密かな懊悩

「遅かれ早かれ奥さんの知るところとなると思うよ。そう長く隠し通せるものでもあるまい。それよりも、君が洩らさずにいて、よそから奥さんの耳に届いたりしたら、もっと大事になり、それこそ理不尽な仕打ちになるだろう。愛する人からの打ち明け話なら、どんなに辛いことであってもいくぶん和らいで伝わるものだからね。しかも、君はだね、奥さんは心からの同情をもって慰めの言葉をかけようとしているのに、それを自ら拒もうとしているんだよ。それだけではない。お互いの心を結びつけている唯一の絆を断ち切ろうとしているんだ。つまり、自分の思いや感情を一緒に分かち合う術を失おうとしているわけだ。奥さんは、いずれ君の抱えている密かな懊悩に気づくだろう。それに、本物の愛で結ばれた夫婦であれば、何も隠し立てすることではないはずだ。愛する夫の悲しみごとだとしても、下手な隠し立てをすると、妻というものはどこか心のなかで相手に見くびられたと感じて耐え難いほどの屈辱感に苛まれるものだよ」   『スケッチ・ブック』 アーヴィング作


彼女に大学を出ていないことを正直に話すべきだと親友は僕に説いた。彼は僕の懸念を分っていたように就職の不利をやわらげるいくつかの方法まで提案してくれたのだった。僕は友人に大学を出ていないことを告げることになんの抵抗もなかったが、生活的関わりのありうる間柄の人たちに対しては抵抗を感じていたのだ。大学を辞めたことを意気地なしだと思われるのが嫌だったからである。友人たちについてはそれぞれが好きなように解釈した、それでいいと思った。贔屓の目で見てくれるかもしれぬし、仮に心のなかで馬鹿にしていたとしても、それはそれでいい気がした。しかし、彼女に対してはそういうわけにはいかなかった。

またその親友の提案に対しても、僕はほぼ同じ理由でそれを諦めるほかなかった。打算的な僕が大学を辞めるということは在りえないことだし、あのような低レベルな大学に通うことは考えられないことだった。けれども、それらをもっともらしく誤魔化すため、演技と道化を講じたわけである。これはうまくいったようだった。

大した問題ではない。その通りだ。親友は食わず嫌いと同等であると問題視しなかった。ピーマンが食べられないなら、ピーマンをよけて食べたらいいじゃないの。それが彼の主張であった。

今まで告白しようと試みたことは何度かあった。それで絆が深まることもない話ではないと思ったし、なにより不誠実だと感じていた。けれども、僕が僕自身をもっとも憐れんでいたからそうすることができなかったにちがいない。彼女は僕のことをよく知っていた。

よく散歩した公園で、僕らはいつもより長く逍遥した。人影はなく、掲揚塔の間から夕陽が差していた。切り出した大きな石のベンチに座ってからも、しばらく憐みのない瞳を惜しんで、僕は話し出せなかった。かすかな一陣の風が僕の背中を押したようだった。

初めに彼女が発した言葉は僕の体を気遣ったものだった。「生活に差支えない程度に大丈夫だ」僕はこんなことを言ったような気がする。僕の話しぶりはもったいぶったものだったから、余命宣告を受けた重病患者顔負けのものだったらしく、ほっとした。ということだった。僕にとっては深刻な問題であっても、僕だけに深刻なのである。心臓病患者が一生その脈打つ働きをケアしなければならないように、僕にもまたそういった制限がある。ただそれだけの話。けれど、彼女は僕のことをよく知っていた。

これから先、悪化し制限が一層厳しくなるかもしれないということ、彼女は僕という人間をよく理解していたから、端から期待していなかったのかもしれないが、まともな仕事には就くことができないであろうということ、そのためにも大学は出るべきであった。僕にとってはその運命こそが大きな問題であったのだが。誰よりも大学を出たかったのが僕なのかもしれない。しかしそれは叶わなかった。

幸い彼女は学歴など気にしないということだったし、貧乏ということについては実感もなくわかっていないようだった。なんとか彼女を幸せにするために僕は運命に反抗し続けなければならない。

