチャンスがある』

どんなことを感じ、思うだろうか?

僕はニックの母が言い続けた、

「あなたはあちこち欠けているけど、いいところもあるのよ。

そのことを忘れないでね」

という言葉とそれに対するニックの

「手もない、足もない、いいところなんか一つもないと思っていたけど、

鏡を見たら『瞳が綺麗だ』って思えたんだ。

瞳はずっと変らない。それで気持が前向きになったよ」

との言葉が特に心に突き刺さった。

誰もが現状よりも運命や人生を好転させたいと思うし、良い人生、幸福をつかみたいと思う。

そのためには自分を愛することが最も重要なことではないかと思う。

じゃあどうしたら自分を愛せるだろうか?

そのヒントを教えてくれたのがニックの言葉だった。

自分を愛すること、それは自分に誇りを持つこと。

自分の誇りとなりうるものは、やはり自分の美点であろう。

『瞳が綺麗だ』と思えることが、やがて誇りとなり、自分を愛することにつながっていくと思う。

自分の欠点は他人が嫌でも指摘してくれる。

しかし、自分の美点はなかなか他人は見つけてくれないし、自分でもひょっとしたら見つけるのが難しいかもしれない。

でも、他人の知りえない美徳や行いにこそ美しさと善が含まれていると思う。

自分のことは自分がいちばん知っている。

悪いことをしたら、他人はごまかせても自分自身はごまかせない。

逆にいいことをしたら、たとえ他人には気づかれなくとも、自分自身には解かり、少しばかり気持のいいものだろう。

だからこそ自分と向き合って、自分の美しいところ、すばらしいところを見つけるべきだ。

どんなことでもいいのだ、美点に優劣はない、自分が自分に誇れるものであるならば。

その美点を発見したとき、それは人生の転換期、きっかけとなる。

すばらしき人生、幸福の一歩となりうるのだ。

自分のすばらしいところを伸ばしていくこと、広めていくことが人生の意味なのかもしれない。

笑顔は他人にも笑顔をもたらすであろうし、優しさは人の心に優しさを芽生えさせるであろう。

僕がちょっとずつ自分の中で思想や心をすばらしい輝きあるものにしていくことができるのであれば、自然と僕の言葉にも輝きが生まれ、それを読んだ人の心にも輝きをもたらしてくれるだろう。

幸いに僕は書物を読むことが好きだった。

そして『よく生きること』、よい人間でありたいと願うことのできる心を持っていた。

僕自身、これを自分の美徳、誇りと思っている。

やがてその思いは花を咲かせ、実を結ぶだろう。
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思い出の『百峰閣』 山中温泉旅 3

『山中温泉』はその名のとおり、山の中にある温泉であるから雪に対する不安は募るばかりだった。

しばらく待ったが、吹雪は弱まる気配がなかった。

やや冷静になって路面を見てみると、他の車のスタッドレスタイヤの効果もあって水を含んだ雪でシャビシャビになっていただけだった。

日中のまだ暖かいうちに車を走らせたほうが賢明かもしれないぞ。

こう考えた僕は、走行に細心の注意を払いながらなれない道を目的地まで進んでいった。

Aの助言もあって、凍結しやすい橋梁は特に注意をした。

『山中温泉』はこじんまりとした温泉街であったが、おみやげ屋さんやお食事処が充実していた。

中でも目を引いたのは和の鉄人、道場六三郎さんゆかり?のお店と釜飯屋さんだった。

とりたてて見所があるわけではないが、シンボルとなっているのは『あやとり橋』とこの『こおろぎ橋』である。

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細やかな雪化粧と足元を勢いよく流れる大聖寺川、まわりを囲む鶴仙渓とよばれる山並みは見事だった。

