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『風立ちぬ』 生きねば、柔軟性と多元性をもつ作品

子どもたち、そして学生たちが夏休みを過ごす時期になると、映画会社がこぞって年齢層を問わぬ、かつ娯楽性に富む作品を公開する。

その中でもジブリや大手製作会社の映画は公開前から話題を呼び、注目が高い。

彼らにとってこの夏商戦は威信がかかっているといってもいいほどで、連日映画館には人が集うようだ。

連日、猛暑が続き、屋外はもちろん、屋内にいても熱中症の危険があると新聞、テレビで報道されているが、休み中の涼の取り方のひとつとして映画館という選択がされているというのも一つの理由かもしれない。

僕もここ何年か毎年1本以上は映画館に足を運んで新作映画を鑑賞していて、恒例行事となりつつある―去年はコクリコ坂、その前はアリエッティとここジブリ映画をみている。

今年も一風変わった趣向のCMが気になっていた「風立ちぬ」を見に行った。

表題の「風立ちぬ」、キャッチコピーの「生きねば」というところからも作品に対する意気込みと内容の充実が伺え、僕の期待も大きく膨らんでいた。


感想や想起したこと、感動の度合いなどが見る人によって 著しく異なる作品ではないかと思う。

主人公二郎が美しい飛行機を作りたいという自分の夢に向かって奮闘する姿を軸に菜穂子との恋物語、そしてファンタジックな夢世界での旅客機を実現してみせた、尊敬する人物カプローニとのやりとりが描かれる。

二郎の夢である美しい飛行機を作る夢が、それを追う過程で関東大震災や戦争といった政治や天災という不可抗力要素によって妨げられるが、それを乗り越え、また結果として「最後はズタズタだった」というように、彼の努力はゼロ戦となって結晶するが、特攻隊のために使用され一機も帰ってこないという悲劇に終わる。

それでも、菜穂子は「生きて」と夢世界の中で二郎を励ます(菜穂子は結核によって死んでしまう)。

同じ場面で尊敬するカプローニから「この10年、全力を尽くしたかね」というような問いを投げかけられる。

これも重要だ。

『地道で長いひたむきな努力』と『いかなる逆境、どうにもならぬ苦境に陥ったとしても生きる根源的なエネルギーに立ち返って、人生の歩を進めること』

こうしたメッセージを強く受けた。

こうした文学色があり、啓蒙的でかつ恋物語も絶妙に混ぜられている。

しかしその物語は順風満帆とは行かず、山を登って絶頂を見て、滑落するといった展開を見せる。

出会いはいかにも運命的で、菜穂子の気の聞いたフランス語での問いかけは一瞬にして二人の世界を作り上げ、観客をそこに引き込んだに違いない。

それから二人が関係を深いものにしていく過程はあまりにできすぎているので、構築された美しい話として受け取ればいいだろう。

一緒に上司の家に泊まる際に、結婚していなければ許せないといわれ、即断で結婚をし、その式を上司宅で行う場面はやや滑稽ではあったが、時代の風潮を描き、またその旧弊の如何を考えてみるきっかけを与えていた。

結核を煩い、高知療養所で療養をしていた菜穂子が美しい姿を見せようと二郎のもとをたずね、しばらくして戻っていってしまう―もう来るところまできてしまった―場面は涙を誘わずにはおかなかった。

というのも、避暑地、軽井沢で出会ったカストルプ氏(魔の山の主人公ハンス・カストルプからきているのだろう)がその地のことを「魔の山」と表したように、まさしく高地で療養している菜穂子はヨーアヒムをはじめとする結核患者を思い起こさせる。

「ニホン、ハレツスル、ワスレル」、「コクサイレンメイダッタイ、ワスレル」といった言葉が印象的だ。

『魔の山』は僕の好きな文学作品の中でも特別すきなものなので、その数々の場面も脳裏に浮かんできて、いっそう感動と悲哀を感じたのだ。

そして最後の場面、空にたくさんのゼロ戦が描かれ、「(二郎が人生をかけて追った夢の一つの実現としての形である)機体は戻ってこなかった」というところで僕は作品とは関係ないとしても『きけ、わだつみのこえ』の中に記されるたくさんの特攻隊として戦場に突撃した若者たちの言葉を思い出さないではいられなかった。