家族が洗脳されるということ

妹はずっと仕事で悩んでいた。上司からの言葉の暴力、執拗な嫌がらせが4年間続いたということだった。今回ボーナスも減額された。次第に彼女は追い詰められ、ついには「死にたい」と思うまでになった。しかし、彼女には相談できる存在がいなかった。何度か母にはそういった危機的状況にあることをにおわせてみたこともあったが、元来人の話に、特に子どもの話に耳を傾けない性格だったので、形どおりの一般論で諭されるだけだった。「どんなところでもそういうことはあるからもう少しがんばってみたら?」。そう言われて彼女は「うん、もう少しがんばるよ。ありがとう」と答えることしかできなかった。「死にたい」ということが母をどれだけ心配させるかも想像できたので言いだすことも、相談することもできなかった。母は情緒不安定で普段でも二人でまともに会話することは困難であった。

父は子どもとは距離を置いていた。しつけらしいしつけを妹は父から受けた覚えがなかった。叱られたこともなければ、アドバイスを受けたこともなかった。自己中心的で大人になりきれていない少年のような人、口を開けばとんちんかんなことばかり。彼女は相談する気にさえならなかった。兄である僕に対して、妹は立派過ぎると表現したが、冷酷非情で相談しに行ったところで、厳しくはねつけられると思った。僕は確かに原因を究明し、論理的に対処する方法を取るに違いなかったので、彼女が自分の気持ちや、感情を理解し、なぐさめ、励まし、肯定してくれると思わなかったのは当然のことであった。けれども、「死にたい」と思うほど追いこまれている人間に対しても冷然とするほど思いやりを欠いた人間ではないと思っているのだが、実際はそうは映っていなかった。僕は自分が何と言おうと、どう思っていようと他人から見れば冷酷非情な人間なのだ。

そこで彼女が最後の頼みにしたのが”霊能者”であった。この”霊能者”は以前、両親のそれぞれの母親が相次いで事故で亡くなり(1カ月で2度葬式をあげた)、間もなくして妹が交通事故に遭った。この一連の出来事に不吉を覚えた父がインターネットで調べて出てきたちょうど自宅の近くにいた”霊能者”でそのときお祓いをお願いしたのが彼女であった。全く信仰心のない父は神社や寺には興味がなく、そうしたいかにも怪しげな”霊能者”にお祓いをお願いするのも当然といえば当然であった。僕は第一に彼女の表情が好かなかった。卑しい顔をしていた。


僕のところに「今日仕事早く帰ってこれる?」というメールが届いた。


「背後に二人生霊が憑いていて、あなたの口をうまく使えないようにしているわね。」

妹は一度一人で相談に行き、再度両親を連れて相談に行くと、妹は”霊能者”にこのように言われた。

「除霊の必要があるから、除霊しましょう。まだ他に気になることがあったりしない?」”霊能者”は机から身を乗り出し目を見開いて妹に迫った。

「最近、亡くなったおばあちゃんのことが気になるんです。それも関係があるのでしょうか?」

合点がいったという表情をして、”霊能者”は言った。

「これは家族の問題でもあるみたいね。特におばあちゃんとお兄ちゃんがポイントになっているわ。あなたからいろいろと引き出して、今日の夜、お兄ちゃんも連れてもう一度私のところへ家族みんなでいらっしゃい」

この他にも母親のリアルな生い立ちや父の家系の複雑さなどを平気で抉り出し、露骨に否定的な発言を命令口調で”霊能者”は行った。情緒不安定な母は取乱し、きちがいのように泣きわめきだしたようだ。父は父で、我関せずといった具合でひょうひょうとしていた。”霊能者”は母をターゲットに定め、集中砲火を浴びせた。「あなたに問題があります」と様々な角度から切り込んでは非難し続けた。母は「すみません、すみません」と泣きながら額を畳にこすり付けるばかりだった。