水量豊富な大聖寺川は山中温泉の潤沢な湯量を期待させた。

とにかくひどい雪だったため、チェックインより30分ほど早く入宿した。

わけを話すと、部屋の準備がまだできていないため、ロビーでしばしお待ちくださいとの返事。

谷川を見下ろせる窓際のソファーにAと腰を下ろし、旅路を思いながら、一息ついた。

すぐに、女将さんがお茶と茶菓子を持ってきてくれた。こうした心配りもさすが伝統ある宿であった。

部屋を案内され、早々に別料金の貸切風呂に入浴した。

荷物を置いたら、なによりもまず温泉に入る。それも、貸切風呂があるのなら、それに入るべきだ。

ロケーションがいいところにつくられ、湯船の大きさも適切であるから、源泉掛け流しの場合や泉質のいい場合が多い。

部屋食であったのも大いに喜ばしかった。なんでも料理自慢の宿であり、先付けから水菓子にいたるまで手の込んだものばかりで、大満足。

特に能登産のお造りにあったウニがおいしかった。

食事を終え、障子を開けて外を見てみると、雪はますます激しさを増していて、明日帰れるだろうか?としきりに気になった。

『百峰閣』は大浴場の湯殿に畳が敷かれており、独特の雰囲気と快適さも備わったすばらしいものだった。

露天風呂も櫓のように組まれた舞台風露天風呂で、渓流に雪降る中入る温泉は最高だった。

飲泉もできたので、きっと泉質良好なのだろう。

じんわり体が温まり、体にしみこむようだった。

温泉宿で過ごす一晩は何にも変えられぬほどに気持を満たしてくれる。
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黙々と正しい道を歩め! 『ゲーテとの対話』

『われわれ自身の環境のようなせまい視野をぬけ出さないならば、ともするとペダンティックなうぬぼれにおち入りがちとなるだろう。

だから、私は好んで他国民の書を渉猟しているし、誰にでもそうするようすすめているわけさ。

国民文学というのは、今日では、あまり大して意味がない、世界文学の時代が始まっているのだ。

だから、みんながこの時代を促進させるよう努力しなければだめさ。

しかし、このように外国文学を尊重する際にも、特殊なものに執着して、それを模範的なものと思いこんだりしてはいけないのだ。

支那の作品が模範だとか、あるいはセルビアの作品が、あるいはカルデロンが、あるいはニーベルゲンが模範だ、などと考えてはいけないのだ。

むしろ、なにか模範となるものが必要なときは、いつでも古代ギリシャ人のもとにさかのぼってみるべきなのだ。

古代ギリシャ人の作品には、つねに美しい人間が描かれている。

それ以外のものについては、みんなただ歴史的に吟味するだけで、その中のよいものは、できるかぎり吸収するようにすればいいのだ』


『一体学生のうちの誰が真理の探究を問題にしているだろう?

彼らだってどこといって変りばえもせず、物事について見たまま聞いたままにしゃべることができれば、文句なしにご満足なのだ。

そもそも人間というのは、奇妙な性質を有していて、湖に氷がはると、すぐにも何百人もが押しかけて来て、滑らかな氷の表面で打ち興ずるが、湖の深さはどれだけか、とか、氷の下をどんな種類の魚が泳ぎまわっているか、を調べようと思いつく人間は一人もいない』     


『われわれはただ、黙々と正しい道を歩みつづけ、他人は他人で勝手に歩かせておこう。

それが一番いいことさ』     『ゲーテとの対話』より


僕たちは生きていく中でさまざまなバイアスによって視野を狭められ、価値観をゆがめられている。

それが知らず知らずのうちに先入観や差別を生み、他世界や他人との大きな隔たりや障害へと発展することとなる。

狭い視野、凝り固まった思考、因習的な生活。

これらはすべて取り払われなければならないもので、視野も思考も生活も自分の手で獲得するものなのだ。

そのためにはまず、懐疑するということを覚えなくてはならない。

懐疑といえば、即座にデカルトの懐疑主義が思い浮かぶのであるが、それほど徹底したものでなくて当然よいし、シンプルに自分は本当に納得して、理解して行動しているのかということに疑問をもつということだ。

そうした思考のクセがつけば自ずと、読書の効能に気づき、今までとは違った読書体験、哲学への憧憬がうまれてくるはずだ。

純粋な心、澄み切った思想、柔軟な思考力を準備することも忘れてはならない。

すばらしき書物のエキスを吸収するにはそれなりの準備が必要なのだ。

その上で、ゲーテは世界文学の重要性を説く。

歴史も文化も伝統も言葉すら違う他国だが、その文学を通じることでその同人類としての共通点を見出し、またそれぞれが育み養った国家の趣味や、人種の色に触れることで相互理解を深める。

現代はインターネットで世界が物質的にほとんどつながるようになっている、しかし文学が成立しているのは。

日本をみてみれば、ロシア、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、日本といった具合に限定的になっている。

まずはそれらを偏ることなく、衒学的になることなく相対的、客観的立場から考察する姿勢が大切なのだろう。

つねに模範とするのは真のオリジナル、黎明期を担ったものとするがよいだろう。

文学の黎明期はギリシャ文学であるとするならば、現代日本文学の黎明期は明治期の文学となろう。

偏ったり、執着してしまわないように注意しながら、バランスよく読書していく、文学に親しんでいくことが大事であるし、また世界文学を念頭に置いた文学活動もしていかなければならない。

