高級マットレス入門シーリー いつでもハイクラスホテルの眠り


私の自律神経は慢性的に失調している。だからこんな深夜にもかかわらず眠気を感じるどころかちょっとしたネタを思いついてパソコンに向かっているのである。かつては不眠に悩んだこともあったが、今では平気なもので、睡眠不足に極度に恐れることもなくなった。というのも睡眠が脳の働きに及ぼす影響は計り知れないもので、あらゆるパフォーマンスの低下に繋がり、生活の質が悪くなるからだったが、思考というものを疑ってかかるようになり、理屈に頼ることも少なくなった。要は歳をとったのだ。あるいは就寝スタイルの変化が功を奏しているのかもしれない。私は不眠に陥ってから日本式の就寝スタイルに変更した、すなわちあえて畳を就寝箇所にだけ敷いて―部屋は洋室だった―敷布団に掛布団、そして枕は蕎麦ガラというあべこべな環境で眠っていた。けれども、なかなか良好であった。

ところが、新たな住まいは鉄筋コンクリートでモダンな内装で布団を敷いて眠るというのはあまりに不自然であった。そこで私はベッドスタイルに変えることに決めた。正直、旅行好きな私はハイグレードなホテルで得られる心地よいベッドの眠りを体験して、ずっと憧れを抱いていた。いつかはシモンズのベッドを我が家に導入し、いつでもリッチな気分を味わえる環境を作ろう、そう思っていたのだ。今こそ、そのタイミングか??その前に、一度ほかの意見もと思い、友人の中でも屈指のお金持ちであるIに聞けばきっと別の高級マットレスなどの情報も得られるかもしれない、果たして聞いてみると、「シモンズは間違いないよ、そりゃあね。俺は断然シーリー派だけどね」

「シーリー??」私は全くこんな間の抜けた反応で、それもそのはず3Sなんていう言葉も知らず、妙な名前だなと思った始末だった。

「やわらかすぎず、硬すぎず、バネの反発と連動性がいい感じがするんだよね」Iは只者ではない。せっかくの友人の勧めであるし、名前もなんかかわいくて気に入ったし、アメリカ高級ベッドメーカー、通称3Sの一角で企業関連情報によると整形外科医などと協力しながら生理学的側面から製品開発をしているとのことで、シモンズは将来の夢として、まず高級マットレス入門としてシーリーマットレス購入に踏み切った次第である。

立地・外観について


現代は物であふれている。現代社会の象徴とでもいうべきコンビニ―しかしそのコンビニさえも進化を余儀なくされ、当初とはずいぶん違った姿である―に行ってみよ、私たちは選択に迫られる(利用者が迷うことのないような陳列と品揃えがなされているというが)。もはや私たちは自らが望む多くのものを得ることができる。だが実際のところはその真に望んでいるものをはっきりとさせていないために、多くの場合、策略やカラクリによって提供者が選ばせたいものを選ばせられている。賃貸物件を探すにしても、膨大なデータベースを可能にするコンピューターによって―コンピューターは所詮、計算とデータ保存に優れた代物なのだ―利用者の望む条件を満たす物件を的確に抽出することができる。そこで、必要なのは望む条件をはっきりさせることだ、今となっては、探すことよりも、何を探すかをはっきりさせるほうが難しい。そこのところ、今回の物件検索では、以前の経験もあり、また私が住宅の築年数と設備の消耗具合の連関を把握していたので、比較的効果的な検索条件を導き出すことができた。

築年数:10年程度、南向き、先述の2口コンロ、1DK、あとは立地を選択することでほとんど迷う必要がないように物件は絞り込まれた。要するに、あとは実際の賃料に対して、それだけの金銭的価値を見出せるかどうかである。

本当はこんなことは書くべきではないのだろうが、以前利用していた物件は大東建託のものだったが、どうも私には合わなかった。女性向け、というか若夫婦向けというか、表面的には確かにシャレていて、なかなか使い勝手もよく、ぬくもりを感じるような快適性があった。けれども、なんだか仮の住まいというような安普請といってはいけないかもしれないが、なんとなく長くすむには頼りない、そんな印象だった。それゆえ、次の物件では大東建託は除外した。タレントを使ってガンガンCMをやっているのも、なんとなくいやだった。これはDルームも然りである。大東建託云々の前に、木造建築だったことも影響しているだろう、実家が鉄筋コンクリートだから慣れていることもあるだろうか、鉄筋コンクリートの物件が良かった。きっと近い将来名古屋を大きな地震が襲うことも想定するとより安全だろうとも思える。

玄関にはオートロックがついていた。鍵が2種類。面倒だとは思ったが、住んでみると安心感が増していることに気づかされ、なるほどなんとなく都会的で、マンションという感じで気分も良い。外出時には解錠不要なので慣れてしまえば面倒というより当たり前になる。鍵交換の費用は高くついたものの、いい扉、いい鍵というのは、車でもそうだが、閉まり具合といい鍵のかかり具合、開閉の滑らかさ、重厚さ、非常に心地よいものである。