こうしたやりとりがあったあと僕にこのメールが届いたのだ。

”霊能者”に会いにきてということだったから僕は断った。仕事帰りの9時に呼び出す方がどうかしている。僕はそんな風にも思った。そのとき僕は妹が「死にたい」と思うほど悩み、苦しんでいるとは知らなかった。一切聞かされていなかったのだ。聞いてみると、昼にも相談料として30分5000円か1時間5000円の料金設定で支払い、また夜にもそれが必要で、なおかつ除霊を一万円でしてもらうということだった。昼の料金は母に半分援助してもらったようだ。人のお金だと思うからこうした何も代償がなくても支払えるのだろうと思わないではいられなかった。

「わたしの問題だけど、わたしだけが原因じゃないみたいだから、時間もそのように9時からでお願いしたからとにかく付き合って」と妹。

「家族に問題があるにしても、I(妹)にも原因があるでしょう?だからIの問題点から解決するべきだよ。親子の問題はないの?俺が出てくる意味が分らない」と僕。

「とにかく除霊してもらって様子見たら?」と僕は仕方なくそれっぽいことを言って終わらせようとした。

「自分の問題だっていう意識が低すぎる」最後にこう付け加えた。僕が言いたかったのはこのことだったのだ。妹はなんでも何かのせいにする。何か問題にぶつかると何かのせいにし、何か行動するときはなにかに頼って自分で考え、行動するということはしない。今でも家族のせいにし、しまいには霊のせいにしている。そして”霊能者”はそれを後押しするかのように、家族に問題があるのと、生霊があなたをうまくいかないように邪魔していると言い、兄もそうした妬み嫉み、恨みによって破滅に向っているから救って上げなくてはいけないと妹の不安をあおるやり方をした。

「家族に問題があるからあたしだけ除霊しても二度手間になるっていわれた。兄の言い分もわからないわけじゃないけどとにかく一緒にきてほしいの」と妹は食い下がる。

「除霊してもらうためのお金はない」僕はお金を引き合いに出してみた。これは逆効果であった。

「お金はあたしが出す!兄に出してって言ってるわけじゃない。とにかくついてきて!!」

ここまでくると空恐ろしくなった。

「Iのお金は信用できない。いつも母に借りるから。お金は信用」とだけ返事した。

すると今度は父からメールが届いた。

「Iがあれだけお願いしてるんだから、一緒に行ってやってくれ。Iの仕事の問題に絡んで、墓を移すかどうかの問題もあって、お前が不可欠なんだよ」やはり父はとんちんかんなことを言った。

「Iのためにならないから行かない」「墓の問題はわかった。でも今日じゃなくてもいいでしょう。仕事中だから行かない理由をIに説明したから聞いて」と僕は返答した。

「問題は一度で済ませたいから、今日行っておきたいんだよ」

利己的でがめついこの言葉に僕はうんざりした。父の吝嗇精神を掻き立てて家族で”霊能者”に会うという奇妙でいかがわしい状況に陥らないようにしようと僕は思った。

「すごい費用も要りそうだし」

「永代供養にしても、お金のかかるのは仕方のないこと。Iも母も”霊能者”に支払ったのは無駄なお金とは思ってないから、全く問題ない。一度で済めば、余分なお金はかからないし、それが一番いいんじゃない?とにかく頼むよ」

こう言いながら父は永代供養のお金など出さないし、自分で頼んでおきながら”霊能者”のお祓いなどの代金をすべて母に払わせている。僕はこの言草が我慢ならなかった。

「お墓の問題は僕と父が当事者だから全額払える?僕はそんな余裕ないから払ってくれるならいくんだけど、母たちにこれ以上は払わせたくないの」僕は不甲斐なかったが、こうした卑怯な手を使わざるを得なかった。父がもっとも厭うのは自分のためにならないことにお金を払うことだったのだ。僕はたたみかけた。

「一度になんてやめとこうよ」「除霊もみんなするみたいだよ」

「父が払うし、父が頼むのならいいんだよね?家も墓も、先々はB(僕)が中心人物。Iも拠り所であることはかわらない。

「それならいい。ありがとう」このありがとうはお金を支払ってくれることに対してではなく、父なりの僕たちを思う気持ちに感謝したのだ。しかし父はこうした思ってもいないきれいごとをいう癖がある。

