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自然と自由を尊重し、世界、神々に感謝

『フランスの詩人たちに学識があるせいなのだ。

ところが、ドイツの馬鹿どもときたら、学識を得ようとすれば、才能をなくしちまう、などと思っている。

どんな才能だって、学識によって養われねばならないし、学識によってはじめて自分の力倆を自在に発揮できるようになるのだというのに。

まあ、しかし、馬鹿は馬鹿のするにまかせておこう。

馬鹿につける薬はないさ。

それに、本当の才能ある人はちゃんと自分の道を見つけるものなのだ』


『通になろうとしてはいけないよ、ひとつ、きみに絵をみせてあげよう。

これは現存するドイツ最高の画家の一人が描いたものだが、芸術の法則の第一条にたいして大へんな誤まちを犯していることが一目でわかるはずだ。

わかるだろう、個々の部分はなかなかよくできているが、全体がしっくりしまい。

それは、この絵を描いた大家が十分な才能を持たないからではなくて、才能を導くべき彼の精神が、その他の擬古趣味の画家たちの頭と似たりよったりで、すっかり曇っちまっているからなので、その結果、彼は完ぺきな巨匠たちのことは無視して、不完全な先輩たちの方へ逆戻りしてしまい、後者の方を範としている始末なのだ。

ラファエロとその同時代人は、偏狭な作風をうちやぶって、自然と自由とにむかって突きすすんだのだ。

いまの芸術家連は神に感謝して、謙虚にこの長所を利用し、そのすぐれた道をさらに歩みつづけていくべきだのに、かれらはそれをしないで、再びもとの偏狭さに逆戻りしているのさ。

芸術には、すべてを通じて、血統というものがある。

巨匠をみれば、つねに、その巨匠が先人の長所を利用していて、そのことが彼を偉大にしているのだ、ということがわかる。

ラファエロのような人たちが土台からすぐ生いそだつのじゃない。

ちゃんと、古代および、かれら以前につくられた最上のものの上に立脚しているのだ。

その時代の長所を利用しなかったら、彼らが大したものになるわけがない』     『ゲーテとの対話』より


言い訳のための自己の正当化ほど見苦しいものはない。

今の場合の「学識を得ようとすれば、才能をなくしちまう」というのも、ただ学識を得ようという努力をしたくないからその理由付けにそんな理由を持ち出しているのだ。

たいてい、努力によって獲得したものがなにかの妨げ、ましてや才能の消失という結果を生むと考えられるであろうか?

世の中にはおそらく、道理というものがあって、こういう努力や鍛錬がすべて負に帰するというような道理は存在しないと思う。

あらゆることに報いがあり、がんばることには良い報酬が約束されている。

それがこの世の道理だろう。

まさに『知は力なり』であって、学識、知識のないところに堅固な理論や作品、技術が成り立つだろうか?

それらを持った上で、塩梅によって風合いなどを調整する技術も生れてくるのだ。

それにしても、このゲーテの毅然とした態度は意外であったが、やはり偉大であるということはある程度まで厳しくなければならない。

シビアな線引き、判断の指標なくして、力強い主張や正義の行動もありえないだろう。

自分の道を自分で見つけることができる―

これこそが才能であり、偉大ということもできるかもしれない。


僕はオタクや物知り、~通と呼ばれる人たちを軽蔑するわけでも、批判するわけでもないが、彼らに対してそれほどの知識や根気、情熱があるのであれば、もっと社会的に貢献できるような働きかけをしたらいいのにと思ってしまう。

健全な人であれば、きっと社会に対してなにかしたい、役立ちたいという気持を自然に持つだろうが、彼らは持たない。

だから、すこし特異な存在として僕たちに認識されているのだろう。

それに、果たして通になる必要がどこにあるのだろうか?

所詮自己満足であり、僕は途中で嫌気がさしてしまいそうなんだが・・・

よくないものをよくないものと認識することに意味はないと僕は断定する。

ベートーヴェンの全楽曲を知ることが大した意味になろうか?

それならば、生涯との関連から、特に傑作、意味深いものを認識し、理解することに情熱を注ぐべきではないか?

本当にたくさんの勘違いと、誤りが散見される。

音楽の楽曲のカバーは大いに結構だが、奇抜にしてしまったり、原型をとどめていなかったり、オリジナルの否定になってしまっているようなものを聞くと本当にがっかりする。

ほとんどのカバー曲が成功を収めていないのもまた事実だ。

自然と自由を尊重し、世界、神々に感謝しながら、僕たちの先人たちの教えを謙虚に受け止め、それに現代という時代のエッセンスを加えて、より発展したものとするのが現代人の役割だろう。

僕は少なからず、それを体験できているであろうか?

ゲーテなどの巨匠の言葉を引き取り、それに現代、僕の経験による感性、オリジナリティを込めていくその試作段階としてこのブログを位置づけているつもりであるが。

それによって至高のものが汚されることがあってはならないので、慎重に進めていきたいと思う。

すべての傑作の始まりは模倣にあり、傑作を題材としている。



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霊験あらたかな『那智大社・那智の滝』 3人旅

Kと僕とは小学生低学年のとき、サッカーやドッジボール、リレーなどで常にチームの主力であり、互いに競い合った仲だった。

高学年になって、部活が始まり、次第にチームから邪険にされていった僕に最後まで信頼と友情を持っていてくれたのもKだった。

中学生になっても2人の関係はなんの歪みも起こることなく、時には励まし、励まされることもあった。

Kさんは小学校は別であったが、中学1年のクラスが同じで、席順も近く、のちの彼の言葉を借りれば、

「なにかhajimeに運命的なものを感じた、こいつとは付き合いを持って、友達とならなければならない。

きっと将来自分の力になるやつだ」

という気持も手伝って、2人が懇意になるのに時間はかからなかった。

こうして僕を含めた3人は部活も同じで、普段からよく話したり、行動することが多かった。

そして、中3のクラスで偶然3人が同じクラスに編成された。

当然のことながらその1年は毎日が楽しく、3人の絆も深まり、常に行動を共にしていたといってもいいくらいであった。

それぞれタイプは異なる3人だったが、どういうわけか、不思議な力が僕らを結び付けていたのかもしれない、まったく軋轢の生じたことはなかった。

みな別々の高校、進路を歩み、連絡を取り合うことも、会って話すこともなくなった。

が、誰一人地元を離れたものがいなかった。

一度絆を結んだものたちは、たとえ距離や時間によって隔たりをもったとしても、容易に再び特殊な引力で結びつけられることができる。

この世界遺産を巡る3人旅もそうした経緯によって可能となった、いわば絆の結晶とも言うべきものかもしれない。

Kさんは大自然の景観を好み、文化的建造物や名所はあまり好まない。

そして、当時『熊野古道』が世界遺産に登録されて、それほど時を隔ててはいなかったので、僕らはだれもが、世界遺産に一度行ってみたいという気持を抱いた印象が残っていたので『熊野古道』を旅することとなった。

『熊野古道』と場所を同じくする『那智の滝』にも寄ろうと僕は提案した。

紀伊地方は高速道路も通っておらず、交通の便はいいとはいえない。

一人旅で行くのには困難が伴うことを僕は知っていたので、こうした機会をもてたことはとても幸運だった。

遠い道のりであったが、3人のドライバーが交代にハンドルを握ったので、疲労を残すことなく、また倦怠感を覚えることなく行き着くことができた。

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原始林に覆われ、山上に位置し、人が容易に生活を許されないような、たまさに霊場。

『那智の滝』は遠くからでもそれとわかる霊妙な豪瀑である。

その落差、水量ともに日本一であるという。

景観という点から見ても最も優れているといっても言い過ぎではないだろう。

苔むす岩壁とそれを砕く落水との共存は美しく、自然の威厳をかんじる。

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滝下からさらに長い石段を踏んでいくと、空に届くほどの山上に『那智大社』がある。

平面的で控えめな社殿で、背景の空と緑の境界に朱色が大いに映えていた。

霊験が一体を包んでいるのであろう。

昨年甚大な被害をもたらした台風12号は『那智大社』と『那智の滝』にもその爪あとを残した。

しかし、現在では社殿の復旧は終わり、滝への遊歩道などの整備はまだ完了していないようだが、いずれも御神体といったお祭りする大切なものの消失などの重要な被害には至らなかったようで、この地の偉大な神力によるに違いないだろう。

以前の姿をこの目で見ることができたのはラッキーだったように思う。

滝のまわりの山腹が崩れてしまったところもあったようだ。
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困難なくして喜びなし 『ゲーテとの対話』

『劇場便りを見ると、そこのオペラハウスや王立劇場でも、こちらと同じようなまずい作品をやっていることがわかった。

「どうすればこんなことがなくなるのかね。

もちろん、イギリスやフランスやスペインのいい脚本の力を借りて、毎晩よい作品を上演できるようなすばらしいレパートリーを組めれば、なんの苦労もない。

そうはいっても、一体国民は、いつもよい作品ばかり見たいなどと要求しているのだろうかね?

アイスキュロスやソポクレスやエウリピデスが書いていた時代は、もちろん今日とはまるっきりちがっていた。

時代精神というものがちゃんとあって、いつも真に最も偉大で、もっともよい作品だけを欲していた。

しかし、今日のような悪い時代には、一体どこに最良のものに対する要求などがあるだろうか?

そういうものをとりあげるようなところがどこにあるだろうか?

その上、人々は新奇なものを求めている!

ベルリンでもパリでも、観客というのは同じものだ。

パリでは、数えきれぬほどの新作が、毎週書き下ろされて、舞台にかけられている。

駄作を五つか六つ辛抱して見た上でないと、一つの傑作にはありつけそうにもないというわけだ』     『ゲーテとの対話』より


現在の音楽、映画、書籍などのあらゆる文化的活動においてもこのこととまったく同じことが言えるのではないか。

音楽では、どれだけ真剣に音楽に取り組んでいる人がいるか、彼らがどれほど打ち込んでいるかというのはわからないが、音楽を通してなにか伝えよう、すばらしき音楽をつくろうという人たちの作品が多くある中で、AKBや嵐などのアイドルグループが歌う、提供されたインスタントな楽曲がもっとも売れ、支持されていることを僕は情けなく思うし、あきれてしまう。

音楽はもっと高尚で、奥が深く、困難なものでなければならないし、そういったものである。

もちろん、生活を彩るためのものでもあっていい。

一日の始まりの活性剤、勉強をするときなどの雰囲気作りの一端を担うものであってもいいだろう。

しかし、そうしたものが主流となってしまい、芸術としての音楽、高尚な精神作用としての音楽の役割が忘れられてしまっているのではなかろうか?

映画にしてもそうだ。

GEOやTSUTAYAなどで映画のDVDが100円くらいの廉価で貸し出ししているのを見ると違和感と不満をおぼえる。

本当に真剣に、すばらしいものを作りあげようとして作った映画を100円で見るというのは僕は納得がいかない。

映画までが使い捨てになり、次から次へと大量生産の如く映画が作られている。

じっくりと時間と労力、ときには大金をつぎ込んで壮大で偉大な映画をつくりあげる。

そんな映画だったら僕は見たいなぁと思う。

でも、ほとんどの映画は映像や迫力ばかりが凝っていて、中身や構成はありきたりなものや、現実味のないSF、楽しむための仮想であって、哲学や主張を欠いている。

しかし、それを人びとは求めている!

気軽に、心を爽快にさせるもの、心地よくさせてくれるものを求めている!

挫折なくして、飛躍なし。困難なくして喜びなし。

音楽、映画、書物、それらを楽しむためには少なからず労力と能力を要するものでなくてはならないと思う。

新奇なものとは、ゲーテは本当に的確な表現をするから偉大だ。

ラノベや度を過ぎた少女漫画、暴力的な映画などは果して何を生み出すというのか?

