ドライバーをワクワクさせる車 BMWミニ

今の社会で価値があるとされるもの、「お金」、「学歴」、「若さ」、「健康」。私は例としてこれらをあげてみる。共通点があることがわかる、それはどれも私たちの人生の可能性を広げてくれるものであるということだ。

さて、我が愛車たちの紹介記事も今回で最後である。なぜなら、今現在乗っている車にようやくたどり着いたからだ。読者にとってはつまらなかっただろうけれども、私にとっては懐かしくもあり、以前よりも多少調べたりすることによって深く知ることができたりして非常に面白かった。私は自分が愛してやまないものに対してはやはり誇りを持ちたいと思うし、その愛を深めていきたいと思う。

新たな車は何にしようかなーと考えながら、財政事情を確かめてみると以前より潤っており、候補となる車の水準を一段階上げることができることが判明した。まさに、お金を持つことで可能性を広げることができるということを体験したのである。具体的には中古のフォルクスワーゲンまでが精いっぱいだったのに、中古のミニを選択肢に加えることができたのだ。私の認識では、外車のもっともリーズナブルなメーカーはフォルクスワーゲンである。ミニはギリギリ高級車の部類だ。外車は新車は恐ろしく高価だが、中古となるとその反動でお買い得感が出てくるのだ。それも私が外車好きな理由の一つではある。ミニといえば、現行のBMWミニではなく、いわゆるクラシックミニがかわいくて、パワフルで、ラリーでの優勝など、圧倒的存在感があって、世界の名車の代表格であるわけだが、私の功利主義的な性格上、クラシックミニはいろいろと不都合があった。デザイン性やファッション性では劣るものの、安全性や維持費を考慮してBMWミニを購入することにした。

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車のデザイン上のネックはグリルにあると私は考えているが、ミニもその例に漏れない。クラシックミニでさえ、そのグリルには不満を感じないでもない。私は大胆にもあえて色消しのグリルタイプのを選んでみた。現行モデルなんかは特にそうであるが、ミニはとにかくカスタマイズが多彩で、この場合でもルーフやグリル、ミラーなど、内装もまた同様に様々なタイプがある。カラーリングは伝統的なブリティッシュグリーン。初代BMWミニで、エンジンはクライスラーとBMWの共同開発のようだが、ボディフォルムにクライスラーっぽさを感じるのは気のせいであろうか。

そして内装には感激した。先代からの名残をとどめているど真ん中に配された速度計は実におしゃれだ。MTも魅力的だったが、ATがCVTであったため、興味本位からATを選択した。走り出しがベルトによって独特のリズムである。操作性はゴーカートのよう。車に乗るってワクワクすることなんだ!そんなことを教えてくれる車だ。

軽快で活動的かつ高級感 「ポロ 6N GT」 

フォルクスワーゲン_ポロは私の自動車についての価値観をすっかり一変させてしまった。

コンパクトカーは正直いいとこ尽くしだ。もっとも日本の”軽”に勝る自動車はないかもしれないが、安全性やマシンとしての存在感としては物足りなさがあるので”軽”は私にとってナシなのだ。ただ全体的なコストや使いやすさは圧倒的に優れているのは間違いない。

エンジンがそれほど大きくなくてもしっかりと走ってくれる。だが、私は税金が安くなるという理由もあって1400ccにしてしまった、これは大きな失敗であった。このポロが初めてのATでもあった。ことごとく私の当ては外れることとなった。

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印象に残っているのが高山ドライブに行った時のこと。車山高原だったが、峠道に全く歯が立たず、初めて登坂車線の意味が分かった、フルアクセルでも唸るばかりでぜんっぜん登っていかないのである。エンジンとATには不満があったものの、コストは低く抑えられたし、内装と外装は先代と同じ6Nでありながら、フルモデルチェンジされており2000年に入ると自動車も進化が著しい。 ただ、このGTというシリーズは言ってみれば”インチキ”モデルで、なぜかというと、GTIというスポーティーモデルの格好だが、中身はノーマルモデルなのである。実に私らしいではないか。読み物は最高峰でありながら、その実は凡夫という・・・w

