古き良き上品さ 銀座アスター 名古屋賓館


私たち3人は窓際に座を占めた。野郎でぶらりと入店するには気の引ける店構えだが、どういうわけかこのメンバーだと気にならない。おそらく彼らが気取るということがないからだろう。

東急ハンズが入っているセントラルパークANNEXビル12Fという好立地。せっかくだからというので東急ハンズを一通り見て回って、私は手ごろな洋服ブラシを、Sは彼女の好きなデザイナーのカレンダーを見つけ、購入した。Tはぶつくさと文句とも不平とも取れない感想を漏らしていた。彼の気に入るものはなかったようだった。12Fに上がると、買い物で時間を少し使ったので1時は過ぎていて、銀座アスターと掲げられた入り口からスーツ姿の男性が数名出てきた。見たところ同一の会社の幹部の会合といったところだった。

なんといっても景色が良い。名古屋の街を一望できるだとか、山々を見渡せるというのではなく、名古屋の大動脈といえる久屋大通と桜通りが交わり、テレビ塔と久屋大通公園を眼下に納めることができる。

まず、飲み物をということで迷うことなくビールになったが、なにやらグラスの横にピルスナーという聞きなれない規格があった。聞いてみるとグラスよりも容量が大きいものらしい。

「ドルトムントのフォワードにいそうだな、ピルスナーって」とTは冗談交じりに言う。

サッカーは私たち共通の関心ごとの一つでワールドカップがある今年もまたスポーツバーでひと騒ぎすることになるだろう。それから彼はピルスナーに音が近い最先端のレーザー機器の性能について科学的見地から詳しくわたしたちに聞かせた。それは医療分野で特に重宝されるだろうとのことだった。

銀座というからには高級中華の類だろうと私は想像していたが、ランチメニューもあって、価格は手ごろだった。確かに、考えてみればその「銀座アスター」の字面は宮廷風の店の造りもそうだが、古き良き上品さというようなものであった。
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料理も定番のエビのチリソースのセットと酢豚のセットでとても選びやすかった。静かで落ち着いた雰囲気で、味も脂っこくなく上品とまではいかなくとも繊細な味付けであった。特筆すべきはそのバランスだろうか。前菜からデザートまで高級食材が使われていたり、手の込んだ料理というのではないが、それが私には満足であった。

望まない出世 未知なる新たな生活


私はひっそりと会社の中で、いてもいなくても変わらないような存在であり続けたかった。給料は安くても、責任は軽く、手を抜きやすい、いわば自由な環境を望み、その願い通りの社会生活を営むことに成功していた。しかし、その生活は長くは続かず、運命は私に新たな生活を用意したのである。私が変化を望まなくとも、変化は向こうからやってくる。文字通り、私は出世した。けれども、私はそれを望んではいなかった。接する人も、重点を置くべき仕事も変わり、自分が責任を果たすべきポジションも移動した。そして生活スタイルまでも。元来、私は合理性を重んじるタイプなので必然、住む場所も仕事の効率化のために変える必要があると考える。今のままでも大きな弊害はないのだが、理想を追求すれば、そのままでいるわけにはいかない。そしてこの一つひとつの変化とステップが密かに抱く、理想へとつながっていることを確信する。住む場所を考えること、それは自分の生活を見つめなおし、価値観の重心の位置を再認識することと同じである。私は今現在、快適さを求めるのか、金銭の余裕を求めるのか、あるいは、暮らし・環境を求めるのか。そして、確実に車を手放したことが私の今の思考に大きな影響を与えていることを考えると、いかに己自身の行動と決断がその後の判断と決断に影響するのかということを思い知らされる。もしこれが、素敵な車を購入していたら、また違った行動と結果を生んだに違いない。まだ予想もつかない新たな環境での暮らしが自分の一つひとつの決断によって定まっていくことにただただワクワクしている。

2人の尊敬すべき友人


私が大学生活で得た最大のもの、それは知識でも教養でも、自由な時間でもなく、2人の尊敬すべき友人である。彼らはやはり優秀な人材で、3人が揃うのは一年に2、3回程なのだが、年末年始にはできるかぎり予定を合わせ顔を合わせることにしている。お互いに一年の総括と展望を確認しあうのである。考えてみると、私は日本社会の文化に沿った形で社会集団に属し、その中でそれぞれの人間関係を築いてきた。小・中・高・大の学生生活、バイト、職場、それぞれにそれぞれの人間関係があることを振り返ると思い知らされる。そして、この大学時代の友人、TとSは非常にバランスが良く、私が友人ながら素晴らしいと思っているのだが、それは所属する集団の特性と関係性がないわけではなく、小・中は地元の学校、高校は都市の進学校、大学は公立の理系学部といった具合で、会社でもそうだと思うが、その集団に所属することになる理由というものが必ずあり、その意味で、構成員というのは少なからず共通点があるものなのである。