世界には娯楽というものがなくてはならない。

すべてが発展、進歩のために存在するわけではなく、あるものは正しい。

現に、ラノベやその他もろもろの市場を形成するものは仕事を生み、人々を楽しませている。

だが、それを許していくのであれば、すべてなんでもあり、なんでもよい、ということになってしまう。

傑作を見たときの感動は本当にすばらしいもので、人生を変わるほどの衝撃である。

その傑作がそういった新奇なもののなかに存在するのかは疑問であるし、僕は存在しないのではないかと思っている。

少なからず、ゲーテの言うように、その存在する確立はきわめて低いものになるであろう。
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一人旅 温泉にはじまり、温泉に終る

正午前には水戸駅のホームに立っていた。

偶然、近くのビルにはいっている、中野に本店をおくラーメンの名店『青葉』を発見した。

僕は矢も盾もたまらず、開店直後に食券を手に、暖簾をくぐった。

お昼時には満席になるであろう店内も、僕についで数名入ってきていただけだったので、すぐにラーメンが運ばれてきた。

ラーメ~1

今まで食べたラーメンの中でもっとも見た目が美しいラーメンであった。

器の縁の青磁色と薄小麦色のスープ、平のりが両者の架け橋となって全体を引き締めている。

このスープ、コクがあるのにくどくなく、あっさりしていてしっかりとした味。

シンプルであるが絶妙なバランスで味が調和していた。

濃いラーメン=うまいという等式が成り立つように思いがちであるが、本当にうまいラーメンは味の深みを味わえるようなあっさりしたものであると確信した。

東北の厳しい寒さから逃れ、ビルのすきま風が温かく感じられた。

気がつくと、この一週間で日差しが身を包むようにやわらかになり、春がすぐそこまできていた。

水戸駅のホームで僕は少しばかり悩んでいた。

残った18切符は一枚。

水戸から一日で帰れない距離ではない。しかし、名所を多く擁する東京、神奈川、静岡を素通りするのはあまりにもったいない。

だからといって、もうすでに体力は限界に来ていたし、充実の旅を続けられそうにはなかった。

こうして想定と現実とのギャップを痛感し、一思いに帰路につくことに結論した。

水戸には空港が建設中であり、東京に近づくにつれ、町並みはコンクリートを多く含む建物に変遷していった。

上野、品川を過ぎると、首都であるにもかかわらず、なじみのない僕は東京に対するなんの感情も抱かなかったことに驚きの感情を抱いた。

横浜駅は立派そうだったのと、電車に乗りつかれたので、下車することにした。

百貨店そごうと一体になっており、ねんりん屋などの有名スイーツ店がケーキケースを並べていた。

丁寧に仕上げられたマカロンや老舗風情の羊羹などに買い物客が殺到していた。

ちょうど疲労がピークに達する頃合に電車は湯河原温泉に到着した。

僕は迷わずその地に降り立ち、温泉街まで歩を進めた。

箱根や伊豆とは違って、地味というのか渋いというのか、温泉街としての気取りがなく放浪者にはぴったりの湯治場ともいえそうな風情であった。

古くから知られる名湯であるから、泉質もやはりすばらしく、しっとりとからだを包み、からだの芯からあたたまり、なめらかな肌ざわりで疲れを忘れてしまった。

温泉にはじまり、温泉に終ったこの一人旅。

たくさんの経験と、見知らぬ日本北部の町。

日本全国、どこでもその土地の生活があり、人びとが並びくらしている。

そんな当たり前のことが、身近に実感として感じることができたことは僕にとって視野を広げることの意味を少し垣間見せてくれたような気がする。

こんなにのんびりと放浪に近いような旅を今後再びできるであろうか?

それは甚だ疑問である。

しかし、望めばきっと実現するであろう。

旅を住処とした松尾芭蕉のごとき、生粋の旅人はすばらしきかな。
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据え膳のごとき人生を僕は歩みたくはない 『アンナ・カレーニナ』

『≪さて、おれはいったい、どうすればいいのだろう?どんなふうにやったらいいのだろう?≫
そう彼はつぶやき、この短い夜に考えつくしたいっさいのことを、自分自身のためにはっきりさせようと努めた。

彼が何度も考えつくし、感じつくしたいっさいのことは、三つの異なる思索の系列に分れていた。

第一は、自分の古い生活を、つまり、無益な知識や不必要な教養を否定することであった。

この否定は、彼に喜びをもたらすものであり、彼にはいとも容易で簡単なことであった。

第二の思索と空想は、彼が現に生きようと望んでいる生活そのものに関するものであった。

彼はその生活の簡素さ、清純さ、正当性をはっきりと感じたので、こうした生活の中にこそ、自分がたえず病的なほどその不足を痛感していた、あの満ちたりた気持と、安らぎと、品位とを、見いだすことができるものと確信していた。

ところが、第三の系列に属する思索は、この旧生活から新生活への転換をどうすべきか、という問題のまわりをさまよっていた。

しかも、そこではなにひとつはっきりしたものが彼の前には浮かんでこなかった。

≪妻をもつことだろうか?仕事を、仕事の必要性を感ずることだろうか?

ポクローフスコエを捨てたものだろうか?土地を買うことだろうか?

村の組合に加入したものだろうか?百姓娘と結婚したものだろうか?

いったい、俺はそれをどんなふうにすればいいんだろう?≫

彼はまた自問してみたが、答えを見いだすことはできなかった。

≪ただ一つたしかなことは、この一晩が俺の運命を決したことだ。

今までおれが描いていた家庭生活についての夢は、みんなくだらない、見当ちがいなことばかりだ≫

彼は自分にいいきかせた。

≪そんなことはみんなもっとずっと簡単で、しかも、もっとずっとすばらしいことなんだ・・・≫

(中略)

≪いや、あの単純で労働にみちた生活がどんなにいいからといっても、おれはもうそこへもどることはできない。

おれはあの人を愛しているのだから≫』     『アンナ・カレーニナ』トルストイ著より


大学を辞めることはまさに「自分の古い生活を、つまり、無益な知識や不必要な教養を否定することであった」。

大学で得られる知識は無益なものにしか思えなかった。

そして、また養えるであろう教養は皮相的なものばかりで役に立ちそうになかった。

その考えは僕を自由にし、すがすがしい気持をももたらしてくれた。

では、僕が望んだ生活はどのようなものであったか?

大学にいかないことは直接システマティックな経済活動に与しないことを意味する。

景気や経営、お金を軸とした構造外に座をしめることであるから、当然そうした富の恩恵を受ける場から遠のくことになるのだ。

僕はそれを望まなかった。

しかし、人間は食べて、居を構え、生きていかなければならない。

資産を運用しようにも、資産はない。

働かざるもの食うべからずとは当然の理である。

僕は生来貴族趣味であったから、百姓や大工、職人といった仕事をするという考えは休火山の如く、強く沸き起こるものではなかった。

芸術活動であろうか?そも、芸術活動とはなんだ?

先天的にその道も限定されていることを僕は知っている。

その限られた道の一つが文学であると僕は考えるのだが、夏目漱石は言っている、

「死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士のごとき烈しい精神で文学をやってみたい」

文学が極めて険しく、過酷なものであることを示す一例だ。

大学へ行かないと決めたときから、運命は決した。

僕が描いていた人生、家庭生活は実のないもので、据え膳のごときものであったのだ。

漠然と、違和感を覚えていた、違う。

すべてはもっとすばらしく、シンプルであるはずなのだ。

働くこと、仕事すること、文学をすること、すべてに激しき動機と情熱が必要だ。

それはどこからやってきて、僕をとらえるのであろうか?

それは愛であるに違いない。

ここではキチイに対する愛によって、労働に満ちた生活を否定することになるのだが、僕も実際に考えてみるのだ、結婚によって働く動機となりえるだろう、しかし結婚とは本来手段であるはずでない。

それは不純であり自己欺瞞であると。

自己愛、親孝行への思い、あらゆる感情が渦巻くが、こうした結論を出していくよりない。

僕はもうそこへ戻ることができない。

なぜなら、僕自身の人生を歩んで生きたいと願っているのだから。
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成功法則 『ゲーテとの対話』

『これこそ、まさに自然のもつ偉大さなのさ。

自然はこんなにも単純だし、どんなに大きな現象であっても、いつも小っぽけなものの中に再現されるのだからね』


『「しかし、ニュートン学派の人たちは、この単純きわまる現象をどう説明しているのでしょうか」

「君がそんなことを知る必要など毛頭ないさ、あまりに馬鹿げているよ。

そんな馬鹿げたことにいつまでもかかわりあっていると、せっかくのいい頭もどんなに毒されるかということがみんなにはまるで分かっていないのだ。

ニュートン学派のことなど、少しも気にするには及ばない。

純粋な学説に満足していればいいのさ。

そうすれば、君も成功するに違いない」』


『私は数学は適切な場合に利用されるかぎりにおいては、もっとも高級な、もっとも有益な学問として、尊敬している。

しかし、およそ当該領域でもないことで、この高尚な学問を、たちまち無意味さが露呈してしまうようなことにまで誤用しようとするのは、感心できないよ。

おまけに数学的に証明されなければ、一切のものも存在しないみたいな調子だからな。

娘が愛を数学的に証明できないからといって、その娘の愛を信じようとしない人がいたら、それは大へんな愚か者だよ!

持参金なら、数学的に証明できるかもしれないが、愛情はできやしないよ』


『色彩論の諸現象を理解するには、純粋な直感と健全な頭脳のほかには、なにも要らない。

しかし、この二つをそなえた人は、世間で想像している以上に、滅多にいるものでないことは、もちろんだ』     『ゲーテとの対話』より


『自然の摂理』という言葉があるように、自然には一定の法則が知らずとも存在しており、万象はその法則にしたがっている。

であるから、それらを的確に区分・分類することが真理の解明への近道であろう。

カブトムシを研究しなくとも、同じ昆虫であることがわかっておれば、すぐに見つかるアリを研究してみれば、そこにカブトムシの構造などが再現されていることを発見できるであろう。

これはもはや全くの真理である。

『細分化し、分類し、着実にひとつひとつを処理していくことが、いわゆる成功の秘訣である』


僕たちには怖いもの見たさや自暴自棄を好むといったような性癖をもっている。

世の中には知らなくてもいいもの、やらなくてもいいことがたくさんあることを理解しなければならない。

それらは一時的な欲求に属するものが多く、案外たやすく回避することができる性質のものである。

そうした欲求に従うのではなく、最善の道を歩むことに関心をよせ、集中するべきだ。

失敗する人が陥りやすいのは、成功するための情報、方法ではなく、失敗するための情報や方法に関心が向いてしまうことだ。

そして失敗談や失敗した人に興味を持ち、その話などを盛んにする。

しかし、成功したいのであれば、失敗した人や、誤った道のりを歩んでいる人びとにかかわっていてはいけない。

つねに、成功者の言葉に耳を傾け、自らの歩んでいる道と、その先の道のりを考えることに集中しなければいけない。


高校時代、僕は数学を学問のうちで第一級のものだと思っていた。

だから数学に力を注ぎ、ほとんどの学習の時間を数学に費やした。

しかし、哲学や文学の存在をはじめて痛感して以来、数学は道具としては一級品であるが、人生の行路を示す羅針盤の役割までは果すことができないことを悟り、それらに力と時間を費やすことにしている。

現代では経済や政治などを数式にあてはめ、景気などを予測する評論家などがテレビで好き勝手に自論を展開しているが、そうした人びとの行動を数字として捉えるのを僕は好まない。

そして、これがもっとも重要かつ誤りがちである事柄であると思うが、それは

『数学に適応できるものは、心という神秘には作用を与えない。

愛や友情、やさしさなどは数字化できない。

その数字化されないものこそ僕たちにとって大切なものである』


『純粋な直感』と『健全な頭脳』。

なんと率直な的確な表現であろう。

あらゆるものを五感、あるいは六感で率直に、純粋に感知し、にごりなき、清明な頭脳でそれらを認識する。

これこそ生活ではないだろうか。

そこには自然、正しき欲求のみが生れてくるであろう。

そして、それに純粋に従うことで、また純粋な認識をえる・・・という繰り返しである。
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一人旅 日本風の淡色『偕楽園』

仙台の名物といえば、僕の中では『タンシチュー』なので、松島海岸にいくらかあったお店の一つに入り、食した。

どうして名物なのか、そのいわれは知らないが、普段なかなか食べる機会がなく、また高級感も手伝って大いに感動したのを覚えている。

ルーがつやつや輝いていて、ミルクが園をえがいてかかっていた。

ブロッコリーとにんじんが添えられていて、見栄えがよかった。

濃緑と橙色、それらを混ぜ合わせた如く色のシチュー。

器は日本風の手作り感が出た陶器であった。

旅はやっぱり見るだけではおもしろくはない。

食べても楽しみたいし、温泉などは肌で感じることも楽しめてしまう。

ときに香りを楽しむこともできるのだ。

続いていった梅の名所で知られる『偕楽園』でまさにそのことを実感した。

この旅でもっともラッキーだったのは、水戸の『偕楽園』を訪れたときにちょうど梅まつりが催されている時分で梅が満開のタイミングだったことだ。

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奥に見える家屋は『好文亭』で、瀟洒なつくりとなっており、庭園の雰囲気とマッチしており、見学しているうちに気持ちが和んできた。

いたるところに梅が咲き誇っており、梅林は圧巻であった。

梅のすこし強い香りがあたりに漂い、気持ちがよかった。歌人になったようだった。

今振り返ってみると、『偕楽園』は庭園と呼んでよいものか疑問に感じるほどに広大な敷地で、一般的な指定公園などのジャンルに分けられそうなほどだ。

後楽園は緑と水面。

兼六園は鈍色と渋い石と樹木。

偕楽園は日本風の淡色とすっきりと開放的。

というそれぞれのイメージが僕の脳内では創られている。

これは、訪れた季節に大きく影響を受けてしまっているため、何度か足を運んで、さまざまな表情をそこに重ねていきたいと思う。

また、梅のほかにもこれほどに広大な敷地であるから、各所に見所が多く存在している。

精神的に癒され、気持ちも洗われたわけだが、いかんせん体力は散策した時間に比例して募っていった。

僕は疲労感を鑑みながら、そろそろこの旅も終わりにしようかと、電車に揺られながら考えた。
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『独学』と『進歩』など 『ゲーテとの対話』

『なにもかも独学で覚えたというのは、ほめるべきこととはいえず、むしろ非難すべきことなのだ。

才能のある人が生れるとすれば、それはしたい放題にさせておいてよい筈はなく、立派な大家について腕をみがいて相当なものになる必要があるからだよ』


『独自の思想をお持ちにならないので、他人の思想を借りて来られるか、独自の思想をお持ちの場合は、使いこなせないか、そのどちらかです』     


『あなた方の息子さんが、自分の描くものをくっきりとした明暗によって浮きあがらせ、見る者が思わず手でつかまえたくなるくらいのセンスをもっていないようでしたら、息子さんには才能はありません』


『あなた方の息子さんは、遠近法と解剖学を十分に修得してから、りっぱな大家に師事させなさい』


今どきの若い画家連中には情緒もなければ精神もない。

彼らの考えというのは、何も内容がないし、ぜんぜん感動を与えないよ。

剣を描いても、切れそうにもないし、矢を描いても、当たりそうもない。

精神がすっかりこの世から消えてなくなったのではないかと、ときどき情けなくなるよ』


『すべてが現状のままであるかぎり、ほとんど何も期待できないということだ。

時代のよいものをすべてすばやく自分のものにして、それによってすべてのものをも凌駕するような偉大な才能が現れなければならないのだ。

その手段はすべて目の前にあるし、道は示され、軌道まで敷かれている。

その上今や、われわれはフィディアスの作品までこの目で見ることができるのだ。

これは、われわれの若い頃には想像もできなかったことだよ。

今日欠けているのは、偉大な才能だけだ』     『ゲーテとの対話』より


「独学」という言葉はとても曖昧で厄介な言葉であることに気がついた。

なんでもそうなのかもしれないが、概念というものには線引き、境界線を定義することによって限定されるもののことである。

「独学」とはある学問や、技術を修得するためにその道の先達者から教えなどを乞わず自力ですることであるのだが、学問や技術がどこから始まるかということが明確でない上、人間である以上なにかを教わらずできるようになることはないはずである。

たしかに、模倣を得意とする生き物であるゆえ、まったくないとは言い切れないのかもしれないが・・・

この文言から読み取れるのは、ゲーテが独学を全否定しているのではないということだ。

これは、こんな忠告の言葉ではないだろうか?