文学というと堅苦しいイメージであるが、そんなものではなく生活の断片であり、時代の反映である。

そのモティーフはどこにでも存在し、それを抽出する作業こそが文学である。


僕は大学に通う女子学生にまず疑問を感じている。

彼女らのほとんどがファッションや娯楽のために大学に通っているとしか見えない。

めかしこんできては、ノートをとり、学生生活を余裕を持って楽しんでいる。

それは問題でもなければ、むしろ女性本来の環境適用能力、逸楽傾向をよく表わしているといえる。

しかし、彼女らのおかげで、男子学生の修学意欲などに悪影響を及ぼしているといわざるを得ない。

全員が全員そうだというつもりはないが、なにか勘違いをして、大学を社交場か放蕩の場のように振舞っているやからが多い。

すでに厳格さは失われ、学問の敷居も低くなって、生活の片手間か娯楽にまで成り下がった大学。

誰もがこうした一面があることを否定できないのではあるまいか?

ありがたそうな話をきいて満足することほどつまらないことはない。

自らの頭で考え、ものにし、思考の糧、思想の一要素としなければならない。


周りの意見や批判、反対などに耳を貸さず、ただ黙々と信じた道を歩むのみなのだ。

だれも自分の代わりをしてくれるわけでもなければ、責任をとってくれるわけでもないのだ。

責任の伴わないあとになってごちゃごちゃ言うのが彼らのいつもの手だ。

だれもが自分との同調者を求め、異端者は好まない。

大体、誰もが勧める道に新たな発見やすばらしき経験は存在しない。

なぜならその道はすでにきれいに均された、平坦な道だからだ。
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思い出の『百峰閣』 山中温泉旅 2