私は自動車のデザインでフロントグリルのバランスに気を付けている。それゆえアルファロメオの三角グリルがどうも爬虫類っぽくみえて受け入れられなかったのだが、最近のジュリエッタなんかを見ているとずいぶんシャープに馴染むデザインになっていてそろそろアルファロメオに乗ってみたい、そんな気分になっている。その点、スポーティタイプ的、エアロパーツ風フロントグリルは実にカッコいい。外国車のカラーリング、特に赤はメーカーによって色合いの違いが分かり、色彩を取り入れたのも私自身大きな試みであった。そして、内装も同じくスポーティに仕上げられ、メーターやハンドル、シフトグリップがシルバーに縁どられ、カーボンちっくに―以前の安っぽい素材とは異なる―なっていて高級感が増している。コンパクトカーでありながら高級車に乗った時の高揚感も味わえるのだ。私は非常に気に入っていたのだが・・・ある夏のこと―その夏は歴史的な猛暑だった―フォルクスワーゲン、ひいては外国車によくあるエアコンの故障、によってとてもその夏を過ごすことができず、ポロのエアコンのシステムが修理屋によると複雑で、原因の特定と修理には費用がかさむとのことで、私は苦渋の決断だったが、手放すことにした。エアコンが効かないだけなのにとショックではあったが、快適に過ごせない車では乗っていたって仕方がない。猛暑はまだ続きそうだった。私は急きょ、この暑さをものともしない相棒を探すこととなった。

車と女の関係性 フォルクスワーゲン ポロ6N


高級セダンへの憧れはあった。しかし、実際に乗ってみると、急に老けてしまった、そんな気がした。トランクにゴルフバッグを載せてゴルフ場へと向かうのだから、誰が見てもおじさんが来たと思ったことだろう。理想と現実は違うもので、思い描いていたものと実際に手にしてみたものとではやっぱり違う。そのころはまだ、”認識”ということに厳しい目を持っていなかったので、気にいらなかった。幹線道路は優雅に走れたし、住宅街も穏やかだった。そのときは若さへの執着も強かったように思う。また、自身の女性性に勘づき始めたのもその頃だった。女性っぽいものを好みつつ、女性が好みそうなものを選ぶようになっていった。もっとも、その結果を与えたのはAで「彼氏が高級なスポーツカーに乗ってきて喜ぶような女の子は少数なのよ」という言葉に衝撃を受けたものだ。またこんなことも言った、「大体、女なんて車なんて乗れればいい、もっといえば安全に乗せてもらえるならそれでいいのよ。もっと臭いや清潔感を気にするべきだわ。あの前を走ってる車、なんてやつ?宇宙船みたいで乗りたくないし、向こうから来るのはプレデターみたいじゃない!」(ちなみに、アウディ新型TTとトヨタのレクサスLSである)

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そうなると実用的な車が好ましいということになって、依頼私はコンパクトカーを愛用しているわけだ。そして、SUVやファミリーワゴンなどに変化していくことだろう、セダンはもう乗らないかもしれない。車に関心があるものからすれば、「フォルクスワーゲン ビートル」の存在感は圧倒的なものがある。昨年の世界売り上げ一位だったフォルクスワーゲンはいい車をつくっているなぁと思わせる。一度乗るとそう感じさせてくれる。ビートルは実用性に欠けるということで、私は定番のゴルフという選択もあったが、ポロにした。かわいいでしょ。大きさも当時の私にはちょうど良かった。家族がいるわけではないしね。一番驚いたのは、2ドアのタイプだったのだが、その扉の重さである。高級車は扉の閉まるときの音に特徴があると言われるが、なるほど高級車ではないのだが、重厚的な心地よい音に恍惚となったものだ。エンジンは1.600ccで非常に軽快だった。クラクション音は上品というよりおもちゃのようにかわいかった。こいつとはいろんなところに行ったのでたくさんの思い出がある。女の子も何人か知っているよね。なんか昔の彼女を思い出しているような気持ちになってきてしまった。いろんなところに行き、時にはケンカも・・・、故障したりして手もかかったなぁ。最後は台風の豪雨と強風で塗装のクリアが傷んでしまって、全塗装を塗り替えなければならない状態となってしまい、止むを得ず廃車にしたのだった。レッカー車で車庫から連れていかれる姿は、徒刑場へ連行されていくような悲しさがあった。私はずっとその後姿を、姿が消えてもなお追い続けたのだった。