「家として除霊をする予定はない。ただIは生霊を払ってもらうみたい。おばあさんとBとの関係がポイントのようで、だから今日一緒に行ってほしいんだ」

案の定、お金のかかる除霊などはしないときた。Iが生霊を払うことにも無関与なのである。僕は断じて”霊能者”にお金を支払わないこと、母にも同様に一銭も支払わせないことを約束させて一緒に行くことを承諾した。もはやだれも僕の言うことには耳を傾けなかった。

夜9時に”霊能者”の自宅に到着した。一家族が来客する異様な光景だ。”霊能者”嬉しそうに歓迎の色を見せた。この人は神か悪魔か、そんな風に楽しむべきだろうか?救世主か詐欺師か。嘘を見破り、真実をとらえ、真理を見いだす。それが僕の日々の目的である。僕はただ、来るだけでいい、話を聞くだけでいいということだったので気構えることもなかった。やはり道中も父が見当はずれなことを僕に話していた。

「住所と全員の名前を紙に書いておいてください」と言い残し部屋の奥に”霊能者”は消えた。

彼女が戻ってくると早々、僕にしか目は向いていない。予想していた通りだ。僕に言いたいことがあって呼び出したのだ。僕以外はすでに洗脳されていてなんの反論もしないのだが、僕には敵意を見せてひどい口調でそれは始められた。

「あなたはそのままではいけませんよ。家族はみんな心配している。家族の気持ちさえあなたはわかっていない」と対峙した僕を責めた。僕は仕方がないと思って黙って聞くことにした。

「あなた仕事は?」「長く続きそうなのそれで?以前となにも変わっていないね」

段々と僕は苛立ち、憤りを感じていった。しかし、家族の誰一人としてそうした”霊能者”のやり口に異論をはさまなかった。

「僕はIの仕事に関することで伺ったのです。僕の話はいいですから、Iの問題が解決する事柄から始めませんか」僕はできるだけ謙虚に言った。

「すべてがつながっています。あなたの問題を解決しなければ、Iさんの問題は解決しません。Iさんの除霊もこれからします」

僕はやれやれという顔をした。話が違うじゃないかと両親に問いかけてもなんの返事もない。

「聞いていた話と違うので、僕は席を外します。僕と関わりのないところから始めてくだされば結構です、親子の問題もきっとあるでしょう」僕はそういって立ち上がった。

するとものすごい形相をした母が僕の前に立ちはだかった。顔は異常なほど紅潮していた。身体は直立、口を真一文字にしてここは通さないと言わんばかりの体制。そして一言。

「私の子なら座りなさい!」と絶叫。夜分に人様の家での絶叫。「やめてよ、そんなこと」と軽くあしらえば、「人様を前にして、部屋を出るなんて失礼にもほどがある!」と語気を荒げる。

常軌を逸していたのは母だけではなかった。その場にいる全員がもはや常人とは思えなかった。誰も止めに入らずただ平然としている。僕は恐ろしくなった。母は涙さえ流していたかもしれない。僕は無理やり襖を開け、外に出た。母は僕の足にしがみつき、「出てはだめ!出てはだめ!」と繰り返し叫んだ。それでも誰も何も言わない。僕はもう終わったと思った。洗脳は現実に存在するのだと。僕は罪人で、”霊能者”とその味方が正義の人であった。僕は諦めて静かに座布団に腰を落ち着けた。

「私はこんな無礼で思いやりのない子を育てた覚えはありません」と母は”霊能者”に訴えていた。かと思うと子どものように泣きじゃくり、自分の父親の言葉を叫びながら、お父さんのところに行きたい、お父さんのところに行きたいと叫んでいた。「Bは私に全然優しくない」これも母が繰り返した言葉であった。

僕は殊、母に対しては思いやりをもって接していたつもりだった。手伝いをしたり、お弁当などに対してもおいしかったなどささいなでもコミュニケーションを大事にしようと考えていた。しかし、それも”霊能者”から言わせれば母の求めている優しさではなく、あなたの傲慢ということだった。