彼らはあまりに勇敢だった。

情熱の結晶であるゼロ戦を駆る者として恥じぬ者たちであった。

しかし、その用途が大いなる間違いであったのだ。

この世界に生きる僕たちにとって、周囲の環境、自分の置かれた立場、状況というものは常に考えなければならないし、それは大きな力を持って僕たちに働きかける。

しかしその中でも、僕たちは強く生きなければならないし、情熱を注ぐべき自分の存在意義ともいえる世界への働きかけの道具を鍛えていかなければならないだろう。

最後に、テーマソングである『ひこうき雲』も作詞・作曲松任谷由美で秀逸で、いい映画にはいい音楽といえる楽曲だ。

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名作『ショーシャンクの空に』 陳腐で胸くそ悪さを残す作品

僕はあまり映画を見ない。

せいぜい、年間に10本程度である。

世の中には映画好きの人は数多くおり、毎日見る人も多いだろう。

だから、映画を語る資格は自分にはないと考えるし、映画を批評することはほとんど無意味であろうが、少し書いてみたい。

昨日、たまたまyahooニュースから映画『ショーシャンクの空に』に関する記事へと行き着いて、以前からこの作品が映画史における名作として有名であること、そのハッピーエンドがすばらしいことを聞き知ってもいたし、『午前十時の映画祭』にも選ばれていたので「見よう、見よう」と思いながらもキッカケがなく見ないまま済んでしまっていたから、「よし、この際見よう」と見始めた。

・・・

細かい批評ができないのが残念だが、いくつか思ったことがある。

途中までの腐敗しきった刑務所内の様子が本当に胸くそ悪かった。

特に所長の数々の悪行、その狡猾さは我慢ならないものがあった。

国家の番人という大義の下、その権力でもって囚人を人間扱いしていない所内の様子は見るに堪えない。

これが現実であった時代、実際に今行われているかもしれないと思うと身の切られるような思いがした。

最終的にはその悪は挫かれるので、その点はよかったといえるかもしれない。

次に主人公アンディ・デュフレーン役のティム・ロビンスは僕にはあまり適任と思えなかった。

体格こそいいものの、初め、レッド(モーガン・フリーマン)から一番に泣くだろうと予測されたように貧弱さをもっているように見えるので、銀行員であることを利用し巧みに機智を働かせた策略と脱獄の成功に違和感を感じた。

脱獄というストーリー展開の陳腐さ、そしてその後の逃走という名の自由を謳歌する姿は非現実的であり、妙にあっさりしている。

ロックな若造のはっきりとしすぎているその役割。

あまりいい印象がなかったわけだが、その中でもいくつかはいいシーンがもちろんあった。

放送室に閉じこもり、囚人たちに「フィガロの結婚」を聴かせる場面や鬼教官に財産相続のアドバイスをし、その報酬として仲間たちにビールを望み、結果彼らがビールを楽しむことができる場面はシャバのすばらしさを美しく物語っていた。

モーガン・フリーマンはいい味を出していて、申し分ない助演といった感じだった。

所長や鬼教官の悪さもよく出ていて、演技は―素人だからわからないがうまかった。

下水道から出てきて、歓喜にひたる場面は強調しすぎて、やや興ざめの感さえあった。

どうして名作と呼ばれるのか、大きな疑問を残す映画であったし、僕にとっては内容が陳腐で胸くその悪さを残すものであったからもう見ることはないかもしれない。

脱走ものはよくあると思うが、『大脱走』の方が好印象だったし、『モンテクリスト伯』を読んでいたほうがよっぽどおもしろいと思った。

やっぱり、映画よりも小説を読んだほうがいいなと改めて感じた。

映画 『ARGO』

Aと映画『ARGO』を見に行った。

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イラン革命時に起こった実話に基づく映画で、アメリカ大使館が襲撃され、ほとんどの大使館内にいたアメリカ人が人質となってしまったなか、脱出した大使館員6人を救出するというもの。

