バーバリーのネクタイ 彼女の愛に応えられないのが常だった
さぁ、ワゴンが現れた!と思ったら、さっとテーブルに様変わりした。そして食前酒にサービスのシャンパンが用意された。グラスに注がれると優雅に泡立ち、金色に輝いた。栓を抜かれ、氷河を思わせるシャンパンクーラーに体を休めるボトルは美しき静物であった。濃緑色のビンとステンレスの光沢が互いに引き立てあっていた。
「二人っきりだといいわね。緊張しないでいいから…」
彼女の言った意味はこうである。
私は幼少の頃からよく外食をした。父が洋食が好きだったが、母は家族の健康のことを考えてのこともあったろう、食卓には和食が並ぶことが多かった。するとある日、父がこう言うのだ。「明日はみんなで外で食べようか」。洋食屋の洋食が食べたくなったのである。またあるときは、「たまにはステーキでも食べに行こう」。これは父が無類の肉好きで、たまにといっても月1は必ずステーキだった。一方、彼女は幼い頃から外食の経験が無く、夕食は家で食べるというのが当たり前で、愛知に住んでいながら、CoCo壱番屋のカレーを食べたことが無いと知ったときには衝撃的であったが、お父さんが、お母さんの作る手料理が一番おいしいといって外で食べるなんて考えられないとまでいっていたそうである。そんな環境で彼女は育ったものだから、私が彼女をフレンチに誘ったときのこと、メインの肉料理が出てくると、「私、あんまりナイフとフォークうまく使えないの」といって恥ずかしがった。私は無論、ステーキを食べなれていたから難なく切り分け、口に運んでいると「ナイフとフォークとっても上手に使えるのね」と私を褒めた。
そんなわけで、彼女はナイフとフォークの扱いに自信が持てず、いつも緊張するというのだ。しかし、今回は誰の目を気にする必要もないので食事と会話が楽しめると喜んだわけである。
食事を終え、輝いていた夜景もだんだんと照度を落とし、すっかり朧に闇夜を照らしているだけであった。部屋の明かりも落としてしまって、私が窓辺で彼女をそっと抱きしめると「プレゼントがあるのよ」と彼女は囁いた。その声は私の心をなでるように柔らかなトーンであった。

私はこのヒルトンでのディナーと宿泊をプレゼントにしようと思ったわけであるが、やはり形として残るプレゼントもあったほうがいいであろうと、ちょっとしたプレゼントを用意していた。ところが彼女が私へ送ってくれたのは、バーバリーの素敵なネクタイだった。今はなき三陽商会が権利?をもっていたバーバリーロンドンのロゴのものである。私は己を実に卑しい人間だと思った。なぜ、しっかりとしたプレゼントをあげなかったのか、彼女に対してケチったのか。私が金に卑しいからである。それから私は誰かにプレゼントをするときにはどんな状況であっても中途半端なプレゼントはあげないことに決めた。しかも、彼女は私がコーヒーも好きだというので、あたたかみのあるハンドメイドの陶器のマグカップもくれた。何度も飲んでいるうちに、コーヒーの色素などが程よく付着し、味わいが楽しめる代物だという。後に、私はこのマグカップを不注意で割ってしまうのだが、彼女に対していつも十分な愛を返すことができず、こんな風に彼女の思いには到底及ばない私の彼女に対する気持ちを思うと、申し訳ない気持ちを感じるのが常だった。
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