再度、「僕の問題は、母に対する接し方と家族が僕に対して、たとえば妹が相談をできないといったように、何も本音で言えないという状況をつくっている僕の身の振り方なのですね」と僕の問題はここで終わらせて、妹の仕事のことや、お墓のこと、できることならこの狂った会合自体を終わらせようとまとめた。すると、”霊能者”はすかさず「ほら、ご覧になりましたか?あなたの息子さんはこうやって人の意見は顧みず、自己完結させる人間なのです。これでは人から嫌われるでしょう。お母さんもこうした息子さんの性格を危惧されているのではないですか?」

「そうです。それに、妹がこんなに悩んでいるのに、二つ返事で来てあげられないなんて、ホントに冷たい人間だと思いました。理屈ばかりこねて、父は理論武装をしているとよく非難しますがその通りです。わたしはこの子たちが幸せになってくれればそれでいい!なのにどうして!」と母は精神病と疑われても仕方がない状態になっていた。

こうして話は続けられた。時間制の相談料金はかさんでいく。それが”霊能者”の狙いでもあるのだろう。けっして数十分では終わらない。何度も繰り返し同じ話をする。しかし、誰もそれに気が付かず、みんなBは意地をはって見苦しいというような目をしていた。

”霊能者”も阿呆である。もうお話は結構ですといえば、「私は頼まれたのですよ?」といい、僕が当事者であるにもかかわらず、みんなの意見を尊重していない自分勝手なイタイ人間と誇らしげに、見破ったとばかりに宣言するのである。さすが”霊能者”よくぞBの欠点を、私たちが日ごろつきたくてもつけない弱みをついてくれた!と家族ぐるみでほくそえんでいるのである。洗脳でなくてなんであろう?

「あなたも阿呆ですね」というのはやめておいたが、途中からはどうにでもなれという気ではいはいとただただ”霊能者”の見当はずれの予想、予言をありがたがるふりをした。無駄な時間。”霊能者”も予定していた時間に到達したのであろう、主要な問題であったはずの、妹の仕事と墓の問題を簡単に片づけた。

「では、除霊をはじめます。御嬢さん、ここに向こうを向いて座って」そう言ってから、指先に力を込めるようにして腰や背中、肩に触れるか触れないかのところで「ホー、ホー、ホーッ!」と念をおくった。これを3度行ない、続いて頭の周囲を掌でこねまわすようにこれも「ホー」とか「オー」とか奇声をあげながら施した。最後に「エイッ!!」と腰に両手の人差し指を突き刺し、除霊は終った。一万円。妹はさっき話しているときに感じていた首の痛みがなくなったとその実感を語り、”霊能者”もそうしたことはよく他の方もおっしゃりますね。と型通りの答え方をした。「みんながそうしている」というのは営業の決まり文句だ。大衆心理というやつか。愚かしい。僕の家族も間違いなく馬鹿であり、やっぱり僕も馬鹿なのだろうと思う。父はずっとだまりこくり、ときどき何かを振られてもろくすっぽ答えることができていなかった。

”霊能者”はときどき時間を気にし、ぶしつけにも計算機まで取り出していた。おもむろに余白に料金を書き記した。18000円。「30分サービスしておきました」という殺し文句ももれなくついた。

「いやー、友達価格があるんですね」と父はのんきなことを言っていた。

家に帰ると、何もなかったかのようにその話題が誰の口からも出なかった。僕をあんなふうに半ば強引に、半ばだまして連れ出しておいて何のフォローもなかった。妹になぜそれほど俺を会いたがらせたのかと問いただしてみると、「そういわれるとよくわからない。けれど、会わせなくちゃいけない!と思ったのと、あったら兄がよくなると思った」という答えだった。

「Iの良い状態というのは”霊能者”の思う良い状態と同一かもしれない。だけど、俺の思ういい状態とは、金を儲け、いい会社に入り、派手に暮らすことではないんだ。それを理解しろ」