「すでに先人たちはさまざまな発明と発展を実現してきたが、その過程をもう一度自らの力によって経験することに意味はない。

そこにあるのは自己満足と自己顕示でしかありえない。

学問や技術の目的はその修得ではなく、それにより実現されるものであるからそのためには効率よくやることも考えなければならない。

であるから、教えを乞うことでそのノウハウを獲得でき、向上の助けともなる」ということであろう。

時には独学の姿勢はよい影響を生むのも確かだと思う。

発明や進歩は試行錯誤なくして得られるものではないだろう。

独学とは試行錯誤の連続であるし、また先達者から技術やノウハウを盗むという能力も培わなければならないだろうから、師事する、しないに関わらず、これらの姿勢は必要となってくる。

理屈で言えば、独学よりも教わる方がメリットが多そうだ。

だが、一方でオリジナリティ、先入観を抱くことなく、純粋な観点でその道に邁進できるのは「独学」であるといえるかもしれない。


これはモーツァルトの手紙に書かれたものであるが、

芸術に思想がないのであれば、それは栄養のない食物に似て、僕たち人間にエネルギーや活力を与えるものとならない。

高邁な思想を育てること、それが芸術家のみならず僕たちがやらなければならない人生における仕事である。

そして芸術家であるならばそれを表現できなければ芸術家たりえない。

芸術家にただ憧れを持つものこそ災いなれ。

このブログにしても、ただの思想の受け売りであるならば潰してしまわなければならない。

あくまで書物の力を借りて、自らの思想を掘り起こし、表現してみるというスタイルでなければならない。

まだ、稚拙で力もないから自力で思想を掘り起こし、構築するのは難しい。


こちらはレオナルド・ダヴィンチの言葉であるが、

さすがは万能の天才、ルネッサンス期の巨匠、言うことが違う、とてつもなく厳しい。

もはやこれは才能があるというより、天才があるといわなければならない。

もちろんこれは現在の才能という概念による語弊であって、レオナルドはその意味で才能を使っている。

元来、才能とはそれほどまでに価値があり、また特別なものであったのだ。

だから、不幸な人、中途半端な役立たずが現れにくかったのかもしれない。

そして大天才が生まれたのだろう。

そして、何事にも基礎があり、基礎を確実に修めることの重要性をレオナルドも説いている。

現代のようななんでもありの時代で基礎や基本が軽率に扱われている。

なんでも先に進んでやりたがり、難しいこと―できなくて当たり前という見栄も手伝って―に興味を持ち、それをできるかどうかに競争が生まれている。

しかし、小さな、つまらない、単純な、基本的なものをそつなくこなすことが最も難しく、評価すべきことがらである。


経験が少ない若者はどうしても、理論で頭でっかちになりがちだ。

それは学問的な知識にしろ、芸術などの技術にしろいえる。

それは仕方のないことなのだが、その理論をじっくりと考察し、実践するということをしていかなければならないし、それが健全な精神と、実のある精神をつくる。

若い時代というのは、この精神や思考力を養う時期であるから、この仕事を怠ってはならない。

たしかに、現在の若い世代は脆弱だと思う。


時間はない。

現代のよきもの、残されているものを汲み尽くし、オリジナリティを加え、偉大なものをつくりあげていく。

現代は本当にすばらしき時代だ。

青空文庫によってすばらしき文学は手に入れることができ、youtubeでは優れた楽曲に触れることができる。

わからない知識は百科事典がなくとも大方の調べをつくすことができる。

逆に言えば、厳しい時代とも言える。

なぜならば、知識や情報はだれにでも手に入れることができるからだ。

すなわち、それをどのように、どんな取捨選択によって手に入れ、また作品として昇華させるのか。

そこにすべてがかかってくるからである。

僕は次々に先代の遺産を凌駕する作品や事業が完成されることを期待する。

もちろん、自らに対しても。
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一人旅 日本三景『松島』 

盛岡をまだ朝冷えが残るうちに発った。

東北最大の都市仙台の仙台駅は久しく見ていなかった鮮やかな表示の電光掲示板、人のざわめき、路線に分けられたプラットホームがあり、近代化著しかった。

そのまま日本三景で知られる『松島』へと電車を乗り継いだ。

松尾芭蕉をして、

『松島や ああ松島や 松島や』

とただただ感嘆を示すよりなかったことは有名である。

まず、恐ろしく荘厳で、俗世とは自然の多大なエネルギーによって一線を画しているかのごとくある『瑞巌寺』

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本堂はもちろん立派であるけれど、そこまでの杉並木の参道とその脇には洞窟群があり、それがとりわけすばらしく、他の寺院ではお目にかかれないんではないかと思えるほどである。

続いて、『福浦島』という松島にある小島。

ここは有料であるが、実際に橋を渡っていくことができる。

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全体に遊歩道がめぐっており、浮き島の自然に満たされる。

ところどころから松島沖がのぞき、ひらけたところからは、松島の景観を楽しむことができる。

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松島の島々をながめていると不思議な気持ちに捉えられる。

どの島も松にびっしり覆われている。

どうして、何にもない島に松ばかり生えるのだろう?

おそらく、もともとはすべて一つの固まりになっていた山かなにかだろう。

波や風の浸食によって、ひとつとして他の島と形を同じくしているものはなし、その形もさまざまで、視界の奥のほうまで浮き島が見える。

東日本大震災があり、姿はすこし変ってしまったのだろうか。

こうして東北を旅したことは、自ずと東北地方へ対する愛着を呼び起こし、震災時も訪れたことがある地ということで、案じる気持ちも一段強くなった。

あのときの穏やかな海を思い出すと、複雑な心持がする。

最後に、『五大堂』という御堂が小島に建てられており、そこに透かし橋がかけられている。

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この橋は、橋げたに隙間が作られており、覗くと海面が見え、身を引き締めるための効果であるらしい。

日本三景恐るべし。

随所に筆舌に尽くしがたいほどの、景観をもっている。
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良心と行動の一致 『ゲーテとの対話』

『われわれの行動には、すべて結果がともなうが、利口な正しい行動が、かならずしも好ましい結果をもたらすとはかぎらないし、その逆の行動がかならずしも悪い結果を生むわけでもないので、むしろ、しばしばまるっきり正反対の結果になることさえある』


『世の中には、現実の真相に対して想像力を持った人がほとんどいないね。

むしろ人びとは、まったく知りもしないのに、奇怪な想像を抱かせるような珍しい国々や状況に楽しみを求めようとする』


『後退と解体の過程にある時代というものはすべていつも主観的なものだ。

が、逆に、前進しつつある時代はつねに客観的な方向を目指している。

現代はどう見ても後退の時代だ。

というのも、現代は主観的だからさ。

このことは、文学だけでなく、絵画やほかの分野においても見られるのだ。

それに対して、有意義な努力というものは、すべて偉大な時期ならどの時期にも見られるように、内面から出発して世界へ向かう。

そういう時代は、現実に努力と前進をつづけて、すべて客観的な性格をそなえていたのだよ』     『ゲーテとの対話』より


言い換えれば、現実というのは過去の己の行動の結果である。

しかし、その行動が正しき行動であったのか、悪しき行動であったのかは現時点ではすでに判別できなくなってしまっている。

というのは、いずれの行動からも同様の結果を得ることがあるといえなくはないからだ。

では、ゲーテは何をいわんとしているのだろうか?

正しき行動をするにせよ、悪しき行動をするにせよ、その結果は神の思し召し、運命、そういった推し量ることのできない力によって与えられるのであって、僕たち小さき人間は正しき行動を心がけ、悪しき行動を避け、もしそうした行動をしてしまっても、償い、悔い改めることをするしかないのであるということではないだろうか。

僕たちは結果に関心を示し、その良し悪しをそのまま原因となったであろう行動に直接結びつけて考えがちであるが、そこには神秘なる力が加わっていることを忘れてはいけない。


たとえば、僕は今、『アンナ・カレーニナ』トルストイ著を読んでいるが、家族はおろか、結婚生活すら経験していないので、それにともなう苦悩や葛藤、複雑な人間関係などは実感をもって理解することはできない。

しかし、優れた描写の助けを借りながら、想像力を駆使して、それを疑似体験、あるいはシュミレーションを楽しむということはできるのではないか、現に僕はそうした楽しみを味わっている。

たしかに、一般的には奇怪なミステリーや航海、冒険の物語が好まれている。

あえて、その名をあげることはしないが、スリルやエンターテイメント性がたとえ高いといえども、直接的なイメージを想起させるような媒体ではなく、想像力でもって脳内イメージを構築できるような媒体によって思想や思考、世界の理解に努めたほうが有益にちがいない。


主観的と一言にいってもさまざまな面をもっているのだが、特にこうした負の要素というのは、利己心による行動と結びつきやすいことであり、それは後退と解体を引き起こすというのは納得がいくだろう。

僕たち一個人にしろ、社会全体にしろ利己主義に陥ったら最後、その形態は破綻を待つよりほかない。

この世界はすべて陰と陽によってできている。

利するところあれば、損するところありなのだ。

利己主義によって全体を利することは不可能であり、利するところが偏れば当然のことながらそこは減退か解体を余儀なくされる。

一方、客観的であれば、対比して言えば、全体主義であるならば、公平さ、平等に全体を利するにはどうすればいいかという行動規範によって、一個人や社会が働きかけるわけである。

全体を利すること、構造の底上げとはまさに、進歩、発展であり、そのための努力は内面から自己を通しての働きかけに努めることで、それは良心と行動の一致の状態である。
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言葉のすさまじきエネルギー 『ゲーテとの対話』

『やたらに定義したところで何になるものか!

状況に対する生きいきした感情と、それを表現する能力こそ、まさに詩人をつくるのだよ』


『研究者や作家のひとりひとりに性格の欠けていることがわが国の最近の文学の諸悪の根源だ。

とくに批評においては、この欠点が世間にいちじるしい害毒を流している。

真実なもののかわりにまちがったものをふりまいたり、あるいはみすぼらしい真実のおかげで、われわれにとっていっそう役立つ偉大なものを奪いとってしまうからなのだよ』


『たいていの人間にとっては学問というものは飯の種になる限りにおいて意味があるのであって、彼らの生きていくのに都合のよいことでさえあれば、誤謬さえも神聖なものになってしまう。

文学においても、事情は、これよりましというわけではない。

そこでも偉大な目的とか、真実で優れたものに対する純粋な感覚とそういうものの普及とかは、じつに稀にしか見られない。

他人を擁護したり、もてはやしたりするのも、結局は、自分がまた擁護されたり、もてはやされたいためなのだ。

だから本当に偉大なものは、彼らには不愉快で、そんなものは世の中から放っぽりだしかねないし、そうすれば、彼ら自身がそれだけ少しでも有名になるとでも思っている。

大多数がそうだし、少数の傑出した人たちだって大して変りはしない』


『どんなにあらゆる点で才たけていても、結局それだけでは世のためにもならないし、それだけでは少しも建設的なところもない』


『一体われわれは、何を知っているというのだろう、どんなに機智を働かせてみたところで、どこまで進歩できるというのだろう!