憧れの外車 アウディA4 アウディのダサいイメージを一掃した車


外車への憧れは募るばかりだった。特にドイツ車に強く興味をひかれた。なぜだろうか。

イギリス車は、ロールスロイス、アストンマーチン、ベントレーと高級車のイメージでフェラーリやランボルギーニを欲しいとさえ思わないのと同様、雲の上の存在だった。イタリア車これらの高級車を除いたフィアットやアルファロメオ、これらの内装の美しさは憧れたがデザインの妖艶さが大人っぽく、青二才の私には似合うはずがなかった。フランス車は型にはまらないデザイン性とやわらかなラインがおしゃれすぎて気が引けた。アメリカ車は大きすぎて日本の道を走るには不便だし、燃費も悪いので論外だった。ドイツ車はカチッとしたデザイン、高品質でまさに質実剛健、外車素人の私にはぴったりだった。

ポルシェはデザインは美しく、エンジンも素晴らしいのだが、あまりにも存在感があり過ぎる。BMWはタフでごつい。私のようなひょろひょろの若者は全然ふさわしくない。メルセデスは高級車というイメージが強すぎて若者が乗る車ではない感じだった。フォルクスワーゲンはかわいくて私は好きだった。そして、アウディ…ずっとあまりかっこよくないイメージだった。

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しかし、このアウディA4が登場すると、一瞬にして私はとりこになってしまった。高級感漂う洗練されたフォルムに大人の女性のような上品さが全体に感じられる。そのころはまだセダンをおじさんくさいとは思わず、むしろ車のスタンダードフォルムとさえ思っていたのでとても美しいと私に映った。内装もまさに高級車のそれで、ハンドルやシフトレバー、スピードメーター、それぞれの部品が線が重なり、金属部品やメッキがアクセントになるように配されている。なにより驚いたのが、シフトチェンジの際の走り出しの軽快さである。これが高級車のエンジン、トランスミッションなのだろうかと感動したものだ。アウディA4との出会いは私の自動車観をすっかり塗り替えてしまった。デザイン、内装、乗り心地、すべてにおいて満足させてくれるもの、それが外車なんだと、半ば信仰するように私は思った。

峠道に適した車 スバル 2代目インプレッサ WRX

岩木山のように、小倉山のように

郷愁をそそる山が私にもある

その山の峠道は険しく、急カーブ、急降下、急坂と、MR2では何度もスピンをしかけた。これではいけない、私はもっぱら街道よりも山道や渓流沿いの自然路の上につくられた道路を好んで走っていたため、足回りのタフな車へと気持ちはすでに移ってしまっていた。

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かつて抱いた「スバル レガシィ」への憧れの気持ちを失ってはいなかったが、峠道から連想されるラリー、そしてラリーカーとしてのイメージが強いインプレッサが条件としては適していた。おそらく、スバリストとしたらレガシィを買う意味がわからないだろうし、私もレガシィの存在意義が今となってはよくわからなくなっている。現在に至ってはレヴォーグというデザインも性能も素晴らしい車がある以上、レガシィが人気を博する時代はもう到来しないであろう。人の感性は変化していくもので、スポーツカーを好んだ若者はがっちりとした高級感さえ漂うセダンに好感を持つに至った。たしかにセダンは高級車、大人の乗り物というイメージだし、ゆったりとした気持ちにさせられる。浪人生としての自覚と心構えができたことも関係しているのかもしれない。とにかく最も印象に残っている車の一つで、MT2速のクラッチの衝撃的な固さと強固なかみ合わせ?は忘れることはないであろう。4WDの圧倒的な安定感と、ハンドリングの素早い反応、ターボのメーターや速度計、シフトレバー、ペダル、バケットシート、それらすべてがレース仕様の本格的なもので、車好きが最高に高じたというような代物だった。その意味で私にとってトラウマとも呼ぶべきものでもあって、あまりに車を追求してしまうと、一般から外れ、非常識、ならずもの、という印象を与えかねず、この車以降、私はあまり目立たない車を好むようにシフトしていく。エンジン音はやかましく、半端でないボディーカラーは年頃の男の子には恥ずかしさを感じないわけにはいかない、そんな常軌を逸したものなのであった。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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