未来を予測することが困難であるこの世界で、天気予報というのはありうべからざる確率を誇る予測である。

起床し、まず天気予報と高速道路状況を確認すると、すでに木之本ICからチェーン規制になっていた。

一度も雪道を走ったことのないにもかかわらず、北陸の道、そして高速道路をチェーンで行かなければならないのは大きな不安だった。

チェーン規制であったが、道路上は雪によって濡れてはいたものの、まったくチェーンをつけるほどではなかった。

それでも路面の凍結には大いに注意していた。北陸道を北上するうちに、山間部に入り、雪山を縫って道路は続いた。

その間に雪が降りだし、次第に激しさと大きさを増していき、すっかり雪国の風景に変ってしまった。

雪に不慣れであったから、尋常ではなく降る雪にとうとうチェーンをつけることを決意。

パーキングで雪がこんこんと降っている中、髪に雪を積もらせながら、かじかむ手を懸命に繰って我ながら迅速に装着を完了した。

それを見ていたAは僕のことを心強く感じたのであろうか、それとも不安でいっぱいだったのだろうか、その視線は幾分力がなかった。

猛然と降る雪とは対照的に道路上はベチャベチャに濡れているばかりで、雪はまったくないといってよかった。

経験上、こんな路面状況でチェーンを履いてはいけない。

ましてや、チェーンを履いて高速道路を60キロ走行してはいけない。

僕は動揺と焦りからそうした馬鹿げた行動にでてしまった。

地面との猛烈な摩擦で車内には轟音が響く。

高速道路に逃げ場はない。チェーンを履いているこの車を後続車はどんどん追い抜いていく。

なんとか体裁よく走り続けていたのだが、長いトンネルを抜けたころに、その轟音がそのうなりを増しけたたましい音、車体を破壊せんばかりの音を響かし始めた。

いよいよチェーンがぶった切れたのだ。

縛りのなくなった鉄鎖はぶんぶんと遠心力をつけ車体にたたきつけた。

限界を感じて、チェーン脱着所でもない路肩に命知らずよろしく車を停め、見るも無残につなぎ目のくだけたチェーンの取り外しにかかった。

作業する僕の脇を尋常でないスピードで―そうだ、ここは高速道路だ―トラックや車が通り過ぎる。

懸命に仕事をしていた僕は大して気にもしなかったが―今となっては無謀だ―後日、Aは跳ね飛ばされるんじゃないかと気が気ではなかったと回想したと言った。

作業を追え、チェーンなしで北陸を走破しなければならないことにこの旅に当たってのもっとも大きな不安を感じながら、神を頼んで高速走行を続けた。

時が経つにつれて、状況は過酷に、雪の世界となっていった。

極力ハンドルを安定させ、ビシャビシャの雪解けの上を走るよう心がけ、なんとしてもスリップを避けようとできるかぎりの注意を払った。

限界寸前で加賀ICを下りるともう一体は猛吹雪でとても走行不能だった。

今思えば、本当に危険極まりなかった。道路はよく見えない、凍結しているかどうかもわからない状況。

ひょっとしたらそれほどたいしたことがなかったのかもしれないが、いかんせん、経験がないため、路面凍結自体がどういうものかわからない。

近くのコンビニに車を停め、さて、これからどうしたものかとAと相談した。

Aは盛んにスタッドレスタイヤを購入することを勧めた。

僕も不本意ではあったがこの状況を鑑みればやむをえない、想定外の出費だがタイヤを買うかと気持が揺れ動いた。

しかし、辺りにはタイヤは愚か、量販店や用品店の看板すら見えない。

とりあえず猛吹雪の収まるのを車内で待ちながら、すでに冷めてしまったコーヒーをひと息に飲み干した。


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人生は幸福のためにある 『ゲーテとの対話』

『この小説の筋を比喩的にいうと、君は根から萌えでる緑色の植物を思いうかべればよいだろう。

それは、しばらくすると、強くしなやかな茎から、元気な緑の葉をまわりへおしひろげ、遂には花をつけて終りになる。

花がそこにあるとは予期されなかったことであり、それどころか唐突でさえあったが、やはり花はそこにある必要があったのだよ。

というより、緑色の葉は、ただ花のためにだけ存在したのだし、もし花がなければ、わざわざ存在する必要もなかっただろうね』


『現実というものは、それ自体では、どんな意味があろう?