人間というものは、この世のさまざまな問題を解いてみせるために生まれてきたわけではない。

問題の発端がどこにひそんでいるかを探りだし、それから先は理解できる範囲内に自分をとどめておくべきなのだ』


『宇宙の運行を測るなどということは、人間業の及ぶところではない。

森羅万象の中に理性を持ちこもうとしても、人間の卑小な立場からでは、全くの徒労に終るだけだ。

人間の理性と神の理性とは、まるっきり違ったものだからね。

また、われわれは、いっそう高い格言を、それが世のためになるかぎりにおいてのみ述べるべきだろう。

それ以外のものは、自分ひとりの胸中にしまっておけばいい。

それでも、それらは、雲間にかくれた太陽のなごやかな光のように、われわれの行動の上に、その輝きを投げかけようとするし、また事実投げかけることだろう』     『ゲーテとの対話』より


少し哲学をかじったり、芸術にかぶれていると~主義、~派、また、ある程度学があれば定義というものに多少の親しみがあるだろう。

そして、陥りがちなのが人や事柄についてすぐに定義づけをしたり、分類、ラベル付けしてしまうことだ。

本人は知力を示しているつもりかもしれないが、まず人であれば失礼はなはだしく、またそんな単純に定義できるものではないことが自明であるから、愚かしくみえる。

そうした定義は得てして便宜上の条件として導き出される性質のものであって、定義に始まるものではない。

そんなことを的確に言ってしまうゲーテはやはり偉大である。


僕が史実をあまり信頼せず、また親しまないのは結局のところ疑わしきところは否めないし、そんな不確かなものから自らの思想や感情を導き出したくはないからだ。

常識や教訓となっている史実やエピソードからは大いに学ぶことが多いので、それは折にふれて学ぼうという姿勢は忘れないようにしているつもりだ。

上杉鷹山による米沢藩の立て直しや徳川家康の遺訓などである。

物知りを自任している人物に限って、こうした空気の読めない話をする。

「織田信長は自害したのではなくて、命からがら逃げ出し、その途中で死んだんだ」

「太平洋戦争のとき、日本は米軍にはめられたんだ、あたかも不意打ちを食ったようにみせかけるようにね」

そんなことを知って一体なにになろう?

教訓も、なにもあったものではないではないか。

織田信長は家臣の裏切りによって、太平洋戦争は日本がやはり帝国主義を強引に押し進めすぎた結果うまれてしまったのだ。

というような教訓としていたほうがいいように僕は思うのだが。


僕は学問のための学問を心底、嫌っている。

天下りなどと同様に卑しい体質だと思う。

学問は決して金のためにあるのでも、生活のためにあるのでもない。

真理を求める本能と精神、心、思考力、思想、世界を発展させるためになされるべきものである。

また、名誉のためでもない。

それがどうだろう、大学の名前、世間体、評価などなどのために世間は騒ぎ、学歴や功績を祭り上げる。

見るところはそこではないのに、どこをみているのだろう。

人間は足を引っ張り合うか、傷をなめあうことしかできないのだろうか!

一個人として、思想を発展させ、世界に発信し、行動する。

それにたいして正当な評価をするために受けても鍛錬する。

これが本当の発展ではなかろうか。


才能があるとか、技術があるとか、そういったことは相対的であるし、また視点や状況によってその基準は容易に変化する。

にもかかわらず、それに拘泥し、不自然にすがり続けるという不幸がしばしば起こる。

それは結局、結果や成績にしか価値を見出さず、関心をおいていないからだ。

あくまでそれらは二次的なものに過ぎない。

世界や人のためになにができるのか?ひいては自らのためになにができるのか?

それは技術や才能の有無とは別の大きな観点である。

なにをなそうと働きかけるか、それさえ間違えなければ建設的なことを行うのはたやすいかもしれない。


意味のない研究に時間を費やす研究者、学生がどれほど多いことだろう。

世界を知りたいという欲望に駆られるのは理解できるが、その前に僕たちにはやらなくてはならない使命のようなものがある。

それは、日々起こり来る問題をひとつひとつ解決していくことなのだ。

世の中には本当にさまざまな問題が転がっており、生まれてくる。

その処理をこなしていくことが僕たちのやるべき仕事なのだ。

そこにつながってこないような研究はひとまずおいておいた方がよさそうに思う。


『初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき、言葉は神であった』

といわれるように、言葉には秘められたすさまじきエネルギーがあると僕は信じている。

この言葉を使えば、人を励ますことも、幸福にすることもできるはずだ。

もちろん、言葉には時間を戻したり、人間を生き返らしたりできる力は持ってないので限界はある。

その限界こそ、人間の理性と神の理性を隔てているものであろうと思う。

それを簡潔に、わかりやすく飲み込みやすい薬のようにしたものが格言とよばれるものであろう。

詩人、文学者、作家、芸術家に限らず、言葉はだれでも使いこなせ、生み出すことができる。

内村鑑三も言っていたが、

生きているのであれば、自分なりの言葉でもって文学をやらなければならない。

そこには少なからず力と真実が込められるのであるから。
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まわりの大人の要らぬ心配

『彼の母も、だれもかれもが、すべて彼の心の問題に干渉する必要を認めているのだった。

こうした干渉は彼の心に敵意を呼びさました。

彼はめったにそんな感情は経験したことがなかった。

≪あの連中になんの関係があるというんだ?

なんだってみんなは、おれのことを心配するのを、義務と心得ているんだろう?

それに、なぜみんなしておれにからむんだろう?

きっと、これはなにかしら、あの連中の理解できないことだからだろう。

これがもしありふれた、月並みな社交界の情事だったら、あの連中もおれをそっとしておいてくれたにちがいない。

ところが、あの連中もこれがなにかしら別のもので、おもちゃでもなく、あの女がおれにとって命よりも尊いものだということを、感じとったのだろう。

それに、これがなにか自分たちに不可解なものなので、それでみんないまいましがっているのだ。

いや、たとえぼくたちの運命がどんなものであろうと、またどうなろうと、それはぼくたちが作り上げたものだから、泣き言なんかいうものか≫

彼はぼくたちという言葉の中に、自分とアンナとを結びつけながら、こうひとりつぶやいた。

≪いや、あの連中ときたら、ぼくたちにちゃんとした生き方を教えなければ気がすまないんだ。

そのくせ、あの連中は幸福とはなにかということなんか、てんでわかっちゃいないのだ。

あの連中には、ぼくたちはこの恋がなくちゃ、幸福もなければ、不幸もない、いや、生活そのものがないってことが、わからないんだからなあ≫

彼はそう考えるのだった』     『アンナ・カレーニナ』トルストイ著より


恋愛、結婚に限らず、仕事や学校生活にいたるまで、周りの人々は暇だからなのかわからないが干渉やお節介をしたがる。

幼いころから本当にそのことが忌々しかった!

やがて、気持ちを隠し、演技することをおぼえた。

いい学校へ入るといい、医者になるといい、有名で給料のいい会社に入るといい、適度な恋愛をするといい・・・

みんな幸福ということがわかっていないのだ。

目に見える、周りの人たちが容認しているそうした足場の上にのることを無責任にすすめているだけなのだ。

ただ、長く生きているということをさもすばらしい偉大なことだと思っている。

何の考えもなく、自らの生きてきた視点でしかものが言えない人たち。

ひとりでもまわりにそうした柔軟なすばらしき大人がいてくれたら!

まったくこちらは信頼もおいてない、むしろ不信感さえ抱いているのに、心配することを義務と考え、責任感さえ感じている厄介な知り合い程度の大人。

自分の子の教育よりも、他人の子の教育をしたがるのは親の性であろうか。

教育者の子どものできがわるいのはよくいわれることではなかろうか。

頭ごなしの干渉は本当にやりきれない。

ゆっくりと話す機会さえもったことのない人がそうした干渉をしたがるのだ。
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一人旅 東北地方の風景

金沢から津軽地方までの相当な道のりをただ物質的な距離として、2日間の移動時間の中に混合してしまったことを少なからず後悔している。

東北地方へ行く機会というのは中部地方に住んでいる人間にそうそうあるものではない。

ましてや、その寒さ厳しく不便な日本海側に行くとなると自ら意図的に行こうと思わなければいくことができないかもしれない。

一方、もっとも日本の原風景が残っているところも東北地方といえるのかもしれない。

当時はそんなことが言えたのだが、東日本大震災があってから、僕たちの東北地方へ対する気持ちというのはそうした遠くてなじみの薄い、寒い地域という印象をもつに過ぎなかったものから大きく変った。

平和ボケし、他人との交わりが薄れ、一個人としての存在が尊重され、大事にする傾向にある僕らにとって、今一度、絆や国家、社会を認識するきっかけともなった。

それ以上に、悲痛、絶望、無力感、憤慨、そうした感情を目の当たりにしたのも事実。

あの旅のことを思い出すと、平和とはなにかってことがすこしわかるような気がする。

いずれまた、じっくりと東北地方を旅してみたいと思う。

津軽地方の旅は以前あるきっかけがあったからすでに書いてある。

津軽の旅

山形の『上杉神社』や青森の『十和田湖』を訪れることができなかったのが悔やまれるが、旅程のことを考えるとどうしても難しかった。

車窓からは広大な大地に峻厳な『鳥海山』が見えたり、葉をすべて落とし、根元を雪にうずめている津軽のりんご園。

盛岡市内では北上川と『岩手山』が寒さを倍加させるように無骨な氷の塊とその雪解けのように見えた。

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ゲーテのすばらしき箴言 『ゲーテとの対話』

『一体全体、耐えがたいこと以外に、なにか悲劇的な感動をあたえたりするものがあるだろうか』


『私は、モリエールの作品を毎年いくつか読んでいる。

それは、私が偉大なイタリアの巨匠たちの銅版画をときどき眺めるのと同じことだ。

われわれのような小粒の人間は、こういうものの偉大さを、心の中にしまっておくことなどできないからな。

そこでときどきそこへ帰って行って、その印象を心に蘇えらせることが大事なのだ』


『独創性ということがよくいわれるが、それは何を意味しているのだろう!

われわれが、生れ落ちるとまもなく、世界はわれわれに影響をあたえはじめ、死ぬまでそれがつづくのだ。

いつだってそうだよ。

一体われわれ自身のものとよぶことができるようなものが、エネルギーと力と意欲のほかにあるだろうか!

私が偉大な先輩や同時代人に恩恵を蒙っているものの名をひとつひとつあげれば、後に残るものはいくらもあるまい。

とはいえ、その場合でも、われわれが人生のどんな時期に、ほかの立派な人物の影響をうけるか、ということはけっして無視できない問題だ』


『人はただ自分の愛する人からだけ学ぶものだ』


『どんな非難を受けても、私は痛痒を感じなかったね。

著名な人たちではあったかもしれないが、そんな一握りの人の主観的判断などは、大衆の支持によって、また相殺されたからだ。

それはともかく、百万の読者を期待しないような人間は、一行だって書くべきではないだろうね』     『ゲーテとの対話』より


悲劇とは、僕たち人間がちっぽけで弱い存在だからこそ起こりうる。

普段そんなことは思ってもみないのだが、実際に悲劇の舞台に自分が登る段になって気づくのだ。

人間には生存本能、現状を打破し、進化、発展する本能が備わっている。

悲劇の中でその本能は顕著にあらわれる。

その人は悩み、挫折し、奮闘する。

健気な存在でありながら、そうして困難に立ち向かう姿は、結果の如何にかかわらず人々を感動させる。

ただし、こうした姿は耐えがたいことによってしか引き出されることはないのだ。


この『ゲーテとの対話』にしてもそうだが、こうして読み返すことで再び以前の印象が蘇り、また僕のような未熟な者にとっては新しきものまで手に入れることができる。

偉大な作品というものは、読むたびに新しく心に実りをもたらしてくれる。

生きていく上で重要なことは、適切な時期に復習を行うこと、忘れるのはどうしようもないから、忘れないように繰り返し演習を積むことである。

すばらしき音楽、文学、芸術、景色、食事を欲張らず、しかし絶やすことなく生活の中に織り交ぜていくことができたら、どれほど日々の生活が豊かになることであろう。


独創性というと、いかにも才能あふれる人の手による作品などに現れる特徴などのことであるように思われるが、ゲーテの洞察は本当に鋭い。

僕たちが独りで創り出せるものなどなにがあろう?

考えること、意思することのほかは経験によって、つまり外界からの影響によって思想や技術は生まれてくる。

では、人それぞれの個性、独創性を司るものはなにかといえば、その影響を与える事物、人物の選択と時期に他ならない。

それこそが、独創性、個性といえるのではないだろうか。

そういう意味で僕はラッキーだったと思っている。

ゲーテに関して言えば、『若きウェルテルの悩み』には大学時代、「今の自分のために書かれている!」と思うタイミングで出会い、退学するときにはスティーブ・ジョブズの演説に出会った。

高校時代に孤独を感じたとき、脳裏には尾崎の歌声が常に流れていた。

こうした、日々の中での事物の影響によって今の僕はつくられている。


では、なぜゲーテ、ジョブズ、尾崎豊、夏目漱石、ベートーヴェン、ゴッホ・・・を僕は欲し、愛したのであろうか?