その方法は、ニセ映画『アルゴ』を製作するためにイランの地へ向かったロケハンとして連れ戻すという本当にあったCIAが仕掛けた救出作戦。

作品を通して革命時の緊張感を見事に描いていたと思う。

最近では中国の日系企業襲撃や反日デモがニュースなどで取り上げられていたので、より真実味を感じた。

またこの映画が公開された背景には、今のアメリカの中東問題や世界経済としてのアメリカの立場の劣勢も関わっているのかと推測しないではいられない。

映画というのは1つのマスメディアの役割を果し、アメリカ本国のみならず、日本や諸外国でも圧倒的地位を築いているため、世論にも大きく影響をもたらす。

現に、この映画では石油排出国である、中東イランの非人道的行為に対する、アメリカ側の非暴力的解決を描いている。

また、カナダ政府との連携によって作戦は成功するため、国際協力のモデルも同時に示している。

そういう意味でもこの映画は穿った見方をすれば、アメリカの世界的な評判を上げることにもつながるし、一般的に見れば革命時に起こりうる非人道的暴動への警鐘、また国際協力の喚起ともなりうるだろう。

他にもこの映画の感心した点は、出演者と実際の6人の人質がよく似ており、すばらしいキャスティングだったということ。

そしてはじめに書いたように、革命時の特に、イランのようなぼくたちのあまり知りえない国での緊迫感がものすごくリアルであったこと。

事件発生後18年後に当時のクリントン大統領が機密扱いになっていたこの作戦を明らかにしたこともまたタイミングにどういった思惑があったかわからないが、よかったんじゃないか。

フランス映画 「最強の二人」

Aとフランス映画「最強の二人」を見に行った。

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仕事が早く終わるというので映画に見に行きたいと誘われたので一緒に行った。

彼女と僕は好みが少し違うので彼女が好むやつを僕は普段好まないので機会があれば積極的にそうしたものに触れようと思っている。

その上、彼女が薦めるものや興味を持つものは僕にとっても良質に感じるものが多い。

そういった意味でもいい関係である。

僕はまったく予備知識がなかったけれどきっと良いに違いないという変な確信があった。

登場人物だけを見れば少しシリアスで重たい映画なんじゃないかという印象を受けるが実際はうまくコメディ調でまとめられており、重たかったり、人生を深く考えさせるようなそういった内容ではなかった。

普通に楽しめるし、感情移入しても暗くなるどころか励まされる要素のほうがたくさん含まれているだろう。

介護するドリス役の俳優が良かった。


障害者であるフィリップとの対照的さとそんな二人が少しずつ理解しあいながら自己を形成していくところはうまく簡潔に見て取ることができるようになっていた。

僕自身がどちらかといえば高尚なものがすきなので―趣味に高尚も外道もないが一般的な感覚―人生を楽しむってことはただ単にそういう高揚感を味わうだけではない、

体を動かしたりユーモアで人と触れ合ったり、全力でぶつかったりという積極的な行動的に楽しむってことも必要なんだと思った。

「アベンジャーズ」

ほんとに久々に家族で映画を見に行った。

姉が「アベンジャーズ」を見に行くから、いかない?と誘ってくれたのでいくことにした。

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もうあまりこうしてみんなで出かけたりすることも少なくなるだろうから。

僕は普段あまり映画を見ないから、「アベンジャーズ」に出てくるヒーローたち、アイアンマンやハルクなどは全然わからなかったけど、アクション映画として、その豪快なアクションだけでも十分楽しむことができた。

やっぱりハリウッドは迫力が違う

一方、話の内容はわりとありがちなかんじであまり満足いくものではなかった。

最近のSF映画は宇宙からよくわからない生命体か宇宙船が攻めてきて、人類を滅亡へと追いやろうとする、あるいは核戦争が起こりそうだから、それを阻止する、あるいは核ミサイルの発射をとめさせるなど、社会背景ももちろんあるにしても、いいかげん飽きてくる。

しかも、あまり現実味がなく興味があまりもてないし、入り込むことができない。

どちらかといえばヒューマンドラマを描いたもののほうが個人的には好きだ

ちなみに、父と姉がいうにはこの作品は「マイティー・ソー」の続編であるらしく、それをみていないと話がわからないだろうということだった。

だからといってそれをみるつもりもない。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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