「それと、自分に問題があるという意識を持て」

僕はこの件で、家族に対する信用が著しく減じてしまった。家族の信頼関係は壊されてしまった。

次はいつ、誰が”霊能者”のところへ足を運ぶのであろうか。”霊能者”はしっかりと次もまた訪問せざるを得ないような宿題を家族に残していった。

大学院生としての山下 「自由への道」45


〔どうして俺は大学を教授の過ごしやすいものになるように努力して、学生が過ごしやすいようにはしてやらないのだろう!大学は学生のためにあるのであって、教授のためにあるものではない。ましてや企業のためにあるわけではないのに、なぜ学生たちだけが教授たちの要求に懸命に応え、企業の未来のために奔走しなければならないのだろう。彼らがいなくて困るのは教える側の教授であり、働いてもらう側の企業であるはずだ。だとしたら、彼らが主体となった大学、就職のあり方を考えなければいけない。〕

山下は教授について学会に出る機会が多くなり、それに伴って大学がどのように企業と関連し、大学間でどのようなやりとりが行われ、どう関係しているのかということが理解できるようになっていった。そのうちに他大学の友人もでき、そうした限られた場だけではなく、インターネットなどを通じて互いに意見交換をし、情報を共有した。彼は大学という組織を徐々に離れつつあった。現社会で学生と呼ばれる若者の置かれる立場を改善し、前進させるために、立ち上がろうとしていた。さて、なにができるというのであろうか。

学生としての本分である学問の方でも新たな進展を見せていた。前に書いたとおり、彼は「死」についての考えを進め、宗教と死生観、哲学によって人間の死の解釈を得た。その「死」の概念に自ずと専攻しているデザインが混ざり合い、ホスピスケアと終末医療の在り方をデザイン、そして多様性を持つエンディングノートの開発という学術に着手していた。そしてちょうど彼はその書類の仕上げに入っていたところに、教授から無関係の課題を与えられたので内心、慨然としたのだった。

〔今月中に国立がんセンターのホスピスケア科の担当医にアポをとって、研究協力の依頼と取材申し込みをしておく必要がある。だからそれまでに内容説明の準備と取材方法の確認をしなくちゃいけない。それと卒業制作のエンディングノート開発の見本の製作にぼちぼち取り掛からないと間に合わないから、ゼミの全体会議をいつにしようか。〕

彼は右ポケットからスマートフォンを取り出すと、親指をスライドさせてロックを解除し、手際よく「LINE」という無料で好きなだけ通話やメールが楽しめるコミュニケーションアプリを起動し、(十一月十五日午後一時より研究棟二階、小会議室でエンディングノート開発の製作会議を行ないます。)というメッセージを放り込んだ。それらを山下が取り仕切るゼミのメンバーは受信し、確認できるというわけである。彼は引き続きコンピューターに向かいながら作業を続けた。

就職活動 山下の助言 小説「自由への道」 44


学部三年生の後期に入ると個人差はあれ、就職活動に奔走し始める。企業説明会や大学内で開かれる就職ガイダンスが通常の受講課程に入り込んできて、なかなか厄介なのである。真新しい着慣れぬリクルートスーツを身につけ、手持ちカバンや靴はつや消しのされた黒色でフォーマルなデザインのもので、皆が皆同様な格好をして一堂に会する姿は就職活動なるものを知らない者にとっては奇観であるに違いない。実際に、そこに参加している者の多くが没個性な自分自身に不満と嫌気を感じている。だれもがアイデンティティを持つべきであり、魅力ある個性を発揮したいと望むのだが、それを阻む社会の構造があるのだ。新卒一括採用という奇妙な文化がこの国にあるので、このときを逃しては沽券に関わるといわんばかりにみんな躍起になるわけだ。たしかに、何者かになるということに人はなにやら漠たる不安と失望を感じるものである。心の奥底で何にもなりたくないという気持ちと一角の者になりたいとの思いが交錯する。彼らは一先ずその葛藤を乗り越え、一つの決断と結論を得たのである。会社で労働者となる―。なぜかわたしたち若い世代は―上の世代はどうだかわからないが、おそらく違うだろう―それに対して不寛容で虚無感を感じる。社会はれっきとして存在するのだが、個人を尊重する時代なのである。