(もちろん、学校の先生、両親、アニメ、そのほかさまざまなところで学んだのはもちろんだが)

これはまったく説明ができない。

ただ、偉大に思え、近づきたいと心底思ったからだ。

彼らの言葉を一字一句心に刻みつけようと思ったのだ。

そして、こういう姿勢だからこそ、学ぶことができるのであって、やはり愛する人からだけしか人は学ぶことができないのかもしれない。


僕はこうして思想や伝えるべきだと思うことを書いている。

ただの自己満足、とにかく漠然と読んでもらえるかどうかは問題ではない、こうした無意味に見えることに意味があったりするのだ。

と勝手にきれいごとを並べ、正当化していた。

しかし、ゲーテはそれを戒める。

百万の読者を期待して書かなければならない。

仕事とはそういうものでなくてはいけないし、他人の役に立たないものなど、他人に期待されぬようなものなどこの世の中に必要ない。

常に、人を励ましたり、感動させたり、向上させたり、発展させたり、楽しませたり、幸福にするようなものをつくらなければならないのだ。
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『最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するもの』

『洞察と活動とは、しっかり区別されなければならない。

芸術と名のつくものは、すべて実際にそれをやりだすとなると、実に困難なものともいえるし、偉大なものともいえるのであって、大家の域に達するには、おのれの一生を賭けなければならないということをよくよく考えるべきである。

ゲーテにしても、つとめて多面的な洞察を得ようと努めたが、活動面では、ただ一つのことに自分を限定した。

唯一の技術だけに打ちこみ、しかも大家にふさわしくなるまでに打ちこんできた。

すなわち、ドイツ語で書くという技術である。

彼が表現した素材が、多面的な性質を持っていたということはまた別の問題である。

同じように、修行も、活動とはしっかり区別されなければならない。

詩人が、外界の対象をつかむために、自分の目をあらゆる方法をつかって訓練しておくということも、修行の一つにかぞえていい。

そしてゲーテが造形美術をじっさいにやろうとしたことを間違った傾向とよんだのは、それを自分の活動にしようとした限りにおいてのことで、詩人としての修行に値するかぎりは、まったく当を得たものであった。

「私の詩に具象性のあるのは、やはり、あの深い注意力と目の訓練を大いにやったおかげなのだ。

そこから得た知識も、同じように高く評価しなければいけない。

しかし、修行の限界をあまり広げすぎないように注意すべきだね。

だがこれに反して、自分の専門に欠くことのできない知識に関しては、せまく制限したり、一面的な見方におちいることをつとめて警戒しなければならない。

劇場のためにものを書こうとする詩人は、舞台の知識を持っているのが当然である。

自分に駆使できる道具を良く考えて、いつでも、何ができるか、何ができないかを知っていなければならないのだから。

結局、最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものをいうのだ」』


『人間は、ただ一つのことだけに打ち込むべきだ』     『ゲーテとの対話』より


この話を聞いたエッカーマンは自然、このような疑問が生まれてくることに気づく。

「なぜ、ゲーテ自身は、きわめて多方面のことに生涯を費やしたのだろうか?」

というのは、ゲーテはドイツを代表する文豪であるのはもちろんのこと、宰相を務め、「色彩論」という論文を発表するほどの自然科学者でもあったからだ。

そして、エッカーマン自身このような分析をする。

ゲーテが世に出たとき、2つの大きな遺産―誤謬と不完全を受け継いだため、どれを取り除かなければならなかった、それが時代の要請でもあったのだと。

才能に恵まれ、知力にも優れていた彼にはそれが可能であった。

それゆえに、一つのことに限定することが難しかった。

彼は真理への愛と、人類にとっての害悪となる遺産を払拭するためにその仕事に取り組んだ。

エッカーマンはこのように結んでいる。

「もし、『ヴィルヘルム・マイスター』のような作品が、国民のあいだにすでにあらわれていたら、ゲーテは小説を書いたかどうかも、大いに疑問で、その場合、ひたすら戯曲だけに没頭しなかったかどうかも、大変疑問である。

彼がただ一つの方面にだけ全力を傾けたような場合、どれだけのものを創造し、どれだけの影響を及ぼしたかは、まったく見きわめがつきがたい。

しかし、たしかな点は、聡明な人間なら、全体を見渡せばすぐに、ゲーテがやむにやまれず神の御心にかなおうとして努めてきたすべてのことを作り出さないほうがよかったなどとはだれも夢にも思わないだろう、ということである」

才能、優れた知力、精神を持っていさえすればどの方面でも、その時代の要請にしたがって人類のために仕事をすることができるのであろう。


世間のほとんどのひとは、「ただ一つのことにだけ打ち込むのではなく、色々な経験を経なければ成長できないから、一つごとにかかずらっているのはやめなさい」と教えをたれてくる。

これは完全に意味を取り違えているし、誤謬だ。

一つのことだけに打ち込んでいるからこそ、人生の役に立つような経験を得ることもでき、関わる人もそうした経験豊かな上質の人たちであろうから、色々なことを学べるのだ。

情熱を燃やすこと、熱心に取り組むこと、まさに『自分を限定し、他から隔離すること』が最高の技術であり、そのためにつとめなければならない。
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「楽しさは知識から生まれる」 東北を旅して

金沢を出発し、どこへ向かうともなく、北上を続けた。

この旅の最も主要な目的は青森県、太宰治の故郷である津軽地方にある『斜陽館』を訪れることであった。

本州北端にある地であるから、それまでの道のりを考えると、途中、北陸など各地に足を延ばしながら到達するのが望ましいと考えた。

そういうわけで、金沢を観光していたわけだが、それからの旅路はまったくの未定であった、いや金沢よりも北部にある土地に関する知識が乏しく、道筋の見当さえつけることができなかった。

なにといって、電車のダイヤは間隔が広く、接続は内陸部へむかう一本の路線のみという具合で、遍歴の旅をするには不便といわざるを得ない。

待ち時間が30分などがざらにあり、凍える寒さの中待たなければならなくて、体力も奪われてしまう。

電車はひたすら海岸沿いを走った。

新潟の繁華街は客引きが多く、雑多で陰気な感じがした。

山形駅は主要な駅であるにもかかわらず、周辺にはデパートやビル、オフィスもなく、さびれた商店街が弓なりに奥へ見えなくなるようにあるばかりであった。

ずんだまめや玉こんにゃくが名産で、構内の売店でそれらを買って食べ、少しだけ山形を感じることができた。

秋田では、きりたんぽ、米どころ秋田の日本酒を楽しんだ。

結局、知識がないことには、世界は楽しむことができないと知った。

純粋な感動は知識とは無関係に得られるところのものであるが、人間的な感動―共感などは知識によって得られる。

東北など都市から離れたところにもっと関心を持ち、見聞を広めたいと思った。
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「小さいことを積み重ねる」 『ゲーテとの対話』

『芸術の才能というやつは、技術によっても、美学によっても、発展するものじゃない』


『人間のもっているさまざまの力を同時に育てることは、望ましいことであり、世にもすばらしいことだ。

しかし人間は、生れつきそうはできていないのであって、実は一人ひとりが自分を特殊な存在につくりあげなければならないのだ。

しかし、一方また、みんなが一緒になれば何ができるかという概念をも得るように努力しなければならない』


『すべての人間を集めてはじめて人類は形成される。

また他人を尊重してはじめてわれわれも他人から尊敬される』


『いつもただ一つの手仕事に自分を限定するようにすすめて、今は一面性の時代だ、このことをつかんで、自分のためにも他人のためにも、この意味で働く人こそ幸いなれ』


『多くの専門を概観し、判断し、指導することを本分とする者は、またできるだけ多くの専門にわたって洞察できるように努力すべきである。

だから、君主や未来の政治家は、いかに多面的な教養を身につけていても十分すぎるということはない。

すなわち多面的であることが、その人の職業なのだから。

同様に、詩人もさまざまな知識を持つよう努めるべきである。

なぜなら、世界全体が彼の素材であり、それをどう取り扱い、表現するかを理解しなければならないからである。

しかし、詩人は、画家になろうなどという了簡を起してはいけない。

世界を言葉で再現することができれば、もって瞑すべきである。

同じように、からだの表現によって世界を目の前にみせるのは、俳優にまかせておけばよい』     『ゲーテとの対話』より


素質、もって生まれた才能というのは努力によって得られるものではない。

昨日、Dさんは、「他人のことを羨まないこと、それが私のモットー」と言っていたし、イチロー選手は『あこがれを持ちすぎて、自分の可能性をつぶしてしまう人はたくさんいます。

自分の持っている能力を活かすことができれば、可能性が広がると思います』

という言葉を残している。

こうした例から、芸術に限らず、あらゆることには多かれ少なかれ才能がいることがわかる。

また、こうした才能は結局人間同士の比較に過ぎないので、単純に考えれば、才能という概念が生じるところに当てはまる才能ある人というのが存在することになる。

だから、自分自身にどんな才能があるかを見極めること、また周りの人が見極めてあげること、がとても大切なことである。

努力次第でなんとかなるという幻想は早く捨ててしまわなければならない。

誰しもがそんなことは経験的にわかっていることなのだが・・・

ただし、これは超一流になるための条件であるから、努力すれば他人よりぬきんでることができるのは当然のこと。

超一流は圧倒的で偉大だ。

若いときにそういった圧倒的偉大さに触れる機会があった僕は幸いだった。

無駄な努力や、思い込みなどで若い才能が消されてしまうことがないように願う。


「自分は他人とは違う人間なんだ」、「他人より優れているから、一般論は通用しないのだ」という身の程知らずの勘違いは若くて血気盛ん、野心家で、優秀であった人間が抱きやすい。

僕も自分自身を振り返ってみると、そんな生意気な生徒であり、少年であった。

しかし、あるとき気がついた。

自分自身を他人とは異なった人間に、特殊な、特徴をもった人間につくりあげようと努力することが、ひとかどのものになるための方法である!と。

ここで、ゲーテは諭してくれる。

自分を特殊な人間、特別な人間に仕上げようと努力するだけでは足りない。

みんなが力をあわせてできることはなにがあるか、どのようにすればそれを実現することができるのか、そのための努力もしなければならないと。


僕たちにとって、実感としての世界、人類というのは得がたく、それゆえに争いは絶えず、貧困や不公平、不平等が見えない原因や思惑によって生じている。

だれが、自分の家族や友人を傷つけようと思うであろうか?もし思うのであれば、それは必ず原因をどこかにもっている。

いつか、技術の進歩によって、その人類、世界の実感を得ることができるようになれば、さまざまな問題は解決に向かっていくだろう。

それまでに、僕たちは周りの人たちと和合することに努め、準備するべきだ。

他人を尊重する。ただ尊重するのだ。

他人の尊敬を得よう、信頼を得よう、そんなことは第三者が決めることで、僕が決めることではない。

他人を尊重するという自分のルールを順守するだけなのだ。


結局は人は人の手によって救われ、生かされ、励まされる。

人の手による仕事を好み、文字通り手当てがどれほど僕たちを癒してくれるかは、みんなが承知している。

そういった仕事を生業とできることはどれほどすばらしく、幸せなことであろうか。

では、言葉をつづることも間違いなく手仕事であり、言葉には力がある。

僕の言葉が他人のためとなり、そのための自分のためになるよう小さなことを積み重ねよう。


自分に要求されているものがなんなのか、自分が欲するものが要求する条件とはなんであるのか?

それをしっかりと見極め、問いただしてみること、それが哲学的ではあるが、近道であろう。

仕事にせよ、遊びにせよ、それが要求するものを事細かく分析し、その要望に忠実に倣って獲得していく。

それはほとんどの場合、知識に他ならない。

技術の元にも知識がある。哲学ですら知識を要する。宗教観もまた然り。

そして本分をわきまえ、わき目をふらず、浮気心や欲を出さぬこと。

自らの仕事を忠実にぬかりなくこなすこと。

単純であるが、実際にそこに身をおくとなかなか難しいことである。
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一人旅 金沢 『食』の魅力

金沢は「食」も魅力の一つである。

まず『金沢カレー』というB級グルメ。

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21世紀美術館のそばにある『ターバンカレー』さんでLセットというカツにソーセージ、コロッケがトッピングされたカレーを注文。

朝からたくさん歩き、腹ペコだったから、このボリュームはとてもうれしかった。

『金沢カレー』の特徴は、ステンレスの皿に盛り付けられ、ルーが黒っぽく―味が濃いから黒いわけではなく、むしろマイルドでコクのあるルーであった―、ごはんの上にかけられている。

また、ソースがかかったソースがトッピングされ、キャベツがつけあわせとして、皿に盛り付けられるのだそうだ。

重たくなく、キャベツの歯ざわりがルーのなめらかさとマッチしてあっさりした味わいであった。


続いて、なんといっても金沢といえば海の幸。

能登半島沖でとれる、カニをはじめとする魚介類は鮮度、味が抜群で種類も豊富だとか。

『近江町市場』というそうした新鮮な魚介類の市場が一つの観光地となっている。

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のど黒や甘エビ、ズワイガニなどが並び、すし屋などもあり、活気付いていた。

旅人風情であった僕は、お店の人に何度も声をかけられた。

「お兄ちゃん、カニを家に送らんか?」、「2万円で、カニ2杯にカワハギ、甘エビもたくさんいれるよ!」

たくさん声をかけられたがために、値段の相場やどのお店にしようかわからなくなり、買うのをやめてしまった。

金沢を出発する前に、すし屋に入り、のど黒やひらめ、カワハギ、甘えび、ぶりなどを味わったがどれも絶品で大満足だった。
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人生の近道 『ゲーテとの対話』

『否定的であることは、無に通ずる。

私が悪いものを悪いといったところで、いったい何が得られるだろう?