われわれは現実があるがままの姿で描かれていると、われわれは喜びを覚えるし、ある事柄についてより明確な知識をわれわれに与えうることも間違いない。

けれども、われわれの高次の資性にとって、本当の授かりものは、詩人の魂から吐露される理想の中にだけあるのだよ』


『自由とは不思議なものだ。

足るを知り、分に安んじることを知ってさえいれば、誰だってたやすく十分な自由を手に入れられるのだ。

いくら自由がありあまるほどあったところで、使えなければ何の役に立つだろう!』     『ゲーテとの対話』より


僕たちの幸福ということもこれと似ているのかもしれない。

幸福も予期されるものではなく、また突然やってくる性質も持っているといえる。

そして僕たちにとって幸福ということは生きる意味であり、幸福である必要があるのだ。

しかし、だからといって僕たちは幸福の花を咲かせようとしてはならない。

しなければならないのは、しなやかで強い一本の茎を伸ばし、緑の葉をまわりにいっぱいに広げようとすることだ。

太陽の光のごとき世界の恵みをまんべんなく受け取ることができるのならば、僕たち一人ひとりが持ち合わせている美しき大輪の花を咲かせることができるのだ。

花をつけよう、つけようとしても花がつくわけではない。

仮についたとしても、それは貧弱ですぐに落ちてしまうだろう。

花はどのタイミングで咲くかはわからないが、それまでにできる限りの葉を伸ばし、りっぱに枝葉をつけられたものが幸福の花を咲かせる。

結果にとらわれることなく、地道にできること、やらなければならない仕事をきっちりとやること。

それが人生に大輪を咲かせる唯一の方法という気がしてならない。

人生は幸福のために存在する。


人生をただの生理現象と見ている人がどれだけ多いことだろう。

誰もが人生という名の列車の乗客なのだ。

景色は窓外をものすごいスピードで流れ、後ろへと消えてゆく。

時が経つにつれて、そのスピードは増していく。

大事なもの、美しきものは目を凝らし、探さなければ決して目に映ることはない。

理想を描くことは才能のいることだと思う。

現状に満足しない、世界をもっとよいものだと信じるところに理想はうまれる。

その理想をありありと描いてみせること、その才能のない人たちにそうした世界を示すことが詩人であり、偉人である。

詩情のない人間には、本当の感動や豊かな贈り物を他人に与えることはできない。


自由とは誰もが欲するところのものに見えて、その実、避けてしまうものである。

能力のないものにとって自由ほどやっかいなものはない。

手に入ればその扱いがわからないし、持っていないとその自由がほしくなり、愚痴をこぼす。

僕は紛れもなく自由を欲する人間である。

数学っぽくなるが、自由とはあくまで限定的な概念である。

必ず範囲が決められており、その中での自由なのだ。

自由は無限の広がりを持っているから、自分でどこか自由という枠をつくらなければならない。

その上でその高次の自由のために努力し、試行錯誤すること、これは人生の生きがいともなろう。

まずやることは、現状の自由の枠がどのようなものであるかはっきりと自分自身で認識することだ。

その枠の中でどれだけ自分の自由を保障し、自由の自由度をあげることができるのかの実践をしてみることだ。

すると、案外自由度の高いことに気がつく、自由が許されていることは当然のことではないから、そこに自然と感謝の気持が生れる。

自由であることは決していやしむべきものでもなければ、遠ざけるべきものではないのだ。

すでに与えられているものであり、求めれば与えられる性質のものであると信じている。


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思い出の『百峰閣』 山中温泉旅 1

日差しに春が感じられるような時候になると、冬を惜しむ気持からであろうか、雪国と呼ばれるような地方へ温泉旅をしたいと心が落ち着かなくなる。

さて、今春はどこへ旅しようかと考えながら、思いはかつての雪国の旅へと移っていった。

以前宿泊した宿をなんの気なしに、インターネットで検索してみると、最上位に「百峰閣、業務停止」の文字。

思い出に残っていて、僕にとって大事な宿だったので寂しい気持がした。

商売というものの矛盾や難しさ、そしてすばらしいものがあったということを記録してせめてもの慰めとしたい。

そのときも同じような気持から漠然と北陸までいってみようと思った。

松尾芭蕉が訪れ、『奥の細道』に記されている『山中温泉』へ旅することにした。

旅行の予約にまだ不慣れだった僕は、色々と迷った末に、料理や露天風呂がすばらしそうで、価格も良心的に思えた「思い出づくり 百峰閣」に泊まることに決めた。

3月ともなれば、気候は陽気でなんの心配もなく、その日を明日に迎えた。

準備を済ませ、天候が悪そうだということがわかっていたので天気を確認してみると、雪の予報。

雪の多い地方に住んでいない僕は滑り止めを持っていなかった。

こうした致命的な事態に陥ったのはカー用品店が閉店してしまっている時刻であった。

僕は軽く絶望した、打つ手立てはないのか?ホテルはもう予約してしまったし、それが明日に迫っていてはキャンセルするわけにもいくまい。

滑り止めを持っているかどうか、無謀にも友達に片っ端から電話をかけた。

なぜなら、もっていることすら少ないのに、それが自分のタイヤと一致することはほとんどありえないことであった。

しかし、奇跡は起きた。

Kの父がピッタリのチェーンをもっていたのだ!

僕は友人のありがたみ、いざというときの救い、そして感謝を思った。

ただ、不安であったのはそのチェーンがひどく古い、初歩的なごっついチェーンだったことだ。

深夜にチェーンの巻き方を覚え、いけるという喜びとこんなので石川までたどり着けるのかという不安が入り混じった気持を抱いて眠りについた。
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「解かる」と「分かる」 心に寄り添う

Iは考え込んだ風をして、静かに言った。

「人には感じるってことと、わかるってことがある」

以前、わかるということの意味を深く考えてみたことがあった僕は、それに続く言葉に注意した。

「感じるってことは文字通り、五感で感じるということ、そこには直接的な認識がある。

一方、わかるとは、脳の思考の働き、想像などのイメージや感触を伴う認識なんだ」

彼は近親の者の死に遭遇したときの感情―悲しみをはじめとした、―についてそう説明した。

僕は深く肯かざるをえなかった。

2人の間には完全に隔絶されたものが存在していることを悟った。

経験したことによって共感もでき、励まし、同情することができるのだ。

無力感と、その背後には世の無常に対する畏れもあった。

しかし、以前僕はここに一つのささやかな気休めを見出していた。

わかるというのにもまた2つの概念が含まれている。

「分かる」と「解かる」である。

漢字を研究すると、ときにこうした重大な発見に行き着くことがある。

Iが言った、解かる(理解する、感覚を伴った、脳での認識)ということができなくとも、分かるということはできるのだ。

その気休めとは分かるということなのだ。

気持を受け取ってあげる、相手が自分の中の感情を少し他人に受け取ってもらう。

それだけでも、気休めかもしれないが、気安くなる。

理解できなくとも、気持を酌んであげようと親身に寄り添おうと努力すること、それは人とのつながりの中で重要なことかもしれない。
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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