カフェ叶匠寿庵 琵琶湖の湖畔にて ああ無常


黒壁スクエアの商店街にある『カフェ叶匠寿庵』

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純喫茶の懐かしさを保ちつつ、おしゃれで洗練された大人の雰囲気。
最近見た目、形こそ立派だが、中身が伴わないがっかりカフェが少なくないが、こちら和菓子屋さんのカフェとなっていて、売り場が併設され、広々とした店内、品よく陳列された和菓子の数々、正面にはショーケースにかわいらしいケーキが並ぶ。素材と調理にこだわった充実したメニューから歴史や伝統、質の高さがうかがえる。もっと黒壁スクエアが盛り上がらなければ、ここにこのお店はふさわしくないと思えてしまった。なぜこんなところに?と思わないではいられなかった。家の近くにもあったらな。

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長浜城は復興天守であるため、感慨めいたものを引き起こすことはなかったが、それでも豊臣秀吉の初めて築いた城ということで、私の眼にはやや立派に映った。例によって、城内は歴史博物館になっていて、一通り観覧すれば長浜の歴史、豊臣秀吉及び近親、側近がたどった運命を知ることができる。私は日本史に疎いので、淀殿や江にまつわるエピソードに新しい発見と理解があったものの、もっと感心と理解があれば、長浜の旅も楽しめるのだろうと残念でならなかった。

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太閤井戸跡。

「夏草や兵どもが夢の跡」のように私にも詩が読めたなら、この旅にも意味を与え、深い感慨とともに記憶にとどまることだろうに。
海岸と錯覚するほど広大な琵琶湖は水平線までしっかりと描いていた。波は海とは違って不規則で、相対的に凪のようであった。あのときの私の穏やかな心持は、あの空にも似て、水面にも似て、あたたかな風にも似ていた。ある種の幸福の絶頂があるとするならば、あの時がそうだと思う。今では、涙の一つや二つ流れてしまうに違いない。私は無常を知ったのだ。

長浜の町 慈しみを含んだ愛着を生活に伴うすべてのものへ

長浜への旅で私は己の旅の遍歴において大きな転換期を迎えたことに気が付いた。

黒壁スクエアの周辺は商店街あり、城下町あり、由緒正しき寺院ありと散策するには格好のエリアであり、長浜城、琵琶湖にも近く、もっと観光地として注目されてもよいスポットだと思わないではいられなかった。多くの情報を仕入れず、何の気なしに旅した私には発見と驚きの連続で、ずっと感動と興奮に包まれていた。

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しかしながら、その一瞬一瞬を切り取って単独に眺めてみれば、長浜でなくても出会えるような普段の生活の中でなじみのある風景であったり、気にも留めないような光景であったりするのである。そう、長浜の街は飾り立てられているわけではないが、よそ行きの薄化粧といった按配でどこか日常を感じさせる自然体を残している。私は初めて、旅をしながら日常を感じたような気がしたのである。同時に、日常の中で旅情を見出したような錯覚を起こした。なるほど、私の住んでいる町にも商店街があって、長浜の商店街と大きく違わないし、見方によっては魅力に富んでいるところさえある。このとき私の生活の中で、旅と日常のボーダーが取り除かれ、日常のなかに旅情と興趣を見出し、旅のなかに日常とあるがままの自分を発揮することが難しくないことに思われた。日常のなかに見出される感動。旅気分。旅をしながら、何気ない一日を過す贅沢―。以前よりも空を眺めることが長くなり、山や川を巡り、花々の美しさにみとれ、町や人の流れ、人々の生活に興味を抱くようになったのはそれからだった。町の歴史を調べたり、名前の由来やゆかりの地と呼ばれる理由への興味。私が単に年を取ったといえばそれまでかもしれないが、慈しみを含んだ愛着を生活に伴うすべてのものに抱きうるそんな希望がたしかに見えたのだ。