だが良いものを悪いといったら、ことは大きくなる。

ほんとうに他人の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはいけない。

間違ったことなど気にかけず、どこまでも良いことだけを行うようにすればいい。

大事なのは、破壊することでなくて、人間が純粋な喜びを覚えるようなものを建設することだから』


『不幸なのは、国家の場合では、誰一人として生活をたのしもうとする者もなく、みんながよってたかって支配したがることであり、芸術の場合では、みんながみんな創造されたものを享受しようとせず、自分の手でまた創造しようとすることである。

また、だれも自分のめざす進路と同じ文学作品を範として、文学開眼をしようとは考えずに、みんながみんな、またぞろ同じものをつくろうとする。

さらに、全体の中へ入っていく厳しさもなければ、全体のためになにか役に立とうという心構えもない。

ただどうすれば自分を著名にできるか、どうすれば世間をあっといわせることに大成功するか、ということだけをねらっている。

こういう間違った努力が、いたるところに見られる。

最近の名演奏家ときたら、聴衆が純粋な音楽をたのしめるような曲目には目もくれないで、むしろ自分の腕のよさを感嘆させることができるような曲目を選んで演奏しているが、みんながそれを見ならっている。

いたるところで、一人一人が自分をりっぱに見せようとしている。

どこへいっても、全体のため、仕事のために自分自身のことなど気にならないような誠実な努力家は見あたらない。

おまけに、人間というものは、自分でもそれと気づかぬうちに、つたない創作に陥ちこんでしまっているものだ。

子供のときからもう詩をつくりはじめ、それをつづけていって、青年になると、自分もいっぱしのものが書けそうだと思う。

やっと大人になって、世の中にあるすぐれた作品が洞察できるようになると、間違った、あまりにも不十分だった努力のおかげで失ってしまった長い年月にあらためて驚くことになる。

それどころか、完成されたものも知らず、自分の不十分さに気づくこともなく、死ぬまで生半可なものをつくっている人が大勢いるのだ。

もし、一人ひとりが、いかに世界が優秀な作品で満ちあふれているかということ、また、このような作品に比肩できるものをつくるには、何が必要かということを、手おくれにならぬうちに自覚するようになれば、今日の文学青年百人の中に、それと同じような巨匠の域に達するために、じっくり仕事をつづけるだけの忍耐と才能と勇気を心中に感ずることのできる者は、ほとんど一人もいないことはたしかだ。

若い画家たちにしても、ラファエロのような巨匠が実際にどんなものを描いたかを、ずっと早いうちに、知ったり理解したりしていたなら、その後はぜったいに絵筆など手にとらなくなるものがきっと多かろう』     『ゲーテとの対話』より


ネガティブであることが、人生をもっとも成功から遠ざけ、不幸を招くということはよく言われることだ。

否定からは何も生まれない。すなわちその先にあるのは無である。

太っている人に太っていると言ったところで、それからなにか得るものがあるだろうか?

それと同じである。

また、正しきことを否定することはもっとも卑しむべきことであり、否定はそれほど責任と無駄なエネルギーを必要とする。

また、他人を非難すること、これはほとんどの場合関係をこじらせ、悪化させる。

非難こそ不和のきっかけである。注意しなければならない。

人を動かすためには、山本五十六も

『やってみせ 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かじ』

と言っているように、献身的に、親身に相手のためになることを積極的に行って、好意的に正しく褒めることが大切だろう。

闘争本能から、人間は時に破壊や攻撃を好んでしまうことがある。

しかし、僕たちはつねに建設的でなければならない。

気持ちのいいもの、楽しいもの、喜ばしいものをみんなで築いていくことが僕たちのやるべきことではなかろうか。


とても長い引用となってしまったが、この箇所はまさに、現在の自分に直接言われているようで、痛切に心に響いた。

いつの時代も青年は存在し、どの道においても青二才でただ意気込みや活力があるばかりだ。

僕たちは自らのことを過大評価しがちであるし、先人たちを時代遅れで知能的には劣っている存在とみなしがちである。(若さこそ最も優れた武器であるとでもいわんばかりに)

自分がどうであるか?ではなく世界にどのように働きかけるか?を常に考えてみるとよい。

仕事、芸術、この世界のあらゆるものは人を楽しませ、喜ばせるために存在する。

僕たちはその担い手、黒子であるにすぎない。

すでに、世の中にはすばらしきもの、すぐれたものに満ち溢れている。

現代に生きる僕たちはそれらを再認識し、正しく評価し、後世へ伝えていきながら、日々発展する文化を取り入れたものもつくりだしていく。

そうしたすばらしき世界を知らぬもの、知るつもりもないものはその舞台から降りるべきだ。

自己満足の仕事にはそれなりの価値しかない。

広い視野を持ち、全体を、人を喜ばせることを考えていかなければならない。

考えてみると、僕は芸術や文学に関してはその優れた作品の数々をそれなりに知っているつもりだ。

そして、小説を書こうという気を何度もそがれた。

果てしなく崇高な作品ばかりで到底僕の力には及ばないと思うからだ。

その結果として、ブログという形態で言葉を並べるという作業に行き着いたのだ。

これから発展させ、文学をしてみたいと思う。
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一人旅 見所満載 金沢の旅

『にし茶屋街』へむけ、歩いていると大きくてレトロな鉄橋がビル街の電線行き交う向こうに見えた。

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『犀川大橋』とネームプレートまで備え付けられた厳つい鉄骨むき出しの橋梁だ。

空に向かって溶け込むように淡くなっていくグラデーション。

複雑きわまる構造で簡素・効率化が進む現代とはあまりに不釣合いに見えた。

しばらくいくと『にし茶屋街』という、藩政時代に栄えた、料亭や芸妓茶店が軒を連ねる一角が小路に当時の姿を残して存在する。

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茶店では実際にお茶を戴くことができ、当時の座敷遊びをしていた部屋などを見学させてもらえたりする。

木造で、ひんやりとしたやわらかい畳が印象的であった。

部屋も、芸妓遊び用に控え室や、舞台をしつらえるところなどが備わっている。

明るい雰囲気で、古い町並みというと寂れたかんじ、あるいは暗いイメージがあるので、それらとは違った景観をなしていた。

それから駅の方角へ歩いていくと、『長町武家屋敷跡』という加賀藩時代の藩士の侍屋敷が並ぶ路地がある。

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この時期はその土塀にこも掛けがされており、雪国特有の家並みであった。

わずかな石垣に土塀、その上からせり出す瓦葺の屋根が波をつくっていて武家社会に迷い込んだようだった。

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僕たちは最上の幸福へ 『ゲーテとの対話』

『重要なことは、けっして使い尽すことのない資本をつくることだ』


『有用な仕事に力を集中して、君にとってなんの成果にもならぬこと、君にふさわしくないようなことは、すべて放棄したまえ』


『この詩は美しい、と彼女たちはいう。

そのばあい、考えていることといったら、ただ感受性とか、言葉とか、韻のことだけなのだ。

けれども、詩の真の迫力とか感動とかいうのは、情景の中にあるのだし、モティーフの中にあるということには、だれも考えが及ばない。

このため、詩はどんどんつくられてはいるものの、モティーフはまったくゼロ、ただ感受性やひびきのよい詩句を使って、なんとなく詩がありそうに見せかけているにすぎないのだ。

大体ディレッタントや、ことに女性たちときたら、詩についてじつに薄っぺらな考えしか持っていない。

彼らはたいていただテクニックさえ会得すれば、それで詩の本質をとらえた完全な詩人にでもなったように思いこむのだ。

しかし、それはひどい誤りだよ』


『世の中は、いつも同じものさ。

いろんな状態がいつもくりかえされている。

どの民族だって、ほかの民族と同じように、生きて、愛して、感じている。

それなのに、なぜ、一人の詩人が、ほかの詩人と同じような詩をつくってはいけないのかね?

生活の状況が同じであるのに、いったいなぜ詩の情景が同じであってはいけないのかね?』


『実生活から取ってこようと、書物から取ってこようと、そんなことはどうでもよいのだ、使い方が正しいかどうかということだけが問題なのだ!』


『シェークスピアの歌がちょうどぴったり当てはまり、言おうとすることをずばり言ってのけているのに、どうして私が苦労して自分のものをつくり出さなければならないのだろうか?』


『われわれの目の前を通りすぎていく豊かで多彩な人生も、たとえはっきりした傾向が出ていなくても、それ自体でなんらかの価値があるといいたいね。

人間というものは、どんなに愚かで迷っていても、より高い手に導かれて、最後には幸福な目標に到達するのだ』     『ゲーテとの対話』より


『使い尽すことのない資本』とはなんであろうか?

簡単に言えば、目には見えない、形として表れないものであろう。

お金、商品、肉体、こういったものは使い尽くしうる資本である。

しかしながら、これらが実際の経済、資本主義では優位に立っている。

それは資本主義、経済が物流のもとに成り立っているシステムだからである。

そもそも、資本であるのに使い尽くすことがないとは矛盾ではなかろうか?

そのとおり、だからつくりことが難しく、それゆえゲーテは提言しているのだ。

『使い尽すことのない資本』、それは知識や性格、ふるまい、作法などだ。

資本といっている以上、それは他人や外界に対して献上されなければならない。

それぞれが献上される状態というのは、知識を教える、書物として書き留める、人間性、ふるまい、作法を武器として、接客やサービスの提供などである。

考えをめぐらし、工夫をすればもっと使い尽すことのない資本の例は浮かぶだろう。

これらをつくりだすこと。それは僕たちの真の使命とも言うべきものかもしれない。

僕たちは、それぞれがこの世界に役目と意味をもって存在しているのだから。


『仕事』が僕たちにとって、仕方がないからやるもの、我慢を要するもの、時間で区切られているもの、力を調整しながら取り組むものと暗黙のうちに、常識として決められていないだろうか?

仕事は前提ではなく、あくまで結果として生じたものであることを忘れてはいけない。

しかも、要求・需要が先立って、あるいは世界への本能的働きかけがもととなり生じるのだ。

これらが満たされるとき、成果が生まれるであろうし、有用な仕事といえるだろう。

とくに芸術家、若者、情熱をもっているのであれば、世界への働きかけ、しかも仕事といえるような働きかけに熱心に取り組むべきではなかろうか。

それは芸術的運動かもしれないし、政治的運動、民主的運動かもしれないが、なにか情熱や気力・体力をぶつける仕事を持つほうがよいだろう。


これは僕に詩に対して一つの重大なヒントとなった。

詩とはなんであるか?これはとても難しい問いだ。

詩は書くものではなく、浮かぶものだ。詩は詩情を持つことから始まる・・・

詩を説明する、詩に対する解釈を追究する。これらは詩本来のよさを損うことだろう。

うまく書こう、すばらしいものを書こうとすればするほど、技術に走り、理論を振るう。

とんでもない。

最も重要なのはモティーフでそれを適切に捉えられるかどうかなのだ。

どのように書くかではない、なにを書くかなのだ。

僕らはどうしても「どのように」を重要視してしまう。

「なにをきちんとやるか」言われてみれば、それは見落としがちだが、何かを成し遂げるときの道しるべとなりそうだ。


僕たちは高尚なものの反復や類似を嫌う傾向にあるように思う。

しかし、その反復や類似というのは決して論拠・根拠のないものではない。

むしろ、必然性がその内奥に隠されているはずなので、それをしっかりと捉え、正しき判断を下すべきであろう。

反復や類似、は普遍性、真理に通ずるものがあるであろう。

共通や類似に注目してみると新しき発見、またそれらを正しく認識するきっかけとなるであろう。


これは現代の著作権の問題に一石を投じる言葉であろう。

書物や文学、芸術の目的は金銭でも、名誉でもない。

ただ、万人に真理と博愛を広め、知識欲を満たし、独特の恍惚感を味わってもらうために本来存在する。

であるならば、それのための引用や模倣が正義に反するということになるのだろうか?

確かに、これは言葉の綾といってしまいそうな危なっかしさは否めない。

そうか!使い方の正しさが問題となっているのか!ゲーテ恐るべし。

僕はこうして名文を引用しているのだが、しっかりと検討しながらすすめていかなければならない。

正しき使い方、正義のもとに文章を物しているだろうか?


そのとおりだ。僕がなぜ書物を読むかといえば、この心の叫び、あふれ出す感情を「言葉によってつかみたいからなのだ!」

いずれ、自らの力で掘り起こしてみたいと思うが、それまでの力を獲得するには言葉の険しい山をいくつも登頂しなければならないだろう。

しかし、この満ちに誤りはないはずだ。

なぜなら、僕はたくさんの人物に何度もずばりと言われたからだ。

そのたびに僕の心は光を得、自分になじむのを感じた。


どんな人生も美しく、魅力に富んでいる。

すべてが光り輝くものばかりとはいかないだろう、けれど、そこには励まし、わずかな憩い、哀惜がうまれ、人々に力をもたらすであろう。

そうであるから、ぜひ万人がそれぞれの文学、芸術、告白を積極的に行っていくべきだ。

それは文字だけに限定されない。音楽、筆の限りではない。


僕たちは、最上の幸福へと導かれている。

この一瞬とてその足どりはとどまることはない。

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一人旅 『21世紀美術館』 なじみやすい現代アート

京都や金沢、かつて大きな力をもっていた地域には、その当時の遺産がたくさん残されていることが多い。

『金沢城公園』、『兼六園』に収まらず、金沢市内には他にも一見の価値ありといえる名所が数多くある。

『兼六園』の目と鼻の先にある『21世紀美術館』は現代アートを集めた美術館だ。

現代アートはたしかに難解で奇抜であったりするが、それは視点の解放、主観の自由などによるところがおおい。

しかし、この美術館ではそんな現代アートの体感や空間をつかったわかりやすい作品が集められているので、気軽に楽しめ、そのおもしろさを伝える。

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これはレアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』という作品であるが、常設展示されていて、しかも無料で楽しむことができるのだ。

この21世紀美術館の魅力の一つはこうした、市民に開放された美術館であることだ。

他にも無料展示やホール、アトリエなども併設されている。わずかに市民の憩いの場である公民館のような雰囲気を持っている。

作品に戻るが、一見するとなんの変哲もない小さなプールであるが、実は水面だけをわずかな水によってつくりあげているだけで、そこは空間となっているのである!