Tとは久々にあった。彼は私の友人の中でもっともビッグな人物でまさに世界を飛び回っている。オリバーピープルズの眼鏡をかけ、バーバリーのセーターと黒いマントといういで立ち。私が集合場所のオアシス21へ到着すると、彼はスターバックスの前のテーブルで物思いにふけっていた。その傍らには仕事道具を満載したTUMIのバッグがいつものように置いてあった。

彼は私に文学の進み具合はどうかと聞く。「三月末にまた募集があるからそれに向けて順調に書き進めているよ」と気持ちのよい返事ができたのを私はうれしく思った。Tは私がどんなテーマの小説を書いているかすでに把握しているからその言葉を聞いて安心したようだった。その調子だねと言っただけでそれ以上深く聞いたりもしなかった。10分ほどするとSも到着した。走って来たという。大学時代からSはおしゃれだ。私が彼のセンスの高さに気づいたのはある夏の日にアドミラルのピンクのさし色がクールなハイカットスニーカーを履いてきた時だった。彼は決して自分のこだわりや意図を表に出さなかった。アークテリクスの鮮やかな朱色のジャケット、アークテリクスを私が知ったのもやはり彼が大学時代に通学カバンとしてこのメーカーのリュックを採用していたからで、ブランドロゴマークである始祖鳥がなんともカッコよかった。アウトドア用品を扱う高級ブランドである。スニーカーはアンダーアーマーだった。Sの行動力はすさまじく、たとえば冬休みにホノルルマラソンに出るといって、その年の夏からトレーニングを開始、見事初心者とは思えぬ好タイムで走り切るということを簡単にやってのけてしまう。Tは研究者になり、Sはエンジニアとなった。理系であるのにも関わらず、文学にも精通している。そして二人とも趣味はスポーツ。実に頼もしい。毎年会うたびに彼らの立場は偉くなり、行動範囲は広がり、様々なことに挑戦し達成している。Sは登山もやるが、最近冬山登山に挑戦し、凍傷になりかけながらなんとか登頂に成功したと喜びを語る。昼時だから、とりあえず飯を食おうということになった。


最寄り駅じゃないこの駅にどうしてあなたがいるの

あなたは気づいてないみたい、私はすぐにわかったわ、見覚えのあるブリーフケース、私が贈ったものだもの

付き合い始めて最初にお願いしたこと、それは元カノからのプレゼント使うのやめて

あなたは無頓着だった、今も昔も変わらないのね

ぎゅうぎゅう詰めの満員電車

あなたは涼しい顔して外を眺めてる

ひょっとしたらばったり会うかもねって冗談を言ったのは私の方

それなのにかける言葉が見つからない

思い描いてた未来で違った時間を過ごしてる

懐かしいけど、胸が痛むのはどうして

「幸せにならなかったら許さないよ」

その答え、「どう、今幸せそうでしょ?」

でも私はうつむいた

もうあなたの人生に私はいないし私の人生にあなたはいない

重なりかけた二つの線が元の通りに走っていくのよ

下りたあなたを思わず目が追っていた

別れを切り出すガマン比べ

下りたのは私

いつもの乗り換え

列車が待ってる

つまずきの石

一年ぶりに会う彼女。以前にもましてキレイになっていた。こんなキレイな女だったかなと見つめる時間が自ずと長くなる。

体のラインは変わらない。出会った頃はお互いに若かった。本当にこんな素敵な女性が自分を愛してくれていたのかな。あの頃の自分に嫉妬した。

私が贈ったものを身につけ、つかってくれた愛しい彼女。今ではすべて見覚えがなく、上質なものになっている。

レイヤーをうまく取り入れるファッションだけは変わっていなかった。

「風邪ひいたみたい、喉が痛くて」 すらりと伸びた指先を喉にあてがう。つややかな髪の束が流れ落ちた。

彼女を待たせ、精いっぱいの、やさしさをもって「これ使ったらよくなる」とヨウ素系スプレーを買ってきた。

「ほんとに効くの?」

「やらないよりかましだよ」

・・・・・・

「いいかも」 「ありがとう」

ベンチに座る。以前もしたことのある会話。そんなこと気にもしなかったのに、「前にもしたよ」と二人でにがく笑った。

これが最後とばかりに見つめあった。

「そこまで送るよ」

二人並んで歩いてく。

「手、握ってよ」

私が苦しめられた、この彼女の小悪魔加減。彼女の方が見られない。

「楽しかった、また誘ってよ」

「俺も楽しかったよ、今日はありがとう」

きっと私は誘わない、正確に言えば誘えないだろう。私はそのように彼女によって導かれるはずだから。

握った手が離れる、彼女は中指をわざと私の指先にひっかけた。いつでも思わせぶりなんだ。

「元気でね」

五歩進んで振り返ると、それから彼女も振り返った。「本当に最後だな」。彼女はほほえんでいた。私はもう一度振り返ってみたけれど、彼女が振り返ることはなかった。

(あんな風に歩いてたんだ)

凛とした、私につまずいているような女じゃない。これでよかった。自分にそう言い聞かせるのが精いっぱいだった。

ああ、またしても孤独に戻ってしまった。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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