ハンドメイドの日用品 黒壁スクエア 吹きガラス体験

黒壁スクエアを訪れた私にはもう一つ目的があった。吹きガラス体験である。ガラスへの興味を抱かせた出来事をここで少し紹介しておきたい。

ロビーというイギリス人と私はネットを通じて知り合った。彼は50歳を過ぎており、日々悠々自適に過ごし、世界中を旅しているそうだ。そして世界中のあちこちに友人がいて―現地で知り合う場合もあれば、ネットを介して知り合う場合もあり、私は後者のひとりである―、旅先でその友人たちと会うのが大きな楽しみとなっているという。数年前、日本の花火が好きだから見に行くのだが、一日どこか日本の街を案内してくれないかということになった。そして私たちは名古屋の街をぶらぶらしたのであった。このことは詳しく書いてみたいと思うが、とにかくそのときロビーがおみやげとして持ってきてくれたのが、イギリス製の色付けされたブドウやさくらんぼが彫り込まれたガラスの平皿で私はその美しさと形状のおもしろさにすっかり魅了されてしまい―デザインはいかにも西洋風といった感じでフルーツに品があるように見えた―日本のフルーツは愛くるしい感じだ、自分でガラスのお皿をつくり、それで食事をしてみたらきっと楽しいに違いない。そう思った私は、ガラス体験ができる機会をうかがっていた。

黒壁スクエアには、ガラスの街というだけあって、体験工房なるものがあり、吹きガラスをはじめ、ステンドグラスやトンボ玉など様々な体験教室があった。私は念願の吹きガラス体験をしたというわけだ。

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今でもこの時作ったお皿(サラダボウル)でサラダやグラノーラ、ヨーグルトなどを食するが、実においしい。このとき指導して下さったお兄さんは、黒壁スクエアの隣のギャラリーで作品を展示・販売しているプロの作家さんでなんとも贅沢な教室であった。お兄さんの言われるがままに手を動かし、むしろお兄さんに大部分、身を任せ、出来上がったものは鮮やかに多彩なマーブル柄がちりばめられ、均整の取れた器であった。灼熱で真っ赤を通り越し太陽のフレアのような輝きを帯びた液状化したガラスに息を吹き込むという認識としてはなじみの動作をそのまま再現し、手際よくふくらまし、口を広げ、形を整え、切り離せば、あっという間に完成だ。砂粒のような固形の塗料を液状のガラスにまとわりつかせることで色をつけるのはまるでマジックのようだった。自分の手で日用品をつくる、これはなかなかおもしろい試みだ。そういえば、Kは自分で作成した皮財布を愛用しているが、なるほど独特の充足感があるのだ。私も自分の日常に少しずつ自らのセンスと鼓動を交えていきたい、そんな風に思った次第だ。

高品質で美しい国産ロックグラス 宮内庁御用達 「カガミクリスタル」


黒壁スクエアでは実に多くのガラス製品が販売されていた。グラスが多く見受けられたが、食器や花瓶、ガラス細工などが所狭しと並べられ、入場者はだれもがお気に入りの一品を見つけ出すことができるであろう。奥まった一隅にお酒用のグラスがまとめてあった。日本酒や焼酎、ワインやウイスキー。それぞれのアルコール飲料に適した形状のグラス。帰納的に導き出されたフォルムであろうが、演繹することももちろん可能だと思われた。目当てはロックグラスだったものの、猪口やワイングラスに目移りしないではいられなかった。日本酒や焼酎は日本製の陶器で飲むことにしていたが、グラスも涼しげで、清らかでマッチしそうであった。しかしながらその一帯にあるグラスの中で私がもっとも気に入ったのはこのグラスであった。

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グラスの口元にKAGAMIとシールが貼られていた。私はそれまで「カガミクリスタル」というガラス製品メーカーを知らなかった。旅先でこのように日本の伝統や技術を知り、発見できることこそが旅の醍醐味なのである。私たちが知らないところで日本の職人さんや芸術家、多くの仕事人が素晴らしい仕事を日々成し遂げている。私たちはどれほど感謝もなくその恩恵にあずかっていることであろうか。