だから、よくみてみると、水面の波紋が細やかになりすぎている。しかし、これを錯覚せしめるのは、なじみの水色の底とプールならではのプールサイドへ登るためのはしごであろう。

こうした人間主体の芸術作品が現代アートの魅力の一つだ。

建物自体も芸術作品で、一階建ての円形で決まった入口を持たない、一部を除いて全面ガラス張りに近いつくりとなっている。

その上、建物全体が白色に統一されているため『光』もテーマのひとつとあげていいかもしれない。
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一人旅 渋くて厳しい『兼六園』 

『白川郷』から金沢行きのバスが発着しているので、それで北陸金沢までバスに揺られた。

高速バスも案外楽しいもので、うとうとしながら、また時には窓外を思うことなく眺めているうちについてしまった。

暮れ方だったので、その日は金沢駅周辺のショピングビルや百貨店内をぶらぶらした。

北陸とはいえ、金沢は思った以上に拓けていて、街も発展していて住んでも快適そうだと思った。

翌日、加賀百万石の象徴とも言うべき、『金沢城公園』と『兼六園』へまずむかった。

金沢城公園には天守閣がないが、『菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓』という長屋に櫓がくっついている奇妙な建物や立派な石川門などがあり、となりにある『兼六園』に気を取られがちではあるが、広い敷地内、ゆっくりまわってみると随所に加賀百万石を治めた歴史が残っている。

岡山の『後楽園』、水戸の『偕楽園』と並んで日本三名園と呼ばれる『兼六園』

松や桜が多いからであろうか、渋くいかめしい庭園という印象を受けた。

また、山を庭園としたように、高低差があるので、それを生かした滝や曲水、日本最古の噴水などの意匠を楽しむことができる。

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山の頂上に当たる部分に霞ヶ池という大きな池があり、その水によってつくりだされるという。

この噴水の最高点に達する水の飛沫の拡散と雪吊の放射の対照がとてもおもしろかった。

眺望台から見える、能登半島は雄大そのものだった!

ほかにも『琴柱灯篭』や『値上がり松』などたくさんの見所を有しており、ある意味の遊園地だ。

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成功しようとするなら、最後までやりとおさねばならない

『作家の文体というものは、その内面を忠実に表わす。

明晰な文章を書こうと思うなら、その前に、彼の魂の中が明晰でなければだめだし、スケールの大きい文章を書こうとするなら、スケールの大きい性格を持たなければならない』


『私は自己の形成に真剣だったし、たえず自己の改良をめざして働いてきたおかげで、着実な進歩を遂げてきた』


『この世において、画期的なことをするためには、周知のとおり、二つのことが肝要だ。

第一に、頭のいいこと、第二に、大きな遺産をうけつぐことだ』


『人生何事も、成功しようとするなら、最後までやりとおさねばならない』     『ゲーテとの対話』より


偉大な作家や画家はその文体、筆致によって強烈な個性と圧倒的な存在感を示す。

夏目漱石の文体はやさしく、日本人の故郷を思わせるし、ルノワールの筆致は柔和さと平和的まなざしを感じざるを得ない。

それは何ゆえか?といえば、やはり作者の人間性、精神世界の表れであるといえる。

つまり、このブログにも少なからず僕の文体というものが形を成しており、そこに自然と僕の内面が表出しているわけだ。

さて、この文体は愚劣さを、あるいは善良さを示しているだろうか?

そのことはこのブログを客観的に眺め、判断することができれば、自ずとはっきりとする。

そうした客観性―自らを客観視することなくして成長はありえないだろうから―を得るとともに、文体に善良さ、情熱、向上心と探究心が表れるよう日々励んでいきたい。


ゲーテでさえ、自己形成に真剣であり、たえず(なんと重たい言葉だろうか!)、よりよきものになろうと努力し、働いたのだ。

後世に生きる僕たちがそれ以上によき人間足りえようとせずしてどうする。

絶えず努力と、働きかけを続ければ、必ずそこには着実な進歩がある。


「頭のいいこと」これはしばしば誤解して認識される。

単に勉強ができる、暗記ができる、人の言うことが理解できるということではない。

しっかりとした観察眼、さまざまな角度からものを捉える視点、論理的な志向、自由な発想、これらを複合的に兼ね備えた頭脳のことである。

つまり、相当に求められていることは高い次元のことだ。

二番目も、一見理解しがたい要素ではなかろうか?

これは逆境にしろ、追い風にしろ、とにかく当時代に対して確かなレスポンスをしろということだ。

不景気ならばそれをしっかりとうけついで、理解したうえで対処する。

往々にして打開策などに、画期的なことはみられるのだ。


今後僕自身もこのことは何度も口にするかもしれない。

成功するためには諦めないのでは足りない。

成功するためには最後までやりとおさなければならない。

諦めないのは消極的だが、やり通すのは積極的だ、より気持ちがいい。

僕はこの言葉から尾崎豊がライブのとき、『誕生』のエンディングに言った、



「君たちが人生の中で成功したいと思うならば、トライ、トライ、トライ、トライ、トライ」

というメッセージを思い浮かべずにはいられなかった。

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一人旅 高山から世界遺産『白川郷』へ

飛騨高山には全国で唯一現存する郡代・代官所『高山陣屋』がある。

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また、その前の広場ではこれまた高山の観光名所『陣屋朝市』が催されていて、りんごなどの果物や野菜、漬物、工芸品などをいくらかのお店が軒を並べて売っていた。

『陣屋』とは簡単に言えば、幕藩の時代の大名が政治を行った場所だ。

有料だが、中を見学できるので、してみると、とにかく何も履物を履かずに屋内の廊下を歩いて見学するので、底冷えがすごかった!

昔の人はよく、こんなのを耐えれたなあと感心した。

お庭も設えてあり、また犯罪者などを問答する吟味所などもあって、昔の政治体制を知ることができ、よかった。

屋敷の外には大きな米蔵もあり、今とは様変わりしたにもせよ、年貢という名の税金を納めていたことが知れた。

また、高山にはB級グルメ?としてみたらしがあり、知る人ぞ知るかもしれない。

普通のみたらしはあまい醤油だれの串に刺さった団子だが、高山のみたらしは甘みがなく、醤油を香ばしく焼いただけの素朴で昔ながらの懐かしい味だ。

駅前に昔からやっていそうな年季の入った屋台があったのでそこのみたらしを食べたが、おいしかった。

おやつというより、軽食の部類に入るかもしれない。

軽く腹ごしらえをしたので、駅前のロータリーから出る『白川郷』ゆきのバスにタイミングよく乗り込んだ。

高山から『白川郷』はアクセスが抜群なのだ。次の目的地は合掌造りで知られる『白川郷』

かつては昔のくらしそのままの山奥にある村であったが、現在は世界遺産に登録されたこともあって、高速道路も通り、すっかり観光地となっていて、果たして村としてはメリットなのかデメリットなのか・・・

観光客である僕たちも考えなければならない事柄だ。

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山脈の上方を走る高速道路から、ふもとへ降りていくと山間に小さな村落が見える。

それが世界遺産『白川郷』だった。

本当に普通に山の中に集落ができていて、合掌造りの木造の家屋が点在している。

この合掌造りは間近でみると奇妙な形である。

家に住むのではなく屋根に住むようにつくられ、屋根を家で支えているといったかんじだ。

もちろん豪雪地帯ならではの生きる工夫で、このわらぶき屋根を返るのは一苦労だという。

中は囲炉裏が切られていて、屋根がある部分は2階、3階と続き、物置や蔵の役割をしていた。

現実に今もこの家に住み、手入れをしながら合掌造りを守っているのはすばらしいことだと思う。

その土地その土地にあった伝統、生きる知恵がこれからも息づいて、人々の暮らしに活気を与え、それを感じる僕たちの楽しみともなればいいとおもう。

積もった雪に光がきらきらと輝き、村を流れる川は水量を増していた。

空気が気持ちよく、雑念やいかがわしいものとは隔離された世界、すばらしかった。

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仕上げることではなく、制作することに幸福を見出せ

『趣味というものは、中級品ではなく、最も優秀なものに接することによってのみつくられる。

趣味をちゃんと確立すれば、ほかのものを判定する尺度を持ったことになり、ほかのものを過大でなく、正当に評価するようになるだろう。

偉大な才能がその種類の頂点を示していさえすれば、どんな種類だって楽しいのだ』


『生粋の詩人にとっては、世界についての知識は、生まれながらに備わっており、世界を表現するのに、もろもろの経験や大きな経験上の知識など全く必要としないものだ』


『優秀な人物のなかには、何事も即席ではできず、何事もおざなりに済ますことができず、いつも一つ一つの対象をじっくりと深く追求せずにはいられない性質の持主がいるものだ。

このような才能というものは、しばしばわれわれにじれったい気を起させる。

すぐさまほしいとねがうものを、彼らはめったにみたしてはくれないからだね。

けれども、こういう方法でこそ、最高のものがやりとげられるのだよ』


『マンネリズムは、いつでも仕上げることばかり考えて、仕事そのものに喜びが少しもないものだ。

しかし、純粋の、真に偉大な才能ならば、制作することに至上の幸福を見いだすはずだ』


『比較的才能にとぼしい連中というのは、芸術そのものに満足しないものだ。

彼らは、製作中も、作品の完成によって手に入れたいと望む利益のことばかり、いつも目の前に思い浮べている。

だが、そんな世俗的な目的や志向をもつようでは、偉大な作品など生まれるはずがないさ』     『ゲーテとの対話』より


食べ物にしてもなんにしても「本物を知らなければならない」とはよく言われることだ。

本場のパスタを食べることでその判断基準が定まり、正しく評価できるのだ。

おいしいといわれる食べ物を食べることで脳が味を覚え、味覚は研ぎ澄まされる。

世の中にはたくさんの芸術で言えば傑作、観光地で言えば名所、食べ物で言えば珍味といったように、人類の共通な普遍的価値というものが存在するので、それは価値基準を鍛えようとするのにはもってこいで、あながちこういうくくりも悪くないと感じるわけだ。

僕は読書するならば傑作と呼ばれている古典の他は読まないことに決めている。

時や時代、歴史の淘汰を免れてきた作品はただものではないのだ。

そして、この世界に存在する人間の活動としてのあらゆることはすべて魅力と、人を楽しくさせる何かを含んでいる。

それが楽しいかどうかは、受け手と行い手にかかっているのだ。

僕は相撲が好きだけれども、一般的には相撲は年寄りが好むものだからと少し変な目でみられたりするが、若い人がおもしろさを理解するだけの知識や観察力を持っていないだけなのだ。

相撲がおもしろくないのではなく、おもしろさがわかっていないだけだ!


僕はかつて野球を真剣に取り組み、日々練習に励んでいたが、あるときこんな言葉をきいた。

『一に才能、二によき指導者、三、四がなくて、五に努力』と。

当時の僕はこの格言に反発したものだ。

努力こそ、上達する上で最も重要なことである!と。

しかし、今になってあながち間違いではないなあ。と思う。

ゲーテも言っているように、天賦の才というものは実際に存在すると感じるのだ。

生まれながらにして、勉強ができたり、スポーツができたり―足の速さなどはまさにこの生まれながらにしての要素が大きいと思う―、話が書けたり。

しかしながら、努力は必要ないということでは、当然ない。

努力することは精神力、忍耐力をつけることに有効で人間力を高めてくれる。

決して、目的を達成することだけが、人生の目的ではなく、短い人生のなかでいかに人間として成長できるかどうかというのも生きる意味であろう。


こういうと現在の社会とまったく相反するようにさえ思われる。

今は何でも即席の時代で、食べ物さえ即席が好まれ、何でもかでも即席、時間の短縮、効率化である。

一つ一つを追求し、つくりあげたものは最高のものであるにもせよ、この資本主義社会には対応できない。

このことから、こんな結論が導き出せるのではなかろうか?

資本主義と芸術は両立しない。

しかしながら、芸術上の最高のもの、芸術に限らず一つ一つの対象を追究し、じっくりと生み出されたものは経済を度外視した価値をもつ例がしばしば見られるのも事実だ。

それならば、やはり、即席で期待に応えるのではなく、その仕事の質で応えるような人間でありたい。


マンネリはよく恋愛において語られる概念である。

長く付き合った恋人同士が愛が冷めたり、その関係に飽き飽きしてしまう、楽しみを見出せなくなってしまうことをいったりする。

それは恋や愛を目的として捉えているから起こるのだろう。

どこへデートへ行くのか、部屋でごろごろしてばかり・・・

しかし、どこへ行くのか、何をするのかは重要なことではなかったはずだ。

一緒にいるのが楽しいからデートするのだ、何をせずとも、一緒に話したりするのが楽しいから恋人同士なのだ。

そんな単純なことを見落として、マンネリだ、3ヶ月経ったから云々するのは思い違いだろう。

加えて、このブログをかくという作業にしても、こんなことを毎日やって意味があるのだろうか?