山下が立ち上げた勉強会に属していた有志も毎年この時期になると、就職活動や繁忙を理由に欠席、脱会という選択を下すのだった。一方で、彼は後輩たちにとって頼れる先輩であったので、さまざまな相談を受けた。時にはアドバイスや彼らのために人肌脱ぐこともあった。すっかり意気沮喪して、「就職先、ちっとも決まらないです。もう三十社受けたんですけど、一つも受からなくて…もうどうすればいいのかわからなくなります。厳しい、厳しいと聞いてはいましたが、ほんとうに辛いです。」と言ってきた者や、「僕のあこがれていた仕事が東京に本社を置く会社にあったので、何度か足を運んで、もちろん実費でですよ、なんとか二次面接まではいったんです、こちらの交通費は会社に出してもらえましたが、交通費だけなのでなかなかの負担で、結局その面接落とされちゃったのでこのままだと大した会社には入れそうにありません。ああ、僕の大学生活はなんだったんだろう―!」と山下に泣きつく者まであった。彼は「気を落とすな。」とか「まだ終わったわけじゃないから、もうひと踏ん張りしてみようよ。」と励ましたが、実際的なことも言った。「企業の求める人材と君自身との能力差を客観的に測らなければいけない。それには自分を正しく評価することが必要だけれど、成績や在学している大学、もちろんそういった来歴も重要視されるのが日本社会の特色でもあるから、避けることができない。君の競争相手である、他の学生はどうであろうか。いくら君がその会社の条件を満たしていたとしても、君より優れていると判断される者がいれば君は負ける。そうしたことを慎重に見極めてエントリーするのであれば、それほど苦しまなくてすむし、思いのほか思うように決まるものではないかな。」

このように後輩に忠告しながら、彼は内心考えることがあった。

山下の立場 小説「自由への道」43


大学研究棟のある一室、入り口の扉はストッパーで半開きになっているのでその前の廊下を通る者には内部の様子がわかる。白色の一般的なコンピューターが三台、壁を背にして備えられており、南側には離れて、大きな机に黒色のハイグレードなコンピューター、人間工学に基づいてデザインされた椅子がぴったりおさまっている品格漂う一隅があった。画集や論文などの資料がガラス製引き違い戸付きの普段見られぬほど大きな本箱にぴっちり納まり、それは部屋を狭く見せ、室内はやや照度が落ち、陰気な雰囲気を来訪者は感じるほどだった。

黒のコンピューター越しに、縁なし眼鏡をかけたいかにも神経質そうな瞬きをする教授が、普段への字に結ばれている口をあけたかと思うと山下を呼んだ。

「山下君、今度の学会で発表する数学とデザインについての論文の日本文化と白銀比の紹介資料を頼みたいんだが、研究の合間にできんか。」

突然のことだったので「はあ、いつまでにですか。」と山下は間抜けな返事をした。

「そうだな、週明けまでに。」

学生は教授の依頼を引き受けるのが当然といわんばかりにその教授は構えている。

「やっておきます。」と山下は席を立ちながら回答し、棚から資料を引き出して自分の研究を続けた。彼が所属したのは科学デザイン科でそれは数式や化学からデザインにアプローチすることであらたな科学的価値の創造をすることを主とした学問であった。だが彼は宗教や倫理とデザインの関係などといった科学ではなく人文から探求することを欲していたので、その教授の助手になる身とはいえ、そうした課題に対して吝かであった。彼は教授の学問的方面の助力に加えて、学校における教授職における方面でも代任することが少なくなかった。たとえば、教授が受け持つ講義に一緒に参加して、彼が板書し、口授している最中に学生の間をまわり、その進み具合をチェックしながら、質問を受け、実際に学生のノートに例やヒントを筆記して教えたりするのも彼の仕事であった。彼にとっては重荷でしかなかったが、後輩である学生に対しては真剣に応じていたため、いつからか慕われるようになっていた。
 
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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