その透明度にまず驚愕した。ガラスがこれほどの透明度を有することができるとは信じられなかった。高純度の原料と高い技術によって実現されるそうで、ものづくりの国、日本は素晴らしいと改めて感動。バカラこそ至高!との浅はかな思い込みは見事にあっぱれ打ち砕かれた。しかも宮内庁御用達だとか。これは高品質の折り紙付きといってよい。私は即買いした。日本刀が入れられるような木箱に収められた姿はまるで宝石であった。光を無数に反射して非常に美しい。カガミクリスタルの特徴の一つがこの光を拡散させる要因であるカットの技術の高さで、江戸切子などはその最たるものであり、繊細かつ思い切りのよいカットはまさに粋そのもの。ジャパニーズウイスキーを国産ロックグラスで飲む。文句のつけようがない、完ぺき。

香り立つロックグラスを求めて 滋賀県長岡市『黒壁スクエア』 


こんにちは。
どうぞお付き合いください。

久々に自分の文章を注意深く読んでみた。リズムがよくない。もっと滑らかに、リズミカルに書けないものだろうか。

白州蒸留所から持ち帰った「白州」を私は連日味わった。とりわけその芳香に酔いしれ、アルコールの刺激に私は徐々に鈍感になっていった。それはバレーボールのレシーブの際の手の付け根に感じる痛みに慣れていくのに似ていた。ウイスキーはいわば、アルコールによってオーク材などの木々による自然の香りを閉じこめ味わうことができる触媒である。味わいということになれば、その刺激をかいくぐったのちに開ける複雑なたたみかける味の連続であってやはり熟成によるアルコールの中和が必要であるように思える。もっとも、アルコールの刺激臭が芳香を妨げる向きもあるが、味覚ほど嗅覚に不快感を覚えないのは私だけだろうか。

いずれにしても、ウイスキーを飲みながら感じた不足、それをグラスによって緩和させることができないだろうか、そんな風に考え始めた。ハーフロックに近い、トワイスアップにちいさな氷を浮かべた飲み方が私にはちょうどよく、ぜひともロックグラスを用意しよう、香りを湛え、なめらかな口当たりで刺激を減じることができるようなものはないだろうか。並外れて器のデザインや機能に詳しい、S氏に相談したところ、こんな返答だった。

「滋賀県長岡市に黒壁スクエアという場所がある。最近観光地としても注目されていて、全体的におしゃれな感じになっているところだが、ガラス製品がたくさんあって、気にいるロックグラスがあるかもしれない」

私にも「バカラ」というメーカーは頭に浮かんだ。しかしながら、若輩がバカラでウイスキーを飲んでいるのはいささか滑稽ではないだろうか。ましてガラスメーカー製品、屈指の高級品でビギナーに最適とは思われなかった。もう少し手軽で、けれども高品質で一級品といえるものはないだろうか。

愛知県周辺の観光地はずいぶん巡った。その中では滋賀県はあまり親しみのない土地で、彦根城に行った以外には旅行らしい旅行はしたことがなかった。比叡山や近江八幡は行ってみたいという気持ちはありながらも優先順位が高くはなく、その機会に恵まれなかった、そんな中での長岡という土地。琵琶湖に接し、長岡城があり、歴史もある魅力に富んでいて、旅の目的地とするに申し分なかった。白州蒸留所を訪れてから、月日は浅かったが、私は早速長岡へと向かった。高速道路を使わないでも難なく行ける距離であった。

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こちら「黒壁スクエア」の象徴的建物であるが、元はその外観から「黒壁銀行」と親しまれていた銀行で、今ではガラス館となっており、国外さまざまのガラス製品を取り扱っているショップ兼ギャラリーといったかんじの洋館である。観光地にはこのように必ずと言っていいほど、象徴するものが存在する、顔ともいうべきものが。おそらく人はそうしたものに馴染み、印象として心に刻むのであろう。アクセントがその言葉を理解するのに重要な役割を果たすように、こうしたいわゆる「顔」が私たちの認識を強める働きをするのである。「黒壁スクエア」という言葉から私は瞬時にこの建物を良くも悪くも想像してしまうであろう。その目下に歴史を感じる街並みや美しきガラス製品の数々を思い浮かべるのであるが、そうした記憶の構造は印象的ではないかもしれないが、強固なものではあり、親しみやすくないかもしれないが、懐かしみやすいものであるようだ。

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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