飽きてきた、もうやめようか・・・と考えるのはまったく見当違い!

書くのが楽しいからブログを書くのであって、反応や評価、意味のためにやっているのではない、そんなものに価値はない!

そして、ブログを書くことに至上の幸福を見出せるとしたら、僕は純粋な真の才能を持ちえているということになるのではないだろうか?

倦まず弛まず、書き続けようと思う。純粋な真の才能を示さんが為にも。

完成を欲してはいけない、常に充実を、評価ではなく満足を。

自らの仕事に満足し、そこに幸福を見出す。

仕事をすぐに利益やお金と結び付けてはいけない。

意味のないことにこそ意味があったりすることってないとも限らない。

僕はそれを信じたい。
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至高の精神の発現 『ゲーテとの対話』

『これから何年か先に、どんなことがおこるか、予言などできるものではない。

だが、そう簡単に平和はこないと思う。

世の中というものは、謙虚になれるような代物ではない。

お偉方は、権力の濫用をしないではおれないし、大衆は漸進的改良を期待しつつ、ほどほどの状態に満足することができない。

かりに人類を完全なものに仕上げることができるものなら、完全な状態というものもまた考えられよう。

けれども、世の中の状況というのは、永遠に、あちらへ揺れ、こちらへ揺れ動き、一方がしあわせにくらしているのに、他方は苦しむだろうし、利己主義と嫉みとは、悪霊のようにいつまでも人々をもてあそぶだろうし、党派の争いも、はてしなくつづくだろう。

いちばん合理的なのは、つねに各人が、自分のもって生まれた仕事、習いおぼえた仕事にいそしみ、他人が自分のつとめを果すのを妨害しないということだ。

靴屋は、靴型の前にいつもいればよいし、農夫は、鋤を押していればよいし、君主は国を治める術を知ればよいのだ。

というのは、政治というものもまた、学ばなければならない職業の一つであり、それを理解しないような者が、さし出がましいことをしてはいけないのだ』



『他人のおしゃべりには干渉せず、自分がよいと思うことを実行してきたのだ』



『未来永劫の霊魂不滅を信じる幸福を失いたくはない。

それどころか、、来世を信じないものは、みなこの世でも死んでいる、といいたいくらいなのだ。

しかし、こういう理解しがたいことは、日常の考察の対象としたり、心を乱す思索の対象にしたりするには、あまりにも遠くにありすぎる。

それに、霊魂不滅を信ずるものは、ひそかに幸福にひたっていればいいので、それを自慢するいわれなどないのだ。

不死の観念にかかずらわるのは、上流階級、ことに何もすることのない有閑マダムにうってつけだ。

しかし、この世ですでにれっきとしたものになろうと思い、そのため、毎日毎日努力したり、戦ったり、活動したりしなければならない有能な人間は、来世のことは来世にまかせて、この世で仕事をし、役に立とうとするものだ。

その上、不死の思想などというものは、現世の幸福にかけては、最も不運であった人たちのためにあるのだよ』     『ゲーテとの対話』より


日々この世で生活していると、変らぬ政治、終わらない争い、なくならない貧困、強者と弱者などの格差に嫌気がさしたり、希望を失ったり、どうせよくならないと諦め、妙に悟ってしまったりする。

また、若さ、野心、使命感により世界を、社会を変えてみせようという気概を持ってみたりするかもしれない。

しかし、少しでもこの世界を発展させよう、進歩させようと思うのならば、まず足元から始めるべきだ。

自分の家族、友だち、持ち物、仕事、それらを愛し、大切にすることから始めるのだ。

自分の身を正しく処する。相手には礼儀を尽くす。仕事には誠意をもって取り組む。

それはきっと伝染し、生活自体を豊かにする。

自分の体だって大切にしなければならない持ち物だ。

掃除し、手入れし、大切に扱う。

それはすべての基本であり、もっとも重要な作法である。


おしゃべりに干渉することほどばかばかしいことはない。

おしゃべりは時間つぶし、不満の発散、くつろぎのために有効であるが、その内容に関して実を求めたり、道義立てをしようとするのは無駄な骨折り。

自らの正しいと思うことをひたむきに実行する。

相手にそれを求めることも、賛同してもらうことも期待しない。ただやりぬく。



大学生くらいになれば、死の問題を考えることは誰しも経験するところのものとなることだろうし、哲学や死生観について自分なりの解釈をぼんやりと持っているひともあるかもしれない。

こうした宗教や死について議論を戦わせたり、批判したりするのはどこまでいっても結論のでない、いわば不毛な争いに近い体をなし、時間の無駄だと、経験的に感じる。

僕もなんどか死や宗教について、友などと語り合い、議論したことがあるが、結局はなにも得られるところはなかった。

ゲーテの言うように、それらの観念は幸福に人生を過ごすためのある意味で処世術ともいえるのかもしれない。

そういった信じるものがあることは生きる上での頼もしい心のよりどころとなるし、エネルギーともなりうる。

それは自慢するものでも、披瀝するものでもない。

心のうちに秘め、これも宝物のように大切にしまっておけばそれでいい。

今日がまだ終わっていないのに、わからない明日のことについて苦心するのは賢明なかんじはしない。

いかに生きるべきか?そのための死の観念は必要かもしれないが、それがどのような観念であろうとも、日々を真剣に生きること以外になにが考えられよう?

そうだ、たしかに慰めであり、僕たちの人生に平等にいつも用意されている憩いであると考えることもいいだろう。

ゲーテが発する言葉の一つひとつは経験とその優れた精神によっているのだろうが、本当にすばらしい思想と精神が発現している。
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一人旅 藩政の風情が残る『飛騨高山』

『古い町並み』で知られる飛騨高山へ列車は僕を運んだ。

この列車はその名のつくJR高山本線で川沿いや山間を縫って走る在来線の中でも車窓から見える景色がすばらしい路線の一つだ。

高山駅を下りると、まさに観光の町、飛騨牛や高山名物などの看板や売店が目に入る。

道幅も狭く、碁盤の目のように道路が敷かれ、地図を見ればすぐに高山市街が脳内で把握できた。

一段と凍てが厳しくなり、空に少し近づいたような、空気が澄んだように感じた。

高山のシンボルともなっている『中橋』

中部地方ではもっとも北に位置する都市で、冬になると天気の中継などでよくテレビに映し出される赤い橋だ。

テレビでしかみていなかったものの現物を見ることはいつでも興奮するもので、高山にやってきたなぁーとしみじみと感じたのをおぼえている。

前日の雨で水かさが増しており、おそらく雪解けなどでも水流が激しい川なのだろう苔っぽくて川べりにその荒々しさが痕をとどめており、欄干の朱色が映えていた。

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中橋を渡ると小さな歴史的な模型に入り込んだように、道幅はいよいよ狭く、軒がせり出し、つや消しの黒で統一された家並みが厳かな敷居高い藩政を思わせた。

地酒や伝統工芸品はもちろん、観光地としておみやげやご当地グルメも楽しめるように一帯がバランスよい観光地となっていて、さまざまな楽しみ方ができそうだ。

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夕食には高山名物『高山ラーメン』を古い町並みから少し外れたこざっぱりとし、景観をそこなわないように配慮したお店でいただいた。

『高山ラーメン』はあっさりしたしょうゆスープで麺がかんすいをあまり入れないのか、白めで細く、ちぢれていない麺を使うようだ。

こういった人気観光地の近くにはユースホステルがあり、高山も例外でなかったので、簡単にそこに宿泊することにした。


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大学退学のすすめ 芸術・道徳の求めるところ

『大学では、やっていることが多すぎるし、しかも役に立たないことが多すぎるよ。

先生たちを一人ひとり見ても、自分の専門を広げすぎて、聴講生の要求するものをはるかに超えている。

昔なら、化学とか植物学などは、薬理学の一部として講義されていたし、医学生もそれで満足していた。

ところが今では化学も植物学も、独自のしかも広大な学問になってしまい、どの一つの分野をやるにしても、一生をかけないわけにいかない。

医学生に、こんなことを要求するのは無理な話だよ!

そんなことをしたところで、毒にも薬にもならないさ。

一方をやれば、他方はおろそかかになり、忘れられてしまう。

だから、賢明な人というものは、気を散らすような要求は一切退けて、自分を一つの専門に限定し、一つの専門に通暁するわけだよ』

『考えるということが、こんなにむずかしいものでさえなかったらな!

しかし、悪いことに一切の思考は、思考そのもののためには何の役にも立たないのだよ。

人は、うまれつき正しくなければならない。

そうであれば、よい着想が、いつも神の自由な子のように、われわれの前へ立ちあらわれて、呼びかけるだろう、ここに、いますよ!とね』     『ゲーテとの対話』より


気をつけなければいけないのは、これは200年近く前の事柄だということだ。

その時代から大学があり、その当時から大学では役に立たないことをやっている!

これには僕も驚いた。

なぜなら、大学を辞めた理由がまさにこのあまりに多くのことをやる割に、何一つ役に立つ知識を得られそうになかったからなのだ。

今ではいろんな学問が細分化され、そのそれぞれが立派な学問でさまざまな理論や学説で構成されていて、とても2つ3つと並行して身に付けるなんて芸当はできない。

本当にその学問に通じようと思うならば、大学へ通わずに独学か先生に直接師事するとかしたほうが現実的なのに、学生はそんなこと考えもしない。

僕が短い大学生活の中で身に付けた知識といえば、今じゃ通用するかどうかもわからない、その学問の黎明期の知識や初歩的な理論であって、実際にその学問はすでに現在そこから遥かに発展してしまっているのだ。

こうした学問のための学問に教育や学校が堕するのは全く望ましくない。

大学はその道のエキスパートを育てるための機関であって、役にも立たない知識を詰め込んだ頭でっかちを養成するためではない。


『考えること』それこそがもっとも大切であり、それがどんな内容で質のものであれ、考えることに意味があるくらいに思っていた僕にとって、衝撃的な教訓であった。


『考えること』つまり作為は真の無作為にはかなわない。

しかし、そのことを理解したうえで、真の無作為のために考えること、正しくあろうと考え、行動することが必要なのだ。

自然のもの、僕たちが生来備えている、真理に対する感覚を具現化すること、体現することが芸術の目的であり、道徳の求めるところである。

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『外套』ゴーゴリ著 捉えどころのない文学作品の傑作

ゴーゴリが書いた短編小説『外套』は小説のための小説、文学の源流をなす作品だろうと思う。

現代では、小説は表現や構成など多様化がすすみ、ジャンルも幅広くなっている。

僕は文学といえる小説が好きであるが、文学とはなにか?という問いに対して『外套』のような作品のことと答えられると思う。

もちろん、僕自身はその明確な価値基準を持ちえていると自任している。

文学とは作者の生きる社会を反映させ、人文的趣向、啓蒙的要素を兼ね備えている作品とおおよそ考えている。

この『外套』、なんといっても文学作品といえる中では読みやすい部類に入るので、入門書としていいんじゃないかと思う。

これからドストエフスキーやトルストイなどに行けば理解も深まり、文学のおもしろさに引き込まれること請合いだ。

登場人物に複雑きわまる輩は存在せず、文学にありがちな小難しい頭でっかちもいない。

ほとんどが愛すべき人物たちで、しかも主人公のまわり以外では何の動きも示さないので、注意深く読む必要はない。

しかし、読み落としたくないのはたくみにゴーゴリが風刺めいた書き方で役所の人物などを描いている点である。

ただ、僕たちはアカーキイ・アカーキエヴィッチのように生きるとよいのだろうか?

彼は象徴であって、それをリアルに捉えるのはやや強引だろう。

ただひたむきに仕事に取り組み、己の分をわきまえ、出すぎたことはしない。

他人から辱められようとも意に介しない。

彼はぼろぼろの外套を半纏と呼ばれるくらいになるまで着続け、そんなことには頓着しない。

むしろ、新調しなければならないことに辟易している。

それでも、いざ新調せざるを得ないことを悟るとしっかりと倹約することができる。

そしてその外套のために、仕立て屋と話し合いを重ね、その完成を楽しみにし、それを肩にかけてもらったときには絶頂に達する。

あくせく生活し、目移りする人々にとって瑣末な事柄でも素朴な人間にとっては、大きな喜びを与えるものとなるのである。

そういうわけだから素朴な人間たるのは幸せの条件だ!と結論するのは読み間違いだろう。

あくまで、この作品はその些事に過ぎない外套を剥奪され、それを取り返そうと奮闘した末に逝ってしまう姿を描いている。

始めに書いたように、これは小説のための小説であるから、率直に人生の幅広さ、幸せの尺度、最終的には悲劇ではなく喜劇性を含んでいることが描かれていて、それを楽しめばよいのではなかろうか。

こうして、『外套』について書いてみたが、とらえどころのない作品、通俗的な小説であって色濃い文学作品の性質をもっているから考えも理解も深まらなかった。

まあよい。

読者一人ひとりにさまざまな面を見せてくれる、すばらしき作品なので一読をすすめたい。

<追記>
ロシア文学を代表する『外套』であるが、大部分の外国文学は作者の宗教観やその時代の政治的宗教とかかわりを持っていることが多いのだが、この作品ではまったく宗教観が混じっていなかったので、日本人にはなじみやすく、また問題を複雑にしてしまうことがない。

大きな意味での人間愛的な宗教観は読み取れるが、限定的な宗教観はないという意味で。
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プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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