以上、立地・外観についてはまったく申し分のない物件なのであった。

生活条件:使い勝手のいいキッチン 食への関心は健康意識


私たちは生活に必要なもののほとんどを自分自身で用意することができない。裏を返せばそれが我々が日々従事している仕事の本質ということになる。だから私はできる限り自分の力でできることは人やサービスに頼らず自分でやろうと思うし、仕事であれば誰かの役に立っていることでなければ本当でない気がする。そして人間としてすべきこと、それは自分の日々の糧は自分で手に入れるということであり、それは仕事をするという意味として現代社会では通用しているが、自分の食事は自分で作り、そこに日々の充実と明日への活力を見出すことができるのではないか、私はそんな風に考えている。それでこそ、料理人がいかに地道な努力を続け、匠の技と深い味わいに到達したのか、その偉大さも少し理解できるのではないだろうか。代金を支払い、美食を味わうというのはすばらしい贅沢でこの上ない幸せのひとときで、私はそのために日々労働に励んでいる、そう言っても過言ではなく、自分で料理をつくるときには洗練されたこだわりのつまった食材を用いることで、また違った喜びと幸せを感じることができる。そのためにキッチンが担う役割というのも無視することができず、1DKという一人暮らし向けの物件でありながらも、充実したキッチンのある住居を私は望んだ。これは本当に僥倖としか言いようがないが、シンクが広く、2口ガスコンロ設置可の物件を条件を満たす立地に発見し、私はほとんど即決だった。そのキッチンに立って、私は想像してみた。どんな風に食材と格闘しながら日々の食事を用意していくのだろうと。私の食に対する関心は、人生においてもっとも尊ぶべきものは健康であるとの判断から発生したものであって、決して贅沢、欲望からではないと自ら信じるのだが、果たして本当のところはどうであろうか、食生活をじっくり見つめてみる必要がありそうである。

生活の必要条件:使い勝手のいいキッチン

ちょうどいい居住空間 1DK


居住地を定めた私は、続いて居住空間について検討した。人生において難しいのは、すべてが一度きりであるため、同一条件での試験や比較ができないことで、この居住空間についてもやはり住んでみなければ分からないというのが本当のところであった。とはいえ、按配が難しいのであるものの、与えられた時間の中で有益な参考資料を得ることは可能で―もっとも参考になるのはやはり、経験で―人生は経験と実験の連続なのである。私は試験的な意味で、前段階として駐車場付2LDKという独り暮らしには広々とした空間で暮らし始めた。それはいかなる可能性も排除すべきでないという考えから、シェアハウスや同棲などにも対応できるためでもあった。この試験をいつまで続けるべきか、これは住み始めて以来ずっと念頭にあって、結局投資と同じであろう、なかなか最善の、意味のある見切り、見極めが難しかったが、ときに時間や環境が解決する例にもれず、そうした流れに自然となっていた。ただ一つ大きなポイントになったのは、”車”だったと思っている。あのとき、ミニに大きな故障が生じなければ、気に入る車が見つかって買い替えていれば―ほとんどアルファロメオを買うつもりになっていたが、故障しがちというところが乗る機会が減ることを考えると買うことは賢明な判断と思えず保留にした―名古屋への引っ越しは考えもしなかったことであろう。結果として、車を手放し、妙な都会的ミニマリズムへと向かうこととなった。そして私が最適な居住空間と結論したのは1DKであった。単純に一人でリビングでくつろぐことはこの上ない贅沢な気持ちを湧き起らせたものの、それに見合うコストではなかった。誰かと一緒に過ごすリビングであって、一人なら自室で十分心地よく時間を過ごせるというわけだ。

ちょうどいい居住空間:1DK

私が居住地に求めたものはウォールデン湖?


ソロー作「森の生活」に強く感激し、定職に就かず、放浪を続けてきた私だったが、行き着いたのはウォールデン湖ではなく名古屋駅のツインタワーが通りから眺められる住宅街だった。名古屋といったら、名古屋城か駅ビル群だと勝手な判断を下し、私は次なる住まいを自ら選んだ。車を手放し、利便性を考え、駅と住居は目と鼻の先。交通網の発達した都会へ出れば望むものは手に入る。日々はあわただしく、人生は戦いだと自ら鼓舞する毎日。果してこれでよかったのだろうかと、自問自答を繰り返すのだが、なによりも私を肯定するのはこの瞬間さえ感じるこの充足である。

私はすべてのものを手放し、一から生活というものを再構築してみようと思った。それから何を優先してそれを構築していくのか、私自身が予測できなかったのだが、日々形作られていく環境が私自身を表現していく。ようやく私は社会の中で生き始めた、その実感と共に日々を過している。私が何か生活の一動作をすればそれは誰かの手によって支えられているという事実にぶつかり、ただ驚くとともに感謝の念を禁じ得ない。そして私がそれにこたえるだけの働きを社会の中でしていないことを思うと非常にふがいない。この不均衡を是正すべく日々何かを変えていかなければならないが、しかし何を変えていくのか、というところが全く判然としない。

私が居住地に求めたもの:日常で都会を感じるシンボル(JRセントラルタワーズ)、名古屋駅沿線・駅近

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる